二十六話 新学期の彼は?

 夏休みを終えて今日から二学期。

 別に勉強が好きってわけじゃないけど、部活だけの夏休みはかなり大変だったのでホッとしたのが正直なところ。高校ともなると部活の厳しさは中学の比ではなかった。

 私が教室に入ると見知らぬ女子が親しげに話しかけてくる。


「きぃちゃん、ひさしぶり~!」


 両手で私の手を握ってくるけど、誰だ、この子?

 ……いや、この声は?


「え、もしかしてヨリリン?」

「もしかしなくても頼子よりこだよ! そんなに違って見える?」

「う、うん……」


 一学期までのヨリリンは黒髪おさげの眼鏡っ娘だった。

 なのに、今目の前にいる女子は茶髪パーマ。スカートも短くなっている。

 私たちの高校は校則が緩いので髪を染めている子もいるにはいるけど、まさかヨリリンが?

 戸惑う私だが、自称ヨリリンはご機嫌だ。


「やっぱそうだよねぇ。いや~、夏休みにいろいろあってさぁ~」

「もしかして、彼氏ができたとか?」

「ピンポーン!」


 自称ヨリリンが私の鼻の頭を指で押してきた。ヘンにテンションが高い。

 ともかく私は自分の席につく。


「彼氏かぁ、どんな人?」

「ええっとねぇ……こんな子」


 自称ヨリリンがスマホを操作して画像を見せてくる。

 そこには黒髪おさげのメガネっ娘と見るからにチャラい男子が映っていた。


「あっ、やっぱりヨリリンなんだ?」

「え、まだ疑ってたの? で、どうどう、ジョニー君?」

「へぇ、まぇ、明るそうな人だよね?」


 私なりに気を遣った言い方をする。

 どう見ても日本人なのにジョニーなんだ?


「そうそう、すっごい楽しい子なの。でも、ホントはピュアピュアなんだ」


 そう言いながらスマホをスワイプして何枚も画像を見せてくるヨリリン。

 ちょっとずつ画像の中のヨリリンが派手になっていく。

 と、キスをし合っている画像が現われた。


「わっ! 今のなし!」


 ヨリリンが慌てたようにスマホを隠してしまう。

 こっちに見せてきた照れ笑いは確かにヨリリンのものだ。


「よかったね、ヨリリン」


 幸せそうな友だちを見ていると私もうれしくなる。

 ヨリリンがでれ~っと私の机の上に寝そべる。


「バイト先で出会ったんだ~。すっごくいい夏休みだったよ」

「そっかぁ、私は部活でひたすら竹刀振ってたよ」

「じゃあ、大森おおもりとは一度も会えず?」


 身体を起こしてヨリリンが聞いてくる。


「え? う、うん……あの人帰宅部だし……」


 いきなり大森の名前が出てきて私は焦ってしまう。

 部活をしている間は頭の中から消えていた名前だったのに、ヨリリンが口に出した途端に私の頭の中は彼で占められた。

 顔が火照ってきたけど自分ではどうにもできない。


「大森ねぇ。あのがきんちょも夏休みの間に少しは成長したかな?」

「がきんちょは言いすぎだよ。確かに……ちょっぴり背が低いけど」


 そして私はうすらでかい。隣に並ぶたびに私なんかじゃ不釣り合いなんだと暗い気分になる。


「あいつがガキなのは背丈だけじゃないでしょ? 頭の中、小学生で止まってるんだもん」

「まぁ、ね。夏休みもカブトムシ捕るとか言ってたし」


 でもそういう子供っぽいところがかわいいと私は思うのだ。

 ヨリリンにそう言ってもいつだって同意は得られないけど。


「でもああいうのに限って夏休みの間に大変身とかあるかも。私みたいに」

「ヨリリン……みたいに……?」


 それって彼女ができるってこと?

 そんな可能性は……ないとは言えないけど……。


「ま、ないか、そんなこと」

「ないない、ないよ」


 口ではそう言いながら、私の胸の中では不安がむくむくと湧いて広がっていた。

 ヨリリンは納得してくれないけど、大森には大森のよさがあるのだ。

 私にしか気付いていないはずの彼の魅力に気付いた……女子が?

 私が部活に励んでいる一方で、彼には素敵な出会いがあったりした?


「ん? ホンキで心配してる、きぃちゃん?」

「え? いや……いやぁ」


 精一杯の作り笑いをする私。


「大丈夫、大丈夫。あんなの好きになる女子なんてきぃちゃんぐらいだよ」


 けなしているようにしか聞こえないけど、ヨリリンの言葉にすがりたい私がいた。

 大丈夫……だよね?

 と、ヨリリンのスマホが振動した。


「あっ! ジョニー君からメッセージだ! じゃ、また後でね、きぃちゃん!」

「うん」


 ひらひらと手を振りながら自分の席へと駆けていくヨリリン。

 いいなぁ、熱々で幸せそうだ。

 私も大森といつか……。






 いきなり後ろから軽く頭を叩かれる。


「よう、おはよう野沢のざわ


 振り返ると大森らしき人がいた。


「オハヨ、大森……だよね?」

「何言ってんだよ、久し振りだからって顔を忘れたのか?」


 大森(仮)はそう言いながら私の隣の席に座る。そこは確かに大森の席だけど?


「いや、一学期の時と全然違うよ?」


 肌が真っ黒だし、髪も金色になっている。

 校則の緩い学校なので茶髪にしている子は時々見るけど、ここまで金色にしている子は先輩の中でも見かけない。


「あ、やっぱり目立つか?」


 大森(仮)が自分の短い髪を引っ張る。


「うん、目立つね。夏休みの間に何かあったの?」


 私はできるだけ普通を装って聞いてみたけど本当は心臓がばくばくしていた。

 ヨリリンと同じことが大森に?

 つまり……彼女ができて大変身……?


「夏休みの間さ、海の家でバイトしてたんだよね。してたっていうか、駆り出されたっていうか、いとこに拉致された」

「拉致かぁ、大変だね」


 海と言えば出会いだ。

 開放的な場所で、開放的な格好をする。

 一緒に遊ぼうよ、なんてところから始まってすぐに仲よしに。

 そして……。


「まぁ、やってよかったけどな。すっげぇ楽しかった」

「へぇ……」


 バイトともなれば一層男女が接近するチャンスがある。

 忙しい海の家で連帯感が生まれ、やがて男子と女子として惹かれ合う。

 そして純朴な男子も彼女の色に染められて大変身?


「一緒にバイトしてた人が美容師の専門学校行っててさ。実験台になれって無理矢理こんなんにされたんだよね」

「あ、そうなんだ? じゃあ、大森の意志ではなく?」


 よかった、別に彼女ができて大変身したわけじゃないのか。

 大森はガキ……精神が未発達なので色恋とは無縁のバイト生活だった?

 そりゃそうか。そうだよね。


「当たり前だろ? かわいいお姉さんに誘われてラッキーってついていったらこの様だよ。ま、その夜、いい目にあったんだけど」

「夜にいい目?」


 まさかのアダルトな展開!

 お子様なはずの大森なのに、夏は彼をオトナにしてしまった?

 別に大森はまだ私のものじゃないけど……ショックだ。

 そうなんだ……。


「そうそう、焼肉奢ってくれたんだよね。うまかった~」


 は~~~。

 しょせんお子様ですよ。

 ま、焼肉奢ってもらえたら私だって大喜びだけどさ。


「じゃあ、そのお姉さんとは何もなくだ」

「何もなく? 何もって何?」


 首を傾げる無垢な大森。

 ああ、やっぱりこの子かわいい。


「ううん、何でもないよ。気にしないで?」

「ヘンな野沢だ。そんなこんなで夏休みはずっと海の家だった。おかげで真っ黒になれたけどな。すげぇだろ」


 と、腕を見せてくる。

 確かに真っ黒。

 それに――


「一学期の時より筋肉付いてるよね」

「そうなんだよ。料理運ぶのも結構肉体労働でさ。っていうか、よく俺の筋肉とか見てるよな?」


 しまった! 隣の席にいる大森をちらちらと見てばかりいたのがバレてしまう!


「ち、違うよ! 違う! 私はただの筋肉フェチだから!」


 え? 何言ってんの、私?


「筋肉フェチ! すげぇ趣味してんな野沢。で、筋肉フェチ的にどうよ、俺様の筋肉?」


 などと大森が力こぶを作って見せてくる。


「う、うーん、剣道部男子と比べるとまだまだだね」


 一度嘘をついたらどんどん深みにはまってしまう。

 私は内心涙目だけど、今さらどうすることもできない。


「なかなか厳しいな。あ、もしかして剣道部なのも筋肉質な男子がいっぱいいるから?」

「そういうわけじゃないよ。ていうか、筋肉フェチの話はもう勘弁してくれない?」

「分かった。人には大っぴらに言えない趣味だもんな。大丈夫、俺の胸に秘めとくぜ」


 うう……大森にヘンな誤解をされてしまった。

 奴の脳内では私は筋肉フェチのヘンタイなの?

 そんなこんなのうちにチャイムが鳴って担任の先生が来てしまう。






 教室に入ってきた先生はヨリリンと大森を二度見した後、連絡事項を伝えてくる。

 そして席替えだ。

 ……席替え!


「お、野沢ともお別れだな」

「え? うん、そうだね?」


 そうなの? 席替えするの?

 一学期、大森と隣同士の席でちょっとずつ仲よくなってきたところなのに?

 でも私が悪いんだ。いつまで経っても前へ踏み出していかなかった私が……。

 私の感傷なんて放ったらかしで席替えの話は進んでいく。

 くじ引きで席を決めていくのだそうだ。

 しばらく待っていると箱が回ってきたのでクジを引いた。

 また大森の隣の席になれ! と強く願いながら。


「なんか、すげぇ顔してクジ引いたな、野沢」

「え? そうかな?」


 大森にすげぇ顔なんて言われるのはそこそこショックなんだけど。


「やっぱ後ろの席がいいもんなぁ、一番前とかになったら最悪だぜ」

「ああ、まぁね。二学期の生活が決まっちゃうもんね」


 私は大森の隣ならどこでもいいんだけど、そんなこと本人に言う勇気なんてない。

 そして移動が始まる。


「じゃあな、野沢」

「うん」


 ああ……大森が離れていく。

 最後に何か言えばよかったかな? でも何て?

 こんなふうに私はいつまでも恋とは縁遠い生活を送ってしまうのだろうか。

 私はひたすら暗い気分に陥りながら自分の机を移動させる。

 たどり着いた新しい私の席は窓際の後ろの方。

 確かにいい席だけど、大森が隣にいないんじゃちっともうれしくないよ。


「おおーい、きぃちゃ~ん!」


 どこからかヨリリンの声が聞こえる。

 見回してその姿を探すと、一番前の席の真ん中から手を振っている。

 そして自分の隣の席を指差す。

 そこで机の上に突っ伏しているのは?


「ヨリリン! 席変わって!」


 私が声を上げるとヨリリンは親指をぐっと立てた。

 そして私は一番前の席へ。


「よっ、久し振り」


 隣で寝そべってる奴の肩を叩くと、その男子は顔を上げて私を見た。

 よっぽど一番前の席がイヤなのだろう。絶望的な表情をしている。


「あれ? 野沢の席って、ここだっけ?」

「ちょっとね、変えてもらったの。この席がよかったから」

「へぇ? 変わってるなぁ」


 相手は怪訝な表情。

 こいつに私の真意が伝わるのはいつになるのやら。

 いいや、二学期こそ勝負をかける。

 席替えのたびにヘコむなんてイヤだもんね。


「じゃあ、引き続きよろしく、大森」

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恋する花は、手折らないで いなばー @inaber

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