序章「プロローグ」2

 程なくして、部員全員が書く手を止め、それぞれが考えた短編作品が出来上がった。


 紅葉は頭を掻き毟りながら少し苦戦していたが、なんとかやり終えたことで脱力するように机に突っ伏している。


 黒那先輩はというと、満足のいく話が書けたのか、自信あり気によしよしと頷いた様子を見せている。


 その妹である海色は使い慣れたノートパソコンのキーボードを尋常ではない速度でカタカタと打ち、一番早くに文書を完成させると、他の皆が作業を終えるまでの暇つぶしとしてマインスインパーに興じていた。


 運悪く爆弾があるところをクリックすると、『ちっ』と周囲に聴こえない程度に短く舌を打ち、また再度挑戦してを繰り返している。


 一方、青葉はギラギラと眼を輝かせて、どこか息も少し荒いような様子で時間いっぱいまで使って書き上げた後、額に浮かぶ汗を拭ってやりきった(ちょっと不気味?)表情を浮かべて椅子の背もたれに身を預けていた。


「よし! みんな書けたようね。じゃあ、まずはそうね……。紅葉から聞いていこうかしら」


「えっ!? 俺が初っ端ですか!? 俺、文才とかあんまりないんで、下手に期待しないでくださいよ?」


「紅葉はやっぱりスポコンだよね。スポコン×教師ってのは結構ありがちじゃない?」


「まぁな……。だからこそ、こう余計にプレッシャー的なものもあったりでな……」


「紅葉先輩、大丈夫ッスよ。全然期待してませんから!」


 青葉は紅葉を元気づけようとしてくれたのか、ビシッと親指を立てながら言う。


「たしかに期待しないで、とは言ったけど、そこまで頑なに期待されないのもなんか虚しいから少しで良い! 興味くらいは持ってくれ!」


「まぁ、なんでもいいから早く読みなさいよ」


「海色……お前も割と俺に期待してないよな? 興味すらないから、とっとと話して流れてくれって内心思ってるよな?」


 眼前のパソコン画面に視線を向け未だマインスイーパーと格闘していた海色が横槍を入れるように発言する。


 紅葉は明らかに興味のない様子を見せる海色に対して質問を投げかけるが――――


「じー」


 海色は『ごちゃごちゃ五月蠅い』とでも言うかのようにやたら高圧的なジト目を紅葉に向けて、早急に進行するように訴えかけた。


 そのなんともいえない威圧感に紅葉は圧倒され、ごくりと唾を飲み込む。


「……あ、はい。……すんません。潔く読まさせて頂きます……」


「ふふ、よろしい♪」


 紅葉が諦めた姿勢を見せると、海色は満足そうな笑みを浮かべて再びパソコン画面に視線を戻す。


「うぅ……なんか理不尽だ」


「まぁまぁ。私がしっかり聞いてあげるからそう落ち込まない、落ち込まない」


「あぁ……ありがとな詩音。やっぱ持つべきものは信頼できる幼馴染だよな」


 意外と単純な紅葉はそう言うと、自分の書いた作文用紙数枚を手に持ち整え始める。


「じゃあ、紅葉。準備が出来次第、朗読をお願いね!」


「よ、よし! じゃあ、いいか? タイトルは『熱血教師マサカズ』だ! 心して聞けよ!」


 そして、間もなくして紅葉は自分の書いた作品を涼しげに(読んでいく途中で気分が乗ったらしい)朗読し終えた。


「ふぅ、我ながらいい話が書けたんじゃないだろうか。なぁ、みんなはどう思った――――って、えええええ!? なんで、みんなしてそんな冷たい視線を俺に向けてる訳っ!? え? もしかして良くなかった? マサカズが不良たちに絡まれた自分の教え子たちである野球球児たちを必死に庇い、相手の不良野球球児たちを叱咤し、拳で懸命に語りかける姿はタイトルにも恥じぬ見事な熱血っぷりじゃなかったか? 詩音もそう思うよな?」


 紅葉は周囲の反応が自分の想像していたものと大きく違ったためか、首を傾げることも忘れて物凄い勢いで私に問い掛けてくる。  


 なんと言葉を返したらいいのだろうか……?


 幼馴染だし、ここは私だけでも紅葉のことを立てておいて上げた方が良いのかな……?


 いや、でも……これはさすがに……。


 詩音は言葉に困った様子で、適切な対応を求めて懸命に思考回路を巡らせる。


「詩音。別に俺に気を遣おうとしてくれなくても良いんだぞ? 俺たちは幼馴染だ。正直に思った事を口にしてくれ」


「……えっと、じゃあ言うね?」


「あぁ、どうだった?」


 そう言って再び問い掛ける紅葉の瞳はどこか幼馴染の言葉に期待を寄せているように光輝いていた。


 だが――――詩音は理解している。


 こういう時の紅葉は下手に一度持ち上げると、後で真実を知った時にとてつもない面倒臭さを発揮して――――教室の隅っこの方で古典的な拗ね方をしてしまうことを!


 そして、恐らく何度もこちら側をちらちらと慰めてほしさに振り返り、しばらくの間あやしてやらねばならない羽目になるには実に明確だ。


 だからこそ、ここは真実を告げてあげるべきだろう。


 それが彼のため――――いや、私のためでもあるのだから!


 詩音は呼吸を一つ整えると、しっかりと紅葉の眼を見詰めてゆっくりと口を開く。


「紅葉。これって――――まんまパクリだよね?」


「……え?」


 詩音が正直にそう答えると、その幼馴染の予想外の言葉に紅葉は間の抜けた声を洩らす。


 すると、黒那先輩は紅葉の肩に右手をそっと置き、非常に残念そうなため息を零すと、何とも言えない重たげな様子でこの場に置いて最も適切な言葉を口にする。


「盗作。ダメ、絶対」


「いやいやいや、黒先輩! 俺は盗作だなんてそんな事してないですよ?」


「自覚なし……か、我が妹よ。この青坊主にズバッと言ってやりなさい!」


 黒那先輩は自分の口からはこれ以上言えない、とだけ言い残し、妹である海色にバトンを渡す。


 すると、海色は深刻な問題について語り始めるように机に肘をついて手を組み、声のトーンを低くしてから淡々と言葉を発していく。


「紅葉さ。その設定、どこかで聞き覚えあると思わない?」


「え? いや、別にないと思うんだけど……」


 海色に質問を問われた紅葉は首を傾げながら率直に答える。


 それに対して海色は微かに眉根を寄せると、呆れた物言いで言葉を続けた。


「……そう。じゃあ、アナタはついさっきまでしていた会話をこの短時間で忘れたということになるのだけど、そうなのね?」


「……ん? つまり、どういうことだよ?」


「……まったく。みなまで言わせる気なの? 私たちがお題に沿った短編を書く前に話してた事があったでしょう? お姉ちゃんから始まり詩音、青葉、そしてアナタが触れた話よ」


「う~ん、短編を書く前ねぇ…………ん? あ、あれ? うんんんっ!?」


「……さすがにもう気付いたみたいね」


「もしかして、昨日見た……黒先輩がこのお題に決めた理由の一つでもある熱血的な教師がとても印象的だったドラマ……か?」


「いやぁ、紅葉先輩。もしかしなくても、十中八九その昨日見たドラマのことッスよ」


「……なんて、こった……」


 紅葉は膝から崩れ落ちると、自分の手に握られた作文用紙に目を通し青ざめた表情を浮かべ始める。


 物凄い勢いでページを捲っていくと、自分が完全に作品をパクっていたという事実が明らかになった。


 紅葉が朗読を始めて数分後、すぐにそれを悟ってしまった面々は困惑に満ちた表情を浮かべ、海色に至っては首から提げていたヘッドフォンを耳に装着からのゲームの世界へと逃亡。青葉にしても、既に結末が知れていると感じたのか部室の本棚にあったホラー小説に手を伸ばし、自分好みのホラーな世界へとどっぷり浸透していった。


 一方、その傍ら私と黒那先輩は冷や汗を浮かべながらも、中盤からの軌道修正という僅かな希望に賭けて静かに最後まで聞き届けていたのだが――――案の上な結末にぐうの音も出なかった次第である。


 これはもうどの道、介抱しなくてはならない感じかな……。


 詩音は幼馴染のあまりにも悲しげな背中を見て、なんだか少しやりきれない気持ちはあるものの傍まで近づいていき、慰めの言葉を掛けてあげる。


「紅葉、傷は深いよ、がんばれ~」


「まったく……無自覚とはいえ、よりにもよってそこから搾取するなんて文才以前の問題だわ」


「まぁ、紅葉も悪気があった訳ではないんだし、このくらいにしておきましょう。とにかく、気を取り直して今度は青葉お願いできる?」


「了解ッス!」


 黒那先輩に促され、ビシッと敬礼をする青葉。


 青葉の担当はホラーであるため、ホラー×教師という少し奇妙な組み合わせとなる訳だが、先程話題にも上がった殺戮学園物を書いている可能性が非常に高い。


 そのため、ホラーが大の苦手である詩音にとってはなかなかに厳しい状況とも言える。


 だが、詩音は紅葉を慰めつつ、折角可愛い後輩の考えた話なんだから、と自分自身を懸命に鼓舞してしっかりと聞く体勢を取った。

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白桜詩音のノベル研究会活動報告 もふもふ(シノ) @sino-kuroud

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