白桜詩音のノベル研究会活動報告

もふもふ(シノ)

序章「プロローグ」1

「は~い、ちゅ~も~く!」


水性の黒マジックペンを走らせ、ホワイトボードに勢いよく何かを書き始めた少女。


学年が一つ上の先輩であり、我が部の部長でもある『篠雪黒那』は作業を終えると、ホワイトボードを豪快に叩いて部室に居合わせている現在四名の後輩部員たちの視線を一点に集めた。


私――――白桜詩音はそこに書かれた内容の意味を理解すると、その言葉を復唱する。


「えっと、今日のお題は『教師』ですね、黒先輩」


「ええ、そうよ。キーワードは『教師』。ここから想像を膨らませて各自の特性を活かした全く別口で面白い作品造りを期待するわ」


「ほうほう、教師かぁ。黒那先輩にしてはすごく身近なワードチョイスですね」


 敬語を交えながらも軽い口調で答える少年――――赤土紅葉は案外真面なお題が挙げられたことにひと息吐き、ひとまず安心した様子を見せる。


「いいえ、あれは単に昨晩見たドラマの内容が熱血教師物だったからよ。ほんとお姉ちゃんは影響されやすいんだから」


 紅葉の対角線上の席で自前のノートパソコンを机に広げながら、スチール製のヘッドフォンを首から提げた少女――――『篠雪黒那』の義妹であるところの篠雪海色は紅葉の発言に対し、淡々とした口調で指摘をする。


 すると、黒那は図星だったようで一瞬言葉を詰まらせてから口を開いた。


「し、仕方ないじゃない! それだけ印象に残る良い作品だったのよ!」


「あ、私もそれ昨日見ました。主人公教師であるところの『暁 仁義』が屈折した生徒たちを先生という立場から時に強く叱りながらも、ピンチの時にはヒーローの如く即座に駆けつけて生徒たちの盾となり剣となる威厳さえ感じさせる彼の立派な雄姿。王道な展開ながらも、息もつかせぬ躍動感溢れる俳優さんたちの演技にも圧倒されっぱなしでした!」


「おお! さすが詩音ね! 好きなジャンルは恋愛物ながらも大した洞察力だわ。よく分かってらっしゃる!」


「えへへ~、それほどでも~♪」


私は、黒先輩から褒められて素直に頬を緩ませる。


「詩音先輩や黒那先輩の意見には賛同できますが、青葉的にはもう少しホラー的な要素を所望したいところッスね。こういった熱い学園教師も良いですが、もっとヒステリックなのも悪くないと思うッス」


 詩音の対角線上、海色の隣でもある席に行儀よくちょこんと腰を落ち着けていたノベル研究会唯一の一年生部員の少女――――夏影青葉は詩音の発言に乗っかり、昨日のドラマに関する自分の意見を吐露する。


「殺戮学園物ってのも、たしかにドキドキハラハラで面白いよな。俺たちの年齢だとさすがに規制レベルの物は見れないけど」


 元々、スポーツクラブに通うほど運動が好きだった紅葉は、基本的に本もスポコン系や熱血系といった所謂『燃える展開』を軸としたものを嗜んでいることもあり、ホラーのような『衝撃的展開』を含んだ物にも興味があるらしい。


 しかし、恋愛物という明るくほわほわした作品を中心に嗜んでいる私には――――


「うぅ~。私は出来れば、ホラーとかグロテスクなのは遠慮したいかな……血とかがドバッとなる感じがどうも苦手で……」


「詩音先輩、それってもしかしてこういうのを言うッスか?」


 いつの間にか詩音の後ろに移動していた青葉がちょんちょんと詩音の肩を突く。


「え?」


 私がふと振り返ると、そこには大小様々な釘が顔のいたる所に刺さり、真っ赤な血が顔面にべったりと広がったゾンビの頭部が視界に飛び込んできた。


 私の意識がしばらくの間停止した後、冷静になって眼前に迫る物体が何なのかを理解すると、顔色を真っ青に染めて反射的に隣の席に座る紅葉の腕に抱きつく。


「きゃああああああああああ! ぞ、ぞぞ、ゾンビ!?……いや、釘がいっぱいで血がドロドロの……えっと、あれ? ……やっぱりゾンビ!? こ、紅葉! ゾンビが、血だらけのゾンビがそこに……って、きゃあああああああああああああああああ!」


「お、おい詩音、大丈夫だからちょっと落ち着けって!」


 詩音に突然抱きつかれた紅葉は、幼馴染ながらも異性が腕に密着しているという現状に少し慌てながらも悲鳴を上げる詩音を諭す。


 しかし、私は低い声を上げながら手を前に突き出して迫ってくるゾンビに涙すら浮かべてひたすら声を上げ続けていた。


 すると、それを見兼ねた黒那がやれやれといった様子で息を一つ吐く。


「青葉~。悪戯好きな性格をとやかく言う気はないけど、さすがに詩音が可哀そうだからその辺にしといてあげて」


「へ? 青葉ちゃん?」


 私が素っ頓狂な声を洩らすと、青葉は頭に装着していたゾンビマスク(お手製)を外して、悪戯が成功したときの無邪気な子どものように満足そうな笑みを浮かべた。


「いやぁ~。やっぱり詩音先輩のリアクションは見事ッスね。実に驚かし甲斐があるッス」


「はぁ……毎度毎度アナタもよくやるわね。元を正せばこんなことを仕出かす青葉が一番の問題ではあるけど、詩音ももう数十回は経験してるんだから、そろそろ慣れなさいよ」


 海色は、日常茶飯事である青葉の幼稚とも取れる行為に苦い溜息を吐くと、パソコン画面から未だにきょとんとした顔を浮かべている詩音に視線を移して言葉を発する。


「いやぁ、分かってはいるはずなんだけど、突発的に視界に入ってこられると頭が真っ白になっちゃうんだよね。でも、良かったぁ。なんだかホッとしたよ」


「あぁ……俺はなんかすごいドキドキしたけどな」


「ん? 紅葉何か言った?」


「いや! 別になんでも!?」


「コホン! みんな~、話が逸れて来てるから、そろそろ本題に戻るわよ。今日のお題『教師』これで一つ短編を仕上げて頂戴! それぞれの持ち味をちゃんと活かしてね。後、著者である自分たちが楽しいと思える作品に仕上げること。オーケー?」


 黒那先輩がそう言うと、一同は首を縦に振ってそれぞれの持ち場で『教師』を題材とした作品造りに取り掛かる。


 ちなみにノベル研究会の各部員が主に担当しているジャンルは以下の通りである。


・白桜詩音【担当ジャンル・恋愛】

・赤土紅葉【担当ジャンル・スポコン】

・篠雪黒那【担当ジャンル・ファンタジー】

・篠雪海色【担当ジャンル・戦略型ゲーム】

・夏影青葉【担当ジャンル・ホラー】


 それぞれが『教師』というお題からどのようなシナリオを作り上げるのか、私は自分の頭の中に浮かぶイメージを文章にして書き起こしながら、楽しみで仕方がなくついつい頬が緩んでしまっていた。

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