第52話 ムンバイ攻防戦の終わり

 「海戦には間に合わなかったんだ。ここで働かねばな」

 戦艦「阿蘇」で指揮を執る第二遊撃部隊司令官の鈴木中将はこの対地支援の任務に積極的だった。

 昨夜の第一遊撃部隊とインド洋第1艦隊との海戦に第二遊撃部隊は間に合わなかった。

 第一遊撃部隊の殿を務めていたところに、「信濃」の三川大将から「第二遊撃部隊ハ、ムンバイ近海ニ急行シ、陸軍ヘノ支援攻撃ヲセヨ」と命じられた。

 「陸軍の為に行かねばならぬとは」と少し腐る参謀

 ドイツ海軍の主力と戦うはずが陸軍を支援する作戦となり、気を落とす「阿蘇」や「羅臼」の士官は何人か居た。

 これは「阿蘇」と「羅臼」がマダガスカル沖で「シャルンホルスト」を撃沈した戦果を挙げたせいでもあった。

 インド洋第1艦隊との戦いを前に「我らが海戦に出ずしてどうする」と息巻いていた者も居たほどだ。だから陸軍の支援と言う任務に抵抗があるのだ。

 鈴木は「そう言うな。陸軍はムンバイのインド軍や住民を退避させようと血をながしているのだ」と周囲へ語る。

 「第一遊撃部隊は敵戦艦部隊を完全には叩けなかったようだ。まだ機会はある」

 まだ敵戦艦と戦える。そう鈴木は言い聞かせる。

 そして「阿蘇」と「羅臼」は加藤が送る砲撃位置の座標へ砲撃を行う。

 対してドイツ空軍は「阿蘇」と「羅臼」を攻撃するべく、Ju490を出撃させる。烈風は「阿蘇」と「羅臼」を守ろうとするがFw190との空戦に入り、Ju490には手出しできない。

 「敵機来襲!対空戦闘!」

 「砲撃の邪魔をしおって」

 「阿蘇」と「羅臼」は対地砲撃を一時中断して対空戦闘と、回避運動を始める。

 それでも「阿蘇」には3発、「羅臼」には4発のJu490から放たれた爆弾が命中する。対空銃座や高角砲が潰されたが、艦内に貫通する事は無かった。

 出撃したJu490は第十三軍を爆撃する対地攻撃の装備のまま出撃だったからだ。貫通しない瞬発の爆弾で「阿蘇」と「羅臼」を爆撃したのだ。

 「機銃と高角砲が半減しましたが、船体の損傷は無し、速力も異常なし、砲戦継続に問題はありません」

 「阿蘇」艦長は鈴木に報告する。

 第二遊撃部隊は「阿蘇」と「羅臼」に攻撃が集中した為に、他の艦艇は無事であった。しかも「阿蘇」と「羅臼」の損傷も酷くは無い。作戦を続行すべきだと鈴木は判断した。

 「阿蘇」と「羅臼」は再度、主砲を陸へと向けた。


 「敵は来なくなったな。さすがは戦艦だ」

 小野田は静かになった前線を眺める。

 これは正確な良い方では無い。「阿蘇」と「羅臼」の砲撃が前線を荒らしている。その響きが小野田にも聞こえていた。

 静かなのは前線の動きだ。反撃に転じようとしていたドイツ軍が動かなくなった。

 それが小野田にとって静かと思わせていた。

 「滝兵団(戦車第三師団)から戻れと命令が来ています」

 小野田へ通信兵が報告する。

 「阿蘇」と「羅臼」の砲撃でドイツ軍の動きが止まった。この機会を利用してムンバイからの避難民を戦線から遠ざける。

 午後一時になると、避難民の移動は進み第十三軍は後退を始めた。

 第八師団を後衛に退き、小野田支隊も後衛に立つ。そこへ戦車第三師団から戻るように命令が来た。

 避難民の移動が進み、第十三軍の後退も順調に進んでいるようだ。

 「渕上大佐に挨拶してから出発だ」

 小野田は装甲兵車から降りて渕上の居る大隊本部へ向かう。加藤は相変わらず「阿蘇」へ砲撃位置を伝える為に無線機に張り付いている。

 小野田支隊は戦車を全部失い、残る装甲兵車やトラックなど車輌に乗せに乗せて戦車第三師団に合流出来たのは翌日の朝だった。

 避難民が日本軍が確保するコール・ハープルに到着した時は戦闘に巻き込まれたり、疲労で倒れたりして10万人から6万人に減っていた。

 第二艦隊はドイツの空母機動部隊を追っていた機動部隊を呼び戻し、第二遊撃部隊とも合流してコロンボに帰還したのは二日後だった。

 ムンバイでは、第十三軍全体がムンバイの南より引き上げた頃合いで守備軍は降伏した。

 入場したアラブ義勇軍はインド軍との手続きを終えると、アラブ義勇軍は改宗をせよとムンバイ市民や降伏したインド軍将兵へ求めた。

 しかし、この改宗を巡り悲劇が起きると事となってしまう。

 こうしてムンバイの攻防戦は終わる。



 インド洋第1艦隊がディエゴ・スアレスに帰還したのは海戦から三日後だった。

 「この戦い、得るものはあったのだろか?」

 インド洋第1艦隊参謀代理としてインド洋艦隊司令部を訪れたマテウスは、チクリアスからこう言われた。

 「敵の戦艦部隊に大打撃を与え、陸でもムンバイが陥落しました」

 マテウスは毅然と言う。

 「しかしだ。こちらは<ヴィルヘルム>を失い、<フリードリヒ>と<バルバロッサ>が修理にしばらくかかる。戦列にすぐ出れるのは<カール>と<ティルピッツ>ぐらいだ。どうも損失が大きい」

 チクリアスは小言で責める様に言う。

 確かにインド洋艦隊の戦力はムンバイに関わる戦いで戦力を低下させていた。

 「司令官は今回の海戦は敗北であるとお考えですか?」

 マテウスが問う。

 「集まっている情報と貴官の報告を聞くに、敵艦隊へそこまで打撃を与えたとは思えん。何より沈んだ戦艦はこちらだけ、負けではないか」

 「やはり、そう思いますか」

 マテウスも今回の海戦を勝っているとは思わなかった。

 「大和」型戦艦を一隻も仕留められなかったのだから。

 「だが、総統へは作戦成功だと伝わっている筈だ」

 チクリアスの言葉にマテウスは首をかしげる。

 「どういう事でしょう?」

 「ムンバイから敵輸送船団が引き上げただろう?敵輸送船団を退けた事で、敵の増援と補給を阻止し、ムンバイ攻略に海軍が貢献したのだと総統へ報告したのだよ」

 マテウスは呆れつつも納得した。

 ベルリンでの政争は前線で起きた事を偽って報告するまでになっている。そうしなければ総統の御機嫌を取る事ができないからだ。

 イギリスの脅威があるから大型艦艇の建造を再開したとはいえ、東にまだソ連が健在だ。不倶戴天の敵と総統は見ているソ連を完全に倒すべく、陸軍と空軍に武装親衛隊の強化には熱心だ。

 だから海軍としては失敗や敗戦の報告はしたくないのである。

 「貴官の発案で海軍は助けられたのだ。貴官の立場は悪くなる事は無いだろう」

 ムンバイの輸送船団を艦隊の戦力を割いて攻撃するべしと発案したのはマテウスだ。

 だからマテウスは海軍にとって功績ある者として認められている。

 「あまり嬉しいものではないですね」

 マテウスは自分の立場が悪くならないと聞いても、それが海軍の策謀に使われたからと言うのは気分が良いものではない。

 「それでも受け取れ、ベルリンに行く時は立場の保全は必要だからな」

 チクリアスの言葉にマテウスは「海軍総司令部から何かが?」と尋ねる。

 「その海軍総司令部へ報告に来いとデーニッツ元帥からの命令だ。少なくとも負けを責められる事はあるまい」

 マテウスはチクリアスの言う事を理解した。

 翌日、マテウスは輸送機でベルリンへ向かった。

 この戦争はインド洋の制海権は東西に分かれ、インドの陸上ではドイツ軍が優位に攻めている。しかし決着がつく時はまだ遠い。

 インドを巡る日独の戦いはまだ始まったばかりである

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日独印度大戦 葛城マサカズ @tmkm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ