第51話 朝の攻防戦

 インドは朝を迎える。

 暗い空は昇った朝日によって照らされた。

 その上空では航空支援で爆撃する日本軍の航空機と、阻止しようと現れたドイツ軍戦闘機で空戦が展開される。

 夜が明けようと戦闘は止まない。

 低空で進入し、爆撃する海軍の彗星や銀河に陸軍の五式双発襲撃機と五式襲撃機(九九式襲撃機の後継機)の上空を烈風や零戦に疾風・五式戦闘機が守る。

 遅ればせながらドイツ軍のFw190にTa152が飛来、逆襲に出てから空は戦場として激化して行く。

 「今の内だ。避難民をここから移動させるんだ」

 渕上は我が方の航空隊が奮戦している間に避難民を戦場の只中から移動させたかった。

 爆弾や機銃掃射を受ける危険があるここより少しでも離れさせたかった。

 とは言うものの、一晩中歩き続けたムンバイの市民達はそんなに早く動けない。

 休まず、銃撃や砲撃の中を歩いて来た皆の体力はさすがに限界だ。何人かは座り込んでしまっている。

 渕上は焦れる。

 これが同じ日本兵なら殴ってでも「立て!歩け!」と怒鳴り歩かせられるが、異国の民にはそれは通じない。

 渕上の兵の中には老人や子供を背負う者は居たが、避難民の集団の移動を早く出来る訳では無い。

 「ドイツ軍が見逃してくれれば良いが・・・」

 どうにもならない。ムンバイの市民達の動きに任せるしかないと渕上は市民達の様子を見て思った。

 前線は第十三軍が航空支援を受けて再度の攻勢に出ていた。

 第十二師団は歩兵による突撃を再開、戦車第三師団は戦車を前進させ、第21装甲師団へ再度挑む。

 第八師団主力は避難民を守る為に防御の態勢に入っている。

 動ける戦車が三式中戦車2両だけになった小野田支隊は負傷者を後送し、乗る戦車が無い戦車兵を歩兵として配置して避難民を守る防衛線を敷いている。


 「日本軍はいつまでまで攻勢をするのだ?」

 第18装甲軍団司令官のアショフは第十三軍の動きを読みかねた。

 アショフからすれば正面からの攻勢を続ける第十三軍の動きは理解しがたいものがある。

 「当面は敵の攻勢を受け止め、敵が攻勢限界に来たら反撃に転じたいところだな」

 アショフは作戦構想を参謀達に述べる。

 「攻勢は進撃ですか?」と参謀は尋ねる。反撃の目的を問いている。

 「そこまではしない。あくまで日本軍に攻める気を無くさせるぐらいの撃退を目的とする」

 アショフは軍団の目的を決める。

 突発的な戦闘であり、何よりムンバイはまだ陥落していない。他所へ進撃する時ではないとアショフは判断した。


 空の戦いは日本軍が不利になりつつあった。

 ジェット戦闘機であるMe262やTa183が飛来すると、熟練が乗る烈風や紫電改に疾風・五式戦は翻弄される。

 特にMe262とTa183はその速さを生かして日本軍戦闘機の護衛をすり抜け、「銀河」や「飛龍」など爆撃機を襲った。

 午前九時にはとうとう日本軍は航空攻勢を中止する。

 「空が静かになった…」

 小野田はドイツ軍戦闘機だけが飛ぶ空を見る。汗がより流れるようだ。

 今度はこっちに爆弾が落ちる方になる。

 そうなれば、前線のドイツ軍は反撃に出るだろう。

 戦車が2両と戦車兵を編入した機動歩兵中隊の130人が小野田の戦力だ。

 「今度こそ玉砕か」と改めて最期を覚悟する。

 そう思いを巡らしている間にドイツ軍機が小野田支隊や前線の日本軍の頭上に近づく。

 小野田は装甲兵車から出ようとしていた。

 「何をしている?降りて伏せるんだ」

 加藤が無線に向かっていた。何やら通信を聞いているらしく、右手は鉛筆で受信している内容を紙に書き留めている。

 「敵機が来るぞ!空襲だぞ!」

 それでも小野田はこのままでは加藤が危ないと大声で呼びかける。

 すると、加藤は書き留めを終え、跳ねる様に無線機から離れる。

 小野田は自分の呼びかけに加藤が応じたのだと、ヤレヤレと思い肩をすくめる。

 「支隊長、良い報せがあります」

 小野田の前へ来た加藤は明るい顔で言った。


 「敵は爆撃を受けて止まりました」

 アショフは空軍の爆撃で第十三軍の攻勢が止まった報せを受ける。

 「よし、反撃に転じるぞ」

 アショフは第18装甲軍団に防御から攻撃に移るよう命じた。

 空軍による爆撃が終わると、砲兵による短い支援射撃の後で戦車や歩兵が前進する。

 「さて、ケリを付けようか」

 エルトルは別の戦車大隊に編入されて、小野田支隊との戦いを続ける事となっていた。

 部隊の指揮権は無いが、ここまで続けた戦いの決着を着けられると意気を高める。

 「戦闘用意」

 小野田は無事だった装甲兵車の中から命じる。

 命じてから加藤を見る。加藤は空襲が終わるや無線機の前に戻り通信を始めた。

 (アテにしているぞ海軍さん)

 小野田はそう加藤へ思いを向ける。

 「港へ戻る途中の戦艦が砲撃で支援してくれるそうです」

 空襲を受けながら聞いた加藤の報せに小野田は期待する。

 航空隊が去った今ではただ一つの援軍なのだから。

 「くそ、最後の戦車が・・・」

 残る三式中戦車がパンターから遠距離の射撃を受けて全て撃破された。

 もはや歩兵だけ。僅かな対戦車噴進砲と、その場にあった瓶で作った火炎瓶に束ねた手榴弾で敵戦車と戦わねばならない。

 (これだと間に合わんか…)

 目前に迫るパンターの群れを見て小野田は海軍の支援は間に合わないのではと考える。

 戦艦と通信をし続けているであろう加藤を後方へ行かせるべきだと思えた。

 「加藤中尉、通信を続けたまま後方へ行くんだ」

 小野田は加藤へ言う。

 「お気遣い感謝します。ですが、大丈夫ですよ」

 加藤は小野田へ微笑む。

 すると、敵軍の方で猛烈な爆発が幾つも起きる。

 「間に合ったか」

 「はい、今度は戦艦2隻です」

 「そいつは凄い」

 小野田は無邪気に喜ぶ。

 この艦砲射撃をしているのは第二艦隊第二遊撃部隊の戦艦「阿蘇」と「羅臼」だ。

 インド洋第1艦隊との戦いに加われなかった第二遊撃部隊は損害が無かった事もあり、艦隊司令長官の三川大将は「信濃」に代わっての艦砲射撃を命じた。

 上空は空母「千歳」から飛来した「烈風」が援護し、「阿蘇」と「羅臼」は加藤が示した地点へ砲撃を加える。

 「また軍艦か!」

 エルトルはまた自分が艦砲射撃を受けている事に悪態をついた。

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