第50話 小野田支隊死守する
エルトル大隊と小野田支隊は真正面から撃ち合う。
もはや空は明るさを増して行き、エルトル大隊は暗視装置を必要とはしない。
陽の光が増すと照準器でより狙えるようになる。
パンターの70口径75ミリ砲は三式中戦車を正面から撃ち、貫く。
「陣地を変えながら戦うんだ」
小野田はそう命じる。対抗策は同じ位置に居続けず、パンターに狙い易くされない事ぐらいだ。
だが、それでも敵の正面に立つ事に変わりない。
砲塔の正面からでも三式中戦車はパンターの砲撃で撃破される。
稀に砲塔の角で弾く事はあるが、パンターの75ミリ砲弾に耐えられる装甲では無い。
それでも背後を通るムンバイからの市民達を守らねばならない。
ドイツ軍に通告して「市民が避難している。攻撃を控えて欲しい」と言うべきだったかもしれない。
だが、日本軍とインド軍の間でこのムンバイからの自力脱出は通知されていない。
日本軍もインド軍と接触して初めて知ったのだ。
だから突如「市民達の為に攻撃を控えて欲しい」と言うのは日本軍の攻撃をさせない策略だとドイツ軍に思わせてしまう
敵同士の不信が人道的行動を不可能にする。
だから小野田支隊は身体を張らねばならない。
「撃て、撃てば撃破できなくとも、敵を少しは脅かせる!」
三式中戦車は野砲を転用した38口径75ミリ砲を装備している。同じ75ミリでも威力ではパンターの70口径75ミリ砲が貫通力が高い。
だが、パンターを全く貫けぬ訳では無い。
それが少しでも、ドイツ戦車兵に攻撃の手を緩めさせる脅しになればと日本戦車兵は撃つ。
「くそ、粘るじゃないか」
エルトルは一気に突き崩したかったが、小野田支隊は陣地を変える以外の動きはしない。
後退する動きは見せない。
逆に履帯を撃たれて動きを止められたり、何度も砲塔が被弾して砲塔を旋回する装置が損傷したパンターが出ている。
この粘り強さが民間人を守る為だとはエルトルは知る由も無い。
「進め、進め、決着を着けるのだ!」
エルトルは無線で激を飛ばす。
その激に応える様にパンターは小野田支隊を食いつこうと飛びかかるように前進する。
次々に砲塔や車体前面を貫かれて爆砕する三式中戦車
これを一式半装軌装甲兵車の車上から目の当たりにする小野田
さすがに背中に冷たい汗が流れる。
「もはやこれまでか・・・」
本当に玉砕する。しかし退けない。
だが、指揮官として最期まで指揮せねばならない。
小野田は腰にある九四式拳銃と、軍刀があるかを手で思わず確かめる。
「加藤中尉、下車して歩兵第五連隊に合流するんだ。海軍さんを巻き込めない」
小野田はまだ無線機に向かい合う加藤へ話しかける。海軍の加藤まで玉砕させるのは忍びない。
「いいえ、留まります」
加藤は固く断る。
「義理を通さなくて良い、行くんだ」
小野田は加藤に行くよう促す。
「支隊長、もうすぐ応援が来ます。ですから離れません」
加藤はそう言って動かない。
「応援?戦艦は移動したのだろう?」
「戦艦では無く、空から来ます」
加藤がそう言うので、小野田は思わず空を見上げる。
もはや空は雲も見えるほどに明るくなっている。あとは陽が出るだけだ。
そんな空を勢い良く飛び越える幾つもの影を小野田は見た。
飛び越えた影は戦場の上空を通過すると、旋回して戻り、低空で再び侵入する。
「ヤーボか?まさか」
エルトルは焦る。ここに来て敵機が来たのかと。
エルトルの懸念は当たった。舞い戻ったその機体は主翼のロケット弾や胴体に装着している爆弾を投下する。
さすがのパンターも頭上からの攻撃には弱い。
たちまち2両のパンターが擱座する。
「日の丸、味方だ!」
小野田は再度頭上を飛び越えたその機体を見た。翼に大きな日の丸が見えた。
「間に合った・・・」
加藤は無線機で航空隊が出撃した事は分かっていたが間に合うかどうか分からなかった。だから少し脱力するように安堵する。
小野田支隊の上空に飛来したのは彗星艦上爆撃機だ。
艦上機ではあるが、印度の海軍航空隊では対地攻撃を担う機体だ。
その彗星を運用する部隊には夜間攻撃専門の部隊もあり、陸攻以上に彗星は出撃している。
「くそ、後退だ。畜生!」
エルトルは彗星による空襲で完全に出鼻を挫かれた。
隠れようもない場所で彗星と、次いで現れた爆装した零戦六二型による襲撃を受けてパンターは次々と撃破される。
もはや小野田支隊に止めを刺すどころではない、エルトルの戦闘団が全滅の危機に瀕していた。
エルトルは後退し、空襲から逃れる他なかった。
こうして小野田支隊は窮地を逃れたが、残る動ける戦車は三式中戦車2両だけであった。
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