第49話 夜明け頃
インドの夜が明けようとしていた。
暗夜の黒から青白い陽が照らし始める空の色になる。
歩兵第五連隊の将兵は少し明さが生じる中でインド軍と合流した。
お互いに話せる者は僅かであったが、互いに出会えた事を笑みや仕草で向け合った。
「頑張ったな!」「ご苦労さん!」
とインド兵へ声をかける日本兵
「やっと会えた」「来てくれたんだな」
インド兵も合流出来た日本軍に対して安堵の感情を言葉に出していた。
「インド陸軍少佐スレッシュ・コーリです。合流できた事を感謝します」
コーリは渕上に合うと敬礼して挨拶する。
(敬礼の仕方はイギリス軍風の手のひらを見せる方だ)
「我が軍の後ろに民間人を大勢連れて来ています。この民間人も合流させてください」
だが、ここで合流を喜んでばかりはいられない。
コーリはムンバイから連れて来た十万人の民間人も含めて合流させて欲しいと渕上へ頼む込む。
「分かった。こっちも人を出して手伝おう」
渕上はコーリの求めに応じて大隊も民間人の収容を手伝う事にした。
「民間人を急いで進ませるんだ。夜明けになると空襲される」
渕上は部下へそう命じた。制空権はこちらに無い。
ドイツ軍の戦闘機や爆撃機が飛来すればひとたまりもない。だから急がせる必要がある。
だが、ドイツ軍やアラブ義勇軍に撃たれながら一晩中歩き、走った彼ら彼女らは疲労困憊していた。急がせようにも限界だ。
「負傷者や老人を背負え」
日本軍の小隊長がムンバイからの民間人達を見て兵達にそう命じる。
だが、日本兵だけで背負える人数はそんなに多くない。
「頑張れ、もう少しだ」
日本語であるが、そう励ますしかない。
「みんな!日本軍と合流出来たぞ。もう少し頑張ってくれ!」
戻って来たコーリが民間人達へ向かって叫ぶ。
その声に疲れたインド人達も顔に少しだけ気力が戻ったように見えた。
「軍人さん、やったな」
コーリへ話かけたのはムンバイの港でコーリに掴みかかった親父だった。
その親父は妻らしい女性と少年一人を連れている。
「付いて来て良かったぜ。今度は戦争終わってからお礼をしたい」
親父は陽気に感謝をコーリにする。
「礼はいらない、これが私の使命だ。戦争が終わったら家族ぐるみで祝おう」
コーリはそう答えた。
親父は「そうしよう、それが良い。ではまたな」と言って先へ進んだ。
コーリはあの親父の家族で子供が一人居ないのを気づいていた。だが、あえて言わなかった。今度会った時にお悔やみを言おうと。
「艦隊を集結させよ」
インド軍と日本軍が合流した時に「信濃」で三川は支援砲撃の終了を命じ、分散している第二艦隊の集結を命じた。
ドイツ軍の戦艦艦隊は退き、海上輸送任務は失敗であるが輸送船団の撤収はできている。
陸でのムンバイからの軍民の撤収を収容できたかどうについては、まだ情報が届いていないものの、留まるには限界が迫っていた。
空母「千歳」と「千代田」が三川が直に率いる主隊にはあるものの、あえてドイツ空軍の襲来を受ける訳にはいかない。
宇垣の前衛部隊や警戒部隊などと合流してから、ドイツ空軍の攻撃圏内から退くのだ。
「後は航空隊に任せるぞ」
三川は連合艦隊司令部からの通達で、夜明けと共に陸海軍航空隊が第十三軍の援護に出撃する事を知っている。だからこそ「信濃」の砲撃を切り上げる判断が出来た。
こうして「信濃」はインド洋の外洋へと向かう。
「支隊は民間人の移動を守る、一歩も退くな」
小野田はエルトルの大隊と戦闘を続けていた。
幾ら戦力を側面や後方へ送り込んで攪乱はしてもエルトルの大隊の戦力は健在だ。
今は一時の再集結で攻勢を止めているが。再度攻めて来るだろう。
戦力は戦車大隊があるとはいえ、戦車が2個中隊であるしパンターよりも劣る三式中戦車チヌだ。質量ともに劣勢
しかも敵の戦車大隊は増援を受けている。
何度も戦い、さすがにいつまでエルトルの大隊を抑えられるか危うくなっている。
そこへ大勢の民間人が背後を通る。守らねばならない。
「いざとなれば戦車をぶつけてでもだな」
小野田はエルトル大隊が突破した時は戦車をぶつけて、身を挺して守らねばと。
「敵が前進を開始、戦車を中央に側面は装甲車を配置、装甲車に乗った歩兵が続行している」
捜索中隊がエルトル大隊もとい、エルトル戦闘団の前進を告げる。
攻撃の中核である戦車を中央に配して、側面に装甲偵察部隊のSd Kfz 232やSd Kfz 234と言った装甲偵察車輌が戦車の側面を警戒して歩兵による攻撃を警戒している。
「今度こそ突破だ。側面も背後は気にするな」
エルトルはそう命じる。突撃砲の小隊がエルトルの下に到着した事でエルトルは背後を突撃砲小隊と装甲擲弾兵の小隊を配置して背後を固めた。
これで日本軍の攪乱攻撃を気にせず正面を攻められる。
パンターと三式チヌとの性能差で押し通ってやるとエルトルは決意していた。
対する小野田支隊は戦力が消耗し、支隊の全戦力を正面に配置していた。もはや奇策のように戦力の一部を割くような事はできない。
ただ、残された戦力でムンバイから避難する民間人の盾として立つのみ。
「海軍の支援はできるか?」
小野田は加藤へ尋ねる。
「残念ですが、戦艦<信濃>は移動しました。砲撃支援はできません」
加藤はすまなそうに言う。
小野田は「仕方ないさ」と加藤を労う。
「さて、覚悟を決めるか」
小野田は目を細めて前進するエルトルの戦車を睨みながら言った。
玉砕してでも民間人を守るのだと。
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