知りたがり

「せんぱーい、お昼一緒に食べましょー!」

 月曜日、学校の昼休みチャイムと同時に声がする。

 扉の方を向くと彼女、小田巻は私の教室に入って来た。

「あんたここに来るの何度目よ」

「えーと……先週から毎日でしょ……十一回目?」

 二週間来てるのか。

「先輩の教室に来てアウェイとか感じないの?」

「何でアウェイを感じるんですか?」

 ああ、こう言う奴だった。

「でも、何だかんだ言って一緒に食べてくれるんですよね、先輩」

 小首を傾げるな。

「追い払う理由も無いからね」

「先輩やっさしー」

「あ、今追い出す理由出来たわ」

「え、嘘ですよね」

 そんな捨てられる子犬みたいな目を向けるな。

「はぁ、さっさと食べるわよ」

「はーい」


「ごちそーさまでしたー!」

「ほら早く帰った」

「えーつれないですねー。まあ次が教室移動なんで戻りますけど」

 そう言って彼女は扉に寄って行く。

「それじゃあ先輩、また明日」

 笑った彼女は出て行った。

 男だったらああ言う笑顔に惚れちゃったりするんだろうな。

 などとどうでもいい事を考えてると一人の男子が近づいて来る。

「薄雪さんも大変だね」

 こいつは私のクラスの委員長。今日も眼鏡が似合ってる。名前は知らない。

「も、って?」

「ん? ああ実は前まで僕も彼女に絡まれてたんだ」

 おっと?

「それがここ二週間位ぴたりと止んだんだ」

「何か心辺りは?」

「無い、と言えば嘘になるかな。個人的な事だから言えないけど」

 振られた相手ってこいつか。

「何でわざわざそんな事を私に」

「んー親近感、かな」

 そんな親しみを持たれる覚えは無い。

 私は面倒になり立ち上がる。

「どこか行くのかい?」

 こいつは何なんだ。

「女の子に言わせます?」

 私は目一杯の笑顔を向けてみる。

 彼は一瞬考える素振りを見せ、ハッとした表情になり

「ごごご、ごめんね」

 と、言って来た。

「別に」

 私は席を立った。


 目を覚ます。

 あれ、私何してたっけ?

 そう思い辺り見る。

 いつもの教室、窓の外は赤く、綺麗な夕焼けだった。

 そしてその景色を邪魔する様に委員長が立っていた。私の顔を見ながら。

「おはよう」

「……おはよう」

 まさか挨拶されるとは思わなかった。普通に挨拶仕返してしまう。

 状況が飲み込めなかった。

 たしか私は授業を受けてて、暇だったから、

「薄雪さん今まで寝てたんだよ」

 こいつ私の台詞取りやがった。

「そうみたいね」

 私は起き上がり、伸びをする。

「で、あなたはここで人の寝顔を見て何をしているの」

「可愛いなーって思ってた」

 爽やかな笑みを浮かべる。

「悪いとは思ったけど、あまりに気持ち良さそうに寝てるから」

 こう言う台詞も好きな人に言われるなら良いんだろうけど。

 それより、

「私バイト行かないとだから」

 そう言い立ち去ろうとするが、

「待って」

 と、呼び止められる。

 この流れはまずい。

 彼は迫って来る。

「話したい事がある」

 私は無い。

「前から君の事が好きだったんだ」

 ああ、嫌な展開だ。

 彼は私の手を取り、

「付き合って欲しい」

 と、言って来た。

「気持ち悪い」

「え」

 しまった。口に出てしまった。

 思った時には遅かった。

「気持ち悪いって言ったの」

 私は開き直る。

「人が後輩と話した後話しかけて来るとか、こうして人の寝顔を勝手に見るとか」

 手を払う。

「こうして勝手に触れて来るとか、酷く気持ち悪い」

 彼は青ざめている。

「だから私はあなたと付き合えない」

 私は踵を返す。

「さよなら。これからは極力近づかないで」

 教室を出る。

 扉の陰には小田巻が隠れていた。

 気まずそうな顔をこちらに向ける。

「行くわよ」

 私は小声で言う。

 彼女はコクリと頷き付いて来る。

 お互いに黙って歩く。

 先に声を発したのは小田巻の方だった。

「せ、先輩。バイトなら早く行かないとですね!」

「ああ、あれ嘘ね」

「へ?」

「ああでも言わないと逃げれない気がして」

「そうだったんですか」

 ……会話が続かない。

「それにしても、あんたよくあんなのが好きになったわね」

「へ? な、何がですか」

「あんたが告白したのはあいつでしょ?」

「……何で知ってるんですか」

「あいつが教えてくれたよ。付きまとわれてるって」

「こ、告白したって」

「それは後藤さんから聞いた」

「うー……」

 彼女は赤くなっている。

 こうしていると可愛げがある。

「長松君は気持ち悪くないです!」

 おっと。

 彼女は頬を赤らめながら喚き散らす。

「長松君は誰にでも優しくて、皆の人気者で、頭も良くて、運動も出来て――」

「そんなとこが好きなの?」

「……いえ」

 意外だった。

 彼女の事だから優しくされたからとかって理由で好きになったと思ってた。

「長松君、いつも寂しそうにしてたんです。いつも教室に最後まで残ってて。それで話を聞いたら、皆親しくしてくれるけどどこか余所余所しくて、って。だから私は彼を励ましてあげたくて。それで、それで……」

 途中から彼女は泣き出していた。

「そうなんだ」

「はい……」

「一つ言わせて貰えば、くだらないわね」

「え」

「友達がどうとか。そんなものくだらない。親しくしてくれるなそれで良いじゃない」

 言いながら柄にも無いな、なんて思う。

「それに、こんなに慕ってくれる後輩ちゃんもいるって言うのに」

「私はそんなに大した者じゃ……」

 そう言いながらも嬉しそうだ。

「あれだったら殺してでも奪い取る、みたいな」

「殺してでも……」

「比喩ね。押し倒す位はしちゃえば」

「私にそんな事」

「当たって砕けろ、よ」

「そうですね」

 彼女は嬉しそうだ。

 次に会った時の事でも考えているのだろうか。


「ふーん。そんな事が」

 家に帰り食事をしながらさっきの事を話す。

 後藤さんは興味無さそうだ。

「だからと言ってどうとか無いけどね」

「らしく無いと言えばらしく無いな」

「でしょ。自分でも不思議なの」

「殺してでもって表現はお前らしいけどな」

「私だったらそうしちゃうかもね」

「え」

「好きな人に振られたら」

「それはまた過激な事で」

 その時になってみないと分からないけど。

「あれじゃないかな」

「何が?」

「そう言う事言った理由。どっか自分と重ねたとか」

「そうなのかな?」

「さあ?」

「無責任な」

 でも、そうなのかな。

 分からないや。


 次の日、彼女が私の前に現れる事は無かった。


 あれから一週間、何も無かった。

 平和で良いと言えば良いが、何か物足りなさを感じていた。

「後藤さん、暇です」

「バイト中に何言ってんだ」

 レジカウンターの中で話す。

「最近何も無いんですよ」

「平和で良いじゃないか」

「それはさっき言いました」

「言ってたか?」

「人を殺すのにも慣れてきちゃいましたし」

「それは慣れちゃまずいだろ」

「兎に角、刺激が足りないんですよ」

「タバスコでも飲むか?」

「とりあえず死んでみますか? 後藤さん」

「結構です」

 そんなやり取りをしていると店の扉が開く。

「いらっしゃいませー」

 と後藤さんが言う。

 私も続けて言おうとするが、

「先輩!」

 声に遮られる。

 声の主は私に近づく。

「久し振りね」

「はい!」

 と、小田巻は屈託の無い笑みで言う。

「先輩のおかげで上手くいきました!」

 意外な報告に驚く。

「そうなんだ。それで、何でここに?」

「一番に先輩に教えたくて!」

 身を乗り出して来る。

「ですからバイト終わったら是非家に来て下さい!」

「二人の邪魔をする訳にはいかないわよ」

 それっぽい言い分で逃げようとするが、

「良いんですよ。先輩には御恩がありますから」

 断れ無い雰囲気だ。正直面倒、だが暇つぶしにはなるだろう。


「なあ、俺は行かなくて良いだろ」

「何言ってるんです。後藤さんも行った方が面白いですよ」

「それ、俺は面白くないよな」

 バイト後、私達は小田巻家の前にいた。至って普通のアパートだ。

「もういいですよ。私一人で行って来ますから」

「気を付けてなー」


 ピンポーン。

 と無機質な音が鳴る。

 数秒後扉が開き、中から小田巻が出て来る。

「先輩いらっしゃい!」

 彼女の声や表情は明るいが、それに比例する様に扉の中は暗かった。

「ささ、入って下さいよ」

 彼女に招かれ室内に。

 玄関を入ってすぐ横に流しがあった。

 靴を脱ぎ奥へと進む。

 左右に扉が一つずつ。その内の片方の扉が開かれる。

「彼と御対めーん」

 部屋の中には机が一つに椅子が二脚、その内一つの椅子には何かが座っていた。

 私にはそこに『彼』は見えなかった。

 『彼』だったものが椅子に括り付けられている様にしか見えなかった。

「長松君、私達を応援してくれた先輩だよ」

 彼女は彼だったものに話しかける。

「うんうん、そうなんだよ」

 まるで話しているかの様に相槌を打つ。

 彼女にはきっと彼の声が聞こえているのであろう。

「ねえ、それは?」

 私は彼女に尋ねる。

「もう、先輩ったら。それ、なんて酷いですよ。長松君ですよ。愛しの」

 頬を赤らめながら言う。

「先輩と話してから私色々考えて、言われた通り当たってみたんです」

 何も聞いていないのに語りだす。

「そしたら彼も考え直してくれたみたいで」

「それでこうなったと」

「はい!」

 当たったのは彼女の思い以外も含まれそうだ。

 彼だったものを観察してみると脇腹の辺りだけ赤黒く染まっていた。

 おそらく出血多量で死んだのだろう。

 私は閃く。

「あ、小田巻さん」

「何ですか?」

「折角だからお祝いの為に何か作ってあげるわよ」

「本当ですか!」

「だから台所借りるわね」

「はい! 長松君、良かったね」

 彼女は空いていた椅子に座り談笑、もとい独り言をしている。

 さて、

 私は台所に行き包丁を探す。簡単に見つかった。

 包丁を持ち、彼女の下に向かう。

 後ろに立ち、包丁を振り被り、柄で思い切りこめかみを打つ。

 彼女は倒れこんだ。

 おお、こんなにも上手く行くとは。


「う、ん?」

 小田巻が目を覚ます。

「先輩、これどう言う事ですか?」

 彼女は今、彼だったものと同じ状態、椅子に括り付けられた状態だ。

「何って拘束しただけよ」

「何でこんな事するんですか」

 彼女は今にも泣きそうだ。

「あ、もしかして嫉妬ですか? 私と長松君が付き合い始めたのが羨ましくて」

 今度は笑顔になる。表情がコロコロ変わる。

「別に嫉妬じゃ無いわよ。ただ、対称にしたかっただけ」

「対称?」

「今の光景、横から見ると丁度対象になるの」

「ならもう良いでしょ? 早く解いて下さいよ」

「だけど違う所がいくつかあって」

「性別とか体型ですよね」

「それもそうだけど、一番に」

 雰囲気を出す為少し溜める。

「あなた、生きてるでしょ?」

 決まった。今の私凄く悪役ぽくっていい。

 彼女は私の言葉に息を詰まらせている。

「そう言う訳で」

 私は手に持っていた包丁で彼女の脇腹を刺し、

「死んでくれるかな?」

 捻る。

「――」

 彼女は声にならない悲鳴を上げる。

 包丁を引き抜くと血が溢れてくる。

「嫌だ嫌だ嫌だ」

 彼女は目を見開きぶつぶつと呟いている。

 後は死ぬまで放置するだけか。


「死にたくない死にたくない」

 ぼーっと眺めていたらいつの間にか「嫌だ」は「死にたくない」になっていた。


「いい加減殺してよ!」

 急に彼女は叫びだした。

「もう、びっくりするなあ」

「こんなに苦しいのはもう嫌だ!」

「えー、でもすぐに死んじゃったらつまらないじゃない」

 彼女は歯を食いしばっている。

 なかなか耐えるなあ。


「――」

 もはや何を言ってるか聞き取れなかった。

 彼女は項垂れていた。

 しかし彼女は楽しそうだった。

 何と言っても口元が吊り上がっていたからだ。相変わらず目は見開いている。

 そろそろ限界かな。


「元気してる?」

 返事が無い、ただの屍のようだ。

 さあ、帰ろうか。


 車に戻ると後藤さんは寝ていた。

 流石に時間を掛け過ぎたか。

 扉を開け中に入る。と、その時の音で後藤さんは目を覚ます。

「おはようございます」

「ああ、やっと帰って来たか」

「すみません、遅くなって」

「別に。何話してたんだ?」

「んー、恋バナですかね」

「ふーん」

 興味無さげだ。

「誰かを狂うほど愛す、って私分からなかったので聞こうと思ったんですけどね」

「狂うほどねえ」

「結局分からず仕舞いですよ。そうですね、」


「今度会った時にでも、また教えてもらいましょうかね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たがり少女は 桜 導仮 @touka319

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る