避けたがり
「あ、履歴書持ってきたんだ」
彼女の言葉に呆気を取られた。
「面接の時って履歴書を持ってくるものでは無いのでしょうか?」
「うーん。私はそう言うのの管理とか嫌いだし、何より」
不適に微笑む。
「実際に会って観察した方が面白いでしょ」
「……」
何も言えない。言いたい事はあるが。
「何か言いたそうな顔をしているね刺草君」
拒否権は……無さそうだ。
「……あんまり良い趣味とは思えません」
「趣味……趣味か。強ち間違いでは無いな」
うん、と頷き彼女は一つ咳払いをする。
「さて」
空気が変わる。
「それでは面接を始めよう。元強盗犯の
「……何の事ですか」
「これこれ刺草君、面接中は私語を謹みたまえ」
「……すみません」
「では、改めてよろしく」
「よろしくお願いします」
「あ、後藤さん。どうでしたか?」
裏から出てきた俺に対し菊花が言ってくる。
「俺は後藤じゃねえ」
「今更良いじゃないですか。で、どうでした?」
「一応採用して貰える事になった」
「おお! それは良かったですね」
「ああ、そうだな」
「何でそんなにやつれてるんですか?」
彼女が俺の顔を覗きこみ不思議そうな顔をしてくる。
「根掘り葉掘り聞かれたからだよ」
「
「まあとりあえず今日から働く事になった」
「私の方が先輩なんですから、ちゃんと言う事を聞いてくださいね」
「はいはい」
こうして俺のバイト生活は始まった。
「お前、要領悪くないか?」
帰り道の車内、俺は薄雪に言った。
「別に良いじゃないですか。人も殆ど来ないんですから」
「だからって行動の順番とかグチャグチャだったし」
「真徒ちゃんが何も言わないんで大丈夫ですよ」
本当に良いのか?
「あーもう。後藤さんのせいで嫌な気分になりました」
「知らねーよ」
「今日は誰か殺します」
「えー」
「文句言わないでください」
面倒な奴だ。
「この先の路地裏とか良くないですか?」
「今からやんのか?」
「当然」
また血生臭くなるのか。
「じゃあここで待ってて下さいね。終わり次第戻りますから」
そう言って彼女は車から出ていき裏道に続く道に向かう。
にしてもあの店長は何者なんだ?
強盗に入ったのばれてたし。
「はあ……」
溜息が零れる。
ここから先やって行けるのか。
菊花の殺人も。
親を殺してから、彼女はまだ殺人を続けていた。
あれから一ヶ月は経つのか。
俺があの時言ってなかったら良かったのだろうか。
「はあ……」
そうなんだろうな。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
あれから数分、路地裏の方に目をやると菊花が走って来るのが見えた。
いつものレインコートは赤くなり、手に持つ包丁も赤い液体を垂らしていた。
彼女は車のドアを開け駆け込むと、
「すぐに出して下さい!」
そう言ってきた。
彼女の切羽詰まった顔は久しぶりに見た。
俺はアクセルを踏み込むが、目の前に人が飛び出してきた。
咄嗟にブレーキを踏む。
「後藤さん良いから早く行って下さい!」
そうは言われても人が目の前にいるのだ。
「俺は犯人になりたくないのだが」
「大丈夫ですよ! 共犯者の段階で捕まる時は一緒です!」
俺に逃げ道はもう無いと。
そんなやり取りをしている間に飛び出してきた人物は後部座席の方に向かって歩いている。
見た目は菊花と同じか少し低い位の背丈、中肉中背といった感じだ。
服は菊花と同じ学校の制服だった。
彼女は後部座席の扉を開け中に入る。
「お願いです! 私を殺して下さい!」
俺が聞いた彼女の初めて聞いた声だった。
「嫌よ」
「何でですか!」
「何で私があなたを殺さなきゃいけないのよ」
何で俺がお前の殺しを手伝わなきゃいけないんだよ。
「だって自分で死ぬのは怖いじゃないですか。かと言って誰かに殺されようにも殺してくれる人っていないじゃないですか」
「それで私だと?」
「はい。さっきの手際はすごかったですもん!」
あー、見られたのか。
「自分より背が高い人をあんな一瞬でやっちゃうなんて! もうこれは運命ですよ!」
「もう殺してあげれば良いんじゃない?」
ついつい口を挿んでしまって。
菊花からは睨まれ、女の子からは笑顔を向けられる。
「そうですよね! ほら運転手さんもこう言ってくれてますし」
「嫌よ」
「えー。あ、もしかして不意打ちじゃないからとかですか? それならそうと言ってくれれば良かったのに」
彼女はこちらの事などお構いなしにまくしたてる。
「それでは今日はおいとまします。殺したくなったらいつでも殺していいですからね」
車のドアを開け、
「失礼しました」
そう言って去っていった。
「何だったの? あの子」
菊花に聞く。
「知らないわよ」
「知り合いじゃないのか?」
「私の知り合いに自分から殺してくれなんて言う人いないわよ。第一、どこの誰だか知らないし」
「制服見る限り同じ学校じゃないか?」
「私が全校生徒覚えてると思う」
思わない。が、言わない。
「にしても、厄介のに絡まれたわね」
「別に無視すればいいんじゃないか?」
「同じ学校なのよ。なんだったら学校でばらされようものなら私達は終わりよ」
俺も巻き込まれるのね。
「まあ、なんとかするわよ」
先行きが不安だ。
「いやー私も送ってもらっちゃってすみませんね」
バイト帰りの車の中、あの時の彼女こと
「……なんで毎度ついて来るのかしら」
「まあまあ、殺してくれたらついて回らないですから」
ついて回れないが正しいのでは。
「嫌よ。私はこれ以上罪を重ねたくないの」
嘘だ。
「えー! そしたら私の死にたい欲はどうしたらいいんですか!」
「知らないわよ」
小田巻が一緒に帰るようになってから菊花は殺しをするのを辞めている。
今日で彼女と会って一週間か。
「この辺でいいか?」
俺は小田巻に聞く。
「あ、ありがとうございます」
彼女はそう言って車から降りる。
「それじゃあ先輩、また明日」
彼女はそう言って走り去っていった。
「また明日、ね」
菊花が呟く。
「どうした?」
「あの子何で殺されたいのかしらね」
「前のお前と似たような理由なんじゃね」
「絶対に違う」
彼女は言い切る。
「何故そう思う」
「私と同じだったら眉はあんなに上がらない」
こいつは何処を見てるんだ。
「空元気なんじゃね」
「声のトーンも高い」
「……お前は探偵でも目指してんのか」
「別に」
菊花の顔に影が落ちる。
「人の顔を窺って生きてきたせいで分かるだけよ」
答え辛い。
「別に後藤さんが気にする事じゃ無いですよ」
「それも顔色を窺って?」
「後藤さんは割と分かりやすいですよ」
「まじか。基本無表情でいるつもりなんだがな」
「顔色を隠したいなら無表情はやめた方がいいですよ」
何故だ?
と、俺が思うと同時に菊花が続ける。
「無表情って言うのは顔が変化した時すごく分かりやすいんですよ」
「……今続けたのも?」
「後藤さんが気になってる顔をしたので」
「そんなに顔に出てたか」
「逆に怒り顔とか笑い顔と、そう言う顔の方が変化が分かりづらいんですよ」
「元から形が変わってるからか」
「ご明察。あくまでも私の自論ですけどね」
「いや、普通に感心した」
「そう言ってもらえると普通に嬉しいですね」
そう言って彼女は微笑む。
「だからポーカーフェイスって私は無表情じゃなくて感情のこもった表情だと思うんですよ」
「お前は本当に年甲斐が無いな」
「私は大人ですからねー」
「それは無い」
「つれないですねー」
つられてたまるか。
「先輩、今日はお休みなんですね」
次の日、バイト先のコンビニもどきで仕事中、小田巻が訪ねてきた。
「ああ、軽い風邪みたいなもんだ」
もちろん嘘だ。昨日今日で風を引く様な奴ではない。馬鹿は風邪引かないしな。
昨日家に帰ると菊花は、
「いい加減殺す!」
と言っていつものレインコートと包丁を持って家を出ていった。
「殺してもらえないなんて残念です」
彼女が生きているという事は菊花の言った殺すとはまたその辺りの人なのだろう。巻き込まれないだけマシだ。
「あんまりここでそう言う話をするのはやめてくれないか」
「ああ、すみません。つい本音が」
それは言われなくても分かってる。
「他に普通の客とか来るかもだし。俺以外に店員だっているからな」
「はいはーい。すみませんでしたー」
こいつ……。
「お前、菊花の前意外だとふてぶてしいな」
「だって先輩の召使にペコペコする必要は無いでしょ?」
「分かった。お前はもう車には乗せない」
「ああ! すみません! 乗せて下さい!」
「現金な奴だ。……じゃあ一つ答えろ、そしたら乗せてやる」
「何でしょうか?」
「お前何でそんなに死のうとしてるんだ?」
「あー……」
しばしの沈黙。
「答えなきゃ駄目ですかね?」
「乗らなくていいなら」
「あー、そのですねー」
目は泳ぎ、指が宙をなぞる。
そんなに言い辛い事なのだろうか。
「実はですね……」
意を決した様にこちらを見る。
「好きな人に振られたんです!」
「はあ」
間抜けな声が出た。
「ちょっと何ですかその反応!」
「いや、そんな事かと思って」
「そんな事って何ですか!」
「高々振られた位だろ?」
小田巻は唖然としている。
「そんな事言われたら私の今までのは……」
項垂れる。
「無駄だったろうな」
「いや……まだだ」
「振られたんなら終わってるだろ」
彼女は睨みつけてくる。
「それは貴方の自論でしょう! 同じ女同士、先輩に聞けば賛同してくれるはずです!」
「まあ何でもいいけど」
「今に見てて下さいよ! 絶対に後悔させてやるんですから!」
そう言って彼女は走り去って行った。
何を後悔させる気なんだ?
「振られたから、ねえ」
家に帰り菊花に小田巻の話をした。
「そんな事って言ったら怒られた」
「女の子はそうなんじゃないですか」
「そう言うもんか」
「私は知りませんけどね」
「つまりお前は女じゃないと」
「殺しますよ」
洒落にならない。
「まあ、あいつの事なんてどうでもいいんですよ」
「抜け殻になっている人を殺すのに何の意味も無いですから」
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