殺したがり

「海だー!」

 海に着くとそう叫びたくなるのは何でだろう。

 私は裸足になり海水に足をつける。

「後藤さんは来ないんですか?」

 私は言う。

「後藤って誰だよ」

「ほら、強盗さんって呼ぶのもあれだから」

 我ながら安直な。

 しばらく波の音だけが聞こえる。

「さて、このまま真直ぐ進んで行けば私は死ねるのでしょうか?」

「さあな」

「冷たくないですかね」

「これからお前が冷たくなるんだから別にいいだろ」

「あ、その返しうまいですね。今度私も使おう」

 どこで使うか分からないけど。

「……」

「どうした、死なないのか?」

 私はその場に立ち尽くした。

「やっぱり、いざ死のうとすると怖くて」

「……さっきから思ってたんだがお前が死ぬ必要性はあるのか?」

 後藤さんが切り出す。

「死ぬ必要性があるとか無いとかじゃなくて私が生きる気力がもう無いだけです」

「じゃあ、お前の両親を殺しに行くか」

「は?」

「だからお前の両親を殺すんだよ」

「えっと、何でですか?」

「馬鹿は死ななきゃ治らないって言うだろ」

「言いますけど」

「だから殺す」

 言っている事を理解するまで少し時間が掛かった。

「ぷ」

 私は噴出す。

「あはははは」

「何が可笑しいんだよ」

 私は笑い続ける。

 しばらくして、

「あー面白かった」

「それは良かったな」

「いやー、私にその発想は無かったです」

「そうだろうな」

「強盗より重い犯罪ですよ?」

「で、どうする? やるか?」

 私にとっては一択だった。

「勿論。その方が私が死ぬより面白そうだし」

「面白そうって理由で人を殺すのか」

「提案したのはそっちだよ。でも良いの?」

「何が?」

「元々そっちは人を殺す予定は無かったんでしょ?」

「まあそうだが、お前の話を聞いてイライラしたから」

「イライラしたって理由で殺すの?」

「面白そうってよりは良いだろ」

「人を殺すのに良いも無いでしょ」

「それはそうだ」

「でもやるなら色々準備しなくちゃね」

「じゃあ戻るか」

「うん」


 私達は海に行った後、私の家に行く途中の百貨店で殺しに必要な物を揃えた。

「お前一人で大丈夫か?」

 後藤さんが話し掛けてくる。

「大丈夫だよ」

「本当にやるのか?」

 後藤さんは今更ビクビクしていた。

「大丈夫ですって」

 私は返り血を浴びても良い様にレインコートを着る。

「気をつけろよ」

 指紋が残らないようにゴム手袋をはめる。

「それじゃあ」

 後藤さんのモデルガンを握る。

「行ってきます」

 殺す為の包丁を握る。


 家の前に立つ。

 一日振りなのに懐かしく感じる。

 久しぶりだな我が一軒家よ。私のでは無いけど。

 扉に手を掛けると簡単に開いた。鍵は掛かってなかった。

 無用心だなー。

 自分の家なのにそんな事を考える。

「ただいまー」

 家に帰ってきたらちゃんと言わないとね。

 私の声が聞こえたからなのか父が部屋の奥から出てくる。

「こんな時間まで何をやっていたんだ!」

 時間は十二時丁度、0時とも言う。

 父の手には一升瓶。やっぱり飲んでたか。

「ごめんね、お父さん」

 私は左手に握ったモデルガンを父に向ける。

 酒で赤くなった父の顔が青くなってく。

「落ち着け、早まるな」

 父が何か言ってくる。

 そんな物は無視して私は詰め寄る。

 父は後ずさる。

「お父さん、私は落ち着いているよ」

 どんどん壁際に追い詰める。

「何が目的だ、金か」

「うーん確かにお金も欲しいけど」

 と言うか私の稼いだお金だけど。

 父が何かに躓き転ぶ。

「お父さんが死ぬ事かな」

 私は転んだ父の腹に右手に隠し持っていた包丁で刺す。

「ああああああ」

 父が叫ぶ。だらしないなー。

 私は父の腹から包丁を抜き、別の場所を刺す。

 何度も。

 何度も。

 次第に父は動かなくなっていく。

「もう終わりか」

 私は最後に父の喉を切った。

 うん。中々楽しかった。


「ただいまー」

「おかえり……」

「どうかしました?」

「いや、血生臭くて……」

 この人はやっぱり犯罪者には向かないなー。

「で、どうだった?」

 後藤さんが聞いてくる。

「楽しかったよ」

「人を殺すのが楽しいね……」

「そっちが提案した事なんだからね」

「分かってますよ」

「ちゃんと責任取ってよね」

「はいはい」

 しばしの沈黙。

 先に口を開いたのは後藤さんだった。

「これからどうする?」

「母の方かな」

「場所は分かるのか?」

「分かれる時にチラッと」

「……やるのかー」

「勿論」

「わかった。せめて明日にしてくれ」

「はーい」

 車が動き出す。

「お前はさ」

 後藤さんが喋りだす。

「母親の方を殺した後はどうするんだ?」

 私はさっき思いついた事を言ってみる。

「折角だから殺し屋業でも始めようかと」

「殺し屋業?」

「うん」

「俺は下りていいか」

「駄目」

「どうしても?」

「下りたら殺す」

「大分、雰囲気変わったね」

「こうなったのも後藤さんのせいなんだから」

「でも」

 男って諦めが悪いよね。

「後藤さんも強盗犯には変わり無いんだから」

「そうだけど」

「ちくりんさんが通報してたら後藤さんも捕まるよ」

「……分かったよ。諦めるよ」

「それでいいのだ」

「で、これからどうする?」

「うーん、とりあえず、誰か殺そう」

「それは殺し屋とは違うだろ」

「うーん。じゃあ、殺したがり屋みたいな」

「みたいなって言われても」

 しばしの沈黙。

「あ!」

 私は良い事を思いつく。

「何だ?」

「後藤さん戻ってください」

「まあ良いけど」

 私達は私の家に戻る。

「後藤さんも手伝ってください」

「何を?」

「父の首を切り落とすんです」

 後藤さんは変な顔をしている。

「は?」

「だから」

「いや聞こえてはいる。ただ意味が分からない」

 この人は何を言っているのだろう?

 私は首を傾げる。

「お前、普通に考えて首を切り落とす必要性は無いだろ」

「でもですよ、母に父の頭をプレゼントしたら面白そうじゃないですか?」

「……」

 明らかに引かれてる。

 なぜだろう。

「とにかく手伝ってください」

「……もう何でもいいよ」

 後藤さんの覇気は無くなっていた。

 私は家に入り元父の元に駆け寄る。

「良かったー」

 思わず声が出る。

「何が良かったんだ?」

「いやー、一心不乱に刺してたから顔に傷が付いて無いか心配だったんですよ」

「傷が付いたら不味いのか?」

「だって顔が分からなかったら意味無いじゃないですか」

「……もういいや」

 何か諦められた。

「じゃあ切りましょう。確か物置にのこぎりがあったはずです」

「何でそんな物があんだよ」

「昔は使ってたんじゃないですか?」

 私は物置からのこぎりを持ってきて後藤さんに渡す。

「え」

「私はもう疲れたので変わりにやってください」

「えー……」

「断った場合は」

「やらせていただきます」

 後藤さんはのこぎり片手に元父に近づく。

 元父を横たわらせ背中に足をかける。

「恨まないでくださいよ」

 そう言って歯を首に入れる。

 ゴリゴリと骨の削れる音がする。

「うわー」

 後藤さんが呟く。

 顔は青くなっていた。

 その後もゴリゴリと続いた。

 私はその光景をボーっと眺めていた。

 どれぐらい時間が経ったのだろう。

「終わったぞ」

 不意に言われる。

 少しの間寝ていたようだ。

 目を開けると目の前には元父の頭。

 その奥に後藤さんと頭の無い体。

 それを見ただけで私は楽しい気分になった。

「後藤さんありがとうございます」

「なら開放してもらいたいもんだな」

「駄目です」

 私は元父の頭を持ち、その辺りにあったビニール袋に入れる。

「やっぱ人の頭って重いですね」

「知らねーよ」

「行きましょうか」

「どこへ」

「後藤さんの家へ」

「その頭を持って?」

「この頭を持って」

「せめてクーラーボックスとかに入れてくれ」

「わかりましたよ」

 私は物置からクーラーボックスを取り出し、頭を入れる。

「これで良いですか」

「まあ良いだろう」

 そんなこんなで後藤さん宅に帰った。


 朝になり目を覚ますと見知らぬ天井。

 布団を私が使って良かったのだろうか。

 そんな事を考え、

 まあ良いか、とすます。

 起き上がり周りを見渡すと誰もいなかった。

 はて、後藤さんはいずこへ。

「ただいま」

 後藤さんの声がし、その方へ向く。

 後藤さんはコンビニの袋を持っていた。

「おかえりなさい」

「起きてたのか」

「御飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」

「飯にするぞ」

「……はーい」

 私達は御飯にする事にした。

 時間は七時半。

 話は後藤さんから始まった。

「今日本当にやるのか?」

「早めにやらないと頭腐っちゃうし」

「頭はどこかに埋めてやらないとか」

「埋めないしやる」

「……わかったよ」

「大丈夫だよ。殺すのは私がやるし」

「計画はどうするんだ」

「その場のノリで」

「でも、浮気で出て行ったのなら男もいるんじゃないか?」

「その辺りは大丈夫ですよ」

「大丈夫?」

「この間また振られたみたいですから」

「何で知ってるんだ」

「連絡とってますから」

 あの人も私にお金をせがむんですよね。

「とにかく大丈夫です」

「そうか」

「決行は今日の夜で」

「分かったよ」


 そして夜。

 母の住んでいる家の前。

 私は昨日と同じ様にレインコートを着て。包丁を握る。

 昨日と違うのは頭の入った袋を持っている事。

「それじゃあ行って来ます」

 後藤さんに言って私は車から降りた。


 ピンポーン

 そんな無機質な音が鳴る。

『はい』

 母の冷たい声が聞こえる。

「お母さん私」

 そう言うと回線は切れ扉が開く。

「あんたこんな時間に何の用なの」

 母は相変わらず冷たい。

「お母さんにプレゼントを持って来たの」

 私は袋の中身を地面に転がす。

「……何よこれ」

 母は絶句する。

「何ってお父さんの頭だよ」

「……狂ってる」

「何でこうなっちゃったんだろうね?」

 私は母に包丁を刺す。

「え」

 母は何をされたか理解出来ないようだった。

 私は包丁を引き抜く。

 そうすると母は後ろに倒れた。

 母は指された場所を押さえながら後ずさる。

「何が目的なの」

 詰め寄る。

「止めて」

 詰め寄る。

「来ないで!」

 私は首に狙いをつけて刺す。

 綺麗に包丁は喉に貫通こそはしなかったものの、刺さった。

 引き抜くとそこから血が溢れてきた。

「――」

 何かを言った用だったがすぐに気絶してしまった。

「今度もあっさり終わっちゃったな」

 そうだ。ついでに色々刺しておこう。


「ただいまー」

 車に乗り込み言う。

「……」

「匂いですか?」

「ああ」

 後藤さんの調子は明らかに悪そうだ。

「帰りましょうか」

「分かった」

 車が走り出す。

「お前はこれからどうするんだ?」

 後藤さんが聞いてくる。

「一旦家に帰って悲劇のヒロインでも演じますよ」

「じゃあお前の家に送れば良いな」

「お願いします」

 しばしの沈黙。

「家に来ませんか?」

 私は後藤さんに提案した。

「どう言う事だ」

「簡単な事です。家に来て一緒に暮らしませんか」

 後藤さんは黙る。

「一緒に暮らした方が後藤さんの家で暮らしてるよりも良いと思うんです」

「分かったよ。どうせ断ったら」

「勿論口封じの為に」

「はいはい。仰せのままに」

 そんな話をしてる間に家に付く。

 私は車を降りる。

「レインコートと包丁は一旦そっちで預かっていてください」

「えー」

「それでは。事がすんだらそちらに伺います」

「じゃあな」

 車は走り出した。

「さて」

 ここからが大変だ。

 私は家に入り電話の受話器を掴む。

 これから警察に電話しなくては。


 ドアをノックする。

 何も聞こえない。

 もう一度。

 やはり聞こえない。

「後藤さーん」

 中からかすかに物音がした。

 鍵が開く音がし、扉が開く。

「お久しぶりです。事がすんだので迎えに来ました」

 私はあの後警察に連絡し父が殺されていると連絡した。

 その後警察に色々と聞かれたが何とかかわせた。

「ここ数日どうでしたか?」

「まともに飯が食えたよ」

「それは良かったです」

 後藤さんには以前来た時に渡した封筒がそのままだったのでそれを使ったのだろう。

「それじゃあ行きましょうか」

「ああ」

 私は歩きながら言う。

「ちゃんと後藤さんの部屋もありますから」

「それは良かった」

「その代わり、ちゃんと働いてもらいますからね」

「殺しか?」

「それもそうですけど、バイトしましょう」

「バイト?」

「後藤さんが襲ったお店でバイトしましょう」

「は?」

「安心してください店長には言ってますから」

「いやいや男の店員に知られてるだろ」

 この人は本当に心配性だなー。

「大丈夫ですよあの時はサングラス掛けていたんですから」

「本当に大丈夫か?」

「……多分」

「おい。俺はやらねえぞ」

「じゃあ家には来ないで下さい」

「わかった、やろう」

 扱いやすいなー。

「そう言えば次の殺しは決めてるのか?」

「特には決めて無いですけど、まあ」


「気楽に殺していきましょう」

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