たがり少女は

桜 導仮

死にたがり

 八月、俺はある決断をした。

 強盗だ。

 別に銀行を襲うわけでもない。そんな勇気も仲間も持ち合わせていない。

 とある裏路地にチェーン店でもないコンビニのような場所がある。

 そこは防犯対策も殆どしていないようで、下見に行った時に店内に鏡が設置してある位で他は特に無かった。

 店員も長身の男と、高校生位の女が一人ずつだけだった。

 今は二人ともレジにいる。時刻は昼時。男の方が裏に行った時が狙い目だ。

 俺は逃走用に乗って来た車の中でじっと待つ。

 ……。

 暑い。そう言えば今日は昼から猛暑とかテレビで言っていたか。

 路地裏を小学生位の子供が走っている。

 子供はこんな日でも元気だな……。

 そんな事を考えている内に、いつの間にか男が居なくなっていた。

 俺は不安と焦りを感じながらなけなしの金を使い購入したモデルガンを持ち、サングラスをかけ、店内に向かう。


 店内に入ると、冷たい風が来たりはしなかったが、代わりに、

「しゃっせー」

 と、言う店員のやる気の無いあいさつが来る。

 ここは居酒屋か。

 そんな突込みを心の中で呟きながら女の元へ向かう。

 辺りを見渡しても他に人影は無い。

 女はこちらに気が付いた様だがニコリともしない。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 俺は後ろ手に持っていたモデルガンの銃口を女に向ける。

 彼女は俺の事を睨みつける。

 怯えたりしないのかよ。

「何のつもりです?」

 先に言葉を発したのは女の方だった。

「金を出せ。さもなくば撃つ」

 ドラマなどで言う様な台詞を吐きながら俺は銃口を向ける。

「残念ですけど、うちではお金を売っていたりはして無いんですよ」

 彼女はおどける様に言う。

「良いから金を出せ!」

 声を荒げ俺は言う。

「……もし断ったら?」

「最初に言っただろ、撃つって」

 彼女は考えている様だった。

 こんな時に何を考えているんだ。

 俺は苛立っていた。

「分かりました」

 何か決めた様だった。

「私を撃ってください」

「……は?」

 いかん。素が出てしまった。

「だから、私を撃ってください」

「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

「勿論です」

 これは困った。俺の持っているのは実銃ではなくモデルガン、弾は出ない。

 どうした物かと考えていると、

「昼休憩終わったぞ」

 そんな事を言いながら男の方が裏から出てきた。

「……」

「……」

「……」

 三人とも黙り込む。

 これは、やばい。

「お前動くなよ! 動いたらこの女撃つからな!」

 先手を取られないように俺は言い放つ。

「えーと……」

 男は困ったように俺と女を見比べる。

 俺は追い討ちを掛けるように言う。

「お前、レジから金を出せ! 早くしないと撃つぞ!」

「ちくりんさん! お金を渡さないで下さい! 私は撃たれたいんです!」

 この女は何を言っているんだ。

「良いから金を出せ!」

「渡さないで下さい!」

 はたから見たら凄く馬鹿馬鹿しい光景なんだろうな。

 男は溜息を付きながらレジを開ける。

「ちくりんさん! 何をしているんです!」

「お前な、俺はちくりんじゃなくて『たけばやし』だ」

 店員のそんな会話を俺は呆然と見守っていた。

「うちにはこれ位しか無いですけど良いですか?」

 男がレジから取り出した紙幣をこちらに見せる。

 少ない……。レジの中身がこれだけって、大丈夫かこの店。

 そんな心配をするぐらい少なかった。

「……もうそれで良いからよこせ」

「あ、何かすみません」

 微妙な空気が流れる。

 男から紙幣を受け取り、ズボンのポケットに押し込む。

「お前等、動くんじゃねーぞ」

 俺は銃口を店員に向けたまま後ろに下がる。

「待ってください!」

 女の方が叫ぶ。

「……何だ」

「ほら、逃げるなら人質が必要かと思いまして」

「……それで?」

「私なんかどうです?」

 この女は本当に何なんだ。

「……確かに、人質は必要かもな」

 言うと彼女は顔を輝かせて、

「そうでしょう!」

 と、言った。

「だが人質は男の方に来てもらう」

 反抗された時のリスクを考えると女の方が良いが、こいつは面倒そうだ。

「そうですか……」

 彼女は見るからに落ち込むがどうでも良い。後は男の方を呼べば――

「それじゃあ私は、今から首を切ります」

 彼女は手にカッターを首筋に当て、笑顔で言う。

「ちくりんさん、私が死んだ後カッターの指紋をふき取ってください。警察が来たら良い具合にあの人を犯人にしてください」

「あ、うん」

 男の方も了承するのかよ。

 このままでは更に面倒な事になる。

「分かった。女の方が人質に来い」

「はーい」

 俺は彼女のこめかみに銃口を当て、

「警察には連絡するなよ」

 男に言って店から出ようとする。

「あ、待ってください」

 彼女が声を上げる。

「何だ」

「荷物持って来ていいですか?」

 この女の自由な所は本当に腹が立つ。

「いいだろう」

「じゃあ――」

「ただし、荷物は男が持って来い」

 そう男に命じたが明らかに嫌そうな顔をしている。

「ちくりんさん、そんな嫌そうな顔しないで持って来て下さいよー」

「あ?」

「たけばやしさん……お願いします」

 男は溜息を付きながら裏に入る。

「いやーお手数かけます」

「本当だ」

 そんなやり取りをしている間に男が戻ってくる。

「ほら」

「ちくりんさんありがとー」

「あ?」

「たけばやしさん……ありがとうございます」

 彼女が男から荷物を受け取る。

「おら、行くぞ」

 俺は彼女を引っ張る。

「痛いですよ。あ、ちくりんさんまた何かの機会があれば会いましょー」

 こいつ帰って来る気満々じゃねーか。


 女を後ろに乗せ、車に乗り込みがむしゃらに走らせる。行き先は決めてない。

「どうしてこんな事したんです?」

 彼女が話し掛けてくる。

「お前に言う筋合いは無い」

「そうですよねー」

 沈黙。

「そう言うお前こそどうして撃てなんて言ったんだ?」

「あなたに言う筋合いはありません」

「真似すんな」

「別に良いじゃないですか」

「撃つぞ」

「どうぞ」

 こいつの思考がまったく読めない。

「お前、何が目的だ」

「とりあえず、そのお前って言うの止めてくれません? 私には薄雪菊花って名前がちゃんとあるんですから」

「名前なんてどうでもいい」

「名前で呼んでくれないと答えません」

「……分かった。だから教えろ」

「本当に分かったんですかね。まあいいです。私の目的はですね、この世界から逃げ出す事です」

「その為に撃てと?」

「そうですね。死こそが救済だーなんて何処かの誰かが言ってましたし」

「……」

 俺は車を止める。

「どうしたんですか?」

「降りろ」

「何でですか?」

「お前みたいな奴は邪魔になる」

「でも人質がいないと」

「お前なんか居なくても平気だ」

 彼女は黙る。と、思ったら喋りだす。

「……私は昔、普通の女の子でした」

「おい」

「良いから聞いてください。聞いた後に降りろと言われたら降りますから」

「……分かった」

「ありがとうございます。それでですね、私は普通に学校に行って、友達と遊んで、家族と仲良くして楽しい毎日でした」

「それだけか? なら――」

「だけど数年前、母が浮気をしていた事が分かりました」

 俺は押し黙る。

「父は怒って離婚の話を持ちかけました。母は断る事無く浮気相手の方に行きました。私は父の方に残る事になってしまいました。それが良くなかったんです」

「良くなかった?」

「父は酒に溺れる様になっていきました。そして酒を飲んだ日は決まって私に暴力を振るう様になりました」

「学校の友達に助けを求めなかったのか?」

「母は私を生む前にも浮気をしていたようで、私は父の子では無いかもしれないそうです」

「でも」

「今の時代、そんな人間がいたらネタになるだけですよ」

「一人暮らしは考えなかったのか?」

「勿論考えました。でも、父に禁じられました」

「家出とかは」

「一回やりましたけどすぐに警察を使われて、連れ戻されました」

「……」

「自殺も考えたんですが、いざやろうとすると怖くて出来ませんでした」

「そこに俺が来たと」

「そんなとこです」

 俺は車を走らせる。

「お、私はこのままで良いんですね?」

「そんな所に帰す訳にはいかないからな」

「強盗犯が何を言ってるんですか

「……返す言葉も無い」

「でも、残念でした」

「何が?」

「最初は殺してくれる人が来たと喜んだ物ですが、拳銃が偽者なんですもの」

「……は?」

「だからその銃が、ですよ」

「ばれてたのか」

「実銃とモデルガンって銃口が違うんですよね」

 何でそんなこと知ってるんだよ。

「そんな事よりお腹空きました」

「急だな」

「緊張してお腹空いたんですよ」

「嘘だ」

「ばれましたか」

「本当は?」

「朝御飯食べて無いんですよ」

「ちゃんと食えよ」

「家に何も無いんですよね」

「……これからどうするんだ?」

 彼女は顎に手を当て、考える。

「うーん……どうしましょうか?」

「俺に聞くな」

「まあ、色々と自殺を試してみましょうかね」

「今日はどうするんだ」

「強盗さん家で寝泊りじゃないんですか?」

「……お前家まで来るつもりかよ」

「他に行き場所が無いですからね」

「家に帰るとかさ」

「さっきと言ってる事が違いますよ」

「友達の家とか」

「私に友達がいるとでも?」

「……バイトの男の家」

「家知りませんし」

「……」

 俺は諦める事にした。


「お邪魔しまーす」

 彼女は部屋に入るとお決まりの様に言う。

「うわー、何にも無いですね」

 俺は靴を脱ぎながら答える。

「全部金にしたからな」

「……今日の晩御飯はどうするんですか?」

「食わん」

「私お腹空いたんですけどー」

「……」

 俺だって腹は空いてるんだ。

「……しょうがないですねー」

 彼女はそう言って鞄から分厚い封筒を取り出す。

「……何だそれ」

「お金です」

 そう言って俺の方に封筒を差し出す。

「それで何か買って来て下さい」

「……お前この金どうしたんだ?」

「ちゃんと自分で稼いだお金ですよ。いざと言う時の為に持ってるんです」

 それにしたって分厚すぎるだろ……。

「何でこんなに稼いだんだ?」

「あそこのバイトだけですよ」

「あそこ?」

「強盗さんの襲ったお店」

 俺の襲った……。

「はあ!」

「うるさいですね」

「いや、だってレジにこれしか入ってなかったんだぞ!」

 そう言って俺はポケットから盗んだ紙幣を取り出す。

「レジには、それしかないですね」

「……」

 俺は項垂れる。

 何故だ。何故こうも上手く行かない。

「あそこ金持ちの人が趣味でやってるお店ですからね」

 金持ちの思考が解らない。

「じゃあお店を襲うより」

「私を襲った方がお金がいっぱい手に入って、効率も良かったですね」

 あー。本当についてない。

「そんな事より、早く御飯買って来て下さい」

「お前死ぬ気あるのかよ」

「餓死は嫌です」

「……解ったよ」

「わーい」

 俺は靴を履く。

「この部屋から出るなよ」

「出ませんよ」

「じゃあ……」

 俺は立ち止まる。

「どうかしましたか?」

 俺は部屋の電気を消す。

「何するんですか?」

 彼女は少し考えた後、

「は! まさか私を襲う気ですか!」

 何を言ってるんだこいつは。

「私なんて殺してもお金がたんまり手に入る位ですよ!」

 十分じゃないか。

「お前は黙って部屋にいろ。誰か来ても出るんじゃないぞ」

「……はーい」

 明らかに残念そうだ。

 俺はそんな彼女を置いて久しぶりの食物を買いに行く事にした。


「久しぶりに肉が食える……」

 口にしながら家の扉を開ける。

「ただいま」

 いつ以来だろう『ただいま』何て言ったの。

 だが返事は返って来ない。

 本来なら当たり前なのだが今日は客がいる。

 寝ているのか?

 そんな事も考えながら靴を脱ぐ。

 短い付き合いだがあの子が返事をしないようには見えない。

 暗いので電気を点ける。

 目の前には自分の手首にカッターを付きたてようとしている少女がいた。

 彼女の目は見開かれていて呼吸は荒かった。

「あ、強盗さんお帰りなさい」

 彼女は電気が点いてからハッとしたようにこちらを向く。

「お前何してんだ?」

「何でもないですよ」

「そのカッターは?」

 彼女の目は泳いでる。

「これは、その、ですね……」

 少しの沈黙。

「お前――」

「あー! 御飯美味しそうですね! 早く食べましょうよ!」

「菊花!」

 彼女は一瞬ビクッとすると、不自然な笑顔になる。

「ど、どうしたんですか急に名前で呼んで」

「お前何してた」

「何もして無いですよ?」

「嘘をつくな」

「本当ですよ」

「嘘を――」

「本当ですよ!」

 彼女は今にも泣きそうだった。

「本当ですから……御飯にしよう?」

「……解った。」

 重い空気の中、晩御飯にする事にした。


「強盗さん、中々良いチョイスでしたよ」

 彼女は御飯の時からいつもの調子で話し掛けてくる。

「なんやかんやで自分で作るよりコンビニのお弁当の方が美味しく感じたりするんですよね」

 いつも通りだからこそ不安になる。

「なあ」

「何ですか?」

「お前さっきの」

 彼女は体を強張らせる。

「いや、言いたく無いなら言わなくて良い」

「……」

 沈黙。

「ただ、何かあるなら言って貰わないと、こちらも何も出来ない」

「……ぷ」

「ぷ?」

「あはは」

 彼女は笑い出した。

「何笑ってんだ」

「本当に強盗さんは優しいですね」

「うるせえ」

「やっぱり強盗さんは犯罪者には向いてません」

 こいつは調子に乗ると面倒だな。

「あのですね」

 彼女は切り出した。

「昼間に昔の事を話しましたよね」

「ああ」

「実はあれ結構昔の事なんですよ」

 言ってる事がよく分からなかった。

「母が出て行ったのは今から七年前、私が十歳の頃ですね」

「じゃあその時から暴力を?」

「まあ、そうなりますね」

 一呼吸置き話し出す。

「でもあの頃の私は幼すぎました。父の暴力がさも当たり前の様に感じてました」

「当たり前?」

「他の家でも同じ様にやっているものだと。母が出て行ったのも父が暴力を振るうのも」

「……」

「それからは地獄でしたね。私には当たり前の様に暴力を振るう父と、他の男を作る母の血が流れていると気づいてから。父の方は解りませんけどね」

 彼女は思い出す様に語る。

「本当に自分が汚らしい物だと思ってからは死にたいほどでした。でもその頃は友達もちゃんといたから死のうとは強く思いませんでした」

「そこから何かあったのか?」

「どこから漏れたのか知りませんけど、いつのまにか学校中に広まってました」

「離婚した事か?」

「その事や暴力の事。尾ひれまでついて親とやってるって話もありました」

 彼女は溜息をつく。

「挙句、俺とやれだの言ってくる輩が出てきまして。それから中学に上がっても話は広まり続けるばかりで」

 俺は何も言う事が出来なかった。

「リストカットも何度もしようとしましたが出来ませんでした」

 彼女はポンと手を鳴らす。

「以上が全貌です」

「えっと、そのだな」

「無理しなくて良いですよ。いきなりこんな話を聞かされて困るでしょう?」

「正直何て言って良いか」

「何も言わなくて良いですよ。ただ、しばらく私をかくまってくれれば」

「……分かった。好きなだけ居ろ」

「ありがとうございます」

「ただ、この部屋では自殺するなよ」

「善処します」

 彼女はそう言って微笑んだ。

「そうだ強盗さん」

「何だ?」

 つられてこちらも笑顔になる。

「明日海に行きましょう」

「海?」

「はい」


「溺れに行きましょう」

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