epilogue・エン
「
ビールを注ぐ保の目は探るようなニュアンスをまだ含んでるけど、大方認めてくれてるようで、改めて安心した。
「ああ、はい、こちらこそ。お世話になります」
気圧されるようなふりをしながら、宇賀神さんがそれを受ける。その演技が、保にバレていなければいいな、と切に願う。なかなか食えない人だけど、この様子ならそれなりにうまくやっていってくれるのではないかな、と私は楽観的に考えた。篠美ちゃんにはかなりの高評価を
比較的、シフトを多く入れていた浅田さんから、るんのことをいろいろ訊いているうちに、彼女と同い年だって言うのが何かの拍子でバレてしまい、高校生不可のバイトだったのと、嘘ついてたのが契約違反だからって言う理由で、私は宇賀神さんから直々にバイトをクビにされた。今はもうオーケーな年なんだからいいじゃないかと食い下がったら、じゃあ俺が食わせてやると言われた。それまであんなにガードが固くって苦戦していたので、いい意味で、きゃあああってなって、まじでもうドラマみたいと言うか、チョー私に都合のいい展開に驚きっ放しだった。……と思っていたら、世の中うまくできていて、宇賀神さんは私の両親に許可を貰いに行くとか物凄ーく困ることを言い出した。年バレした時点で私が家出少女なのは明らかだったから。どうも宇賀神さん自体がかなり家族をうまいことやっているらしくて、私と保みたいな関係を理解できない人らしかった。でも許可とか無理くね? だって私、家出してきたんだよ? って言ってみたり、保の底意地の悪さや頭の固さを説明するとかして説得しまくったけど、折れてくれなかった。私に気があるくせに、じゃないと別れるよ? って笑顔で言うものだから、結局私が折れた。不満げな私を見ながら、宇賀神さんはこうも言った。
「俺に嘘ついてた罰だ」
まあ私の最終目標はうちの家族みたいな家族を作らないことだから、別に認めてもらうのは絶対避けなきゃならないイベントって訳ではないなって思って、私も腹を括った。
……それに、るんのこともずっと気になっていた。あの人たちは、るんの失踪をどう思っているのか。その話を訊く為にも戻ろう。そう、思った。
久しぶりに実家に帰った私を、篠美ちゃんが出迎えた。浅田さんが嘘を吐いているとは思えなかったけど、るんがいないことにやっぱり違和感を覚える。どこかで、帰って来たんだ、と底抜けに明るい笑顔で迎えてくれるような気がしていた。
るんのことを訊くと、篠美ちゃんも保も、一瞬、口を噤んだ。自らを抱きしめるように脇腹を押さえながら、篠美ちゃんが俯いてしまう。すると、保が篠美ちゃんを庇うように、肩を抱いた。保が篠美ちゃんを気遣うようなその仕種に、面食らった。家を出て行く前では、およそ見られなかった光景だ。妻である篠美ちゃんにすら、ひたすら冷たかったからこそ、私はこの人のことが信じられなかったのだ。驚く私を見上げた保の目も、弱々しく翳っていて、私はなお驚いた。
「その浅田さんって言う子の言う通りだよ。あいつは、逃げたんだ。どこにいるかも、分からない」
やっぱり、るんにまで居なくなられて、相当応えたのだろうか。パッと見で年を取ったなとは思ったものの、相変わらず冷え切った印象は健在だった。だけど、何一つ寄せ付けないようなあの頃の保は、そこにいなかった。
「ところで、笑美。宇賀神くんとのことだけど」
都合が悪そうに、保が話題を変えた。宇賀神さんとのことを追求する時、保は少しだけ冷血なあの感じを取り戻した。そう言えば、付き合っている男性のことを、この人と話すのは初めてだ。ひやっと癖のように背筋が凍ったのに、私はその様子に心のどこかで安心してしまった。あんなにも嫌だったのに。上京してすぐ、あんな目に遭った時にすら、帰ってきたくないって思ったのに。ここに帰ってきてから、何だか驚きっ放しだ。保にも、自分にも。
結局、篠美ちゃんどころか保にまで認められた宇賀神さんと、更に四年、東京で同棲して私たちは結婚した。会社からだという電話を終えた宇賀神さんが私に近づいてきた。
「異動願、正式に受理されたみたい」
その声を受けながら、私は二階の自室から窓の外を眺める。宇賀神さんが、この町に来る。違和感が拭えないし、まだ何となく納得できていない私は、それにはきちんと応えない。
窓の外には、私が嫌いだった田舎の景色が広がっている。しかし、ここ数年でこのあたりも少しばかり発展を見せたようだ。窓から掠める程度に見える最寄り駅は、無人駅ではなくなっていた。プレハブしかなかった場所にきちんと駅らしい建物が建っていた。
別に、ここでもいいか。苦しみながら必死で生き抜いてきた、東京での目まぐるしい生活を通して見えてきたのは、月並みだけど両親への感謝の気持ちや、この町の良さだった。
「ごめんねアッキ」
付き合い出したことで、呼び名も〝アッキ〟と気安いものに変わっていた。彼はお安い御用とばかりに、うちの両親が出した条件を飲んでくれた。だけど、本当にいいのだろうか。家族と仲がいいと言っていたのに。いや、
「いいよ。正直、俺この苗字嫌いだったから」
イシノアキヨシかぁ、と嬉しそうに呟いたのを見て、その言葉に嘘がないのは確認できたけど、やはり私は少し不満だった。るんがいない今、もはやそれは、仕方がないことなのかも知れないけど。
「そう言えば、結婚式の写真、現像できたんじゃなかったっけ?」
「ああうん。そこにある。見よっか」
写真映りが悪いものはハネてから両親に見せたかったので、隠して二階まで持ってきていた。篠美ちゃんあたりが、見たいって言い出しそうだったし。懸念した通り、何枚か酷いものがあったので、二人でげらげら笑いながら、マジで無理、マジで無理、と束から取り除いていく。
「あ」
私とアッキが両方写っていて、笑っている写真。高校時代の友人、マキちゃんが撮ってくれた写真だ。手ブレもないし、映りも悪くはない。いい仕事をしてくれる。だけど、それをそっと、ハネの束に置く。
「あれ? これそんな悪くないじゃん」
アッキが目敏く見つけるけど、いいの、と次の写真を上から重ねてしまう。
「うっわ、もうこれとか最悪」
言うと面白そうにアッキが、私が持っている写真に意識を傾けてくれる。半目だった私の顔を見て吹き出したので、肩をばちんと、叩いた。叩きながら、後であの写真はこっそり抜いて取っておこうと思う。
野外のチャペルでライスシャワーを浴びる私たち二人が映っている、更にその向こう。物陰に身を隠しながらこちらを見ている一人の男性の姿があった。少し遠くて表情とかは読めないけど、誰かはすぐ分かった。だって、彼は私とよく似ているから。性格や頭の出来はゼンゼン違ったけど、やっぱり私たちは、顔だけはよく似ている。普通に、出席できたらよかったのに、どうしてこうなっちゃったかな。私もアッキも、こんなにいい笑顔ができているのに、あんたのせいで見せられないじゃない。ねえ。
ねえ、るん。帰ってきてよ。
<終>
ツインズバインド クダラレイタロウ @kudarareitarou
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