episode.3 ~責任~

 平日の午前9時半だというのに、たった今、車で戻って来られたご様子の葛岡さんの奥さん。


 急いで自宅カーポートに駐車し、後部座席から、ケージに入れられた葛岡家の3にゃんの長男坊、白黒バイカラーのおりべくんを運び出していました。




「おはよう。どうしたの、こんな時間に? おりちゃん、病院だった?」


「うん、今終わって、帰って来たとこ。朝一番で、診察してもらってね」


「どうかした?」


「それが、聞いてよ!」




 昨日の夜、葛岡さんがお仕事から帰宅すると、いつもダッシュで玄関までお迎えに来る3にゃんのうち、おりべくんの姿だけがなかったそうで、帰宅していた長男の柊くんによれば、夕方からお腹を壊しているらしく、何度もおトイレを往復して、元気がありません。


 長女のいまりちゃん(三毛)と、次男のかきえもんくん(茶トラ)は、いつも通りなのに、なぜおりべくんだけが、と不思議に思っていたのですが、その原因はすぐに発覚しました。


 おばあちゃんが、おやつを食べようとしてミルクを出した際、3にゃんにおねだりされ、軽い気持ちでおすそ分けしたのだそうです。猫たちのお水の器が空になっていたので、給水しようとした柊君が発見し、追及したところ、白状しました。







 猫には、牛乳に含まれる乳糖(ラクトース)を分解する酵素がありませんので、基本的には、あまり与えないほうが良いとされています。ただ、これには個体差があり、いまりちゃんや、かきえもんくんのように、全く平気な子もいて、あくまで、あまり大量に与えなければ問題はないのです、普通は。


 ところが、おりべくんの場合、牛乳で激しくお腹を壊す体質のようで、以前にも同様のことがあって以来、葛岡家ではミルク禁止令が敷かれていたのですが、奥さんや柊君の留守中に、おばあちゃんが与えてしまったのです。


 おばあちゃんのお話では、水飲み用の器に半分くらい、おそらく150㏄ほどを注いで、それを3にゃん一緒に顔を突っ込んで飲んでいたらしいので、1にゃんあたり50㏄ほどを飲んだことに。


 結果、おりべくんだけが激しい下痢で脱水症状を起こしかけ、朝一番で掛かり付けの動物病院に行き、輸液してもらって来たのだそうです。




「猫たちには、勝手に食べ物を与えないように、あれだけきつく言ってるのに、駄目なんだから」


「分かってたのに、どうしてそんなことしたの?」


「『欲しそうにしてたから、可哀想だと思ってあげた』って、あげるほうがどんだけ可哀想なのか、考えたら分かるでしょうよね!」


「困ったものだよね」


「それで、お願いがあるんだけど」




 おばあちゃんには怒り心頭の葛岡さん、おりべくんの容体は心配ですが、会社を休むわけにも行かず、このままお仕事へ行くそうで、もしまたおりべくんに異変があれば、すぐに私に言うように、おばあちゃんに(きつく)言ってあるとのことで、私も快く了解し、後ろ髪引かれながらも出勤する葛岡さんをお見送りしました。


 彼女の車が完全に見えなくなったのを見計らっていたように、それまで息を潜めていたおばあちゃんが、ご自宅から出ていらっしゃいました。




「おはよう、松武さん」


「あ、おはようございます。おりちゃん、大変でしたね」


「もうねえ、嫁さんも孫も、心配しすぎなのよ~。たかが猫が牛乳飲んでお腹壊したくらいで、ね~」




 その言葉に、あまり反省していないことが伝わってきます。葛岡さん(お嫁さん)も柊君もいないのを良いことに、おばあちゃんの独壇場が始まる気配。




「だいたい、猫には人間の保険が効かないから、病院代だって馬鹿にならないのに、そんなことでいちいち連れてったら、お金の無駄遣いでしょ~」


「あら、お支払いはおばあちゃんが?」


「ん? それは、まあ、家計費から出てるわけだしね~。おまけに、会社を休んでまでって」


「お休み出来ないから、朝一番で通院して、遅れて出勤されたんじゃないですか」


「それに、うちは3匹もいるんだから、別に1匹くらい減ったってね~。松武さんだって、そう思うでしょ~?」




 なぜ、お嫁さんがいないと、それほど強気に出られるのか、理解不能な部分はありますが、彼女に事の重大性、重要性を認識させるのはおそらく不可能。


 得意げに自己主張をしているうちに、なぜか気持ちが高ぶり、それが正しいと信じ込んでしまう癖があるパーソナリティーの持ち主でもあり、あまり調子に乗って、また同じことを繰り返させるわけには参りません。


 ならば、二度としないように、釘を刺すだけです。




「分かりました~。今おっしゃったこと、そのままメールで奥さんにお伝えしますね~。『猫なんかに医療費払うの勿体ないから、1匹くらい減ったってね~』と」


「あ~、そういえば忘れるとこだったわ。えっと、あれはどうだったかな~、そうそう、あれをこうしておかないと、あ~忙しいわ」




 すべて『こそあど』で独り言を呟きながら、自宅に向かってフェードアウトして行ったおばあちゃん。根本的な解決にはなりませんが、効果は覿面です。題して、『天敵療法』。姑の天敵、それは言わずもがな『嫁』ですから。







 私の名前は、松武こうめ。この新興住宅地に住む、専業主婦です。


 このところ、梶田さんの運営するサイトの掲示板に、よく書き込みをされるようになった、ニューフェイスの多喜田さん。最近子猫を飼い始めて、それが嬉しくて堪らない様子が、投稿される写真や文章から伝わってきます。


 梶田さんの掲示板『みんなのわん・にゃん掲示板』は、一年前、この住宅地でアニマルホーダーさんによる猫40匹の多頭飼い崩壊が起こった際、地域猫たちのボランティア活動をしている代表の森さんの協力のもと、里親探しの一助にと立ち上げたサイトです。


 無事問題が解決した今では、主にこの地域のペットの飼い主さんたちによる、我が子自慢や、お悩み相談などに活躍していました。勿論、私や葛岡さんも、こちらの常連です。


 サイトを開くと、今日も多喜田さんの投稿がありました。文章と共に貼り付けられた写真には、スコティッシュフォールドのモネちゃんが、今日も可愛らしいお顔で載っていました。


 と、ここまではよくある微笑ましいペット自慢ですが、毎回の投稿内容を見ていると、どうやらこの多喜田さん、少しばかり問題がありそうな感じの方で…。







 多喜田さんの最初の投稿は、知り合いの方から紹介されたブリーダーさんのお宅で、モネちゃんを見て一目惚れし、即買いしたそうで、猫は勿論、ペットを飼うのも初めてのことなので、色々分からないことを教えて欲しい、といった内容でした。


 問題なのは、彼女の認識。モネちゃんは血統書付のスコティッシュフォールドとのことで、ブリーディング(繁殖)を考えているそうなのですが、どうもその理由が、生まれた子猫が売れれば、ちょっとしたお小遣い稼ぎになるといった安易な考えがあるのでは、というのが、梶田さんはじめ、私たちが感じた印象でした。


 他にもスコちゃんを飼っている方の投稿があると、必ずレスを付け、『是非、猫ちゃんどうし、お友達に』と、ここでお婿さん探しでもしているかのようで、参加者の中には、やや引き気味の方も多いのです。


 余計なお世話かも知れませんが、ペット初心者である多喜田さんが、もし軽い気持ちでスコティッシュのブリーディングをしようと考えているのだとしたら、それはあまりにも無謀です。


 そこで、広い人脈を持つ百合原さんが、共通のお知り合いの伝手で、多喜田さんと直接連絡を取ることが出来、ご本人とお会いすることになりました。







 多喜田さんのお宅は、私たちのエリアから、徒歩で10分もしない場所にありました。まだ築2年目という綺麗なお宅で、玄関で出迎えてくれたのは、いつも掲示板で拝見している、可愛いお顔のモネちゃんと、笑顔の多喜田さんでした。




「ようこそ! お会いできて、嬉しいです!」




 そう言って、私たちを招き入れて下さいました。伺ったのは、私と百合原さん、そして管理人の梶田さんの3人。


 多喜田さんは、結婚6年目で、30代後半。お子さんはいらっしゃらず、ご主人と二人暮らしだそうで、お昼間一人で寂しいので、モネちゃんを家族に迎え入れたとおっしゃいました。




「いつも、掲示板で3人のことは、すごく素敵だな、って思って、拝見してました。こんなふうにお会いできるなんて、夢みたい」


「大袈裟ですよ。参加してるのは、ご近所の皆さんが大半の、マイナーな掲示板ですから」


「猫のことなら、松武さんがとても詳しいから、もし何かあれば、彼女にお聞きするといいわ」


「私で分かることなら、何なりとおっしゃってくださいね」


「本当ですか!? 私、猫を飼うのは初めてだったんで、すごく心強いです! 宜しくお願いします!」




 確かに、彼女がそうおっしゃったとおり、猫との生活に慣れていないだろうことは、室内のあちこちから感じられます。


 今はまだ子猫なので良いですが、棚やテーブルなどの上には、オシャレな小物やお花、オブジェなどが並べられ、猫にとってそれは、格好のターゲットとなりうるものばかり。悪戯して、倒したり叩き落したりすれば、壊れたり割れたりして、危険なものもたくさん目につきます。


 中でも、すごく危険だと感じたのは、モネちゃんの脱走&侵入防止なのでしょう、こたつやテーブルの天板のようなものが、固定されずに、出入り口に立てかけられていました。


 もし、モネちゃんが側にいるときに、それが倒れでもしたら一大事です。




「あの、一ついいですか? この天板、もし倒れたりすると危険だから、固定するか、別の安全なものにするかしたほうが良いですよ」


「それ、私も思ったわ。うちは犬だけど、動物って平気で寄りかかったりするから」


「分かりました。今は、応急措置でやってあるんですけど、なるべく早く、安全対策を取りますね」




 その言葉に、私たちも安心し、本題に入ることにしました。モネちゃんのブリーディングについて、どういうふうに考えていらっしゃるのか、ということです。


 勿論、きつく追及したり、やめるように詰め寄ったりなんていうことはせず、あくまで会話の流れの中で、自然を装って聞きだしました。そして、彼女の口から聞いた言葉は。




「モネを買ったとき、そのブリーダーさんに言われたんです。もし、子猫が生まれたら、売れますよって。ただ、スコって、垂れ耳と立ち耳じゃ、全然値段が違うんですってね。垂れ耳同士を掛け合わせれば、垂れ耳の子が生まれる確率が高くなるって聞いて、今のうちから、垂れ耳のお婿さん候補を探していたんです」




 思った通り、やはり最悪のシナリオを描いていた多喜田さん。


 もともと、スコティッシュフォールドの特徴にあげられる垂れたお耳は、突然変異による軟骨性結合組織の異常によるもので、他の関節軟骨にも問題を抱え、加齢とともに歩行異常が現れることが多いのです。


 この遺伝子は不完全優勢で、垂れ耳同士を掛け合わせれば、高い確率で垂れ耳の子猫が誕生するのですが、同時に、内臓や心臓などにも、先天性疾患を持つ確率も高くなります。


 現在では、先天性疾患のリスクを軽減させるため、アメリカンショートヘアやブリティッシュショートヘアとの交配を推奨していますが、この場合どうしても、立ち耳の子猫が生まれる確率が高くなるのです。




「一見して、スコって分かる垂れ耳の子に人気が集まるのも、分からないでもないけれど、そのために垂れ耳ちゃん同士を交配させるのはNGなので、血統書を発行しないこともあるんです」


「そう…なんですか…?」


「ちなみに、モネちゃんの血統書は、どちらの団体のものですか?」


「あの、それがですね、モネの血統書は、まだ貰ってなくて。発行に時間が掛かるから、後で送るって。あの、血統書って一種類じゃないんですか? 団体がいくつもあるってこと? 発行されないなんてこともあるんですか?」




 ちょっとパニックになっている多喜田さんに、ひとまず落ち着くように言い、そもそも血統書とは、という部分から説明。


 現在、日本で、純血種の正式な血統書として通用するのは、CFA(THE CAT FANCIERS' ASSOCIATION, INC.)のアメリカ本部と、TICA(THE INTERNATIONAL CAT ASSOCIATION)のいずれかが発行した血統書(もしくはナンバー登録書、登録可能な申請書)のみで、それ以外は、公式には認められません。


 この2団体の下部組織である公認のキャットクラブや、その他の任意のキャットクラブでも、血統書は発行していますが、各クラブが独自に血統書を発行することは、正式には認められていないのです。


 正式な血統書の申請は英文で行われるため、面倒な手続きを省略させようと、各キャットクラブによって発行された代用血統書の場合、CFAやTICAの血統の子であれば、後からでも正式にナンバー登録書、血統書等を取得することが可能です。


 ただ、残念ながら、すべての血統書付といわれる子が、これに当てはまるわけではなく、団体の定める厳格な基準では、繁殖にコストや手間がかかりすぎるため、利益優先のブリーダーさんなどによって、高値で取引される垂れ耳の子猫をたくさん産ませようと、基準も血統もモラルも無視して繁殖された子も少なくありません。


 結果、人間のエゴによって、先天性の重い疾患を抱え、生涯苦しみと共に生きる運命を背負って生まれてくる子がいる現実があるのです。







 それとは別に、正式な血統書がないことで、その猫ちゃんの価値を貶めるということでは全くなく、極端なことをいえば、キャットショーに出陳したり、繁殖を行わない場合には、必ずしも必要になるというわけではありません。


 人間でいうところの、家系図や履歴書のようなもので、あくまで、その子自身を証明するものに過ぎず、価値が高いかどうかはまた別の問題、ごく普通にペットとして暮らす分には、何ら問題はないということになります。


 正当な血統の子であっても、繁殖の予定がないので、発情期の様々なトラブルや病気の予防のため避妊・去勢手術をし、血統書も取得しない方もたくさんいらっしゃいますので、最終的には飼い主さん本人の気持ちの問題ということになるのでしょう。







 モネちゃんのブリーダーさんを紹介してくださったお知り合いというのも、多喜田さんとはそれほど親しい方ではなく、お話の流れで子猫を見に行くことになり、モネちゃんに一目ぼれした彼女に、繁殖のことを説明して強くプッシュする形で購入を勧められ、それも手伝ってモネちゃんの購入を決めたのだそうです。


 血統書を出さない(あるいは出せない)ことや、初心者の多喜田さんにいきなり繁殖の話をしたことなどから考えて、あまり良心的なブリーダーさんではない可能性も否定出来ません。




「やっぱり、きちんと血統書を出してもらった方が良いでしょうか?」


「考え方次第だと思いますよ。ブリーディングをしようとお考えなら、しかるべき血統書は必要になるでしょうし、逆に、あまりよくご存知ない方が相手だと、万が一トラブルに発展して、厄介なことになるほうが心配です」




 もし、もとより相手が悪意をもってしていたとするなら、様々な危険も考えられることから、多喜田さん個人でどうにかするのは、あまり得策ではありません。


 仮に、訴訟などに持ち込んだとしても、個人間の取り引きということで、購入時にも、ほとんど書類を交わしていないなど、多喜田さん側に不利な部分が多々あるように感じます。


 そうしたトラブルを回避するためにも、ちゃんと信頼できるルートから購入するに越したことはありませんが、もし、多喜田さんがそのブリーダーさんの所へ行かなければ、モネちゃんとの出逢いはなかったわけです。


 つまり、多喜田さんとモネちゃんには『ご縁』があったということ。


 たまたま出逢った場所が、ペットショップか、ブリーダーさんか、知人宅か、路上かだけの違いだけで、どういった経緯でペットを入手するかは、その方の自由ですし、結ばれるまでの時間も、長さで計れるほど単純ではなく、一目惚れで即決・即買いするのも、個人的には悪いことだとは思いません。


 何より多喜田さんにとって、モネちゃんはすでに『唯一無二』の存在になっている以上、今更返品や交換などあり得ないことでしょう。




「分かりました。血統書のことは、なんか悔しい気持ちですけど、やっぱりモネが一番大事ですから、もう一度だけ催促して、駄目なら諦めます」


「そうですね。多喜田さんが納得出来るなら、それが無難かも知れないですね」


「あーもう、私って、いっつもこんなふうで。考えが浅いって、夫にもよく言われるんですよね。血統書のこととか、ブリーディングのこととか、スコがそんな難しい種類の猫だってことすら何も知らなくて」


「誰だって、最初から知ってる人なんていないわよ。みんな、同じだから」


「ホント、勉強になりました。これからも、宜しくお願いします」




 そう言って、お互いに連絡先を交換しあい、私たちは多喜田さんのお宅を後にしました。


 ご本人がおっしゃったとおり、あまり深く物事を考えずに、その時の考えや気持ちのままに行動するような、言ってみれば、とても自分に真っ直ぐな性格の方なのだと思いました。


 指摘されたことには、素直に耳を傾ける柔軟な面も持ち合わせているので、基本的にはとても良い人なのでしょう。


 ただ、どこかのんびりしていると申しますか、全体的にふわっとした感じがあって、それが吉と出るのか凶と出るのか、直面するシチュエーションで変わってしまうのだろうな、というのが、私たち3人の感想でした。







 その後も、多喜田さんの書き込みは続き、お婿さん探しの記述はなくなり、代わりに親バカ全開の楽しい記述が炸裂していました。


 たまにスーパーなどで出会うと、モネちゃんの自慢話に花が咲き、その言動の節々から、いかに猫を愛しているのかが伝わります。


 また、何かモネちゃんのことで気になることや、困ったことがあると、私に直接電話で尋ねて来られることもあり、私としてはとても熱心な飼い主さんという印象を強めていたのですが。







 その夜、夕食を終え、テレビを観て寛ぐ夫から少し距離をおいて、毛繕いしているにきと、まるで内容を理解しているかのように、テレビ画面に見入っているせるじゅとともに、私もソファーに寝そべっていると、不意に着信がありました。


 電話の主は、多喜田さん。またいつもの個別お悩み相談かと電話に出ると、いつもとは違う、叫ぶような多喜田さんの声。




「松武さん!? お願い、助けて!! 私どうしたら良いの!? 教えて!!」


「もしもし、多喜田さん? どうしたの? 落ち着いて話して?」


「モネが!! モネが動かないの!!」


「何!? 状況を説明して!!」


「天板が倒れて、直撃したの!! どうしよう!? ねえ、どうしたら良い!!?」


「モネちゃん、呼吸は!?」


「息はしてる!!」


「ご主人は!?」


「まだ帰ってない!!」


「じゃあ、今すぐそっちへ行くから、絶対に動かさないで、多喜田さんは呼吸と心拍だけ、チェックして!」




 側で電話の遣り取りを聞いていた夫に、簡単に事情を話し、車で多喜田さんの自宅へ急行しました。涙でグチャグチャになりながら、玄関で私を待ち構えていた多喜田さんに連れられ、リビングに行くと、クッションの上に横たえられたモネちゃんの姿が。


 多喜田さんの言う通り、呼吸はしており、鼓動も確認出来ますが、呼び掛けても、軽く四肢に触れても、おひげやお耳を触っても、ピクリとも動きません。


 モネちゃんを直撃したという天板は、初めて私たちが多喜田家を訪れた時、危険だから固定するか、交換するように指摘したものでした。あれからすでに2か月近く。どうやら、彼女はそれを放置したまま今日まで来て、とうとう危惧していた事故が起こってしまったようです。


 私が到着して間もなく、百合原さんと梶田さんも到着しました。私の到着を待つ間、ふたりにも連絡をしていたようで、こういう場合、一人よりも複数のほうが何かと心強く、同伴者がこの二人なら願ってもないことです。


 とにかく、先ずは病院ですが、如何せん時刻は午後9時半過ぎ、掛かり付けの動物病院はすでに終わっていて、電話をしても連絡がつかないとのこと。


 そこで、我が家の猫たちがお世話になっている『むらた動物病院』に連絡して事情を話すと、すぐに診察してくれるということで、モネちゃんに出来るだけ衝撃を与えないように気を付けながら、私の車で病院へ向かいました。







 むらた動物病院は、私の中・高時代の同級生、邑田万葉(かずは)ちゃんの実家が経営する獣医院で、彼女も獣医師をしていました。


 ファミリー経営ではありますが、彼女の父親でもある院長先生は『ゴッドハンド』といわれる名医で、ここは、最後の望みを繋ごうと、ペットを託す飼い主さんが、全国各地から訪れる医院なのです。


 ここで厳しい修業を積み、巣立った獣医さんは、現在全国に多数いらっしゃり、この時間も、修業中の若い獣医さんたちが、忙しく患畜さんの治療を続けていました。


 通常は予約のみでいっぱいなのですが、掛かり付けでもあり、お友達のよしみと、何より緊急事態でもあることから、診察を快諾してくれました。







 万全の態勢で受け入れて下さったものの、モネちゃんの容体を見た瞬間、『まずいな、これは』と呟いた院長先生。


 すぐに頭部と全身のレントゲンとMRIを撮り、その他様々な検査で分かったことは、全身を強く打撲していて、数か所を骨折。特に頭部のダメージが大きく、最悪、頭蓋内出血をしている可能性もあるのだとか。


 すぐにでも処置をしたいところですが、モネちゃんは子猫で体重が少なすぎ、麻酔に身体が耐えられない危険があり、それ以前に、出血場所も出血の有無さえも確認出来ない状態では、手術すら出来ないのです。




「ひとまず、入院して様子見ということになりますが、宜しいですか?」


「お願いします!! モネを、どうか助けて下さい!!」


「では、骨折している個所の処置をしますので、皆さんは待合室でお待ちください」




 そう言われ、モネちゃんを先生に託し、私たち4人は診察室を後にしました。







 処置を待つ間、じっと待っていることに堪えられなかったのでしょう。多喜田さんは泣きじゃくりながら、自分を責めるように、私たちに心の内を話し続けました。




「私ね、私、モネに何て謝れば良いのか。松武さんたちに、天板のこと指摘されてたのに、あんな重い天板が、モネの力くらいじゃビクともしないって、なのにこんなことになるなんて…!」


「そう…」


「血統書のことだって、そう…! 教えてもらうまで、そういうこと全然知らなくて…逆に、私は血統書付の猫を飼ってるんだって、なんだか、ブランドのバッグとかを持ってる自慢みたいな感じで、勘違いしてたんだと思う…!」


「血統書については、よく知らない人のほうが、大多数だよ」


「それに、モネが子猫を産んで、それが高く売れれば、お金まで稼ぐ猫なんて、すごく良いなって、有頂天になって…!」


「それは、そういう入れ知恵をした、ブリーダーの人がいけないの」


「きっと、ばちが当たったんだよね…!」


「そんなことないから」


「私みたいな飼い主のところに来たばかりに、モネはこんな酷い目に遭ったんだもん! 怪我をしたのが、私だったら良かったのに!!」




 そこまで言うと、後はもう号泣してしまい、どんな慰めの言葉をかけても、まったく届きません。すると、多喜田さんの携帯に着信があり、どうやらご主人からのようでした。


 嗚咽して、まるで言葉にならない多喜田さんに代わり、百合原さんが電話口で状況を説明しました。モネちゃんのことはすでにご存知で、病院の場所を伝えると、すぐにこちらに向かうということで、モネちゃんの処置が終わったのとほぼ同時に、ご主人が病院へ到着しました。


 ご主人の顔を見た多喜田さんは、大泣きしながらご主人にしがみつき、崩れ落ちそうになる彼女を、ご主人が支えました。




「すみません、皆さん。うちの家内と猫が、大変お世話になりまして」


「いえ、とんでもないです」


「それで、モネは?」


「多喜田さん、診察室へどうぞ」




 先生に呼ばれ、ご夫婦の希望で、私たち3人も加わって、怪我の状態の説明を受けることにしました。


 診察室からガラス越しに見える部屋の透明なケースの中で、ほぼ全身に包帯を巻かれ、力なく横たわる小さなモネちゃんの姿に、多喜田さんは更に号泣し、とても説明を聞けるような状態ではないと、百合原さんに付き添われ、診察室の外へ。


 診察室に残ったご主人と、梶田さん、私の3人は、レントゲン写真を見ながら、先生の説明に聞き入りました。骨折は右後ろ足、右肩、肋骨数か所、内臓へのダメージがほとんど見られないのは、奇跡だとのこと。


 逆に、頭部のダメージが大きいようで、頭がい骨の骨折やヒビは確認できないものの、先ずは24時間経過観察する以外、手立てはないそうです。




「今後の変化によっては、最悪の事態も覚悟してください」


「あの、モネは、助かる確率はどのくらいなんでしょう…?」


「それは、今のところ何とも申し上げられません。子猫だから体力がない反面、子猫だからこその凄まじい回復力を発揮することもあります。今は、モネちゃんの持っている生命力に賭けましょう」


「そうですか…」


「あとは、万葉先生、お願いします」




 次の患畜さんの治療があるため、診察室を出て行かれた院長先生に代わり、たくさん書類を持った万葉ちゃんが、治療やその他に関する説明をしてくれました。


 モネちゃんの場合、骨折の治療は通常通りの方法ですが、頭部に関しては、今後の症状によって治療法は流動的になること、その可能性のある方法の一つ一つを、詳細に説明し、同時にそれに係る費用も提示されます。


 多喜田さんは、自己負担が半額になるペット保険に加入していますが、私たち人間の健康保険のようには行かないため、どうしても治療費は高額になります。




「治療の継続と中止に関してですが、これは、飼い主さんに決定権がありますので、いつでもストップする事が出来ます」


「たとえば、それは、どういう場合でしょうか?」


「主に、これ以上治療を続けても、回復の見込みが望めず、悪戯に苦しみを長引かせるだけ、といったような場合ですね」


「他には?」


「治療に係る費用に、ご納得頂けない場合です。高度な治療であったり、治療が長引いたりすれば、相応の費用が掛かりますし、動物の場合、実費負担になりますので、どこまでの治療を受けさせるか、飼い主さんのほうで検討して頂きたいのです」


「そうですか…」




 動物を飼う上で、どうしても避けては通ることの出来ない、デリケートでもあり、かつシビアでもある問題です。


 人間同様に、ペットの医療も日々進化しており、かつては難しかった治療にも光が見える時代です。とはいえ、やはり最先端医療というのは高額の費用が掛かるものですから、受けさせたい気持ちはあっても、現実的に無理な場合もあります。


 多喜田さんのご主人は、万葉先生の説明を真剣に聞きながら、不明な部分はしっかりと質問し、ご自身が理解出来るまで、何度も聞き返したりしていましたが、最後まで聞き終えると、少し落ち着きを取り戻した奥さんを、診察室へ呼び戻しました。


 そして、万葉先生に、深々と頭を下げて、言いました。




「モネに、出来る限りの治療を、宜しくお願いします」


「かしこまりました。都度、治療内容と、それに係る治療費の詳細をお伝えしますので、ご不明な点は何なりとおっしゃってくださいね」


「モネの近くに行くことは出来ますか?」


「ケース越しですが、どうぞ」




 隣室へ案内され、間近で見たモネちゃんはなお痛々しく、多喜田さんは声を押し殺して泣きながら、そっとガラスに手を触れ、語り掛けました。




「モネ、ごめんね…ごめんね…」


「モネ、聞こえるか? 絶対に元気になって戻って来いよ。お父さんもお母さんも、ずっと見守ってるから」




 一瞬、モネちゃんのお耳が動いたように見えました。愛するパパとママの声が届いたのでしょうか、彼女からの『頑張るよ!』と言う、精一杯の力を振り絞ったお返事だったのかも知れません。


 その後は、呼び掛けても反応することなく、モネちゃんは入院、多喜田さんご夫妻と私たちは病院を後にしました。







 自宅へ戻ると、時刻はすでに11時を回っていました。2にゃんと一緒に、私の帰りを待っていた夫に、一連の出来事を話していると、さっき病院で別れた万葉ちゃんからの電話。




「あ、万葉ちゃん、さっきはどうもありがとうね。お仕事、終わった?」


「ううん、今日は夜勤の当番だから」


「大変だね。無理し過ぎないでよね」


「ありがと。それより、今日はお疲れさま。奥さん、あれからどうだった?」


「相当落ち込んで、ずっと自分を責めてた。ご主人が一緒だから、大丈夫だと思うけど。それで、モネちゃんはどう?」


「まだ、こん睡状態のまま。この24時間が勝負だと思う。今は、あの子が『生きる運命』を持ってることを願うしかないよ」


「そっか、そうだね」




 まったく同じ条件なのに、片方は生き延び、片方は助からないというケースを見聞きした方は、少なくないと思います。


 また、絶体絶命で九死に一生を得たり、逆に、『何でこの状況で??』と、到底納得が行かないような不幸など、『生』と『死』の分かれ道は、気紛れとしか言いようのない運命によって翻弄されることがあります。


 その運命の分岐点には、努力や経験や知識といった人知の及ばない、何か得体の知れない未知の力によって支配されているのかも知れません。




「モネちゃんを治療してたら、昔のことを思い出しちゃって」


「あの子は、万葉ちゃん家の守り神だものね」


「本当に、おかげ様だよね」




 まだ、私たちが中学生だった頃、広大な学校敷地内の片隅で見つけた、深い傷を負った小さな子猫。その命を助けたことで、運命は思わぬ方へと動き出すのですが、それはまた、別のお話。


 運命によって、生きることを選ばれた者は、どんな災禍からも生還するといわれるだけに、今は、モネちゃんがその選者になることを願うばかりです。







 翌日、モネちゃんはわずかに身体を動かすようになり、連絡を受けた多喜田さんは、病院へ飛んで行きました。何とか、最大の危機は脱したとのことで、とりあえず一安心です。


 ですが、まだ容体は安定せず、いつ何が起きたとしても不思議ではなく、また、今後の回復状況によっては、大きな麻痺が残る可能性もあり、まだまだ予断を許さない状況が続いていました。


 多喜田さんは、毎日モネちゃんの容体を見に、病院へ通っていて、ご主人も会社帰りに寄って、先生から説明を受ける日々。一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、三週間目が終わろうとしていた頃、ゆっくりではありますが、自力で動けるまでに回復したのです。


 入院から四週間が過ぎたその日、晴れて退院したモネちゃんは、事故当日よりも一回り成長した姿で、しっかりと多喜田さんの腕に抱かれ、懐かしい自宅へと戻って来ることが出来ました。




「お帰り、モネちゃん!」


「退院、おめでとう!」




 多喜田さんにお招きを受け、一か月ぶりに訪問した彼女のお宅は、以前とは見違えるほど物が無くなり、あの忌まわしい天板は勿論、棚やテーブルに所狭しと飾られていたオシャレな雑貨類も、ほぼすべてが撤去されていました。


 侵入・脱走防止には、ご主人の手作りなのでしょうか、ぴったりに作られたゲートが、がっしりと固定され、至るところからモネちゃんへの配慮が伺えます。




「あと、どこか直した方が良い個所はある?」


「これだけしてあれば、ほぼ大丈夫だと思うよ」


「出来るだけ厳しくジャッジしてね。今回のことで、ペットを守るのは、飼い主の責任なんだって痛感したから」




 多喜田さんの希望で、お家中のあらゆる個所を、百合原さん、梶田さんと3人でチェックし、気がついたことを逐一報告、多喜田さんはそれを細かくメモして、ご主人に伝え、大至急手直しをするとおっしゃいました。







 奇跡的に、日常生活が送れるまでに回復したモネちゃん。右後ろ足の骨折した部分に少し障害が残り、多少引きずるような歩き方にはなりましたが、まだ回復の余地はあるとのことで、少しでもスムーズに動かせるようにと、毎日マッサージをしているそうです。


 頭部の後遺症に関しては、今のところ特に危惧するような症状は出ていないものの、こちらは今後も要経過観察ということで、毎月通院して、診察して頂くことになります。


 同時に、垂れ耳スコちゃんですから、加齢とともに進行するであろう骨軟骨異形成症やその他の疾患についても、注意して観察しながら、長く付き合って行く覚悟だそうです。


 あの日、パニックを起こして、どうして良いか分からず、ただただ泣くばかりだった本人の代わりに、てきぱきと動いた私たちへの御礼として、沢山のスイーツでおもてなししてくださいました。




「夫からも、皆さんに宜しく伝えてって。本当に感謝してるの」


「困ったときは、お互い様だから」


「そうそう。明日は我が身だもん。その節は、宜しくね」




 たくさんのスイーツに囲まれて、この街でまた一人、大切な仲間が出来たこと、優良な飼い主さんが増えたことは、私たち動物好きにとって、代えがたい喜びです。







 自宅に戻ると、我が家の2にゃんがお出迎えしてくれました。勿論、私の帰宅を喜んで、と言いたいところですが、正確には、帰宅した私から、ごはんを貰えることを期待しての、大歓迎です。


 多喜田さんからお土産に頂いたスイーツを冷蔵庫にしまい、急かされながらごはんを用意して、美味しそうに食べる2にゃんの、個性の違いを観察。







 せるじゅはウェットが好きで、にきはカリカリが好き。何も考えていないのかと思うほど、出されたごはんを一気に食べるにき。対して、お皿の端から、ゆっくりゆっくり味わうように、綺麗に食べて行くせるじゅ。


 常に先に食べ終わるにきは、せるじゅのお皿に顔を近づけては、猫パンチをもらい、彼女が食べ終わったお皿を執拗に舐めるのが、毎回のお約束です。


 おねだりも、焼き魚派のせるじゅに対し、にきは断然お刺身派で、お刺身用のマグロの短冊を、一本丸ごと泥棒したことがありました。


 せるじゅも、お皿の上から焼き魚を泥棒したことがありましたが、クッションの上に魚拓を取ったところで、あえなく確保。


 ところが、食い意地の張ったにきは、マグロを取り上げようとした私に威嚇し、絶対に取られまいと唸りながら、一冊をほぼ丸ごと食べた時は、私も夫も、せるじゅまでもが、ドン引きでした。







 警戒心にしても、真逆な2にゃん。かつて、2にゃんともお風呂に転落したことがあります。


 その後、せるじゅは必ずバスタブに蓋があるか、お水が張ってないかを、目視で確認するようになったのに対し、連続して3度ダイブした後、ようやく気を付けるようになったにき。


 でも、すぐに確認しなくなり、その後も転落することがありましたので、我が家では、入浴後はお風呂のお湯を抜く習慣になりました。『起こってからの100の対処より、起こる前の1の予防』が、我が家の鉄則です。







 初めて動物病院でお注射をされた際も、『万葉先生に痛いことをされた』と因果関係を認識し、それ以来、彼女への警戒を怠らないせるじゅに対し、にきは大袈裟に痛がって見せたものの、万葉先生が診察台の上に置いた使用済みの注射器を見て、それにじゃれ始めた超天然系不思議ちゃん。


 多くのペットたちを診察してきた万葉ちゃんにとっても、ここまでぶっ飛んだ子は初めてだそうで、




「でも、こういう子がいるからこそ、動物は進化してきたって言われてるわけだから、種にとっては、すごく重要な存在なのよね」


「それって、一般家庭で共存する場合、どんなメリットがあるの? 家庭内でも進化するとか?」


「少なくとも、退屈はしないだろうね。次から次へと、やらかしてくれるだろうから」




 まさに、彼女の言葉を裏切らない猫に成長してくれました。







 ふと、この2にゃんが野生で生きていくとしたら、と考えました。


 要領が良く、知能も高いだろうせるじゅは、柔軟に環境に順応して、強かに生き延びて行く気がするのですが、自由の塊のようなにきは、おそらく、野生では真っ先に淘汰されるタイプだと思えて仕方ありません。


 もし、彼が生き延びられたとしたら、それは、せるじゅの側を片時も離れずにいるしかあり得ないだろうと想像すると、何だか不憫です。


 でも、案外こういうタイプが、飄々と世間を渡って行くこともありますので、実際のところはどうなるかは分かりません。何しろ、運命の神様は、気紛れですから。







 そんなことを考えていると、食餌を終えた2にゃんが、速足で窓際に歩み寄り、臭いを嗅いだり、手でテシテシとガラスを突いたりしています。


 そっと近づいて様子を見てみると、窓ガラスの外側に、割と大きめのバッタがとまっていました。ここでも、ハンターモードのせるじゅと、遊びモードのにき。


 正直言って、虫が大の苦手な私。でも、窓の外にいる限り、猫たちに捕まることはありませんので、そのまま静観することにしました。


 器用に手をくねらせて、爪を出し入れしながら虫を取ろうとするせるじゅの隣りで、真正面からバシバシと虫を打ち付け、邪魔をしているようにしか見えないにきに、せるじゅもややイラッとした感を漂わせ、バッタに神経を集中しつつ、にきを睨みつつ。


 さすがは猫だけあり、長年人間と暮らしていても、本能は失っていないことを感じさせ、飼い猫として本来の生き方の多くを放棄させることが、はたして正しいのかどうか、複雑な気持ちになるのも確かです。


 そんなことを考えながら、何度目かににきが叩こうとした瞬間でした。それまで、微動だにしなかったバッタが、突然羽を広げ、2にゃんの目の前から飛び立ったのです。







 咄嗟に、虫の動きに合わせてジャンプし、空中で捕獲しようとするせるじゅ。


 しなやかなその動きは、ネコ科の野生動物のハンティングを見るようで、もしガラス越しでなければ、おそらく彼女はバッタを捉えていたに違いないと思えるほどの、完璧な身のこなしでした。


 残念なのは、目の前にガラスがあることをすっかり忘れていたようで、コントのように、ガラスにへばり付くような格好になったこと。本猫も恥ずかしかったのか、照れ隠しに、そのまま横跳びしながら、フェードアウト。







 一方、そのすぐ真隣りでふざけていた(ようにしか見えない)にきも、バッタが飛び去った瞬間、垂直に跳び上がりました。


 せるじゅとの違いは、着地した瞬間、ブラシのようにお尻尾を膨らませて、猛ダッシュで逃げて行ったこと。そして、そのままベッドの下に籠城したにきが逃走したルートには、ぽつぽつと水滴の跡。思わぬバッタの反撃(?)に、びっくりし過ぎて、お漏らししたようです。


 そんな2にゃんの姿を見て、私は確信しました。機敏だと思っていたせるじゅでも、野生でのハンティングなど到底無理、にきに至っては、ウォッチングだけで十分どころか十二分だと。


 我が家の猫たちに限っては、このままここで暮らしてゆくのが適性なのだと、運命の神様のお墨付きを頂いたような気がした出来事でした。







 ペットを飼うということは、丸ごとその命を預かるということ。健康や安全に注意して、命を守るのが、飼い主としての最低限かつ最大限の責任なのだと思います。


 しばらくして、まるで何もなかったような顔で、それぞれが思い思いの場所でくつろぐ2にゃんを見ながら、自分が受け負った責任の重さより、その何倍も多くの幸せを、この子たちから受け取っていることに気づきます。


 この責任が、この先、一日でも長く続くことを願いつつ…




 Please get old as slow as possible.

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コンパニオン・アニマル 二木瀬瑠 @nikisell22

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