episode.2 ~アニマルホーダー~

 ここ数日の間、ずっと気になっていることがありました。それは、百合原さん宅にお届け物をしに、公園の側を通り掛かった時のことです。


 かすかに耳に届く、それでも力強く鳴いている、子猫らしい鳴き声。どこかのお宅から聞こえてくるのか、それとも公園のどこかにいるのか、分かりません。


 昨夜から、シトシトと降り続く雨の中、もし、お外にいるのなら、保護してあげたいと思うものの、それらしい姿を見つけることも出来ず。


 その話を、百合原さんにすると、



「そうなのよ。夕べ遅くから聞こえててね。雨の中、誰かが捨てていったのかも知れないのよね」


「じゃあ、やっぱり捨て猫?」


「それらしい箱が、公園の隅にあったって、鈴木さんが言ってたわ。多分、公園のどこかにいるんじゃないかって、今朝、探してたわよ」


「それにしても、腹が立つよね!」


「ホントにね! 捨てるくらいなら、最初から避妊去勢しなさいっていうの」



 ひとしきり盛り上がって、危うく、お届け物を渡し忘れそうになりました。


 また何か分かれば、お互いに連絡しあう約束をして、帰り道、公園を横切りながら、子猫の姿を探したものの、見つけることは出来ません。


 ふと見ると、レインコートを着た鈴木さんが、茂みの奥を覗き込むようにして、子猫を探していました。


 声を掛けようかと思ったのですが、息を潜め、自身の気配をも消しながら、あまりにも真剣に捜索する様子に、邪魔してはいけない気がして、私も、そっとその場を立ち去りました。





 私の名前は、松武こうめ。この新興住宅地に住む、専業主婦です。


 私が住むこの町には、広い公園緑地とは別に、子供たちが遊ぶための、小さな公園がたくさんあります。遊具といっても、滑り台や小さなブランコ、ジャングルジム、お砂場があるだけの、本当に小さな公園です。


 午前中は、未就学の小さなお子さんを連れたママたちが集い、午後の授業が終わってからの主役は、小学生たちにバトンタッチ。夏休みには、ラジオ体操の開催場所にもなっています。


 お昼間は、子供たちで活気づいている公園も、一転、夜間はシンと静まり返り、街灯の薄明かりが照らすだけの寂しい場所に変貌。


 悪い子ちゃんたちの恰好の溜まり場にならないか、と思うかも知れませんが、そういうケースは、ここではすぐに通報、それも何軒、何十軒ものお宅から、一斉に通報が入るそうで、その点は大丈夫です。





 ところが、それを逆手にとってしばしば現れる、ひっそりと犬や猫を捨てる輩がおり、酷いケースでは、おなじ公園に、一週間で3回も捨て犬・捨て猫があったのだとか。


 ペット(愛護動物)を捨てることは、『動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)』によって禁じられており、違反すれば100万円以下の罰金、また、みだりに殺傷すれば、2年以下の懲役または200万円以下の罰金に処せられます。





 そうしたことがないように、私の住む自治会では、飼っているペットに繁殖予定がない場合、避妊去勢手術を奨励しており、申請すれば補助金を受けることも出来ます。


 住人同士のあいだでも、その意識には差があるものの、ブリーダーさん以外の飼い主さんの多くは、すでに避妊去勢済みの方がほとんどで、むしろ、ここへ捨てに来る人は、おそらくこのエリアの住人ではないだろう、ということ。


 というのも、近くに捨てると、顔見知りに見られる可能性や、その後の情報が耳に入ったりすることなどから、出来るだけ遠くへ捨てに行ったほうが、本人にとって、リスクや罪悪感が少ないのだとか。


 特に、動物たちの出産シーズンになると、生まれた仔を持て余した人間によって、そうしたことが頻発するため、住人たちは悩まされておりました。





 我が家の2にゃんも、遠い昔に、避妊去勢手術を済ませました。にき(♂)は生後7か月のとき、せるじゅ(♀)は一歳になってから。


 といいますのも、手術では麻酔を使用しますので、かかりつけの獣医師の先生と相談し、安全を考慮して、それぞれの体重が2㎏を超えるのを待ったため、2にゃんの手術時期に差が出たというわけです。





 以前、ご近所の葛岡さんのおばあちゃんに言われたことがありました。



「松武さんとこの猫は、避妊手術してるの?」


「ええ、2匹ともしてます」


「うちの猫たちも、嫁さんが、ちゃっちゃと手術させてしまってね~。可愛そうに、そんなの動物の本能なんだから、自由にさせてやればいいじゃない。それくらいしか、楽しみもないでしょ~?」



 まあ、確かに、おばあちゃんのおっしゃるように、自然の摂理に反しているといわれれば、その通りかも知れません。でも、だからと言って、本能の赴くままに任せれば、確実に子猫が誕生します。


 しかも、仮に、一度の出産で4匹産まれたとして、それが一年に4回、年間16匹、一年後には、メスの子猫が成長して出産、猫ですがネズミ算方式で、どんどん増えて行くのです。


 それらすべてをお世話できるだけの時間、経済力、スペース、愛情があれば別ですが、普通に考えて無理です。


 誰か貰ってくれる人を探すにしても、全員に見つかる確証はありませんし、飼いきれなくなって、保健所(愛護センター)に持って行ったり、捨てたりすれば、運よく新しい飼い主に巡り合えるのはほんの一握り、それ以外の子たちの先に待っているのは、『死』なのです。





 もう一つ言わせて頂けば、人間と違って、動物は『快楽』や『愛情の確認』などという理由で繁殖行動はしない、ということ。


 彼らは、本能に忠実に、発情を迎えたとき、純粋に子孫を残すためだけに、交尾をするのです。そして、健康な個体であれば、ほぼ100%の確率で、妊娠出産に至ります。


 さらに、メスはより優秀な遺伝子をゲットするため、強いオスを選び、そのため、オス同士の激しい喧嘩で、深手を負ったり、最悪の場合、それが原因で死に至ることもあるのです。


 また、自然の摂理とはいえ、犬や猫でも、出産は相当なダメージを受けることには違いなく、手術で、子宮や卵巣を摘出することにより、病気に掛かるリスクもなくなることから、繁殖予定のない子の場合、長生きや病気予防という点でも、メリットは大きいと思うのです。



『産ませて、殺す』



 自然界の『弱肉強食』の中での淘汰であれば、それは『運命』と甘んじて受け入れるべきものだと思います。


 ですが、その命の終焉が人為的なものであり、あえてそんな残酷なことをせずとも、最初から産ませないという選択肢があるのですから、その方がいくらでも賢明だと、私自身思っています。





 翌日も、翌々日も雨は降り止まず、我が家の2にゃんは、ソファーの上の思い思いの場所で、すやすや眠っています。外気の湿度の不快さも、ドライ運転された室内には無関係。


 幸せそうな寝姿の猫たちを見ているうち、私も眠気を覚え、少し横になろうかと思ったとき、電話の着信がありました。


 百合原さんからの連絡で、つい先ほど、近所の中学生たちによって、子猫が捕獲されたとのことです。


 そこで、猫を飼っている子の一人が、自宅からキャットフードを持参して、子猫に与えたものの、食べないとのこと。



「こういう場合、どうすれば良いの?」


「とりあえず、うちに連れてきて貰える?」


「分かった。今から伺うわ」



 すぐに、古いタオルと、ぬるま湯を用意し、応急で成猫用のパウチをお湯で溶いたものを準備。


 同時に、2にゃんを別の部屋へ隔離。一応、2にゃんともワクチン接種済みですが、接種しているからといって、絶対安全というわけではなく、また、子猫がそれ以外のウィルスに感染・保菌している可能性が否定出来ない間の、必須措置なのです。


 すぐさまインターホンが鳴り、中へ入ってもらうように言うと、百合原さんと一緒に、ご近所の奥さん二人と、保護した中学生たち7~8人が、ぞろぞろと入ってらっしゃいました。


 同伴の女性は、三木さんと梶田さんとおっしゃり、二人とも、保護した中学生のママでした。私は初対面でしたが、おふたりは百合原さんとは顔見知り。


 皆、子猫の声が気になっていたようで、動物好き繋がりということもあり、すぐに打ち解けました。こうして親しい人が増えて行くのも、動物が持つ力なのだと思います。





 予想外の大人数に、ちょっと驚いたものの、人海戦術・リレー方式で、大人女子は、ぬるま湯でタオルを絞り、子猫の身体を拭き、手が空いている中学生たちには、畳んであったケージの組み立てを任命。


 あっという間に綺麗になった子猫は、ブラック&ホワイトのバイカラーで、微妙に長毛、とても可愛らしい顔立ちで、女の子と判明しました。



「でね、ごはん食べないんだけど、まだミルク飲み赤ちゃんなのかな?」


「いや、このサイズだと、そろそろ離乳時期に来てるかも」



 瞳の色は、綺麗なキトンブルー、乳歯も生えてきていることから、多分生後一か月は経っていると思われました。


 人肌にした、しゃびしゃびのパウチを指ですくい、子猫の口元に運ぶと、それをぺろりと舐め、そっと子猫をお皿の前に置くと、今度は自分からフードを食べ始めました。



「良かった~! 食べた~!」


「おばさん、凄いですね!」



 中学生たちの感嘆の声を浴びながら、今度はうろうろし始めた子猫を拾い上げ、人肌に濡らしたティッシュでお尻を優しく刺激し、排せつをさせました。



「すっげー!」


「何でそんなにいろいろ知ってるんですか!? 動物のお医者さん?」


「違う、違う。経験があるから、分かるだけ」


「本当に、松武さんがいてくれて、助かったわ」



 水分・食餌の補給をし、排せつもし、これで、ひとまず安心です。冷静になって、子猫をじっくり観察してみました。


 身体の肉付きや、毛並の艶やかさ、何より保護した人の手の中で、まったく人間を恐れる様子がないことからも、この子が飼われていたことは、想像に難くありません。


 そう考えると、沸々と怒りが込み上げて来ました。その感情は、他の人たちも同じで、とりわけ保護した中学生たちは、掌に収まる小さな命に、ひとしおならない感情を抱いたようでした。





 次は、健康診断を兼ねて、獣医さんの検診を受けなければなりません。近所の動物病院の診察時間は、午後4時から。百合原さんの愛犬、愛子ちゃんの掛かり付けの医院でしたので、彼女が電話で尋ねると、すぐに診て頂けるとのこと。


 徒歩でも行ける距離でしたが、雨で子猫を濡らしたくなかったので、私が車を出すことにしました。


 大人女子、四人が車に乗り込み、病院に到着すると、すでに先着さんが数組。皆さん、小さな子猫に興味を示し、保護した経緯を話すと、遺棄した人間に対する怒りを共感してくださいます。


 そして、早く、新しい飼い主さんが見つかりますように、という暖かい言葉に、とても励まされ、辛い思いをしたこの子の、幸運が加算されて行くように感じました。





 順番を待つ間、ふと視線を感じて振り向くと、雨の中、中学生たちが窓から中を覗き込んでいました。しかも、さっきより人数が増えています。


 中へ入ってこないのは、他の患畜さんや、飼い主さんに迷惑にならないよう、彼らなりに、気を遣っているのでしょう。


 すぐに子猫の順番になり、一通りの触診や簡易検査では、特に異常なし。まだ子猫ですから、疑似反応の可能性もあるので、念のため、詳細な病理検査に出して頂くことにし、その結果は、後日追って伺うことになります。


 診察室を出てきた私たちを、食い入るように見つめる中学生たちに、手で○を作ると、窓の外では大歓声が沸き上がりました。



「しっ!! しーーーーっっっ!!!」



 慌てて、外に向かって、静かにするようにとジェスチャーを送る、三木さんと梶田さん。子供たちも、ハッとして、お互いに指を口の前で立てあっていました。


 周囲への気遣いはちゃんと出来る子たちですが、感情の制御という部分では、まだ発達途上のようです。


 それでも、動物を傷つけたり、殺したりして喜んでいる人間なんかより、ずっとずっと健全な子供たち。待合室の飼い主さんたちも、彼らの姿を、微笑ましい様子で見て下さっていました。





 もう一つ、彼らに出した課題は、子猫の仮の名前を考えること。


 新しい飼い主さんが見つかるまでの名前で、その後、新たな名前を付けるか、その名前を引き継ぐかは、飼い主さん次第であることを説明しました。


 皆で一生懸命考えて、付けてくれた名前は『マリア』ちゃん。勿論、あの女神さまにあやかった名前です。皆で救ったこの小さな命が、幸運にも、強運にも、金運にも(??)恵まれ、永遠に護られるように、と。


 一部、不明な部分もありますが、彼らの子猫を想う気持ちは、十分伝わって来ます。そして、この子をきっかけに、誰にも知られず、そこにいた猫たちにも、救いの手が差し伸べられることになるのです。





 自宅に戻ると、玄関の庇の下で、雨宿りしながら待っている人がいました。鈴木さんです。


 私たちの姿を見つけると、立ち上がり、傘もささずにこちらへ歩み寄りました。



「子猫、見つかったんだって?」



 子猫を抱いて車を降りた百合原さんの手の中を、覗き込むように見ています。


 鈴木さんとは面識はありましたが、こんなふうにお話するのは初めてでした。服装など、質素な感じの外見に反して、かなり強い香水を付けているのが、印象的でした。



「今、皆で病院に行って来たところです。一応、問題なしって言われました」


「可愛いわねぇ~。オスメス、どっち?」


「女の子。仮名は『マリア』ちゃんです」


「ね、この子、どうするの? もう飼う人は決まってるの?」


「いえ、まだ。これから、里親さん探しを始めるつもりなんですけど」


「もし、良かったら、うちで引き取ろうか?」


「え? 鈴木さん、猫飼ってませんでしたっけ?」



 その時、私たちから数分遅れて、中学生軍団が到着しました。さらに人数は増え、20人近くになっています。


 すると、その中の数人が、鈴木さんを見て、言いました。



「あ、猫おばさんだ」



 その言葉に、気を悪くしたのか、鈴木さんは表情をこわばらせ、そのまま無言で自宅へ戻ってしまいました。



「どうしてあんなこと言ったの? 鈴木さん、怒っちゃったかもよ?」



 三木さんが、子供たちを窘めるように言うと、子供たちから、思わぬ答えが返って来たのです。



「だって、あのおばさん、僕らの間では有名だもん」


「私も知ってる。捨て猫を持ってくと、必ず飼ってくれるんだって」


「そうそう」



 どうやら、鈴木さんは、自宅でたくさんの猫を飼っているらしく、このあたりで捨て猫があると、真っ先に飛んで行って保護し、そのまま飼っているそうなのです。


 また、子供たちが保護して、里親さんを探していると、必ず彼女が名乗りを上げて、引き取ってくれるのだとか。



「だけど、普通、そんなにたくさんは、飼えなくない?」


「でも、猫を連れてって、引き取って貰えなかったって、一回もないはずだよ。ね?」


「うん」「うん」「うん」「100%」



 何だか、言い様のない不安が、私たち大人の中に広がりました。





 そこで、子供たちに、この1~2年の間(出来ればそれ以前のも)、何匹くらいの猫が、鈴木さんに引き取られたのか、出来るだけ正確な情報を収集するようにお願いしました。


 里親が決まるまでの、一時預かり的なことなら、問題はありません。むしろ、感謝に値します。でも、もし、保護した猫すべてを、一人で飼っているとしたら…


 勿論、頭数にもよりますし、時間や経済力などのキャパもありますが、ここ最近、しばしば耳にする、『多頭飼い崩壊』『アニマルホーダー』という言葉。


 そうではないことを願いつつ、でも、心のどこかで、そうであったときの覚悟のようなものを固めている自分がいました。





 子供たちは、マリアにバイバイのご挨拶をし、ひとまず今日は、それぞれの自宅へ戻って行きました。


 ですが、その夜には、依頼した情報収集を取り纏めていた梶田さんの息子さんから、ママ経由で、メールで連絡がありました。



『保護頭数:最低でも21匹』



 さすがに今どきの子たち、自分たちが保護した子猫の写真を保存してあったようで、21匹すべての顔写真が添付されています。


 さらにその数分後、『追加:4匹』のタイトルで、新たな写真が送られてきたのです。すぐさま、百合原さんに電話をし、翌日、再び4人で会うことにしました。





 午前9時、我が家へ集合したのは、昨日のメンバーに加えて、ご近所の犬猫友3名。他にも、大の猫好きな葛原さんや萩澤さん他、お仕事で来られない人たちにも、後ほど連絡を入れることになっています。


 自宅にいらっしゃった全員が、玄関までお出迎えした、にきとせるじゅとご挨拶。来客に物怖じしない我が家の2にゃんに、特に初対面の皆さんは驚かれていました。


 次に、別のお部屋で隔離されている、マリアにご挨拶。この順番を間違えると、先住さんがヘソを曲げてしまい、後が大変です。ただでさえ、昨日から感じる、見知らぬ子猫の気配に、2にゃんとも、ピリピリしてるのですから。


 大人7人、猫2匹で、リビングのテーブルを囲んで、車座になって座り、作戦会議を立てました。



「息子の話だと、これ以外にもまだいそうな感じらしいのよ」


「問題は、どんな状態で飼育されているか、だよね?」


「ご家族は、ご主人と、あとは独立した息子さんが、二人いたと思うよ」


「何とか、お家の中を見ることが出来ないかな?」


「ここはひとつ、マリアちゃんに、ひと肌脱いでもらうか」



 というわけで、『マリアのことで相談がある』と口実をつくり、鈴木邸の猫たちが、どんな風に暮らしているのかを、リサーチすることにしました。


 百合原さんが電話をするすると、丁度出かけるところで、普段、昼間と、夜の二つ、パートをしているので、4時過ぎからなら、少しの時間だけ大丈夫、ということで約束をし、警戒させないために、保護主の私と、百合原さんだけで伺うことに。





 約束の時間になり、二人でご自宅まで訪れると、鈴木さんが玄関の外へ出てきて、そこで私たちに対応されました。



「一応、今のところ、里親さんを探しているんですけど、見つからなかったら、うちで飼おうと思っているんです」


「そう。それで?」


「でも、猫同士の相性もありますから、もし、どうしてもうちの猫たちが受け入れてくれなかったら、お言葉に甘えて、鈴木さんのお宅で飼っていただくことは、可能でしょうか?」



 その言葉に、それまで気怠そうに聞いていた態度が一転、喰い付くように身を乗り出し、二つ返事でOKという返答でした。


 そこで、すかさず百合原さんが尋ねます。



「でも、鈴木さんのお宅の猫ちゃんは、大丈夫? うちは犬なんだけど、犬が大嫌いで、受け付けなくて」


「うちは、全然大丈夫。喧嘩しないように、ちゃんと管理してるから」


「すごいですよね~。お仕事もされてて、多頭飼いで猫のお世話も完璧にされてて」


「ねえ、鈴木さんのお宅の猫ちゃん、見せてもらっても良い?」


「私も是非! マリアがお世話になるかも知れないお宅だし、これから先、また捨て猫があったら、鈴木さんにご相談することもあるかも知れないですし」



 すると、鈴木さんは少し躊躇った様子を見せたものの、『また捨て猫があったら』という部分に強く惹かれたようで、こっくりと頷き、私たちを家の中へ招き入れたのです。





 ドアを開けると、かすかに漂ってくる、獣臭。


 ペットを飼っていれば、多かれ少なかれ、どこのお宅でもある臭いですが、玄関を入り、その奥のドアを開けた途端、それははっきりを通り越し、強烈な臭気となって、鼻に突き刺さってきました。


 そして、目の前に広がっていたのは、整然と、幾段にも積み上げられた、沢山のケージ。サイズは60×60×80(㎝)ほどで、その一つ一つには、一匹ずつ猫たちが入っていたのです。


 すでに、大半は成猫になっていましたが、それらは昨日から見ている、メールに添付された写真に写っていた猫たちに間違いありません。予想通り、それ以外にも猫はいて、数えると、丁度40匹でした。


 一応、きちんとお世話はしている様子でしたが、如何せん、数が多すぎ、そのために、消しきれない糞尿の臭いが、充満しているようでした。彼女が付けている、強い香水の理由は、これだったのでしょう。





 猫たちに、特に目立って病気などの兆候はありませんが、全体的に、どの子も身体が小さく、痩せていて、覇気がありません。出来るだけ刺激しないように、言葉を選びながら、鈴木さんに尋ねました。



「これだけいると、お世話は大変じゃないですか?」


「そうね。でも、私、猫が好きだから。私のパート代は、全部この子たちのフードや、おトイレ代で消えちゃうけど、大事な扶養家族だからね」


「ご主人も、猫たちのお世話を?」


「ううん、主人は、いっさいノータッチ。家事も、子育てもそうだったもの」


「でも、これだけいると、遊んであげるのも一苦労ですね」


「遊ぶ? さすがにそこまではね」


「え? じゃあ、猫たちの運動は?」


「ずっとケージの中よ。猫って、それほど広いスペースは必要ないっていうじゃない」



 それは違います。ワンコのように、お散歩が必要ないという意味での『広いスペース』であって、猫にも運動は必要です。特に、身体の構造上、上下運動(ジャンプなど)が出来るスペースは、とても大切なのです。


 そして、核心に迫る質問を投げかけました。



「聞いても良いですか? どうしてこんなにたくさんの猫を飼うことになったんでしょうか?」



 すると、私たちの目を見て、宣戦布告でもするかのような口調で答えました。



「だって、保健所に持ち込まれたりしたら、殺処分されちゃうじゃない。可哀想でしょ? ここにいれば、殺されずに済むし、一生安心して暮らして行けるんだもの。猫たちにとって、これ以上幸せなことはないでしょ」


「でも、さすがにこれ以上は、無理ですよね…」


「まだまだ、大丈夫よ」


「でも、ご主人はノータッチだったら、もし鈴木さんが倒れでもしたら、面倒はどなたが? 息子さんたち?」



 すると、急に表情がこわばり、私たちから視線を逸らせて、自分に言い聞かせるように言いました。



「私なら大丈夫よ。息子たちは、独立したんだから、もう私なんて必要ないのよ。猫たちには私が必要なんだから、私は倒れたりしない」



 ああ、そういうことだったのか、と、百合原さんと目で会話して、ゆっくりした口調で、声のトーンを落としながら、鈴木さんに語り掛けました。



「立ち入ったことを聞いてしまったみたいで、ごめんなさい。ねえ、鈴木さん、もしよかったら、私たちにも猫たちのお世話を、お手伝いさせて貰えませんか?」


「え…? 何を…」



 そんなことを言われるなんて、予想もしていなかったのでしょう。私たちの言葉に、驚いたような顔で見つめる鈴木さん。


 私たちも、じっと瞳を見つめながら、続けました。



「鈴木さんさえ、嫌じゃなかったら、またお邪魔しても良いですか?」


「殺処分については、私たちも反対の立場なの。それに、同じ動物好き同士、色々お話したり、情報交換とかも出来たら嬉しいし」


「ペットを飼ってる人間として、病気だけじゃなくて、事故とか、災害とか、一人ではどうしようもなくなったときに、お互いに手助け出来れば、すごく良いと思うんですよ」


「鈴木さんみたいに、たくさん飼ってる人なら、一度に多くのお世話をするノウハウを持ってるから、私たちも勉強になると思うの」


「どうか、これから私たちに、色々と教えて頂けませんか? 私たちも、お手伝いしながら、鈴木さんから沢山のことを学ばせて頂けたら、すごく有難いんです」



 まるで狐につままれたような顔をしていた鈴木さんでしたが、やがて、こっくりと頷いて、答えました。



「ええ、私なんかで良かったら」


「ありがとうございます。これからも、宜しくお願いしますね」



 そう言って、私と百合原さんは、鈴木さんの自宅を後にしました。


 何を生ぬるいことをと、もどかしく思うかも知れませんが、ひとまず、今日のところは、ここまで。





 出来ることなら、今すぐにでも、ここにいる全員を連れ出したい気持ちでいっぱいなのですが、猫たちは鈴木さんの所有物である以上、本人の許可なしには許されません。


 もし、こちらに不信感を持たれてしまえば、二度と猫たちと会わせてもらえなくなる可能性が高くなり、そうなると、猫たちの様子を確認することも、助け出すことも出来なくなってしまいます。


 そうならないためには、自分の感情は、ひとまずどこかへ置いておくこと。何より優先すべきは、猫たちの救出なのですから。


 私が、トイレの交換のお手伝いをしながら、鈴木さんに、40匹の猫たちのお世話の手順などを、詳しく聞いている間に、百合原さんがこっそり、猫たちと、室内の様子を、動画で撮影しました。





 翌日、今度は百合原さん宅に集まったメンバー。


 今回から、新たに、このエリアで野良ネコ・地域猫たちの、避妊去勢や、里親探しなどの、ボランティア団体を立ち上げていらっしゃる、森さんにも協力をお願いしました。


 10匹くらいまでなら、一般のお宅でも十分ケア出来る範疇ですが、さすがに40匹ともなると、万が一、何らかの理由で、鈴木さんのお世話が不可能になったとき、私たちのような素人では、どうして良いのやら、見当もつきません。


 状況によっては、公的機関に介入してもらうことも考えられますので、かつて、似たようなケースを経験されていらっしゃり、そうしたノウハウを持つ森さんに、お力を貸して頂くことになったのです。


 ちなみに、森さんは、百合原さんのお知り合いです。とても顔が広く、豊富な人脈を持つ百合原さんの存在は、いろんなシチュエーションでお力になって頂け、本当にありがたい限りです。





 というわけで、昨日撮影した動画を見ながらの、作戦会議。予想以上の猫の数と、圧巻ともいえる、積み上げられたケージに、誰もが衝撃を受けていました。



「酷いよね。こんな狭いケージに、ずっと閉じ込めっぱなしなんて」


「さすがに、これだけいると、かなり臭いも強烈だったけど、フードやおトイレの処理は、きちんとされていたのが、せめてもの救いだったのよね」


「上手いこと、説得出来ないかな?」


「説得は駄目。ガードに入っちゃうから」



 そう答えたのは、森さんでした。


 おそらく、鈴木さんの口ぶりからして、彼女が猫を保護し始めたのは、二人の息子さんたちが、独立してからです。


 とても子煩悩なお母さんだった彼女にとって、子供たちの独立は、生き甲斐を奪われたに等しい焦燥感や虚無感に襲われたのだと思います。いわゆる、『空の巣症候群』といわれるものです。


 鈴木さんからすれば、殺処分から猫たちの命を守り、フード、トイレなど、生きるためのお世話をしているのだから、自分が悪いことをしているなど、これっぽちも思っていないのです。


 本人が言っていたように、自分が猫たちから必要とされていることが、彼女にとっての生き甲斐になっているのですから、それを取り上げるのは、いろんな意味で危険だと、森さんはおっしゃいました。



「もし、強制的に没収しても、また猫を集め始めると思うの。捨て猫がいなければ、買ってでも手に入れるケースもあるから」


「そこまでする!?」


「だから、アニマルホーダー、アニマルコレクターって言われてるの。ごみ屋敷に住む人と、同じ心のメカニズムらしいのよ。でも、一番心配なのは、自傷や他害なのね」


「カウンセリングとかで、改善出来ないのかな?」


「本人に自覚がない以上、受けさせること自体、難しいと思う」



 思わず、全員からため息が漏れました。でも、このまま諦めるわけには行きません。



「せめてもの救いは、今のところ、猫たちのお世話は、結構行き届いていることだと思うの。前にあった崩壊現場では、部屋中が糞尿まみれで、死体もあって、虫まで湧いていて、床の一部なんて、抜け落ちてるような状態だったから」


「うそ…」「酷い…」



 想像しただけで、いえ、想像するのも憚られるようなお話に、思わず、身震いしてしまいます。


 目の前のモニターに映る猫たちを、決してそんな目に遭わせてはいけないと、強く心に誓いました。



「最終的には、飼育適正な数まで減らすのを目標にして、差し当たっての課題は、『これ以上、数を増やさせないこと』で行きましょう」


「はい」「分かりました」


「そのためには、出来るだけ鈴木さんと親しくなること、なんだけど。それには、厳守事項があって、彼女を否定するようなことは、一切言っちゃ駄目。自信がない人は、直接関わらないほうが無難だと思うのね」



 性格的に、思ったことをお腹に溜められないという三木さんと、ついおせっかいを言ってしまう癖を自覚している椎名さんが、直接交渉役を辞退し、その他のメンバーで、先ずは『お友達になりましょう作戦』を実行することにしました。


 手始めは、私や百合原さんからお話を聞いて、是非、たくさんの猫たちに会いたいということで、友達の輪を広げて行き、それぞれが、お宅に上がり込んで、猫に接すること(お世話のお手伝いなど)を許してもらえるまでに親しくなること。


 そして、鈴木さんがある程度心を開いたら、今度は、ケージの中の猫たちを、少しの時間でも良いから、ケージから出して運動をさせること。


 猫たちがどれくらい人馴れしているかで、状況も違ってくると思いますが、スキンシップをする事で、健康チェックが出来れば、一石二鳥です。


 また、鈴木さん自身、猫好きだとおっしゃっていることから、猫とふれあうことの喜びを知ってくれれば、解決への近道になるかも知れません。





 そんな風に、ざっくりとしたスパンで始めた計画でした。が、崩壊は思いのほか、早く訪れたのです。





 私たちが鈴木さんと交流するようになって、2か月ほどが過ぎた頃でした。


 独立して、一人暮らしをしている、鈴木家の次男さんが、交通事故に遭い、下肢に重い障害を負ったため、母親である鈴木さんが、入院している病院で付き添うことになったと、百合原さんに連絡が入ったのです。


 入院先は、職場のある地方都市で、当面は、次男さんのマンションで泊まることになり、今後の回復状況によっては、本人を自宅に引き取って、看護することになるかも知れないとのこと。


 自宅の鍵を渡すので、猫たちのお世話をお願い出来ないか、ということで、私たちで、毎日鈴木さん宅に通い、お世話をすることになりました。



「ほーら、言わんこっちゃない!」


「40匹も飼ってれば、こういうことになったとき、どうなるかくらい、想像がつくでしょうにね」


「怒りは分かるけど、今言ったって仕方ないよ」


「良い方に考えよう。誰にも知られずに、こうなってたら、猫たちは悲惨だったかも知れないもの。SOSを出して来てくれただけでも、大した進歩だよ」



 森さんの言葉に、皆頷き、とにかく、今私たちのすべきことは、猫たちのお世話に専念することと割り切り、集中しました。


 森さんのおっしゃる通り、これをチャンスと捉え、一応、鈴木さんの許可も頂いて、臭いの元となっている、猫たちのいるお部屋や、ケージの大掃除をする事にしました。


 人海戦術で、猫を空いているケージに移し、入っていたケージを洗って消毒。綺麗になったケージに次の猫を入れて、その空いたケージを洗って、という作業を、延々繰り返すこと丸一日。


 別の人が、ケージを移動した場所を、徹底的に拭いて消毒。その他の場所も同様にお掃除し、ついでにカーテン類もお洗濯。


 全員が主婦ですから、こうした作業はお手のもの。自宅の大掃除でも、ここまでしないぞというくらい、頑張りました。


 ブラッシング出来る子はして、すべての子の健康チェック。性別確認、体重測定、顔、全身の写真を撮り、全員分のリストを作成しました。





 三日後に、着替えや必要な物を取りに、いったん自宅に戻った鈴木さんと、お話することが出来ました。次男さんの事故で、相当動揺している様子で、室内の様子が変わっていることにも気付きません。


 次男さんの容体は、思った以上に重傷で、下肢だけでなく、右手にも麻痺が見られるらしく、今のままなら車いす生活、リハビリでどこまで回復出来るかは、運と本人の頑張り次第なのだそうです。


 すかさず、森さんと百合原さんが、猫たちのことを切り出します。



「この状態では、猫たちのお世話をするにも、限界があるでしょう? 里親探しを、考えてみませんか?」


「緊急事態なんだから、今は、息子さんを最優先したほうがいいよ?」


「でも、猫たちは私がいないと…」



 この期に及んで、まだ猫を手放そうとしない鈴木さん。私も、説得に加わりました。



「そのために、私たちがいるんじゃないですか? あのとき言いましたよね? 『一人ではどうしようもなくなったとき、お互いに手助け出来れば、って」


「だけど…」


「そうだよ、鈴木さん。皆で助け合えば、何とかなると思うの。ううん、何とかするんだよ」


「一生、幸せにしてくれる飼い主さんを、全員に見つけますから、私たちに任せて頂けませんか?」


「私たちに出来るのは、猫たちのケアだけ。息子さんのケアが出来るのは、鈴木さんだけですよ? お母さんでしょ?」



 その言葉に、鈴木さんは顔をぐちゃぐちゃにして、声を上げて泣き出し、深々と頭を下げながら、『猫たちを宜しくお願いします』と、何度も何度も繰り返していました。


 暫く息子さんは入院していますので、猫たちの居場所はこのままでOK。当分、あちらへ行きっぱなしになる鈴木さんと、毎日お互いの状況を連絡しあい、息子さんの自宅療養が始まるまでに、里親探しを完了させるのが、新たな目標です。





 ここからの動きは、ものすごく早かったです。


 森さんがメインになり、自身のボランティア団体のサイトで、事情を説明し、同時に里親募集の告知と、寄付金の募集をしてくれました。


 PCに強い梶田さんは、すぐにサイトを立ち上げ、里親募集の窓口を開設し、森さんのサイトと連携しながら、リアルタイムで状況を伝えました。


 その他にも、個人でブログやSNSをしている人たちが、自身のページで発信、拡散し、子供たちも、自分たちのネットワークを駆使し、お仕事をしている人は、会社やお店、さらにはお客様にも声を掛け、やれる限りの手段を使って、猫たちの里親さんになってくれる人を探しました。


 募金も、鈴木さんが置いていった金額と合わせ、当面の猫たちのフードやトイレ代には困らない額が集まりました。





 森さんのアドバイスで、全員、動物病院で診察を受け、避妊去勢をしていない子には、譲渡する前に手術を受けさせ、子猫は成長を待ってから、里親さん自身で受けてもらい、それらにかかった費用を負担して頂くことにしました。


 里親希望者の方には、同居する家族の同意があるか、適正な飼育環境であるか(ペット不可の賃貸など)、お届けは、こちらから自宅へ伺い、お家の中を見せて頂くなど、かなり立ち入ったこともしました。


 また、すでにペットがいる場合には、相性を見るために、トライアル期間を設け、無理な場合は、縁組を白紙に戻すこともありました。


 それもこれも、二度と猫たちを不幸な目に遭わせたくない、という気持ちから。里親さんも、それをご理解して下さる方のみとしたのです。





 最初の一週間で、すぐに12匹が決まりました。何しろここは、爆発的な人口を抱える、新興住宅地。戸建てを手に入れ、これからペットを飼おうと考えている人は、少なくありません。


 流行のブリード種を購入する人も多いでしょうが、自分にその余力があるなら、こうした不幸な子たちを迎え入れようと思う、心優しい人も、たくさんいらっしゃるのです。


 翌週には8匹、翌々週には7匹、その翌週には5匹、さらにその翌週には3匹と、次々に里親さんが決まり、残すところ、後5匹というところまで来ました。


 しかも、譲渡した方の多くが、その後の様子を、こまめに写真付きでメールで連絡してくれて、梶田さんが、その一つ一つをサイトに掲載。


 里親さんの中には、自身でブログを立ち上げたり、SNSにアップする方も続出し、それらをリンクして、どの子がどうしているのかも、一目瞭然で分かるようになっています。





 森さんに言わせれば、奇跡だといいます。この短期間で、35匹が決まったこともですが、内部分裂もせずに、だれもが高いモチベーションを持ち続けることが出来たことが、この結果に結びついたのだと。


 私たちからすれば、森さんのようなノウハウがある方がいてくれたからこそ、ここまでやって来られたと思うわけで、その両者が力を合わせたからこそなのでしょう。





 残り後5匹というところで、鈴木さんの息子さんの退院が決まりました。2週間後、こちらの病院へ転院し、2~3週間入院した後は、自宅から通院することになるそうです。


 当初、麻痺が見られた右手も、スプーンで食事が出来るまでに回復し、物に掴まりながらですが、自力で立てるようにもなり、まだまだ、回復の余地はあるようで、こちらも嬉しいニュースでした。





 その後も、一匹、また一匹と、順調に里親さんが決まり、やがて、最後の一匹のお届けを終え、がらんとした室内を見て、全員で大泣きしました。


 大きなことを成し得た達成感と安堵感、そして一抹の寂しさが入り交じり、しばらくの間、思い出しては涙が出る日が続いたほどです。


 最後に、皆さんから預かった募金の収支を計算したところ、わりと多くの額が残り、これらは、森さんが運営するボランティア団体に、寄付することにしました。


 彼女たちは、野良猫・地域猫に、避妊手術をさせる活動をしているので、その費用に充てて頂きたいと思い、また、里親さんの中には、そうしたことに使っていただけたらと、負担した費用以上の金額を寄付してくださる方も、たくさんいらっしゃったからです。





 鈴木さんのことを知ってから、約四か月。こうして、無事、全員の猫たちを、新しいお家に送り出すことが出来ました。


 今でも、梶田さんが立ちあげたサイトは、皆の交流の場になっていて、里子に行った子たちだけでなく、私のような、その他の飼い主も参加して、ペット自慢をしたり、情報交換をしたり、問題行動や、病気の疑いなど、何か困ったことがあったときの、お悩み相談にも活躍しています。


 もちろん、捨て犬・捨て猫があった場合には、大々的に里親さんの募集や、一時預かりさんの募集もしています。もう二度と、鈴木さんのような人を作らないためにも。





 さて、我が家で保護していたマリアちゃんのその後ですが、我が家へ来てひと月後、ご近所に住む私の幼なじみ、柚希ちゃんのお宅の子になりました。名前も、当初の『マリア』を継承。


 柚希ちゃんは、三人の子持ち。一番上が8歳、一番下も3歳になり、そろそろ子供たちも動物のお世話が出来る年齢ということで、マリアを末っ子として、迎えてくれたのです。


 柚希ちゃん一家は、我が家の2にゃんとも、よく一緒に遊んでいましたので、ずっと猫を欲しがっていたこともあったのですが、それ以上に、どうしても、にきがマリアを受け入れてくれないことを知り、ならば是非! と、申し出てくれたのです。


 その後、鈴木さんの件が持ち上がり、実家や会社の人たちにも声を掛けてくれて、最終的に、柚希ちゃん経由で、6匹の子たちが、貰われて行きました。





 絶対にマリアを受け入れないにきに対して、せるじゅのほうは寛容でした。


 最初の数日こそ、遠巻きに見ながら、目が合うと威嚇していましたが、検査結果が出て、接触OKになると、後追いするマリアに、威嚇することもなくなり、一週間が過ぎる頃には、普通に、一緒にいられるようになっていました。


 にきとしては、それも気に入らなかったのかも知れません。自分の姉であるせるじゅが、マリアに取られてしまったような、ジェラシーもあったのでしょう。


 無視すれば良いのに、わざわざ自分から近くに寄って行っては、『シャアァァァ!!』と威嚇。子猫相手に、あまりの大人げない態度に、せるじゅにぶっ叩かれたことも。


 せるじゅには嫌われ、マリアには腹が立ち、ついには、ストレスでハゲまで作ってしまった、にき。これは無理だという結論に達したところに、柚希ちゃんからの申し出があったのです。


 子供たちも、マリアを迎えることに大喜びで、毎日毎日、兄妹で競ってお世話をしているのだとか。もちろん、柚希ちゃん一家も、梶田さんのサイトの常連です。





 マリアがいなくなって、元の静かな生活に戻った、我が家の2にゃん。


 一緒にいた期間は、ごく短かったというのに、今でも『マリア』という言葉を聞くと、ピクリとお耳が反応します。ちゃんと覚えているのでしょう。





 鈴木さんのその後ですが、次男さんは、残念ながら、歩けるまでには回復せず、車いすの生活にはなったものの、若さとバイタリティーがあり、職場に復帰することが出来たそうです。


 それに伴い、奥さんは次男さんについて、自宅を出て行かれたそうです。自分の息子がそういう状態になっても、まったく何もしないご主人に、心底嫌気が差し、現在は離婚調停中だという、百合原さんの情報です。


 今になって考えてみれば、奥さんがいない自宅に、私たちが出入りして、あれだけごたごたしていたにも関わらず、御礼もなければ、逆に文句を言うこともなく、まったく他人事という感じでした。私たちにとっては、それはむしろ好都合でしたが。


 そもそも、自宅の中が、あれほどの数の猫たちで溢れかえっていた時点で、奥さんに何も言わないというのが、まずもって不思議です。


 もし、もっと家族に興味を持っているご主人だったら、鈴木さんもあんな風にはなっていなかったかも知れません。


 誰のせいとか、どっちが悪いとか言うつもりもありませんが、新しい家族のもとで、幸せに生活している猫たち同様、鈴木さんも、人生をリスタートして、幸せになって欲しいと思います。





 さっき、柚希ちゃんが、長男、輝くんを水泳教室へ送った帰りに、我が家の2にゃんに、ご両親からのお土産を届けてくれました。


 というのも、柚希ちゃんのご両親、マリアと触れ合ったことで、猫の愛らしさに目覚めてしまい、40匹の猫たちの里親に、いち早く名乗り出てくれたお一方でした。


 詳細なお話を聞きたいと、我が家へいらっしゃった際、人懐こい我が家の2にゃんと触れ合ったことで、子猫の可愛らしさもさることながら、おとな猫の魅力にはまり、引き取る決心をしてくださったのです。


 そして、引き取ったのが、とても人懐こい子で、あの環境でずっと寂しかった反動なのか、今では、ご夫婦にべったりのストーカー猫さん。『まさ子』さんと名付けた、人生で初めての猫に、ふたりともメロメロになり、文字通りの『猫可愛がり状態』なのだとか。


 また、最近インターネットでお買い物をする事を覚えたため、まさ子さんのフードだ、おやつだ、おもちゃだ、何だと、手当たり次第に買い込んでいるのだそうです。


 なので、ついつい買い過ぎたものを、私たちにおすそ分けして下さるのです。今回も、おやつのチュールを爆買いしたそうで、柚希ちゃんと我が家に、小さめの段ボール一箱ずつ配布。



「余ったら、お友達にもあげてくれって。多分、またすぐに配布されると思うから」


「いつもありがとね。おじ様たちも、宜しく伝えて」


「そうそう、今度また、こうめちゃんちの2にゃんにも、会いたいって言ってたわよ」


「それなら、いつでも大歓迎よ」


「そんなこと言うと、明日来るかもよ~? 今度は、10tトラックに、猫グッズ一杯お土産持参で」



 本当にそうしそうで、思わず二人で笑ってしまいました。





 ふと、思いました。子供たちがマリアの名前に込めた『金運』、あながち外れてはいなかったのかも知れないと。


 柚希ちゃんの実家は、大手総合商社を経営するファミリーで、ご主人は専務取締役、柚希ちゃん自身も役員で、お父様は会長さん。まさ子さんを引き取った際も、多額の寄付金を頂きました。


 おかげで、崩壊してからの二か月間、資金繰りに困ることもなく、森さんの団体の避妊去勢手術費用の足しにしていただくこともできましたし。


 マリアとの出会いが、40匹の猫たちを、助け出すことが出来たといっても過言ではないとしたら、やはりあの子は、みんなを救い出すために、幸運も、強運も、金運さえも持ち合わせた、女神様だったのかも知れません。


 にきとだけは、打ち解けることが出来ませんでしたが。





 マリアと初めて会ったのは、梅雨の中ごろ。今はもう、冬の足音が聞こえ始めています。


 肌寒い室内の温度に、これ見よがしに猫団子を作って、寒さアピールをする2にゃん。でも、本当の冬の寒さを、この子たちは知りません。過酷な夏の暑さも、長雨に濡れる不快さも、飢えや渇きすらも。


 飼い主を顎で使い、空調を入れさせ、グルメなフードと清潔な水にもケチをつけ、快適な居住空間を占拠する。


 でも、それが飼い猫。それこそが、飼い猫の特権なのです。





 『可愛いらしさ』という、最強の武器で瞬殺された、私のような人間の心を魅了してやまない小悪魔たちに、コテンパンにやられっぱなしです。


 そんな人間が一人でも多く増え、猫のみならず、すべてのペットたちが、あまりある愛情を注がれる世界であることを、願いつつ…




Of course, no companion animal no life.

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