第10話

ケース10 『殺戮者』


 働かざる者、食うべからず――なんて言葉がある。

 説明するまでもない。文字通りの意味だ。


 内気な性格だった俺は、就職活動に失敗してフリーターになった。

 コンビニ、飲食店、本屋、様々なバイトを経験して行きついた先が、『介護職』だった。

 障害者やボケ老人の面倒を見る仕事だ。


 障害者……こうやって文字にすると、身体に不自由があったりして、いかにも弱者に見えるけれど、そんな人間ばかりじゃない。

 身体の一部が動かなくても、頭がまともな奴なら、相手にするのも苦労はしない。そんな奴らはむしろ少数だね。まともな人間であれば、家族と同居したままで居られるだろう。

 良い言い方をするのであれば、ボケ。悪く言うとするのなら、キチガイ。

 ここに集まっているのは、そんなのばっかりだ。


 介護されているという自分の立場を理解して、大人しくしてくれればいい。

 人間の体重は、六十とか七十とかある。決して軽くはない重さだ。自分の意に沿わない事をすると……例えそれがこちらの善意でトイレに連れて行こうとしても、凄い力で全力で抵抗される。

 これがなかなかに大変だ。

 分かりにくいのなら、妙な例えだけど、十キロの米袋が六つ、『襲い掛かって来る』と思って欲しい。

 袋のまま、飛び跳ねて攻撃して来る。物凄くシュールな光景だけど、決して大袈裟な表現ではない。


 キチガイは加減と言うものを知らない。俺達介護職員を殴って来る。蹴って来る。噛み付いてくる。頭痛をしてくる。体当たりをされた事もあったっけ

 俺達の方が、生傷が絶えない。

 日々戦争だ。戦いに明け暮れていると言っても過言じゃない。

 その上で襲って来る米袋を……障害者を攻撃してはならないのだから、手に負えない。


 しかも、これは『たった一人』である。

 夜中の職員の少ない時間帯にもなれば、『一人で二十人』の介護をしなければならない時もある。

 どう考えても無理だった。

 また、米袋で例えるのであれだと思うが、十キロの米袋が百二十個だ。重さにして千二百キロだ。

 そんなものを相手に出来る人間は居るのだろうか?

 

 暴力だけではない。

 ベッドの上でうんちをする。下半身を露出したまま、走り回る。財布を取ってもいないのに、取ったと大騒ぎされる。

 ちょっとした事があれば、何でもかんでも俺達のせいだと喚き出す。

 四六時中、こんな日々を送っているのだ。ストレスだけは蓄積されていく。


 キチガイは感染する。これは俺の経験からの持論だ。キチガイばかり相手をしていたら、まともな人間であろうとも精神が崩壊してしまう。

 キチガイになってしまう。

 ミイラ取りがミイラになるって奴だ。


 キチガイってさ。生きる意味、あるの?

 自分の事も分からず、人に迷惑を掛ける事しか出来ない。いや、本当にさ。




 なんで生きてるの?



 とか、マジで思う訳。

 せっかくさ、『安楽死施設』なんて苦しまずに殺してくれる施設が出来たんだ。

 利用しない方が、おかしいだろ?


 介護施設に父親を預けている息子に、遠回しに聞いてみた。

 安楽死させてあげた方が、楽じゃないかって。



『いや、殺すのなんて可哀想だ』



 と、息子は口にした。



 へぇー、自分達では手に負えないからって、施設に放り込んでおいて。

 たまにしか見に来ない癖に、こんな時だけ『家族』を強調する息子。

 素晴らしい偽善者だね。

 無理して、わざわざ高い金を支払ってさ。


 下手な事を指摘すると、息子は俺達はお客様だとふんぞり返るだろう。

 お金を出してやっているんだぞという態度を崩さない。前にそういった家族があった。

 


 息子に言ってやりたい。

 知ってるか? 俺達介護職員の、一年間の安楽死する数。公式には乗ってないけれど、わざわざ調べた物好きな同業者が居た。

 去年は千人以上が死んだってよ。キチガイばかりが生き残ってさ。健康な介護する側の方が死ぬだなんて、おかしいだろ? 馬鹿みたいじゃねえか。


 

 世の中はまともな奴が損をする。狂ってキチガイ扱いされれば、国が税金で丁重に養ってくれる。

 俺達がコツコツと働いて食べているのに、こいつらは違う。自分の我儘をして、やりたいようにしているだけだ。

 何も生み出さない。いや、雇用を生み出しているのかもしれないが、その果てが人殺しだ。

 俺達の命を奪い取り、生きているのだ。



 地獄から生者を引きずり込む為に、溢れ出る亡者の様。




 人権? 権利? むしろ俺達の方がないね。

 こんな過酷な仕事をして、時給千円だぞ。

 重たい人間を持ち上げて、腰を悪くしてさ……若い俺ですら、何処までこの仕事を出来るのか分からない。


 身体が壊れるのが先か、精神が病むのが先か。

 このまま続ければ、容易に絶望した未来が見える。



 働かざる者、食うべからず――

 働きもしない者が満足に飯を食って、働いているのに飢えている俺の様な者が居る。


 こいつらのようなゴミ屑を生かす為に、俺達は生きてるんないっ! 少ない給料の中から、高い税金を払ってる訳じゃないっ!

 この地獄はいつ終わるんだ?

 これからも年寄りは増える。一体幾つまで生きるつもりだ? 百か? それ以上か?

 若者に、どれだけ迷惑を掛ければ気が済むんだ?

 とっとと自殺しろよ。



 …………



 俺だったら、こんなふうになってまで生きるのなんてごめんだ。

 ははっ、気が狂ってしまえば、自ら死ぬと言う判断なんて出来ないか。

 安楽死する事も望めないか。

 なぁ、人間はキチガイになってまで、生きなければならないのか? こいつは本当に生きている価値があるのか?

 仕事もしない。何も生み出さない。ただ他人を傷つけるだけの存在が。

 国のお偉いさんよぉ。仮の話だぜ。もし、『障害者』とかキチガイ共がいなくなれば……もっと税金は安く済むんじゃないか?


 世間体があるから、誰もが表では綺麗ごとを口にする。

 支え合って生きて行きましょうと言う。


 働かない人間に限って、自分のぬくぬくとした生活を守ろうと必死に動く。

 そんな行動力があるのなら、働けるんじゃないかってよく思う。


 障害者に……それと生活保護もだ。仕事が見つからない? お前らが仕事を選んでいるだけだろうがっ! 工場は嫌だ。飲食業は嫌だ。ブラック企業は嫌だ。派遣社員も嫌だ。アルバイトも嫌だ。あれもこれも嫌だ。

 分かってるよ。

 働くのが――嫌なんだろ? そうだよなぁ。何もしないでもお金が貰える。こんなに美味しい事はない。毎日、遊んで過ごせば良い。充実した日々だ。

 わざわざ働いて、生活保護と変わらない少ない金を貰って惨めに生きるぐらいなら、誰も現状を手放す訳がない。

 



 教えてくれよ。誰か俺に、教えてくれよっ! 




 俺だけじゃないよなぁ。本当は皆も思ってるよなぁ。

 キチガイも生活保護も障害者も老害も、死んじまえば良い。そうすれば税金の負担は減るって。

 

 安楽死施設なんてあったところで、ズルい人間は変わらない。

 美味しい蜜をチューチューと吸って、国に寄生する寄生虫という体質は変わらない。


 でも、一定の成果は出ている。

 一部の末期患者が死を選ぶ事によって、医療費は施行前に比べて削減されているのだ。


 

 死ぬ事によって、救われる。家族だって、無駄なお金を払わなくて良くなる。

 周りの皆が迷惑をしている。多くの人が救われるのだ。

 でも、誰もがどうする事も……


「いや、違うな」


 そんな簡単に諦めてはならない。


 


 他の誰もが出来ないのであれば、俺が殺してやれば良い。




 世間から隔離されたキチガイ。障害者も同じだ。

 字をよく見てみれば分かるだろ? 例えどんな言葉で言い繕うとも、『ガイ』って付くんだ。世間に害するものだって、誰もが分かっているんだ。

 害虫と一緒だ。いらないものだ。

 ゴキブリや蚊、ハエを殺したところで、咎める者が居るか? いないだろう。


『害人』なんて、生きる価値はない。犯罪者と変わらない。人に迷惑を掛け続けるだけの存在だ。

 むしろ、自分が悪い事をしていると言う自覚がないだけに、犯罪者よりも質が悪いかもしれない。



 世の中は若い奴に手厳しい。

 こんな事を考えている時点で、俺も気が狂っているのかもしれない。




 年金の負担だって、馬鹿にならない出費だ。

 貰えもしない年金。幾つから貰えるんだろう。

 七十から? 八十から? それとも……百から?

 貰える額は幾らだろう。三万円か? 二万円か? 一万円か?


 現在でも、年金を支払わないで生きてきた屑が生活保護に回り、年金を上回る支給額を受け取っている。

 世の中、こんな馬鹿らしい事はない。




 働かざる者、食うべからず――ではない。

 働かざる者、生きるべからず――だ。




 自分から安楽死を選ばない屑共。寄生虫を俺が殺す。

 犯罪者として、俺は捕まるだろう。

 きっと、マスコミは大事件として叩くかもしれない。



 今後も事件は起き続ける。なくなりはしない。

 今のままである限り。

 第二、第三の俺が現れる。




 例え安楽死施設があっても、自ら死を選ばない屑が居る限り。




 この世は良くならない。

 国はもっと安楽死施設を宣伝して、屑を処理するべきだ。

 今回は代わりに俺がやってやろう。ゴミ共を駆逐してやる。

 殺戮者へとなってやる。



 事件を起こせば俺は犯罪者になる。

 でも、こんなにも国の事を憂う俺はただの犯罪者じゃない。

 自分の正義を執行する為に、俺は心を痛めて人を殺すのだ。



 犯罪者になると同時に――




 俺は英雄になる。

  


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安楽死 死を求める人々 相馬 刀 @soumakatana

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