狼爺さん
中杜カズサ
第1話
むかしむかし、ある国のある村の外れ。そこに初老の男が住んでおりました。
男がその家に住み始めたのは半年ほど前。先の住人である老婆が亡くなったため廃屋となりかけていたところを買い取り、ひとり住みはじめたのです。
しかし、何故初老の男がわざわざ金を出し、そんな村はずれの廃屋を買い取り住みはじめたのか。村人は訝しがりました。
さらにその初老の男はほとんど村の者達と交流を持たず、一人家にいることがほとんどでありました。村人はよりいっそう彼のことを訝しがりました。
しかし、ある時村に出てきたその男は、慌てた様子で村人に伝えました。
「おお、狼が家畜を襲っておるぞ」
村は農村であり、羊を数多く飼っておりましたから、狼の出現は大慌てになることです。村人は慌てふためき、手に銃や弓を持ち、周辺の警戒のみならず、村に近い山での狩りまでも行いました。もちろん子どもたちも家から出るのを禁じられました。
しかし、狼はいませんでした。
ですが、その男はその後も度々狼が出た、と村人に告げるようになります。
いいえ、それどころか「おお大変じゃ、リリィがな、崖から落ちたぞ」「マリアの息子がな、火遊びをして火傷をしたぞ」と、村人を驚かせることを度々言うようになったのです。
けれども全部それは嘘。本当のことなどひとつもありませんでした。
その度に振り回される村人達はたまったものじゃありません。
いつしか町の人たちはこの爺さんを嫌い、信用しなくなってしまいました。
ある日、村中に聞こえてきた声がありました。
「王様の耳はロバの耳~、王様の耳はロバの耳~」
その奇妙な言葉を、誰が言っているのか、どこから流れてきたのかは村人にはわかりませんでした。しかし、その声は何度も何度も、空中に漂って聞こえてきたのです。
もちろんその言葉について、村では噂になりました。あの声は何なのか。そして『王様の耳はロバの耳』とはどういうことなのか、と。
その時、町にあの嘘つき爺さんが現れました。そして言うのです。
「王様の耳はロバの耳じゃ。間違いない、わしは見たのだから」
それを聞いた村の人々は、この話題について興味を一斉に失いました。
そして、その噂を口に出すことさえ、村人にとっては恥ずかしいことになってしまいました。だってそれはあの男の言うことを信じることになりますから。
数日経ったある日、その初老の男は、お城から来た兵隊に連れていかれてしまいました。
それを見て、村人は子供達に語ります。
「嘘をつき続けているとああなってしまうんだよ」と。
…………………………
「よくやってくれたな」
「いえいえ、国王様の命であるならば幾らでも」
「誰にでも出来るという役目ではないからな」
「まあしかし、『嘘つき』がそのことを口にしただけで、元の言葉の正体を追求せずに全部嘘と判断してしまうとは。一人くらい疑うものが出てくるかと思ってはおりましたが」
「それが庶民というものだ。物事を徹底的に追求しようとするものなど滅多におるまいよ」
国王は王冠をわずかにずらすと、そのロバのような耳の後ろを指で掻きつつ、初老の男につぶやいた。
【END】
狼爺さん 中杜カズサ @nakakzs
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