君のせい
蜜缶(みかん)
君のせい(完)
最近、クラスの中の雰囲気が少し暗いというか、重たい。
何故かというと、クラスのムードメーカーでいつも笑顔を振りまいていたイケメン本橋恵一が、笑顔をほとんど見せなくなり、憂い顔でため息ばかりをついているからだそうだ。
オレが本橋のようにクラスでしんみりしたところでこんな風にクラス全体がずーんとなることはないだろう。…それどころかきっと誰も気にしないだろう。
だがしかし本橋はムードメーカーで、何よりもイケメンだ。
だから本橋と共にいつも周りのヤツら+女子達もつられてしんみりしてるもんだから、なんかクラス中がこんなずーんとした空気になってるらしい。
「本橋君、なんかあったの?」
「…んーん、別に。何にもないよ」
「悩み事あったら聞くよ?」
「ありがとう。でも何でもないよ」
本橋は女子を中心に「大丈夫?」と声をかけられては「何でもない」と答えるクセに、その直後にまた憂い顔をしては「はぁ…」とため息をついている。
それはいつも見せていた笑顔とは程遠くて、大して親しくないオレでも心配になってしまうほどだった。
「…本橋、大丈夫か」
「え?柴田…」
帰りがけ、本橋の席の横を通る時についつい皆のように声をかけてしまった。
ここ数週間で本橋は皆から「大丈夫か?」と言われ過ぎて耳タコだろうが、声をかけたのが大して親しくないオレだったせいか、ちょっと驚いた顔をしていた。
(…オレだったら親しくないヤツに声かけられても、やっぱ「何もない」とか「大丈夫」としか言えないよな…)
なかなか帰ってこない返事に声をかけたことに少し後悔していると、本橋の口からいつもと違う言葉が返って来た。
「……大丈夫、柴田は悪くないから」
「………え?」
その言葉にオレはワケが分からず固まったが、クラスの空気も一瞬で固まったのが分かった。
「…え?オレ、何かしたっけ?」
(オレ何かした?え?てかほとんど話したことない筈なんだけど…)
自問自答しそんなことあるはずないと思いながら本橋に確認するが、
「…んーん。柴田は何も悪くないよ」と、寂しげに笑いながらもう1度言われた。
「………」
「………」
何もしてない筈なのに、そう言われたらオレが何かしたみたいに感じるのはなぜだろうか。
クラスに残っていた皆もそう思ったのだろう。
クラス中から訝しげな視線を感じ、本能的にこのままではやばいと感じた。
「……本…橋。今日帰り暇か?良かったら一緒に帰んない…?」
「え?オレが柴田と…?」
本橋は親しくないオレに誘われたことにとても驚いたようで、長いまつげをぱしぱしと揺らした。
「…柴田がいいなら」
少し間を置いてから本橋がそう言ってくれて、オレは心底ほっとした。
きっと本橋と共にこの教室を出なければ、そしてオレと本橋が何にもないことを示さなければ、オレの疑惑は晴れることはないだろう。
ぎゅっと握った手のひらに冷や汗をかきながら、皆の視線を振り切るように教室を後にした。
「……」
「……」
「……本橋って家何処だっけ?」
「…隣駅だよ」
「あ、電車?」
「そう。柴田と反対方向だけどね」
「そうなんだ…」
「……」
「……」
元々仲良いわけでもないから会話のきっかけもつかめず、無言の状態が続く。
何で本橋はオレと帰ってもいいと思ったのか疑問に思うほどの沈黙の中、人気のない帰り道で自分たちの足音がやけに大きく聞こえた。
「………本橋」
「ん?」
「オレ、本当に何もしてない?」
本橋の目をじっと見つめて言うと、本橋はオレを見つめ返しながらゆっくり足を止めた。
「………」
「………オレ、何かしたかな?」
返ってこない返事にもう一度尋ねると、本橋は長いまつげを伏せた。
「……柴田は何も悪くない。オレが勝手に、モヤモヤしてるだけで…」
その返事はまた、今までの返事とは違った。
(何か話す気になったのか…?)
なんでオレに?と一瞬思ったが、このきっかけを逃してはならないという思いのが強く、本橋の方へ歩み寄る。
「……何にモヤモヤしてんだ?オレなんかじゃ、話たくないかもしんないけど…オレで良ければ聞くし」
オレの言葉に、伏せられたまつ毛の下で橋本の瞳がゆらゆら揺れるのが分かった。
「……柴田、この間女子といたろ。あれ、彼女?」
「…………はい?」
溜めに溜めてから発せられたその言葉に、またしても固まる。
(なんだ…?もしかして女のことで悩んでんのか?)
だがしかしオレに彼女はいないし、仲良い女子もいないし…恋愛経験とか全くないから相談に乗れそうもない。
どうしたもんかと思いながらも、取り敢えず本橋の問いに答えることにした。
「…えっと、ごめん。オレ彼女いないけど…いつの話?」
「え、彼女じゃないの?…3週間くらい前にさ、駅のホームで話してて、そんでそのまま一緒に帰ってた」
本橋が顔を上げてじーっと疑うようにオレを見てくるが、悲しいことにオレには一緒に帰るような親しい女子はいない。
(……あ?)
「あ、もしかしてあれかな。セーラー服着てた、髪の毛むっちゃ長い人?」
「…そう。多分その子。彼女じゃないの?」
疑っているようで、じっと目を見ながらもう1度確認される。
(…もしかして、恋愛相談じゃなくて…本橋は由紀さん狙いなのかな…)
もしそうだとしたら、オレは本橋の相談にのってやることはできそうにない。
「……その人、多分、オレの兄貴の彼女かな」
本橋に申し訳ない気持ちでそう言うと、本橋が元々大きな目をさらに大きく広げた。
「え、柴田じゃなくて…柴田の兄さん、の……?」
「うん。こないだ帰りに
本橋が狙ってた女子には、オレではないが彼氏がいる。
励ますつもりがまさか落ち込ませる結果になるとは…そう思って本橋をもう1度見ると、なぜか本橋は晴れやかな顔をしていた。
「なんだー、そっかー。柴田の彼女じゃなかったのかー。オレてっきり柴田に彼女できたかと思って…」
「え?うん…ごめん。悲しいことにオレ今まで彼女できたことねーよ」
「そっかそっかー、あーよかった」
何が良かったのかよくわからないが、本橋は止まっていた足を軽やかに動かした。
(……なんだ?オレに負けるのはヤだけど、オレの兄貴ならしょうがないとかそんな感じか?)
なんだか腑に落ちないが、まぁこれでオレの容疑が晴れるなら良しとしよう。
「…てかさー、オレは悪くないって、そういう意味だったんだな」
狙ってた由紀さんを奪われて悲しいけど、誰のせいでもない、誰も悪くない。きっとそう言う意味だったんだろう。
納得しながらうんうん頷いていると、本橋は申し訳なさそうな笑顔を見せた。
「あー…うん、ごめん。何か変な言い方しちゃってたよな…」
「いやマジで、オレ何かしたかと思ってめっちゃびびったからー」
「はは……オレさー、めっちゃ後悔したんだよ。きっと叶わないからさ、見てるだけでもいいとか思ってたのにさ、他の人に奪われるなんて…あー、こんなことになるんなら告っとけばよかったーって思って」
「そっか…」
(本橋くらいのイケメンなら女選び放題かと思ってたけど、こうやって普通に悩んでるんだな…)
少し遠い存在に思っていた本橋に少し親近感を抱いていると、本橋はまた歩みを止めた。
「だからオレ、もうあんな思いしたくない。告んないで後悔するくらいなら、告って後悔したい」
「おぉ…」
本橋はその決意を高らかに宣言した後、大きく深呼吸をしてからこう言った。
「…柴田、オレ柴田のこと好きだ」
あまりに予想外の展開に「……は?」と発した口のままぽかんと固まってしまう。
「え…オレ?…え?本橋は、由紀さんが好きなんじゃないの…?」
今度はオレが小さい目を大きく開きながら本橋へ聞くが、本橋は
「由紀さん?誰それ?…あぁ、柴田の兄さんの彼女?違うよ。オレが好きなのは柴田だよ」
と微笑みながら答えた。
本橋はクラスのムードメーカーであるが、こんな嘘をつくようなヤツではない。
(ってことは、本気なのか…?)
さっきとは違い、妙なドキドキで手のひらに汗をかくのを感じた。
「……男から告られんのとか、嫌だった?」
何も返せないオレに本橋は心配そうな顔を見せたが
「え?や、違う。…告られんのとか、初めてで…」
慌ててそう答えると、「オレが初めてなんだ」と嬉しさをこらえきれないように笑った。
普段だったら「オレがモテないからってバカにしてんのか」って言い返すのに、本橋があんまり嬉しそうに笑うから、何でか胸がぎゅうってなって何も言えなくなる。
「…柴田がさ、オレのこと何とも思ってないのは、ずっと見てたから分かってんだ。だから付き合ってとか、まだ言わないけど…これをきっかけにさ、ちょっとでもオレのこと意識して欲しい」
「…おぉ…」
相手は男で、同性なのに。
男相手に恋愛するとか考えたことなかったのに、なんでかすんなり了承の返事をしてしまった。
「……」
「……」
「…何でオレなん?」
再び歩き出すが、相変わらずの無言に耐え切れず、本橋に問いかける。
「何でだろう?わかんない。気づいたら柴田のこと目で追ってた。柴田が近くにいると嬉しくって、めっちゃドキドキすんだ」
そう当たり前のように言って笑う本橋。
(…オレだって、今めっちゃドキドキしてるっつーの)
そんな本橋の隣を歩くだけでこんなにドキドキしてるのは、きっとさっき告白されたばかりだから。
(…でもだったら、本橋の笑顔を見て心臓が締め付けられるのはなんでだ?)
それはきっと……
…きっと、本橋がイケメンなせいだ。
そう自分に言い聞かせて、いつもと違う胸の高鳴りの理由にまだ気づかないフリをした。
終 2015.9.7
君のせい 蜜缶(みかん) @junkxjunkie
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