第28話
創一は朝のホームルーム中にも拘わらず、教室を跳び出して、人気の無い昇降口へと向かった。
水奈高校の制服に身を包む――繭羽の手を引きながら。
「ど、どういうことなんだ!?」
昇降口に着いて早々、創一は繭羽に詰め寄った。
「どうって……驚いているのは分かるけれど、ホームルーム中に無理やり出てきちゃっていの?」
「そんなことはどうだっていい! ……本当に繭羽なのか?」
「ええ、間違いなく。幽霊ではないわよ。きちんと足だってあるし……しっかりと触れられるでしょう?」
創一は自分がしっかりと繭羽の手を握り締めていることに気付き、慌てて手を離した。
「あ、ごめん……。いや、でも……どうして生きているんだ? だって、繭羽は……尽崩を使って死んだ筈じゃないか。尽崩を使った者は死を免れないんだろう? それに、僕は繭羽が死んだことを確認した。病院にいた救命士の人だって、繭羽が間違いなく死んだと言っていた。……どうして生きているんだ? 僕は白昼夢でも見ているのか?」
「いえ、創一は夢なんて見ていないわ。間違いなく、現実の光景よ。言ったでしょう? ……いつかまた、必ず逢えるって」
確かに、尽崩によって命が尽きる最期の瞬間、繭羽はそう言っていた。しかし、あれは自分を慰める為だけに言った嘘の言葉だと思っていた。
「じゃあ、繭羽は……実は生きていたのか」
「いえ、死んでいたわ。誤診でも何でもなく、創一が見た私は、間違いなく死んでいた」
「え……じゃあ、どうして……」
創一は、ふと蘇生術式のことを思い出した。あれとは違うだろうけれど、魔術には、死者を蘇らせるような方法が無いとは限らない。
「……誰かに蘇らせて貰ったのか?」
「いえ、違うわ。……そうね、創一には、私の正体について、あまり教えていなかったわね。ここにいると教師にでも見つかって面倒だから、移動しましょう」
繭羽はそう言って、体育館裏に来るよう告げた。
すたすたと歩く繭羽の背を追いながら、創一は自分が本当に夢を見ているのではないかと何度も疑った。目を擦り、顔を何度も叩いてみるも、目の前の繭羽の姿が消えることはない。現実に、繭羽は生きて眼前にいた。
「よし、ここでいいでしょう。……さて、何から話せばいいものかしら」
繭羽は体育館裏に到着すると、悩むように顎に手を添える。
「……そうね、まずは改めて自己紹介をするわ。私は神代繭羽。古来より妖怪を祓う一族の現当主として、神代の名を継いだ者。五行機関にいくらか顔を利くのは、その為よ」
「陰陽師みたいな存在……なのか?」
「魔を祓う意味では同じだけれど、趣が異なるわ。古来より、日本には神を祀り、災いを治め、豊穣を祈る風習があった。そして、いつの頃か幻魔やディヴォウラーが人間を襲うようになり、人々はそれらの存在――昔は妖怪と呼ばれていた存在から身を守るべく、陰陽師を始め、様々な退魔の術を模索した。その中で、いつしか巫女の神降ろしを基礎にして、とある魔術を構築した神を祀る一族がいくつか現れるようになった。その一つこそ、白蛇を主神として祀り上げる神代一族」
「白蛇の神様?」
創一は、戦闘時において繭羽の髪色が絹のように白染めになることを思い出した。加えて、蛇眼や納刀術式が蛇に関する魔術であることに思い当たった。
「そう。私の身には、一族と信者が長年に渡って祀り上げた白蛇の神が宿っているわ」
繭羽はそう言って、自分の腹部を手で押さえた。正確には、下腹に近い部分を押さえている。
「神を身に宿し、その権能を帯びる術の名は、神胎術式。新たな命を宿す力を持った女性を器として、胎内に神を宿す神降ろしの奥義。だから、神胎術式を扱う一族の長は、神に仕える巫女が担うことになっている。そして、その巫女に長女が生まれれば、その子が新たな神の器としての役目を引き継いでいくことになる」
創一は繭羽が押さえている腹部を見た。つまり、繭羽の体内――正確には子宮を神輿として、そこに白蛇の神が鎮座しているのだ。
「そう……だったのか。それで、繭羽が一度死んで――生き返ったことに、その神胎術式が関わっているのか」
「ええ。神胎術式というよりは、白蛇様の特性に起因するものだけれど。神胎術式によって神を身に宿すと、巫女はその神の権能を扱えるようになる。人と神の中間の狭間に生き、身体能力は飛躍的に高まる。蛇神様の権能は――死と再生。蛇の脱皮は知っているでしょう? 蛇は脱皮を繰り返すことで、古い殻を脱ぎ捨てて、より大きく新しい体へ生まれ変わる。日本に限らず、世界中で、蛇は死と再生の象徴と見なされているわ。もしくは、尾を食むウロボロスのように、永遠や無限の象徴としても扱われる」
「じゃあ、つまり――」
「そう。私は一度死んだ。けれど、事象を円環として繋ぐ蛇神様の権能により――蘇った。正確には、生まれ変わったと言うべきかしら? 白蛇様の巫女は、死の危機に瀕すると、仮死状態に陥るわ。仮死と言っても、呼吸も心臓の鼓動も止まる。生命活動そのものが停止する。言うなれば、肉体の時間が停止するのよ」
「……は、あはは、はは」
創一は微かな笑い声を漏らすと、壁に背を預け、その場にへたり込んだ。
「なんだ……そうだったのか。僕は、僕はてっきり……」
「創一……泣いているの?」
繭羽に指摘されて、創一は自分がポロポロと涙を流していることに気付いた。
「あ、いや、これは……」
「……ごめんなさい。事前に教えていれば良かったのだけれど……心配を掛けてしまったようね」
「いや、良いんだ……。君が生きていれば――それで」
創一は上着の裾で涙を拭うと、立ち上がる。
「いつなんだ? いつ頃に仮死状態から息を吹き返したんだ?」
「えっと……三日前の夕方ね。白蛇様の巫女は、仮死状態になって白蛇の中有と呼ばれる三日を経過した後、目を覚ますわ。一日目に未来の生を生じ、二日目に死を過去の殻として、三日目にそれを脱ぎ捨てて再誕を為す。今回、初めてこの蛇神転生を経験した訳だけれど……。まさか病院の霊安室で目を覚ますことになるとは思わなかったわ。周囲に誰もいなかったことは、面倒が起らずありがたかったけれど」
繭羽はその時のことを思い出したのか、苦い笑みを浮かべた。目が覚めて霊安室にいたとなれば、寝覚めは相当悪かったことだろう。
「そうだったのか。それなら、もっと早く来てくれればよかったのに」
「……そうね。でも……色々とやることもあったから」
恐らく、それはリリアも含めた今回の幻魔襲来に関する事後処理なのだろう。
そう言えば、繭羽はリリアを倒すことが出来たのだから――
「なあ、繭羽。いつ頃、この街を出発する予定なんだ?」
「え……?」
「ほら、言っていたじゃないか。リリアを倒せたなら、また別の幻魔を求めて放浪の旅に出るって。たぶん、それが神代一族の当主としての……君の役目なんだろう?」
「えっと……」
繭羽は何故か返事にまごつく。少しの間だけ視線を彷徨わせると、何かに観念したように溜息をついた。
「創一、その件なのだけれど……。結論から言えば、私はしばらくの間、この街に留まることにしたわ」
「え……本当?」
それは創一にとって朗報であった。よくよく考えれば、この学校に再び転入生という形で来ていた時点で、すぐにこの地から離れるつもりがないことは窺い知れる。
「そっか……嬉しいな。きっと心陽も……って、みんな繭羽のことを忘れていたんだっけ。たぶん、世界の修正力って奴かな。……それで、どれくらいの間、またみんなで一緒にいられるんだ?」
「……それについて、話があるわ。初めは黙っていようと思ったけれど……それは創一に対して誠実さを欠くと思った。だから……本当のことを言う。どうして私がこの街に残ることにしたのか……その真意を。でも、その前にいくつか教えておかなければならないことがあるわ」
繭羽はそう言うと、右手を左の掌中に当てて、そこから深黒の大太刀――神喰を抜いた。
実は、その神喰は、創一が自宅に保管していたものだ。リリア戦後、繭羽を病院に搬送する前に、現実界に戻って来た地点に落ちていた神喰を一度 近場の物陰の地面に埋めておいたのだ。繭羽の死亡宣告を受けた後、意気消沈しながらも繭羽の面影を求めて、地面から掘り起こして持ち帰ったのである。
どうやらいつの間にか自宅から回収していたらしい。そう言えば、繭羽に合鍵を渡しておいたのだったか。
「この太刀……元々の所有者は神狩りなのよ」
「……やっぱりそうなのか。リリアが僕に言っていたよ。その刀……神喰は神狩りが使っていた宝具だって」
繭羽は創一がその事実を知っていたことに少し驚いた。
「そう……リリアが教えたのね。創一の知っている通り、この太刀は神狩りの武器よ。恐らく、宝具に分類されるものでしょう」
「ベルがいくつか使っていたけれど、宝具ってなんなんだ?」
「実際に目にしたのであれば分かると思うけれど、宝具は魔術的な力を内包した道具で、破魂術を使わずとも効果を発揮するわ。宝具によって、力も形状も多種多様。簡単に創れるものではなく、貴重なものよ」
「確かに……凄い力を持っていたな。鎖で縛りあげたり、大量の水を出したり、衝撃波を発生させたり……。宝具って自分で創り出せるものなのか?」
「いえ……。宝具はひとりでは創れない。二人以上の者が宝具を創造しようとして、初めて生み出せる。……宝具は人間の体を基礎にして創り上げるものだから」
創一は衝撃の事実に耳を疑った。
「宝具は……元は人間だったのか?」
「ええ。宝具を創る際、一方が尽崩を起こして自身の体内に界孔を開ける。そして、もう一方がヴィシュヴァカルマン術式という道具製造の魔術を用いて、尽崩者の体を適した形状に加工して、それに界孔から流れ込む異界の法則を封じ込める。そうすることで、宝具は完成するわ。一方を犠牲にして、更に両者の創造したいものが一致しなければならない。だから、宝具の数は少なく、貴重なのよ」
創一は眼前の神喰に目を向けた。それも宝具ならば、今でこそ大太刀の形状をしているが、元は人間だったのだろう。
「……誰かの犠牲を必要とするのに、どうして宝具なんて生まれたんだろう」
「犠牲を払ってでも、創造する必要があったからでしょう。たとえば……絶体絶命の窮地に立たされて、そこから脱する為に、強大な力を秘めた宝具を必要としたから。命に代えても守りたい者があったから。……例外はあれど、そう言った止むに止まれぬ事情よ」
繭羽は神喰を胸もとまで持ち上げる。
「恐らく、この神喰は……神代家の人々を数年前に虐殺して行方を眩ませた神狩りが生み出した宝具なのでしょう」
創一はその話を聞いて目を瞠る。
「虐殺……? 神狩りが繭羽の家族を襲ったのか」
「……ええ。あの時は夕方だったかしら。神代の本家は、突然神狩りの奇襲を受けたわ。子供や魔術の心得の無い奉公人、そして先代神代家当主のお母様……その後継者たる私を除いて、力有る者は皆、神狩りに立ち向かった。私は付き人に抱えられて無理無体に避難させられたから、その戦いの有り様を直接目にすることは出来なかった。……今でも、時々夢に見るわ。全身に漆黒の鎧を纏い、この神喰で私を守る為に立ち向かった一族の者を次々と斬殺した……禍々しい神狩りの姿を。付き人の肩越しに見た、赤々と燃え盛る本家の家屋を」
創一は、どうして繭羽が神狩りの話をする時に、深い悲しみと怒りに満ちた目をするのか――その理由を理解した。繭羽にとって、神狩りは絶対に許すことの出来ない一族の仇なのだ。
「創一は、私がこの神喰で黒い炎――瞋恚の焔(しんいのほむら)を放つ姿を何度も見たことがあると思うけれど……あれは神喰の力ではないわ。あれは、真意術式。私の心に刻まれた、傷跡の具現」
「傷跡? 何度も真意術式という言葉を聞いているけれど、どんな魔術なんだ?」
「真意術式は、破魂術の魔術と違い、魂を砕く必要が無い。なぜなら、自分の精神世界の法則を現実に適用しているから。法則……言い換えれば、その人の心に中核となっている想い。それは願望であり、夢であり……深く刻まれた心の傷でもある」
繭羽は神喰に瞋恚の焔を纏わせる。
「これが私の真意術式――心の傷の具現。神狩りの鎧の色と本家を烏有に帰した火炎の記憶、そして私の神狩りに対する想いが混ざり合い……結実した術式。故に、瞋恚の焔。あらゆる物を燃え散らす、憎しみと怒りに染まる心の炎」
繭羽は瞋恚の焔に目を細める。その火焔から、いつかの凄惨な記憶を辿るように。
「そんな辛い過去が……。でも、その刀を持っているってことは、繭羽の一族は神狩りを倒すことに成功したんだろう?」
「……いえ、神狩りは今もどこかで生きている。神狩りが撤退した姿を見た者がいるし、その後も出没を繰り返している噂を耳にしているわ」
「もしかして、繭羽が幻魔を倒す旅を続けている理由は……神狩りに復讐する為なのか?」
繭羽は静かに頷く。
「その通りよ。だから、私は本家を離れた。今以上に強くなり、いつの日か、この神喰を……神狩りがお母様の胸に突き刺したように、私も奴に突き刺し……殺してみせる」
創一は繭羽の険しい表情を見詰めた。自分とたいして年齢は変わらないだろうに、その心はどれだけの苦難に傷付き、その背中にはどれだけの責任と使命を背負っているのだろうか。想像に難い。
「そうか、神狩りは今も生きて……。あれ、でも、神狩りを倒せていないんだったら、どうして繭羽が神喰を持っているんだ?」
「……この神喰は、本家の庭園で亡くなったお母様の胸に突き刺さった状態で残されていたわ。私が尽崩を発動させて使った魔術……輪廻壊絶。母様は神喰を胸に受けた際、尽崩を行って、神狩りに対して輪廻壊絶を発動したそうよ。輪廻壊絶は、対象の生と死の循環を断ち切る必殺の奥義。肉体と魂の新陳代謝を壊滅することで、相手を即死させ、過現未に連なる輪廻の循環すら断絶する。自分の死を悟って……神狩りを道づれにしようとしたのでしょう。けれど、それは叶わなかった」
「神狩りが……魔術を打ち消す特性を持っていたから?」
「それもあると思う。でも、原因はそれだけではないと思う。この神喰の刀身には、神狩り同様、魔術に関する力を掻き消す力が宿っている。私の瞋恚の焔を帯びても形を保っていられるのは、その為よ。お母様は神喰を胸に受けてしまった所為で、輪廻壊絶の発動をいくらか阻害されたに違いないわ。けれど、不完全ながらも、輪廻壊絶は発動した。神狩りが対魔術耐性を持っていても、己の全てを対価にする輪廻壊絶は、少なからず神狩りに影響を及ぼしたのでしょう。神狩りは宝具を置き去りにしてまで、撤退を余儀なくされたのだから」
創一は繭羽が輪廻壊絶を発動した時のことを思い出した。あの時、リリアは酷く怯えた表情をしていた。輪廻壊絶の恐るべき力を知った今では、その時のリリアの内心を察することが出来るような気がした。
「……あれ、おかしくないか? 繭羽のお母さんは、輪廻壊絶を発動して亡くなったんだよな。でも、同じく輪廻壊絶を発動した繭羽は、こうやって生きている……いや、死から蘇ったじゃないか」
「確かに、本来ならば、輪廻壊絶を発動しても、その後の蛇神転生で復活することは出来るわ。でも、母様の場合は事情が違う。この神喰……魔術の力を打ち消す宝具で体を貫かれていたのだもの。輪廻壊絶の後に仮死状態に移行しても、神喰の力で、仮死状態は無理やり解除させられる。そうなってしまっては、転生の流れは断絶され、その後の再誕へ繋がらない。だから……母様は目を覚まさなかった。みんな神狩りに殺された。お母様を始め、お父様も……家族のように親しかった本家に勤める者達も……みんな」
繭羽は瞋恚の焔を消すと、神喰を左の掌中に押し戻した。これ以上、神喰を見て過去のことを思い出したくないのだろう。
創一は繭羽の母の死の件を聞いて、ひやりとした気分を覚えていた。発動条件を把握しきれていないけれど、自分の両手には、神狩りと同様の特性が宿っている。もし、輪廻壊絶後の仮死状態の繭羽に触れた時、何かの条件を満たして魔術無効化の特性が働いていれば、繭羽も蘇らなかったかもしれない。
「さて……これでようやく本題を話せると思うわ。私がこの街に残ると決めた……その真意を」
繭羽はそう言うと、創一から目を逸らす。しかし、思い直したのか、創一の目を直視した。
創一は、話の流れから繭羽が何を言おうとしているのか――分かった気がした。
「創一――あなたの存在よ。あなたは神狩りと似た特性を持っている。どうしてその特性を持っているのか分からない。寵愛者のように、生まれながらに特別な力を持っていたからかもしれない。もしくは……創一自身が神狩りに関する何かかもしれない。何であれ、創一が神狩りに繋がる手掛かりになる可能性は十分に高い。だから、私は……創一を監視する為に、この街に留まることを決めた」
繭羽は途中で何度も目を逸らしたそうにしたが、最後まで目を逸らさずに言い切った。
「……そっか」
創一は、ぽつりと一言だけ呟いた。
繭羽は『神狩りに繋がる手掛かり』という婉曲な表現をしたが、それは自分のことを神狩りが化けた者と疑っているということである。そして、もし本当にそうであるならば――復讐の為に殺すことも有り得る。繭羽が神代一族が神狩りに虐殺されたことを教えてくれた理由は、それらを暗に示唆する為だ。
その告白には、多大な勇気を要しただろう。自分に疎まれることを予想して、それでも誠実に向き合おうとしてくれたからこそ、黙っていてもよかった真意を開陳してくれたのだ。
そのことに対して――創一は純粋に感謝の念を抱いた。
創一は小さく溜息をつくと、空を仰いで大きく伸びをした。
「さて……何もかも分かってすっきりしたことだし、繭羽、教室に戻ろうか。途中で抜け出しちゃったから、後で色々と面倒なことがあるとは思うけれど……。まあ、帰りに商店街で何か奢るからさ、それで勘弁して?」
「え……え、ちょっと……え?」
戸惑う繭羽を置いて、創一はすたすたと体育館裏から昇降口の方へ歩き始める。すぐに後ろから繭羽が追い付き、そして進路を塞ぐように回り込んだ。
「ちょっと……待って!」
「ん……まだ何か話があるの?」
「まだって……なんとも思わないの? 私は復讐相手の手掛かりを掴む為に、あなたを監視するって言ったのよ? もっと、こう……嫌な表情を浮かべて当然じゃないの?」
「いや、別に。むしろ、僕としては、言いづらい事情をあえて教えてくれて、嬉しいくらいだ。……それとね、繭羽。もし、僕が神狩りに関する何かで、神狩りが自分の記憶や意識を改変して化けている存在なのだとしたら、その時は……僕を殺せばいいと思う」
「え……」
繭羽は衝撃的な申し出に言葉を失った。
「創一……本気で言っているの?」
「本気さ。嘘でも冗談でもない、僕の本音だ。だって……もし、自分の正体がそんな禍々しくて罪深い存在なのだとしたら、僕は生きていたいと思わない。のうのうと生きる資格は無いと思う。だから、その時には、僕を殺して、神代一族の仇を取ればいい。……そうすれば、もう繭羽は孤独に幻魔を追い求める旅をする必要もなくなって、重い使命から解放されて、自分の元居た場所に帰れるだろう?」
「………………ふふっ」
繭羽はしばらく呆然と創一のことを見詰めていたが、急に堰を切ったように笑い始めた。
「ふふふ、ははっ、あはは、あはははは! どうして、こう……なんだろう。なんだか創一に真剣に話をしようとすると、毎回自分の気持ちが空回りしていると言うか……自分が馬鹿みたいというか……」
繭羽はひとしきり笑うと、口許に笑みの余韻を残しつつ、勇ましく挑戦的な表情を浮かべる。
「……いいわ。創一がそう言うのなら、こちらも相応の態度で臨む。有り得ない……とは思うけれど、もしも、創一が神狩りに関する……いえ、神狩りその者が自分を騙して人間のふりをしているのなら、全力で仇を取りにいかせて貰う。その時は……ふふっ、覚悟してなさい、創一」
「どうぞ、お手柔らかに」
繭羽と共に教室へ向かう道を歩く。その足取りは不思議と軽く、自分の心を妙に浮かれさせる。
繭羽との出会いからは、本当に多くの物がもたらされた。それは、自分自身が何者なのかという謎を深める結果ももたらした。しかし、これから先、繭羽と日常を共にしていれば、いつの日か、その謎を解き明かす日がやって来るだろう――そんな予感を感じる。
強くなろう。
大切な――今の自分にとって初めての大切な友達を失わないよう、もっと強くなろう。己を知り、技量を磨き、またいつか幻魔が来襲した時には――繭羽の隣に立てる存在であろう。
「繭羽」
名前を呼ばれ、繭羽がこちらを振り向く。
「何?」
「改めて……これからもよろしく」
繭羽は一拍おいて、花が咲き開くように、にふぶに笑みを浮かべた。
「うん! これからもよろしくね、創一」
(第一部、完)
夢と現の境界 夜道 @Yomichi-Akari
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