最終話【終離】

  思えば僕の人生は、何時であろうと「それ」に逆らうことが出来なかった。

 「それ」は僕の後ろに常にいて、僕の腕脚や口を僕の意思とは逆の方向へと操り続けた。

 はじめは、仲良くしたい人に対して書くのも憚られる様な罵詈雑言を初対面の開口一番に言ってしまう様な(それでも充分酷い事ではあるが)そんな程度で済んでいた。

 だが「それ」は僕の腕脚を振るい、全く無関係な第三者や、何の落ち度もない友人どころか家族にさえも危害を加える事すら当たり前になっていった。

 僕は逆らう事が年々出来なくなっていった。

 そうして、遂に、僕は取り返しのつかない事をしてしまった。

 僕は逆らいきれなかったのだ。結果的には。

 だから僕は、もう普通の人間として生きていく手段を完全に失ってしまった。

 もう書く言葉が意味を持つことは無く、誰かのせいにして逃げようとも思わない。

 僕は……今、自分で自分が何をしているのか、何を言っているのかもよく分からない。

 僕がこうして書いている事は、本当に僕の思っている通りに書けているのかすらも。

 山、川。

 これがきちんと「山、川。」と書かれているのかすら、今の僕は自信が持てない。

 「それ」のせいにしたくはない。

 だけど「それ」のせいで、まさか筆を折るでなく、折られる事になるなんて、全く予想だにしていなかった事態だ。

 だがこれでいいと今は思える。

 何故なら、もう、これで「呪い」とも完全に決別できるのだ。

 それでいい。

 僕には文藝の才能など無く、そして人として生きるために必要なものも無く、故にこれが最後の執筆となる。

 何の意味も持たない言葉の羅列。

 無価値な無名の狂人の独白。

 詩というにはあまりにも稚拙で、愚鈍な、書き散らかしただけの塵芥の山……。

 これを読んでくれている誰かへ。

 ありがとう。

 僕は君の様な人を大切に出来る、そんな人で有りたかった。

 僕は君に褒められなくとも生きていけるように、心を鍛えなければならなかった。

 いや、もっともっと人として生きていく上で足りないものは山積みなのだ。

 それこそ、僕自身も全く見当がつかない程に。

 だから忘れてほしい。こんなものを読んだという記憶は。

 君がこれから何をするのかなんて僕は分からない。

 ひょっとしたら家へ帰る帰り道かもしれない。

 或いは残業中の息抜きに僕を見つけてくれたのかもしれない。

 将又、家で息抜きをしている最中であったのかも。

 だがこんな事に君を付き合わせてしまった、その事に僕は謝らなければならない。

 ごめんなさい。

 この錆人形の心が死に、社会性も死に、そしてあと何十年後かには肉体の死が漸く追いつく。

 それまでに、あなたが幸せになっている事を、細やか乍ら祈らせて頂きます。

 さようなら。

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豊臣三毛 @112358jondo

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