終 話 後日談


 ――すべては彼女を中心に回っていた。それを知ったのはすべてが終わってからのことでした。


 ※


「『怪奇! 夕暮れに佇む少女の噂』か。まったく、よくやるわねね」

「あ、それは今日出たばかりの校内新聞だね。どうどう、よく書けているでしょ?」

 聞き飽きた声に瑞樹はため息をつきながら顔を上げる。そこにはカチューシャをつけた少女――朝霧陽子が、にこにこと笑みを浮かべて立っていた。

「……なるほど、全部あなたが後ろで糸を引いていたのね」

「やだなあ、人聞きの悪い。ちゃんと二人に許可は取ってるんだから」

「まあ、本人達が納得しているのなら、わたしはいいけどね……」

 ちらりと最前列の席に視線をやると、当事者の二人は人目を気にすることなく会話を楽しんでいた。あれ以来、空乃は誰の目にも見えるようになり、そして何事もなくクラスに受け入れられている。まるでこれまでクラスの皆からかのように。

 結局、確たる原因は良くわかっていない。あの懐中時計が特別なものだった可能性もあるし、空乃自身に何かの能力が備わっていた可能性もある。だが、もう時計は破壊されたし、今の空乃には能力のかけらも感じられない。

 そもそも今の千種は何が起こってもおかしくない状態ではある。新たに人や建物が増える一方で、そこに蓄積される『想い』は開放されずに増え続けている。それがこの前の『靄』として噴出したり、『獣』を生み出す力の元になっている可能性は十分にある。

「……ところで、私を呼び出したのも、あなたの差し金なわけ?」

 雨の後輩に呼び出された一件がなければ、全く別の結末になっていた可能性はある。何度か見たことはあるが、彼女たちはそこまで度胸のある人間ではなかった。どちらかといえば、後ろから雨の後を着いて回るだけで満足するタイプ……つまり、誰かが彼女たちをけしかけたのではないか、と瑞樹は考えていた。そしてその犯人として一番疑わしいのは――

「え、わたしが瑞樹を? いや、流石にそんなことしてないけど。ばれたら何されるかわからないし」

 陽子はきっぱりと首を振る。瑞樹はじっとその目を見つめるが、嘘を言っている様子は全くない。であれば、あれは全く別の誰かの差し金ということになるのだろうか。それはそれで気味が悪い。

「……あ、瑞樹さん!」

 こちらに気づいた日和が瑞樹の元に駆け寄ってくる。その後に、嫌そうな空乃が続く。

「この前はどうもありがとうございました」

「そう、それは良かったわ。でも、どうやら空乃には嫌われちゃったみたいね」

「ああ、どうやらあの後のカラオケで音痴って断言されたのを余程気にしているみたいで……」

 その時のことを思い出し、瑞樹は額に皺を寄せる。

 あの後のカラオケは酷いものだった。話に聞いていた空乃はともかくとして、意外にも雨がそれ以上の音痴っぷりを披露し、瑞樹は空乃と共にトイレへ逃げ込む羽目になった。

 その雨当人は最近空乃を連れてカラオケに通っているようだった。

 「……絶対、ギャフンと言わせます」と、雨はムキになっていた。

「ああいう雨も珍しいわね……まあでも、期待しているわ」

 思い出し笑いを浮かべながら、瑞樹は席を立つ。

「あれ瑞樹、どこへ行くの?」

「ちょっとお花を摘みにね。すぐ戻ってくるわ」

 ひらひらと手を振ると、瑞樹は教室の出口へと向かう。扉を開けたところで後ろをゆっくりと振り返ると、談笑する二人の姿が目に入り、唇の端を歪めた。

 後ろ手に扉を閉め、瑞樹は目的地に向かって歩き出す。と、すぐに違和感を覚えて立ち止まる。まだ予鈴すら鳴っていないにも関わらず、廊下には誰もいない。それどころか、物音一つせずしんと静まり返っている。

 まだ『影』の仕業か、それともまた別の何かなのだろうか。瑞樹はゆっくりと身構え、懐にあるものを取り出そうとする。

「……やっと、逢えました」

 不意に後ろから声が聞こえた。瑞樹がゆっくりと振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。まるで絹のような髪が左右で纏められ、腰の辺りまで垂れ下がっている。

「……あなたは、誰」

 不思議と、どこか懐かしい雰囲気を感じながら、瑞樹は少女に向けて問いかける。少女は笑みを浮かべると、こう答えた。

「ふふ、お久しぶりです、お姉さま――」


                         -白色奇譚 了- 




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白色奇譚 @syfaris

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