カラコロ
柊らし
カラコロ
ひらひらひらめく陽のひかり。
約束の時間は日没のあと。
だけどわたしは明るいうちに家を出た。
あのひとのすみかは遠いから、会いに行くのは楽じゃない。
嫌いな地下鉄にも乗らなくちゃ。
はき慣れない下駄をカランコロン。
アサガオあざやかな路地をゆく。
やけに世界が静かなわけは、お巡りさんが教えてくれた。
「おじょうさん、いま出歩くのは危険だよ。宇宙で天の川の底が抜けたんだ。星が落ちてくるかもしれないから、今日は家でおとなしくしてなさい」
なんてこと!
今夜は七夕まつりなのに!
織姫、つまりこと座のベガが、川底に穴を開けたんじゃないかしら。
彼女は川をうらんでいたから。
数億のきらめく星たちは、お風呂の栓を抜くように、渦巻きになって消えたのだろうか。
うお座やかに座は?
きっとひからびてしまったに違いない。
不安の種が根をのばす。
それでもわたしはカランコロン歩く。
大好きなひとが待っている。
浴衣に映えるしぐさだって、いくつか練習してきたのだ。
空からべっこう飴のようなつぶてがぱらぱら。
あわてて日傘にもぐりこむ。
お気に入りが傷だらけ。だけど、星のかけらで青あざまみれになるよりはまし。
地下鉄の駅には駅員ひとりいなかった。
うす暗い通路には、天の川から逃げてきたホタルがゆらゆら。
『ただいま全線運休しております』
がらんどうのホームにひびくアナウンス。
脱いだ下駄を両手にさげて、いち・にの・さんで線路にジャンプ。
白線の内側でただ待っているだけなんてごめん。
宇宙によく似たトンネルの闇。わたしはずんずんもぐりこむ。
こと座のベガのおこないは、ひどく乱暴だと思う。
でも気持ちはわかる。
何千年ものあいだ、好きなひととの関係に、足かせをはめられていたんだもの。
あの子はがまん強すぎたのね。
わたしなら、きっと三日で同じことをしてる。
ながいながいトンネルの終点。
またたく蛍光灯のあかりが見えた。
たどり着いたとなり駅には、ベンチですすり泣く女性がひとり。
わたしと同じ浴衣のすがた。
だいじょうぶですか?
おそるおそる肩をたたくと、彼女はうわごとのようにつぶやいた。
「天の川をこわして、彼に会いに行ったんだけどね。
あのひとは言ったの。ほかに大事なひとができたって」
ああ、この子がベガだわ。
カランコロン。
カランコロン。
地上へつづく階段を急ぐ。
もっと、あの子の言いぶんを聞いてみたくもあったけど。
時計の針は止まってくれない。
もうじき日没。夕やみがせまる。
カランコロン。
カランコロン。
最後の一段を越えて、わたしの足は宙をふむ。
さらさらささやく笹飾り。
ふわり舞いあがる風にのり、まっすぐ天にかけのぼる。
つばさを広げたわし座の胸の1等星。
大好きなあのひとの待つところへ。
カラコロ 柊らし @rashi_ototoiasatte
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