エル・ガナンド三世の即位より十六年、炎月二十四日



(枠組みのある用紙。右上に第一級治療士資格保持者を表す蛇が絡みついた杖の模様のスタンプ)


カルテナンバー0037


 クランケ氏名:ナファールト・ド・ナンス 

     性別:男 

     年齢:九歳 

     職業:無職

  保険証番号:保険対象外治療

     体温:(かすれていて読み取れない)

     呼吸:(かすれていて読み取れない)

     脈拍:(かすれていて読み取れない)

     主訴:毒物摂取による腸管の炎症。

     状態:腹部および手足に、毒物による痣。


    既往歴:ぜんそく       


    家族歴:父は精神疾患により服毒死。母は肺病で病死。

        兄は分娩異常で誕生後即死。

        弟は事故で水死。妹は事故で転落死。

        伯母が重度のアルコール依存症。


    社会歴:ナンス王国王都ナンシェリア出身。

        ナンス王国国王在位八年六ヶ月。

        身体の発育が標準より遅れている。

        知能の発達は特に問題なし。


  アレルギー:埃、ダニに反応あり。


     処方:全身に下位神聖語魔法「癒し」を詠唱。

        大量に飲料水を投与。


     所見:非常に礼儀正しく大人しい。泣き言ひとつ漏らさない。

        ぬいぐるみを肌身離さず所持している。

        脱水症状に注意すれば数日内に治癒完了の見通し。


                    炎月二十四日 

                   (流れるような装飾文字の署名)

                        リン・ドン





(少し斜めになった美しい帝国標準文字で)

 神聖暦八月二十四日

 大尉さんは今日もあたしを部屋から出してくれません。

 おそらくファンランド王国に着くまでとじこめておくつもりなのでしょう。

 あたしがナンス人の方々を助けようとしているのを警戒して、ベッドに縛りつけてしまいました。

 「抵抗するな」とか「いい子にしろ」とかいろいろ言われました。

 少尉さんがまた甲板から呼びに来て、大尉さんを引っ張っていきました。

 あとでこっそり少尉さんが船室に入って来て、あたしをベッドから解放してくれました。

 「部屋からは出せねえ。勘弁してくれな」

 そう言って床に落ちていた自分の上着を、またあたしにかけてくれました。

 少尉さんは陛下の容態を教えてくれました。

 少し体温が低いそうですが、状態にご変化はないそうです。

 ああ、よかった…!

 船倉に閉じ込められた方々が気になりますが、その様子はさすがに教えてくれませんでした。

 でも少尉さんはとてもやさしい人だと思います。 

 たぶんあたしがひどくみすぼらしいから、見てられないだけでしょうけれど。

 それでもなんだか、あたしの心はほわほわと変な気分になっています。

 これは……いいえ……まだ、それとは違うとは思うのだけれど。

 でもなんだか……





(とてもていねいな字で)

 九月二十四日

 おなかがとてもいたいです。

 ドンさんが船室にきて、みてくれました。

 お水をいっぱい飲みなさいと言われました。

 みんなは、食中毒でたおれてしまったそうです。

 ティンさんがみんなを船倉にとじこめています。

 船倉にはお水のタルが入っているけれど、でもとても心ぱいです。

 体がだるくてうごけません。ペンにあまり力がはいらないです。


 うなされているあいだに妹の夢を見ました。

 まだあるきはじめたばかりで、おばさんに手を引かれていました。

 よちよち歩きで窓ぎわによじのぼっていました。

 あぶないと思ったら、姿が見えなくなってしまいました。

 どこをさがしても見つかりませんでした。

 目をさまして、ああ死んだんだったと思いだしました。

 妹は、三かいの窓から落ちて死にました。

 まだ二さいでした。


 頭がふらふらします。熱があるのかも。


 寝ます。おやすみなさい。

 みんなが、ぶじでいますように。



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流刑の王~ボクとみんなの大航海日記~ 深海 @Miuminoki777

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