エル・ガナンド三世の即位より十六年、炎月二十三日


 (質素な便箋に殴り書き)

 ケアリへ


 元 気か? こちらは絶好調だ!

 艦 長代理としてなんとなんと、俺が今、海軍艦「黒風」を動かしている。

 長 たらしい航海を続ける気はねえ。大人しく船をとられたままでいられるか、

 が つんと一発大逆転だぜ! てのを俺は狙ってた。

 お りを見てあの女将軍をふんじばろうってな。

 ま あ結果は大体似たようなことになった。

 え んぎでもないことに、俺の隣であの女将軍が突然、ぶっ倒れやがった。

 の んきに舵輪を握ってた俺は何事かと女をのぞきこんだ。

 も うなんだか息も絶え絶えだ。よく見りゃ顔が真っ青。

 と りあえず軍医に見せたら食中毒だと。ふふふふふ。

 へ ん境基地の食料庫をなめるなよぉっ! こんなこともあろうかと、

 行 きあたりばったり大量に詰め込んでたデンの実を、放置してたんだよな。

 き れいな外見にだまされやがって。くくく。腐って猛毒だぁ、ざまあみろ。

 そ うだよこの俺がその食料爆弾を作った張本人だよ。倉庫の整理なんてめ―― 

 う ん、なんだ、俺には先見の明があったってことで。

 だ から今は気分爽快。女将軍だけじゃない。ナンス人みんなが倒れてるからな。

 よ うやく形勢逆転、ついに反撃の時だぜ。

 ろ くに食べなかったらしいメイドがなんかわめいてるが、たかが知れている。

 し くしく泣いてるメイドを、今、優しく部屋でなだめてるところだ。

 く ろうしてきたんだろうなあ。なんだかホれそうだ…

 な んて、冗談だから! お前が一番だケアリ! 心の底から愛してるぜ!

                         

                       炎月二十三日

                           アル・ティン




(ミミズのようなぐにゃぐにゃと乱れた文字で)

 王国歴九月二十三日、すなわち八月二十三日


 我が腹を食い破りしはいずれの魑魅魍魎か…

 我が剣先が震えて扱いがままなりません… 

 あああ、シャリル様が七転八倒、もだえ苦しんでおられるのに、

 我が体も恐ろしい魔物に蝕まれ、少しも動かぬとは…む、無念…





(少し斜めになった美しい帝国標準文字で)

 神聖暦八月二十三日


 大変なことが起きてしまいました。

 今朝、甲板でディゴール将軍が突然倒れてしまいました。

 ファンランド軍の大尉さんは縛られて倉庫に、軍医さんは部屋に監禁されているのですが、少尉さんは舵を取る役目についていて手足が自由でした。

 少尉さんはびっくりしながらディゴール将軍を軍医さんのところに運びました。

 食中毒だという診断が出るや、少尉さんは全速力で倉庫へ。

 倉庫の見張りを任されていたネイス侍従長も案の定、同じ食中毒で倒れていました。

 あたしは陛下の部屋に飛び込みました。

 陛下は顔を真っ青にされて、寝台に倒れておられました。

 船室でひとりふさぎこまれていたメルニラムの奥様もです。

 無事なのはあたしとナンス人の使用人二人だけ。

 召使いは「基地」で食事した時、デザートを食べるのを許されなかったんです。

 デンの実とかいう多島海特産の木の実が原因でした。

 特に奥様は「この実甘すぎるわねえ」なんてぼやきながらも大量に食べてました。

 瀕死のみなさんを、少尉さんが残酷にも縛り上げてしまいました。

 ナンス人の使用人たちはおろおろするばかり。ものの役に立たないうちに縛られて、ナンス人はみんなまとめて倉庫に入れられてしまいました。

 針路は瞬く間に変えられてしまいました。

 今はファンランド王国の方向へと、船の舳先が向いています。

 あたしは子どもの陛下を、なんとか助けてほしいと懇願しました。

 泣いてすがるだけではだめでした。

 だから仕方なく、大尉さんのいいようにしてもらいました……。

 後悔は……ありません。

 おかげで陛下は軍医さんに診てもらえて、今は安らかに船室で眠られています。

 「早風」の艦長さんがかなり重篤な状態で、それから軍医さんはそちらにかかりきりになりました。

 あたしたちにひどいことをした人ですが、死んでほしくないという思いも少しだけあります。

 メルニラムの旦那様の死をこの目で見たからでしょうか。

 あんなに嫌いな人だったのに、死んでしまったのだと思うと、なぜか涙が出てきます。

 殺し合いは、もう嫌です。 


 大尉さんはすごく強引な人です。ぶったりはしないので、ほっとしています。

 少尉さんはすごくひょうきんな人です。ひとしきりあたしで楽しんだあとでガーガーと高いびきで寝てしまった大尉さんを、叩き起こしに来てました。少尉さんはあたしに上着をかけてくれました。

 「安心しろ、国に帰ったらいい思いさせてやるからな」って言われました。

 なんだかひどく同情されてるみたいです。そんなにあたし、みすぼらしいんでしょうか。

 確かに最近はろくに食事もできず、ちょっと痩せたかしらと思ってたんですけど。

 これからどうなるのでしょう。

 みなさん、元気になってくださるとよいのですが。

 こっそり倉庫を見にいきたいのですが、船室に鍵をかけられてしまいました。

 ああ、籠の鳥です…。

(ページのところどころに涙の沁み)





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深読みボクみん②


デンの実物語(ルーク諸島タリ族の婆の昔語りより)


 むかしむかしある島にタリクという少年が住んでいました。

 タリクはいつものようにヤシの実を摂りに海岸へいきました。

 タリクはするするとヤシの木に登り、次々砂浜へ実を落とします。

「おや?」

 蒼い蒼い海の波間にきらりと何か光るのが見えました。

 タリクが目をこらして眺めると、どうもなにかの実のようです。

 真っ赤に照り輝いていて、とても大きな紅玉のよう。

 タリクはするすると木から降り、じゃばじゃばと海へ入って実を取り上げました。

「なんて美しいんだ。それに、なんていい匂い」

 甘くかぐわしい香りが紅い実からぷんぷん匂ってきます。

 タリクは表皮を押してみました。

 とても硬いヤシの実とは違って、すぐにへこみます。

 熟したアボガドを押した時のような感触です。

 しかしなんておいしそうな匂い…。

 タリクは皮をむいてみました。

 美しい橙色の果肉が現れました。

「大丈夫だ、臭くないから腐ってない」

 タリクは匂いに惹かれて思わずかぶりついてしまいました。

 ひと口食べればもう止まりません。

 気づけば大きな紅の実は全部タリクのお腹の中へ。

「ふうう。食った食った」

 タリクは満足してヤシの実を拾って家へ帰ろうとしました。

 ところが前に出そうとする足が、砂浜に着きません。

 必死に左右の足を交互に出して前へ進もうとするのですが、全然進みません。

「ど、どうしたんだ?」

 ふわふわと、タリクは宙に浮いています。

「な、ななななんでだ?」

 突然急にお腹が痛み出しました。お腹の中で、なにかがはちきれそうでたまりません。

 タリクはしゃがみこみたかったのですが、体は前に倒れても砂地につきませんでした。

 ふわふわと、その体は徐々に浮いて上に上がっていくではありませんか。

 こわくてひいひい言い出したタリクのお腹は、もう耐え切れないぐらいふくらんでいます。

「うああああああ!」

 突然ばふんと轟音を立て、タリクのお尻からおそろしい勢いで何かが噴射しました。

 その勢いたるや弓矢の如し。

 タリクの体はあっという間に島を眼下に大空へ。

 見る間にその姿は小さく小さく…。

 ああ、青い青い空へと消えてしまいました。

 タリクは一体どうなるのでしょう。

 この続きはまた明日の晩に。


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