第二話 禁忌の山①


「おいおいおーい!! まじかよクロ! 追放ってマジかクロさんよぉ!!」


 クロとリィナがクロの自宅に戻り、さぁ山へ向けての準備をするぞといった矢先である。

家に飛び込んできたのは、村一番の剣の使い手でありクロの親友であるリオクだ。


「うん、本当」

「うげえついにやっちまったな。いつかこうなると思ってたんだよだからいっつも止めてただろう!?」


 まるで連射用のクロスボウで延々と矢を射続けられるかのように、クロはリオクから言葉を投げつけられた。


「だいたいあんな得体のしれない女助けるほうがどうかしてる! お前のは正義感通り越してただの阿呆だよ! だってそうだろ!? もしその女が魔族の眷属が化けた化け物だったらどーするんだよってはなしだよな!!」

「リオク」

「おっ、と……」


 つい言いすぎてしまったと、リオクは口をつぐむ。

いかんせんその得体のしれない女ことリィナは、まさしく隣の部屋で準備をしていたからだ。


「全部聞こえてる。でも実際私もそう思う」


 隣の部屋から顔を出した少女、リィナは紅の髪をかき上げつつクロに言った。


「助けてくれたのはありがたいけど、クロはやっぱりお人よしだと思う。本当に、感謝はしてるけど……」


 リィナがそういうとクロは、笑顔を作り言い返した。


「お人よしとかそんなんじゃなくて、あそこでリィナを助けなかったら俺の寝覚めが悪くなるだろ、気にしないでいいよ。それに、代わりにいろんな冒険談きかせてくれたし」


 リィナはこの"代わりに冒険談を聞かせてくれた"というのは、全部クロの方便で、自分の罪を軽くしようとしてくれているのではないかと、勝手に思い込んでいた。そう思うからこそ、余計に申し訳なくなる。


「ま、まぁうん。それはそれだとしても、お前村を追放されちまうんだぜ? あてはあんのかよ?」


 リィナとクロの会話が終わったころに、リオクは話を続ける。


「んー……レナードと一緒ならなんとでもなると思う。あてはもちろんないけど」

「でました! いっつもこれだよ! 行き当たりばったりすぎる!!」


 ちょっとは心配しているこっちの身にもなれよ!と言わんばかりである。


「大丈夫、いっつもなんとなくで上手くいってきたから」

「違うね! クロの場合上手くいってなくても、うまくいったんだよ~とか言っててきとーに前向きに処理しちまうだけだろ!」


 そこまでいうとリオクは、あーもうしらないからな!と言いながら、クロの家を後にした。


「……嵐のように来て、嵐のように去っていったわね……」


 思わずリィナがそう形容するほどだった。

一方のクロも、リィナの意見に賛成らしく「本当にな」と頷いた。


「クロ。先に聞いておきたいんだけど、その禁忌の山ってのはどんな山なの?」


 隣の部屋に戻り、荷物を革袋に詰めつつリィナはクロに質問する。

一方レナードの毛づくろいをしつつ用意していたクロは、うーんと少しうなった後に答えた。


「あー、うーん。魔法ってわかる?」

「さすがにわかるわよ」

「さすが冒険者は知識があるな……」


 いやむしろ知らないほうがおかしいくらいよと、リィナは続けようとする。

がよくよく考えると、周りの人間との接触がほぼなく、村の中でだいたい完結してしまっているこの村において、一般常識を語るというのが無理なほうか。


「昔、ワヒラっていう名前のでっかい狼が現れてから、あの山は魔法が使える獣が一気に急増したんだ」


 魔法を使う獣、リィナも聞いたことはある。

そもそも魔法というものは、魔力と呼ばれる潜在的な才能と、膨大な知識が必要な学問の一つである。

 だが魔法を使う条件の一つである知識を、所謂"感覚"だとかそういった不確定な要素だけで使うものも確かに存在するのだ。

魔法を使う獣、所謂魔獣も"感覚"だけで魔法を行使するものだと言われている。

だがそれは、希少な存在であるはずだ。


「……急増ってことは、一匹や二匹じゃないのね?」

「まぁ山の中の獣はだいたいみんな使えるんじゃないかな。大なり小なり」


 とんでもない秘境があったものである。


「で、その急増した原因のワヒラっていう狼は、どんな奴なの?」

「そうだなぁ。めちゃくちゃ賢い奴で、どんな言葉でもしゃべる。魔族の眷属も従えてたし」

「むちゃくちゃな奴ね……魔族の一種なのかしら」

「いや、本人がそんなのと一緒にするなって言ってたから違うと思う」


 じゃあいったいその狼は何者なんだとリィナは考える。

だがその前に、クロの言葉に疑問がわいた。


「えっと、本人が言ってた……? 話したことあるの……?」

「うん、俺の親父と母さんと相打ちになった」


 さらりとまた深刻なことを、平然とした顔でこの男はなぜ言えるのかとリィナは思う。心が鋼かなにかでできているのかと疑うほどだ。


「俺の親父と母さんは、村一番の狩人だったんだ。で、ワヒラが現れてから村に被害が及ぶっていうんで倒しに行った。俺も同行したんだ」


 リィナは準備を終え、部屋から顔を出すと、クロの近くにある木製の椅子に腰をかけた。クロが、話してくれる体制だったからだろう。


「で、レナードの4倍はある大きさの狼が出てきた。ワヒラは最初に『お前の両親の腸を割いて、ゆっくり炙って食っちまった後はお前の番だぜ』って俺にいったんだ。俺は怖くて、近くの木に隠れて何もできなかった」


 クロは台所のほうに行きながら、話を続ける。


「その後、親父と母さんとワヒラが戦い始めた。決着まで、日が落ちるまでたっぷりつかったと思う。親父と母さんは、宣言通りワヒラにはらわたを炙られながら、最後の一矢を放った。ワヒラもさすがに、腸を食ってる最中に攻撃されるとはおもってなかったんだろう、脳天にずっしりと毒付きの矢がささって、数時間もがいた後倒れて砂になった」


 水筒に飲み水をたっぷりと注ぎ込みながら、クロは「それで終わり」と告げた。

リィナはそれを聞いて「辛いことを聞いてごめん」といったが、クロは相変わらず気にしなかった。


「だからもうワヒラはでないから、安心だ。それに禁忌の山に入っても、余計なことをしない限り向こうから襲ってくることはないよ。だから、安全な冒険になると思う。それに、レナードもいる」


 ワンと吠えるレナード。

自分が頼りにされているのがうれしいのか、レナードはクロに擦り寄った。

 確かに、もし向こうが好戦的だったとしたら、魔法に対抗するすべを持たないであろう村の民がかなうはずもなく、かなわないのなら"成人の儀"にもならないはずだ、とリィナは推測した。


「わかったわ。じゃあ、気軽な冒険ね」

「そう、気軽な冒険だ。でも頼りにしてるよ、冒険家」


 クロはリィナの胸あたりを、こぶしでトンと叩く。


「まかせといて。ベテランなんだから」


 そういいつつ、リィナもクロの胸あたりをこぶしでトンと叩いた。


「よろしく。リィナ」

「ええ、よろしくねクロ……それにレナードも」


 レナードは名前を呼ばれたかと思うと、ワンと小さく吠えた。

レナードなりの「はい」という意味なんだろうと、リィナは受け取った。


「じゃあ行こう、リィナ、レナード」


 そうして二人と一匹は禁忌の山へと向かって歩みを進め始めた。



 ――クク、ク。

俺を仕留めたいけすかねえ狩人の息子が、ついにこの山に入ってきたか。

待ちわびた、待ちわびたぞ、10年は待った。

この10年の間、俺の腹の内は煮えたぎり、毎日毎日収まらなかった。

 だがそれも明日で終わりよ。

 あのガキを食い殺し、あの世で呑気に高みの見物をかましている狩人共に、煮え湯を飲ませてやる。


 ああ、楽しみだ、楽しみだなぁ。

 あの世で怒り狂うアイツらの顔を想像したらよぉ。

おかしくってたまんねえなオイ……ククク、クククク。


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狼使いと冒険家~禁忌の山と魔狼ワヒラ~ なかざきととと @andaruson

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