自称冒険家と狼使いの少年③

「はぁ、満足。そうかぁ、外の世界っていいなぁ」


 リィナの話を聞き、妙にご満悦になったクロは、リィナを連れ村長の村へと向かっていた。

リィナが起きた早朝から、昼までのおよそ5,6時間に渡り、クロはリィナの冒険談をせびりつづけた。等のリィナはというと、途中からネタがなくなってしまったのでついには、爺様から聞かされていたお伽噺をしはじめる始末だった。


「見てみたいなぁ天空の街に、ドラゴンか」


 目を輝かせながらつぶやくクロに、リィナはあきれるでもなく「私も同じこといってたなぁ」と自分を重ねていた。

だから邪険にするわけにもいかず、リィナは結局5,6時間、冒険話に付き合ってしまった。


「それはともかく、で結局どこに連れてこうっての? クロ」


 リィナは5,6時間クロと話すうちに、少なくとも彼が悪い人間じゃないということは理解できたつもりだ。

狼のレナードについても、そっぽは向かれてしまうが自分を襲う腹積もりはないようだったし。

 だからこれから「牢獄」だとか「処刑場」だとかに連れていかれる心配こそないものの、やはりどこに連れていかれるかは疑問だったのだ。


「村長の所、今後のリィナと俺とレナードの処遇を考えるんだって」

「処遇……?」

「うん。リィナを助けて村の中にいれたのって、結構深刻なことだったらしい」


 クロはさらりと言った。

そんなに深刻そうなことをさらりと言うな!と突っ込みたくなったリィナだったが、ぐっとこらえた。


「大丈夫、最悪処刑とか言われてもリィナだけは逃がすから」

「ごめんこらえてたけど、処刑って言葉が出てくるほど深刻な状況なのね?」


 クロの言葉を聞き、ついにリィナは突っ込んでしまった。


「いままでだって、何回かこういうことはあったんだ。村に他の人を入れたのは初めてだけど……」


 やっぱり相当まずかったんだろうなとクロは思う。

だが後悔はしていなかった。たとえ処刑されようが、奴隷として商人に売り渡されようが、クロは後悔だけはしないだろう。


「……ごめんなさい、クロ。私迷惑かけちゃったみたいで……」


 リィナが頭を下げる。

私を助けなければ、こんな深刻な問題にはならなかっただろうにと、思ったのだ。

だがそんな言葉に対してクロは「代わりに冒険の話聞かせてくれただろ? それでチャラ」と言って笑うのだった。


「さて、ついた」


 クロが足を止めると、目の前には村の中でもひと際大きい建造物があった。

他の家屋と違い、木造ではなく石でできた建造物で、苔が生えていることから結構歴史のある建物なのだろうということが推測できる。

 ごくり、とリィナは唾を飲み込む。


「……あのさ、クロ。もしクロが処刑されるってなったら……」


 一緒に逃げようと言おうとして言いよどむ。

いくら命の恩人だからといって、クロは昨日の今日であった知人である。

それに村には村のケジメの付け方がある、それを無視してクロを逃がすことは、村のためにはならないだろう……などと、雑念が頭の中を駆け巡ったからだ。


「……なんでもない。入りましょう」


 クロは首をかしげる。

リィナはどこか苦しいような、でも必死に自分に言い聞かせるような顔をしていることにクロは気が付いた。


「リィナ、大丈夫。レナードと俺で絶対リィナだけは無事に帰すから。これは俺の問題なんだし」


 そう言ってまたリィナの頭を撫でる。

 こうすると落ち着くというのを、朝のそれで知ったのだ。


「……うん」


 そうじゃないんだけどな、と複雑な心境を重ねつつも、リィナはうなずくことしかできなかった。



 石造りの建造物の中は、日の光が入ってこないほど暗かった。

中心に置かれた壺のようなものの中に火がくべてある以外は、照明が全くない。

 クロとリィナが暗闇に目が慣れてくると、その明かりを五人の老人が囲んでいるのが見えた。

全員あごひげを蓄えており、威厳ある目つきをしていることから、リィナはこの村でえらい人間たちなんだろうということを理解した。


「村長、クロ及びリィナ到着しました」


 クロは膝をつき、長老に頭を下げる。

リィナもそれに見ならない、同じ仕草をする。


「リィナ殿、とおっしゃるのだなその少女の名前は。リィナ殿、かしこまらず楽にして座ってください」


 老人五人のうち、鳥の羽がついた冠のようなものをかぶっている男が、リィナに声をかける。クロの視線から察するに、彼が村長なのだろう。


「は、はい……」


 リィナは村長のその笑顔に、ぞっとした。

クロの話ではいまからまさに処刑だのなんだのという話が行われるはずである。

そんな話を前にして、笑顔でいられるこの男が恐ろしいと思ったのだ。


「クロ」

「はい」

「座りなさい」

「かしこまりました」


 同じようにクロもリィナの隣に座る。

敷かれているのはわらを編んで作った座布団のようなものだ。


「では、掟破りのクロ=マルカ。貴様は此度、村の掟を破り、外部の人間を無断で村へと入れた。異存ないな?」

「異存ございません」


 胡坐をかきながらも、クロは頭を下げる。


「ち、違うんです村長さん聞いてください! 彼は決して悪意があったわけではなく、行き倒れてた私を助けてくれたんです!」


 たまらずリィナが村長に反論する。


「少し部外者は口を閉じていただきましょうか。あなたの待遇は後ほどこちらで決めさせていただきます故」


 だがするどい目つきと言論で一蹴される。

リィナはその威圧に「はい」と答える他なかった。


「ではクロ=マルカ。貴様の行いに対して、待遇を言い渡す」


 リィナの額に汗が浮かぶ、冷や汗だ。

対してクロの表情は一切変わらない。


「禁忌の山へ入り、祠の水晶にふれ"成人の儀"を行え。その後、クロ=マルカ。お前とその従属、レナードを村から追放する」


 宣言と同時に、その他四人の老人が手をあげ「異論なし」と口々につぶやいた。

クロはその宣言に対して深く頭を下げると、「……もちろん、異論ございません」と返した。


「では次に、リィナ殿。貴殿の処遇を、勝手ながら我々で決めさせてもらう。この村は我々の領地、その内にいる部外者の処遇を決めることは当然のこと。よろしいかな?」


 リィナは冷や汗がとまらなかった。

クロが逃がしてくれるとは言ったものの、一抹の不安が残る。

クロが仮に私を逃がしてくれたとして、じゃあクロはどうなるのだろうか、と。

 だから冷や汗があふれでてくる。

 自分のせいで人死にが出るのはまっぴらなのだ。


「……はい」


 必死に言葉を絞りだす。

それを見て村長はにやりと笑うと、リィナの待遇について言及した。


「ではリィナ殿は、この後。クロ=マルカの"成人の儀"を助けるべく、共に禁忌の山へと入ってもらいます。そしてクロ=マルカが無事"成人の儀"を終えることができましたら、この村から解放いたします。いかがかな?」

「へ?」


 リィナは思わず変な声が出てしまう。

自分に言い渡された処罰は、あまりにも拍子抜けなものだったからだ。


「お、おやすいごようです!」

「よろしい。では、後程禁忌の山へと入る支度をし、クロ=マルカとレナードと共に"成人の儀"を成し遂げること。頼みましたぞ」

「は、はい!」


 事情こそよくわからないが、とりあえず二人とも処刑されないことが確定しただけでも、喜ぶべきことだろうとリィナは思った。

クロの村を追放という処遇は、とても重い処遇かもしれないが、命があるだけまだましだとリィナは考えていた。


「ではこれにて、クロ=マルカの処遇を決定とする。解散」


 最後に村長の重い声と同時に、クロが立ち上がる。


「いこう、リィナ」

「う、うん」


 そのクロの声は悲しいような、それでいてうれしいようなよくわからない声色だった。当人も困惑しているのだろうと、リィナは思った。

 そうして二人は、五人の老人がいる石造りの建物を後にした。

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