自称冒険家と狼使いの少年②


 山の中腹だけあって、村の朝は様々な獣の声からはじまる。

小鳥のさえずり、猿の声、そしてレナードが屈伸する時に出す、くぅーんというかわいらしい声だ。


「こ、ここは……?」


 紅の髪の冒険家、リィナ=シルフィースは体を起こすと見慣れない光景に戸惑ってしまった。

まず、自分が寝ていた場所は「馬小屋」などではなく羽毛を詰めた布で作られた正真正銘の寝床だった。

ここ数か月、こんなしっかりとした寝床で寝れたのは初めてだと感極まるが、それよりもここがどこなのかを把握することが重要だと思い至り、頭を左右に振る。


「確か私、飢えて倒れて……んで、狼の遠吠え……狼ッ!?」


 リィナは自分の寝床の近くでお座りの姿勢を保つ、全長2mはあるであろう巨大な狼を見て、叫び声をあげる。


「おお、おお、狼!! しかもでっかい! 化け物ぉぉぉお! 魔獣!? うそ、死にたくない!!」


 気を失う前のパニックが、狼というトリガーによって引き起こされなかばヒステリックな状態となる。


「あ、起きたんだ。おはよう」


 その叫び声につられてか、別の部屋からクロがひょっこりと顔を出す。

手にはパンを携えており、石で作られた皿の上に肉が乗っていた。


「ご、ごはん!! パン!! 肉ぅぅぅ!!」


 リィナは死への恐怖をすっかり忘れたかのように、次は食い物に対して奇声を上げる。クロはそんなリィナを奇人変人でも見るような眼で見た、誰だってそうする。


「あ、おなか減ってるのか……。じゃあどうぞ」


 そう言ってクロはリィナに食物を差し出す。

するとまるで獣のように、リィナはパンと肉をほおばり始めた。

ナイフやフォークなどといったお上品なものを使うことも考えず、ただただ手でむんずと肉とパンを掴むと急いで口の中に放りこむ。

狼でももう少し上品な食い方をするだろうとクロは思った。


「んぐ、あが、ががが」


 どんどんどんと自分の胸を手で叩き始めるリィナ。

クロはそれに気が付くと急いで、ああ水ねと言って別の部屋へ向かい水を入れた水筒を持って戻ってきた。

リィナはそれを急いでひったくると、流し込むように口の中へ入れた。


「ぷはぁぁぁ~!」

「あんた本当に女の子か? まるでリオクみたいな飲み方だ」


 寝床の近くに木製の椅子を持ってきてリィナを観察していたクロは、そうつぶやいた。レナードもそれに呼応するように、小さく吠える。


「はぁぁ~助かったわ! ありがとう!!」


 クロが渡した全ての食物を飲み食いすると、リィナは死ぬほど満足といった満面の笑みでクロに握手を求める。

クロはその手に小さな布を握らせると、まず肉の油を拭いてとお願いした。


「ごめんごめん! ……あらためて、ありがとう! 助けてくれて! おいしいごはんにあったかい寝床、ひょっとしてここは天国かって思ったわ!」

「こんな辺鄙な村の、しかも特に小さい俺のボロ家にむかってそんなことを言ったのは君がはじめてだよ」


 苦笑するクロ。

こんなところを天国と思うとは、いままでよほど散々な生活を送っていのだろうか……とクロは邪推する。

 というか、確かに魔獣の森あんなところで倒れていたのだ、そりゃ大変な事情があったに違いないのだろう。


「んー、でも広ければいいとか、綺麗ならいいとか、そんなことはないと思うな」


 そう言いながら、リィナの目は遠くを見た。

クロはなんとなくその目を知っている。

辛いことを思い出した時、自分の中でそれを必死に思い出にしようとしている目だ。

クロは思わずその目を見て、ごめんと謝っていた。


「な、なんで謝るのよ! むしろ謝るのはこっちのほう。こんなにおいしい朝ごはんと寝床なんか用意してもらって……え、えっと……ぎ、銀貨ですか? 支払いはドゥル銀貨になっちゃいますか?」


 リィナは震えながら、ポッケから貨幣が詰まった袋を取り出す。

いや詰まったというには語弊がある、貨幣が入った袋だ。


「いやいや、お金はいらないよ。君を助けたのも俺の勝手だし」


 クロはリィナの持つ袋を押し返す。

結局自分の勝手でやったことなのだ、これでもし金をとるなんていいはじめたら、まるで金のために助けたみたいになって嫌だったのだ。


「そ、そう? あ、ありがとう」


 リィナは申し訳ないといった感情半分、よかった助かったという表情が半分だったのをクロはしっかり見ていた。おそらく、あの袋の中にはいくら多くても銀貨二枚が関の山だろう。

いや、行き倒れていたところを見ると、銅貨二枚程度なのかもしれない。


「それはそうと、えっと……」


 クロは要件を伝えようとして言いとどまる。

そういえば少女の名前を知らなかったのだ。

まさか「少女さん、このあとちょっと付き合って」なんて失礼なことはさすがに言えない。


「ああ、ごめん。申し遅れたわね」


 そんなクロの気持ちを汲み取ったのか、リィナは自分から自己紹介を買って出でてくれた。


「私はリィナ。リィナ=シルフィース。冒険家をやってるわ! ところで、あなたの名前は?」


 当然の如く聞き返されるが、クロも快く応えた。


「俺はクロ=マルカ。村の中ではまぁ、斥候とかやってる。で、こっちのはレナード。俺の子供の頃からの相棒だ」


 クロはレナードをひとなでする。

するとレナードはうれしそうに、レナードはクロに擦り寄った。


「ひ、お、おおかみっ」


 そう言えばすっかり飯のことや自己紹介やいろいろで忘れていたが、リィナの傍らには巨大な狼がずっと鎮座していたのだ。

今更になって思い出し、リィナは再度怯えた表情を見せる。


「ああ、大丈夫だよリィナさん。レナードは人を襲ったりしないよ。俺の命令以外では」


 ということは、彼が一言でも「私の腸を食い破れ」なんて言った瞬間に、八つ裂きにされてしまうのか、とリィナは再度震える。


「な、なななにすればいいですか。奴隷すればいいんですか、お願いだから殺さないでぇ!」


 生殺与奪の権利をまさに目の前のクロという男が握っているとわかるや否や、リィナは寝床の上で土下座をはじめた、もちろん額はちゃんと地面に付けて。


「え、いや、え? いや別にとってくおうってわけじゃないよ? もしそうするなら、あった時点でそうしてると思う」


 怯えにおびえたリィナに対して、クロは冷静に応える。

逆にその冷静さが怖いとリィナは思った。

 すると突然、リィナの頭にクロの手が置かれる。

 びくりと跳ね上がるリィナの身体。

だが次にその手は、ゆっくりとリィナの頭を撫で始めた。


「え、えっと……?」


 土下座しながら頭を撫でられたリィナは困惑するばかりだった。

 一方のクロは「このままおびえられ続けても困る」という理由から、とりあえずレナードをあやすときと同じ行動をとってみたのだ。


「……なんか、ありがとう」


 どことなくうれしそうに応え、リィナは土下座をやめた。


「それはいいけど、リィナ。お昼になったら一緒に来てくれない?」


 リィナが落ち着いただろう姿を見ると、クロは要件を切り出す。


「え、うん。もちろんいいわよ! でもその前に聞いていい?」

「うん、どうぞ」

「ここって、どこなの? 結局」


 ああそういえば、何にも教えてなかったなとクロは反省する。

だが、いやそもそも教えれるような雰囲気ではなかった気もするなとクロは思い返した。


「ここは俺の住む村だよ。ドイナ村。リィナが倒れてた森の入り口から見て、一番近い山の中腹あたりにある小さな村だよ」

「ドイナ……聞いたことないわね」


 自称冒険家さんにも、やっぱりドイナ村のことは伝わっていないのかとクロは思う。そもそもドイナ村は外部の人との接触をできる限りとらないようにしているし、仮に接触があったとしても行商人のおじさんくらいだ。

 掟破りの常習犯、クロがきまぐれでも起こさない限り、だれもしらないような辺境の中の辺境の村なのだ。


「すごい辺境の村だよ、誰も知らない。特に特産物もないし、特別な何かがあるわけでもないから、知ってても知らなくてもおんなじだとは思うけど」


 実際この村が他へ影響を与えたことはない。

しいていうなら狩りがうまいかなといった具合である。


「クロが狼つれてるから、てっきり狼飼ってる村かと思ったわ」

「いや、レナードと俺は特別なんだ、いろいろあって」


 リィナはどういうがあったのか聞こうともしたが、さすがに無粋だろうと思い至り口にはださなかった。


「ところで」


 しばらくして訪れた、少しの静寂を先に切り裂いたのは、クロだった。


「リィナは冒険家なんだよな? じゃあ旅の話とかたくさん知ってるのか?」


 クロはリィナにつめよる。

顔が近いとも言おうとおもったが、こんなにも目をきらきらさせられるとなかなか断り辛い。

リィナは、さっきまでのクロのふるまいから「冷静でクールな少年」といったイメージを持っていたが、いまのクロは打って変わって真逆になっている。

よほど興味のあることなのだろうか、だが嫌な気分ではないなとリィナは思う。


「ま、まぁそれなりにね?」

「ぜひ聞かせてくれ! 外の世界の話!」


 身体を揺さぶられるような錯覚を覚えるほどの剣幕だった。


「で、でもこのあと一緒にどこかいくんじゃあ!?」

「それはお昼からでいい。今は外の話だ」


 そこまで言われて、リィナはしょうがないわねとクロに向き直る。

クロはわくわくと目を輝かせながらリィナの顔を見つめはじめた。

調子狂うなと思いながらも、リィナはいままでおきた彼女のについてと、いくつかの感動したことについて語り始めたのだった。

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