第一話 自称冒険家と狼使いの少年①

「おいクロ、こいつどうする?」

「うーん……どうするって言われても……」


 紅の髪を持つ冒険家、リィナ=シルフィースを取り囲むようにして二人の少年が顔を見合わせていた。

そのうち、クロと呼ばれた黒髪の少年は、顎に手を当てながら唸った。


「まずなんで倒れてるんだろう」

「俺がしるかよ、んなこと」


 ここの周辺の森は、狼や熊などの凶暴な原生生物から、魔族の眷属……所謂魔物と呼ばれる恐ろしい怪物が住み着いている。

そのため、近くの街や村からは「魔の森」と呼ばれ恐れられているのだ。

 そんな誰も近寄りたがらない森の入り口で、しかも周辺の村や街では見ないような紅の髪を携えた少女が倒れているとなれば、「なんで?」と疑問が浮かぶのも当然の帰結である。


「ともかく、生きてるみたいだし起こしてみよう」


 そう言うとクロは、うつ伏せになっている少女の身体をお越し仰向けにしてやる。

仰向けにされた少女の顔は、涙や鼻水やら、土やら草やらが張り付いていて、ものすごく不格好だった。


「めっちゃコイツ泣いてるじゃん。泣きながら気を失ったってことか? なんか嫌なことでもあったのかな。もしかして、帝国の奴隷が逃げてきた、とか?」


 クロの隣でそう推測したのは、クロの親友であり村一番の剣士リオクである。


「いや、それはないと思う。だって奴隷にしては、身なりがよすぎるよ」


 クロがそう指摘すると、リオクはまじまじと少女を改めて見つめなおす。

 確かにクロが言ったとおり、赤色を基調としたその服はあちらこちらに装飾がなされていて、少し値がはりそうだった。少なくとも、奴隷が手に入れることができるレベルの代物ではないことは確かだ。


「うーん、確かに。じゃあこいつ何者なんだよ?」

「さぁ……」


 リオクの言葉に、クロは首を振った。

 だからさっきから、この少女が何者なのかも、なんでここにいるのかもわからないと言っているではないか、とクロは心の中で呟いた。

 そうこうしていると、少し離れた位置から体長2mはあるだろう、白い大きな狼がかけてくるのが見えた。

一般の人間が見ると、食われる!といって腰を抜かしそうなほどの大きさのその狼は、クロの隣までくると顔をクロになすりつけた。


「レナード! 辺りはどうだった?」


 くぅんと短く、レナードと呼ばれた狼は応えた。

その声を聞いてクロは「そっか、ありがとう」と返す。


「相変わらずよく狼の言葉なんかわかるよな……狼使いさんは」


 リオクは呆れた顔をしながら、クロに言った。


「その狼使いってのはやめない?」

「だって村中で呼ばれてるだろ」


 リオクの言った通り、クロの住む村の住民は、皆クロの事を「狼使いのクロ」と呼んでいた。

実際こうして村の周辺の警戒に出ている時から、普段の生活までクロはずっとこのレナードという狼と一緒に過ごしている。

村のしきたりだとか、そういう種族だとかそいうわけではない。

クロが特別、この狼と心を通わせているのだ。

 そういったクロは特別だという意味も込めて「狼使い」という俗称が村の中で定着することになったのだ。


「俺はレナードを使ってるんじゃない。お願いしてやってもらってるんだよ」

「はたから見れば命令してやらせてんのと何もかわらんぜ」


 クロの言葉も、リオクはすんなりと聞き流してしまった。

見世物小屋の猛獣使いが「俺は彼らを調教しているんじゃない。友達だからお願いしてやってもらってるんだよ」と言い始めたとしても、詭弁だとしか思わないのと同じ理屈である。


「……まぁそれはこの際いいとして……」


 クロはちらりと少女の顔を見る。

涙と鼻水と土草でぐじゃぐじゃになっている顔だったので、とりあえず手持ちの布で拭いてあげながら、リオクに問いかける。


「さすがにほっておくのはまずいと思うんだけど」

「いやまずいだろうけどさ。じゃあどうするんだよ? まさかうちの村に連れてかえるって言わんだろうな」


 少女が倒れている場所から最も近い場所は、クロ達の住む村である。

もう一つ村があるにはあるが、正反対の方向にある上、少し距離が遠い。

 リオクはそんな状況も相まって、クロの次の台詞は「村に連れて帰ろう。村長とは俺が話すから」だろうなと予測を付けていた。

というか、リオクの経験上、クロは絶対にそう言うだろうと思っている。


「村に連れて帰ろう。村長とは俺が話すから」

「そら見たことか!!」


 クロの台詞を見事的中させたリオクは、クロを指さして叫んだ。


「あのなクロ、うちの村の掟を知らないとは言わせないぞ?」

「うん、定められた行商人以外外部の人間を入れるな、だろ?」

「わかってるじゃねえか! じゃあ連れ帰るっていう案はナシだな、あり得ない! 別の案を考えようぜ、な! ほら!」


 リオクは必死に言葉を紡ぎ続ける。

クロの掟破りは今にはじまったことではない。

この男……クロウ=マルカという男は、冷静そうに見えて実のところめちゃくちゃ頑固で激情家なのである。


「だから俺が村長と話しを付けるっていったじゃないか。大丈夫、リオクは関係ないって言っとくから」

「いやさ、そうじゃねえんだよ!! 連帯責任って言葉ご存じか!?」


 リオクが必死なのもわけがある。

実際何度かクロが掟を破りをすることはあった。

そのたびに「リオクは関係ないって言っとくから」と言われていたが、村長はそもそもそんなの聞く耳もたないのである。

 リオクもクロのそばにいたんだからお前も当然連帯責任がある、なのでお前も飯抜きだなんて言われたことはもう一度や二度ではない。

なので連帯責任として非難される前に、そもそも根本であるクロから改善しようといま必死に試みているわけである。

 無論、徒労に終わる。


「わかんない。それにこんなところでこの子を見殺しにしたら、寝覚めが悪すぎるし」

「だぁー! もうお前はなんでそうナチュラルに掟やぶっていくんだよ! 掟破りマンか、掟ブレイカークロさんなのか!?」


 掟を破ることは重罪である。

 だが、何度も掟を破っているはずのクロとリオクは飯抜きの罰にされても、決して処刑はされていない。

 もしクロを吊るしあげようものならレナードが黙っていない。

クロに危害を加えようとすると、必ずあの大狼レナードが護衛につく。

レナードほどの大狼を仕留めるには、かなりの被害が出てしまうだろう。

 それにクロは、掟を破ってさえいるが決して間違ったことはしていないという事も相まっていままで、処刑などの方法で裁かれることはなかったのだ。

 リオクはそういったクロに振り回されているという状況を皆がしっているから、罰さえあたえられるが処刑などの重い刑は執行されないのだ。

というかもっぱらリオクに至っては同情すらされる。


「はぁ……もういいよ、わかったよ。じゃあその子担ぐから手伝え、クロ」


 しばらくぎゃーぎゃーと喚いていたリオクだが、ついに決心をつかせる。

 リオクも知っている、これは間違ったことではないと。

ただ面倒毎になるということも知っている。

だから二つ返事ではいなんて言えないのだ。


「ありがとう、やっぱリオクはいいやつだよ」

「うるせえ、言われてもうれしくねえ。はぁ、今晩も飯抜きだよマジ勘弁」


 文句を言いながらも、リオクはクロと一緒に少女を担ぎレナードの背中に乗せる。

レナードは人二人くらいなら安易に乗せることができるほどの体格と、力に恵まれているので、少女一人程運ぶなど造作もないといった感じだ。


「ありがとう、レナード」


 クロの言葉にレナードは軽く吠える。

これだけでもその巨体から放たれる鳴き声に、一般人は腰を抜かすだろう。


「じゃあ帰ろう、レナード、リオク」

「へいへいへーい。あぁ~晩飯がよぉったくよぉ」


 ぶつくさ言いながらもいつも手伝ってくれているリオクに、クロは感謝していた。

同時にいつも巻き込んですまないとも思っているが、口にだしても「じゃあするなよ!!」と言われるのが目に見えてるので、あえて言わないことにしている。

 クロ達の住む村は山の中腹あたりにある。

 山の頂上から流れ出ている小川を越え、大きな滝がある泉を越えた先に、木造の巨大な扉が現れる。

 クロはその扉を見ると、腰に下げていたカンテラに火を灯す。

 数回、ある一定のリズムでカンテラの光をすぼめたり開いたりしていると、扉の内側にある物見矢倉から、同じようにカンテラの光が返ってくる。


「クロとリオク、レナードが帰った。門をあけてくれ!」


 物見矢倉にいたのだろう男がそう大声をあけると、目の前の巨大な門がキリキリと音を立てながら開いた。


「お帰り、クロ、リオク! と、レナード!」


 扉の向こう側には、2mほどの体躯を持つ眼帯をした大男が立っていた。

腰にはククリ・ナイフが携えられていて、背中には長弓、ロングボウと矢筒を背負っている。


「ただいま、マルケさん」

「戻ったッスマルケさん」

「お帰り。無事だったようだな!」


 マルケと呼ばれた大男はそういうと、がははと豪快に笑いながらクロとリオクの背中を叩いた。これが、マルケなりのスキンシップであり、無事に帰ってくる見回り隊全員にやっている。


「あー、うん。無事なんスけど……」


 リオクが口ごもる。

 無論、理由はレナードに乗っている少女の事だ。


「マルケさん、村長とお話しがあります。今晩抜きにされるだろうから、ごはんはいりません」


 クロは淡々とマルケに告げると、告げられた方はまゆをひそめた。


「……どういうことだ?」


 マルケの言葉の次に動いたのは、リオクだった。

ちょいちょいと人差し指を立てて、レナードの背中を見るようにと、マルケにジェスチャーする。

 レナードの背中にいる少女……紅の髪を持つその美しい少女を見て、マルケはなんとなく”状況”を理解した。


「……はぁああ」


 大きなため息をつく。

 またこの大馬鹿は村の掟をやぶったのかと。

 マルケをはじめとする村の民は、クロのこともリオクのこともレナードのことも、できる限り偏見を持った目で見ないように心掛けている。

実際クロとレナード、それにリオクは優秀な戦士だ。

斥候としても、見回り隊としても、防衛隊としても十分な力を発揮するだろう。

 だがこう毎回毎回と、処刑されないことをいいことに掟を破られると村の指揮にかかわる。


「あのなクロ……俺は……」

「ごめんなさい。でも俺、見過ごせなかったんです」


 またマルケはため息をつく。

 これがまた問題で、クロは私利私欲のために村の掟を破ったことは一度もない。

誰かの命を助けるためだとか、少なくとも確実に善行のために行うからたちが悪い。

いっそ悪事のために使ってくれれば、村から追放なりなんなりできるのにと思うほどである。

 クロはまっすぐだ。

 真っすぐすぎて、逆にこの村には合わないのだろうと、マルケは考えている。


「わかった。じゃあ村長に話して来い。今晩の飯は俺が責任もって食っとくから」

「っち、ラッキーだとか思ってんじゃないのかマルケさん。いつもより多めに飯くえるからさ」

「なんだって?」

「なんでもないで~す。おいクロ、行こうぜ」


 そう言いながらクロとリオク、そしてレナードの二人と一匹は村長の家に向かった。無論、その後村長からは激しいお怒りを受け、晩酌が抜かれてしまったのは言うまでもない。

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