狼使いと冒険家~禁忌の山と魔狼ワヒラ~

なかざきととと

プロローグ



 木々が生い茂る森の近くに、その少女は立っていた。

 赤を基調とした装飾が施されてある服、それに活動しやすい短パンを身に着けている。

特筆すべきは、その紅色の美しい長い髪であった。

動きやすいようにか、後頭部で一つ括りにしているその髪は、だれが見ても「美しい」と称するだろう。


「……もう、少し……」


 だが、今の彼女を見た者は「美しい」という言葉よりも「奇人変人」というイメージが先に定着してしまうだろう。

理由は今の彼女の状況にある。

 今にも折れそうな細い枝を杖代わりに、必死に歩くそのさまはさながらゾンビを連想させる。

さらにせっかく整った顔をしているのにも関わらず、その顔は泥だらけであり、目の下にはくまもある。

極めつけに、延々と独り言を呟きながら歩いているのだ、変人だと思わないわけがない。


「ごはん、食べたい。パン、目玉焼きを乗せたやつ……あと、土豚のステーキ……。チーズ、カロリー……」


 必死に叫び続ける腹の虫をなんとか鎮めようと、腹をさする。

だが腹の虫は「撫でるくらいならはよ飯をよこせ」と言わんばかりにその鳴き声をさらに増す一方だった。

 紅の髪の冒険家、リィナ=シルフィースの冒険談は実に不運の連続だった。

 ひと月ほど前、ひょんなことから家を飛び出し唐突に冒険家になったリィナは、希望に満ち溢れていた。

だが、さぁ冒険するぞと旅に出た矢先、子供の頃からコツコツと貯めていた銀貨数枚を最初に止まった宿で何者かに盗られた事に気が付く。

仕方ないので一文無しでの冒険が再開されるが、リィナには狩猟の経験がなく、他人から買う以外に食物を得る方法が思いつかなかった。

では通貨を得ようと街中で仕事を募集してみるが、これといった特技があるわけでもないので勿論雇い手はなし。

挙句の果てに、別の村に移り新しく仕事を募集するはめになった。

 だがここで、奇跡的にリィナに仕事を依頼する人間が現れる。

内容は「近くの森に出るオオカミ退治」、仕事があるといううれしさに、思わずリィナは二つ返事ではいと言ってしまったのだ。

 

「あんな仕事、安請け合いするんじゃなかった……」


 だがこれが間違いだった。

 リィナが聞かされていた冒険家のお伽噺では、狼なんか易々と狩ってしまう少年が出てきていた。

その話でしか現実を知らなかったリィナは、ああ狼なんてそんなものなのかと想像してしまっていたのだ。

そして安請け合いしてしまったリィナは、クロスボウ一丁で狼に挑んだ。

 結果は、現状のリィナを見て頂ければ一目瞭然である。

 というか、生きていることこそが奇跡なのだ。

 

「とにかく、村へ戻れば……もう少し……もう少しだから……」


 はぁはぁと息を切らしながら、必死に村への方角"と思われる"方向に向かって歩き続けるリィナ。

村に帰ったらまずは簡単な軽作業とか土木作業をやって、少なくとも食事をしよう、パンを食べようと決意を新たにしていた。

だが、そんなリィナの耳に死の宣告が届いた。

 鳴き声だった。

 腹の虫ではない、狼の遠吠えだ。

 

「ひ、お、オオカミ!!」


 つい先刻オオカミとやりあったリィナは、奴らの怖さを痛いほど知っている。

貴族であれば奴らを「可愛い」だの「カッコいい」だの本性を無視した感想を言い放つだろう、リィナもついさっきまでそうだった。

だがもう違う、次に奴らに追い付かれて囲まれたが最後、今晩の馳走になるのは間違いないだろう。


「は、はやく逃げなきゃ」


 だが不運なことに、そこでリィナの第三の足……すなわち、木の枝がぼきりと折れてしまう。


「あぶッ!」


 同時に、リィナは前のめりに倒れこみ土と壮大な接吻を交わす羽目になった。

所謂顔面ダイブというやつである。


「も、もうだめ……動けない」


 すぐそこまで死の象徴が来ているはずなのに、身体がいうことを聞いてくれずリィナは立ち上がれなかった。

いかんせん食べ物を口にしていないため、エネルギーがついにきれてしまったのだ。

腹の虫すら泣き止んでいる始末だ。


「ああ……爺様、ごめんなさい私旅の半ばで倒れるわ。というか序盤の序盤にオオカミの餌よ。すぐに私もそっちに行くわ。オオカミに食べられた時の痛みを鮮明に語りますから」


 と、だれも聞いていない遺言というか少しでも怖さを紛らわせるための言葉をぶつぶつとつぶやく。

 遠吠えが近づいてくる、それに獣の足音らしき音も段々と近づいてくるのがわかる。

 ああ、ここで終わりなんだなとリィナは腹をくくることにした。

逆に、もし私が狼で私を食べるとしたらどんな味がするんだろう、おいしいだろうかなんて考えだす始末。

パニックとエネルギー不足で、思考があちこちに飛んでしまい始めていた。

 獣の足音がすぐそばで止まる。

 顔面を土に付けているので、リィナは辺りの状況はわからない。

だが十中八九オオカミで、自分が今から死ぬんだろうということだけは再認識した。


「おいしく食べてね……」


 顔を地面に付けた状態で、涙を流す、あとほんのちょっぴり鼻水も出たかもしれない。

ああ命短し人生だった、美人薄命、などと馬鹿なことを考えながら、ついにリィナに限界が来た。

 紅の美しい髪を持った冒険家、リィナ=シルフィースの意識は本人の意思とは関係なくそこでプツンと途絶えてしまった。

 残念ながら、彼女の冒険はここで終わってしまうのであった。

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