最終話.りんご飴。

 祭り、と書かれた赤いちょうちんから漏れる光は、すれ違う人々の頬を照らす。頭にヒーローのお面を付けて走る少年や、おいしそうな音でやきそばを炒めるおじさん。

 まだまだ、マフラーが手放せない日が続いているが、今日だけは夏休み最後のような切ない感情が押し寄せる。

 あれだけ嫌っていた暑さが、さみしく感じるような――


「わたあめおいしいか?」

「めっちゃ甘いよ!」

 雪は、女の子向けヒーローが描かれた袋に入ったわたあめを、少しずつちぎり口に運ぶ。笑顔でスキップをしながら歩く姿は小学生のようだ。

 なつきは、クスッと小さく笑う。

 

 ――あれ、俺って、こんなに素直に笑えたっけ。


 転校してきたときは、目に映るすべての物が「うざったさ」を作る要素でしかなく、自分を無意味に苛立たせる。

 もし、「あと24時間で、この世界は崩壊します。 あなたは、どうしますか?」と聞かれたら、なつきは、鼻で笑うか、「そんなの非現実的すぎるよ」と言って答えないだろう。

 あくまで、転校したてのなつきの場合だ。


 雪が、わたあめを幸せそうに笑いながら食べ、空いた手でなつきの袖をつかむ。なつきは、雪の歩幅に合わせながらゆっくりとしたスピードで人通りができるだけ少ない端の道を歩く。

 ちょうちんの明かりが届かない道もなんだか明るく感じて、歩くのに全く不便ではない。ただ、もう少し、2人だけの隔離された空間が欲しいようにも感じる。


「あ、雪! こっちおいで!」

 ゆっくりと歩いていた2人に声がかかる。それは、電車の中で来ていたパーカーから屋台用の作業着に着替えて、頭にタオルを巻くゆうきだった。

 周りにも、ちらほらと同じ服装の男子生徒がいるが、ゆうきは男子生徒よりも男子ぽかった。

 なつきは、男みたいだなって、と冷やかしを入れようとしたが止めておくことにした。

「よ。 伊波にしては、ちゃんと仕事してんだな」

「当たりまえだろ! 私だって料理くらいするんだよ!」

 屋台の裏で話していると、中からはジュージューとおいしそうな焼き音にソースの焦げた匂いが鼻をかすめる。

「わぁ……この匂い、やきそば? 私食べたいよ!」

 食べ物には目がない雪は、その場で小さくぴょんぴょんと跳ねる。

「ふふふ。 そういうと思って、雪の分は私が作ったおいしいのをあげるね!」

 雪に手渡された、ソースで茶色く色づき、紅ショウガと青のりがトッピングされ、出来立てだから白い湯気も出ているやきそば。

 祭りと言ったら、という食べ物になつきも腹の音がなる。


「伊波、俺もやきそば買う」

 財布から300円を取り出し、優喜に手渡す。でも、優喜はそれを受取ろうとはしないで、なにか言いたげにしている。

 横で、ズルズルと音を立ててやきそばを頬張る雪をみていて、なつきはより食欲を駆り立てられる。

 いまだに、優喜はモジモジとして300円を受け取ろうとしない。

「ゆうき、加賀谷くんのやきそばお客さんに出していいの?」

 屋台の中から出てくるポニーテール少女。ポニーテール少女は優喜とかなり仲がいい、雪の次、あるいは同じくらいに仲がいいのだ。だから、優喜の反応をみれば大概のことは理解することができる。元気がないだとか、楽しそうとか、悲しげだとか――

「あ、ちょ、なんで……」

 この反応は、なつきでも理解ができた。なつきは、小さくいじわるそうに笑いつぶやく。

「俺、今、お金ないんだよね。 あーお腹減ったな」

 横目で優喜を見ると、うつむき気味に恥ずかしそうにやきそばをなつきに突き出す。

「お、お金がないならしょうがないね。 いや、別に加賀谷に食べて欲しいとかじゃなくて、雪だけにあげるのも申し訳ないな~っていうか、なんというか――」

 あたふたとしているゆうきからやきそばを受け取り、300円の代わりに、そっとつぶやく。

「ありがとう」

「うぅ……どういたしまして」

 手に握られたやきそばの上にかかる、紅ショウガは優喜の顔のように赤かった。


   ***


 祭りもそろそろ終盤を迎えようとしていた。あれだけ、人であふれていた道もいまではまばらにしかいない。

 この祭りの最大のイベントである<花火>を見るためにみんな移動しているのだ。

 そのおかげで、なつきと雪は、堂々と道を歩くことができる。大繁盛していた屋台も小さい子供や近所の老夫婦がいるくらいで、大分落ち着いている。


「ふぅ……私は、お腹いっぱいだよ」

 雪は、ポンポンとお腹を叩いて苦しそうに話す。それもそうだ、やきそばを食べた後、チョコバナナを食べて、大判焼きを食べて、じゃがばたを食べて……雪の胃袋の中には小人が住んでいるといわれても不思議には思わないくらいだ。


「あ、なつきくん。 私、りんご飴食べたい!」

「食べすぎると太るぞ~」

「い、いいの! お祭りは太らないの!」

 そんなくだらない話をしていると、ちょうどりんご飴の屋台が目に入る。水あめに包まれた綺麗な赤色のりんごが整列している。

 なつきは、屋台の前に行き、ひめリンゴで作られたりんご飴を2本とり屋台のおじさんに400円を手渡す。

 おじさんは笑いながら「よかったな。 お兄ちゃんに買ってもらえて」と雪に話しているが、彼女は高校生だ。

 でも、雪はすでにりんご飴に夢中だから、全く話を聞いていない。


 2人で並んでりんご飴を舐めながら、神社の石段に腰かける。

 ここは、なつきが夕日先生に教えてもらった、本当の花火穴場だ。みんなが言う穴場というのは、誰もが知っていて、花火が綺麗に見える場所、だから人でごった返している。

 だけど、なつきと雪がいるこの神社は、誰もいない穴場スポットだ。

 神社の中は、背丈が高い木が何本か生えていて、花火が見えにくそうだが、この石段に座った時だけ、花火が綺麗に見える。

 その証拠に、石段から花火があがる空を見ると、切り取ったかのように木がなく、スクリーンのようになっている。

 まだ、画面はまっくろ、上映時間まではあと数分だ。


 冬の夜、独特の静けさが訪れる。なんだか、切ないようでさみしげな静けさだ。

 雪が、誰にも聞こえないように小さく話す。きっと、このさみしげな雰囲気だからだろう。

 なつきも、自然と雪に体を近づけ、2人で秘密を話すかのように会話をする。


「今日はありがとうね。 ずっごく楽しかった」

「俺も楽しかったよ。 でも、雪は食べすぎだからな」

「う、うるさいよ! 言ったでしょ、お祭りは太らないって」

 クスクスと小さく笑う2人は、幼い少年少女のようだった。純粋で、汚れもない、なんでも面白く、不思議に思え、どんなことでクスクス笑える遠い昔の――

 

 そのとき、あたりが明るくなる。街灯やスマホのような明るさではない、淡い色の光だ。

 2人で空を見上げると、空一面に花火が上がっていた。

 大きく立派な花火から、小さな花火、赤や青や黄色に緑。同じようで全く違う花火が上がっていた。

 冬の澄んだ空の花火は、夏とは違い、どこか不思議な感覚だ。

 雪にも、この光は見えているのだろうか、横をみると、笑顔で空を眺める雪の姿があった。


 その時、なつきの袖をずっと握っていた手が、離れる。

 でも、すぐに、なつきの袖ではなく、手を握った。少し恥ずかしげだが、ぎゅっと握られた手は、花火の淡い光で照らされる。

 なつきも、何も言わないで、その手をそっと握り返した。


「なつきくん……明日の空は、何色かな」

 そうだな、そうつぶやき少しの間ができる。

「明日は青だよ。 雲の白も混ざらない、うざったいくらいに綺麗な青」

 切り取られた木に映る、特別な夜空は、キラキラと光る小さな星と淡い光の大きな花火で飾られていた。


 変わった高校生の変わった日常には似合わない綺麗な夜空だった。



          独りぼっちシンパシー(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

独りぼっちシンパシー【完結】 成瀬なる @naruse

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ