14.冬祭り

 空が茜色から薄暗くなりそうな頃、なつきは、電車の4人が向かい合って座ることができるボックス席で外を眺めていた。

 おっさん運転手の声と共に電車のドアが開かれ、2人を乗せる。

「あ、加賀谷はっけ~ん!」

 ニヤニヤとしながら近づいてくる優喜と、手を引かれながらその後ろでモジモジとしている雪。

 そういえば、2人の私服を見るのは、今日が初めてだ。

 ゆうきは、赤いニット帽にパーカーと、変わらずボーイッシュ。

 後ろでモジモジとしている雪は、少し大きめの白のセーターにショートパンツと黒のニーハイ。小柄なせいなのか、少し幼さを感じる。

「遅刻しなかったんだね」

 少し意地悪そうに言ってみた。優喜は、うっさい、と言いながらなつきの正面に座り、雪はなつきの横に座る。

 雪は、なつきの声をがする方をチラチラと気にしていた。

「雪……」

「はいっ!!」

 急に、なつきに声をかけられたからか声が裏返る。

「白のセーター……似合ってるよ」

「え、あ、うぅ……ありがとう」

 ぷしゅーと湯気がでるくらい赤面した顔をうつむかせる。優喜は、何を感じたか知らないが親戚のおじさんのようにニヤニヤとしながらこっちを見つめてくる。

 無視するのが正しいだろう。


「あれ? ゆうきと雪ちゃん……それに、加賀谷くん?」

 優喜と同じバスケ部に所属しているポニーテールが似合う女の子。

 優喜と話しているときに何回かだけ、会ったことのある優喜のクラスメイト兼チームメイトだ。申し訳ないが名前までは覚えていない。

「優喜、みんなあっちの車両にいるよー。 一緒に行こーう」

 ポニーテール少女は雪の顔をプニプニと触りながら棒読みで話す。

「そうなのかー じゃ、私もあっちの車両に行こう、そうしよー」

 わざとらしい演技。何をしたいのかは明確だ。

「それじゃ、若者よー 雪の面倒は頼んだぞー」

「はいはい」

 棒読み感が増した話し方を適当にあしらう。

 こんな状況になったら、雪は困りまくるだろう。困らないはずがない。


「……二人っきりになっちゃったね」

 

 ――お前もグルなのかよ。


  ***


 外はすでに真っ暗で星が元気に輝いている。さすが、テレビで取り上げられるくらいの祭り、いつもは駅員しかいない駅も人で込み合っていた。

「雪、気を付けろよ。 ここ、握ってな」

 ピーコートのポケットに隠れていた袖を少しだす。雪は、少し握るのを恥ずかしそうにしていたが、小さな手の親指と人差し指で袖を掴む。

「なつきくん、お祭りの場所ってどのくらいでつく?」

「うーん……」

 なつきの手に握られた祭りのチラシには駅から徒歩10分程度と書かれているが、目の前を歩く人の数からして10分で到着するのは難しいだろう。

 それに、この人混みを雪と歩くのもいいとは思わない。

「花火まで時間もあるし、もう少し人が減ったら行こっか」

 小柄な雪を庇うようにして、駅から少し離れた小さなカフェに入る。黄色い屋根に緑の扉がある、若い夫婦が経営しているカフェだ。

 ここは、夕日先生と1度来たことがある。その時に気さくな夫婦と仲良くなり今では、休日1人で来ることだってあるくらいだ。

 透き通るような鈴の音と共に、なつきと雪を歓迎した。

「いらっしゃいま――あら、なつきくん」

「こんばんは」

 なつきは、軽く頭を下げる。それに続くように雪もぎこちない挨拶をした。店内には常連のおじさんしかいなくガラガラだった。

 テーブル席は空いていたけれども、カウンター席に並んで腰を下ろす。

 雪にカフェの椅子は高かったようで、足をプラプラとさせていた。

「なつきくん、いらっしゃい。 今日は、女の子と一緒なのね」

 長めの髪を動きやすいように後ろで束ね、目の下に泣きぼくろが大人っぽさを感じる<ゆりさん>がコップに水を注ぎながら言う。

 なつきは、ゆりさんの名前を知らない。初めて会ったときからゆりさんと呼んでいるから疑問にも感じないし、何の違和感もない。

 ゆりさんのカフェは柔らかい木の香りがして落ち着いた気持ちになる。休日にここに来るのも、汚い家に居たくないからかもしれない。

「人が多くて逃げてきたって感じかしら? これ、私からのおごりね」

 クスッと笑いながら2人分のココアを置く。なつきは、それを熱いから気を付けてね、といい雪に手渡す。

「あら、その子が雪ちゃん?」

 いきなり名前を呼ばれた雪は、体をビクッとさせてなつきの袖を強くつかむ。

「私は、ここのカフェの店員さん。 夕日先生からお話し聞いてるよ」

 無意識かわからないが、ゆりさんは迷子の小さい子に話しかけるような優しい口調で話す。

 雪は初対面の人に心を許すのに時間がかかる。何か、きっかけがあれば別だけども……思った通り、小さくぺこっと頭を下げるだけで会話は終了した。

 ゆりさんは一度ニコッと笑う、ごゆっくり、といい奥に戻っていく。

「なつきくん……ココアおいしいね」

「そうだな」

 雪は、一口ココアをすする。


 外は、店内と対になるような騒がしさ。ゆったりと流れるBGMと人の騒がしい声。おしゃれなデザインのライトからでる淡い光とスマホから出る科学的な光――2人の変わった高校生とたくさんの一般の人。

「ココア……お礼しなきゃだね」

 雪は、嬉し気につぶやいた。


  ***


 目の前で聞こえていた騒がしさも移動して、ずっと遠くから聞こえている。

「ゆりさん、良い人だったね」

 カフェの中では緊張して顔が強張っていた雪は、今では満面の笑顔だった。カフェに入るという選択をミスったと思っていたなつきも少し安心する。

「あれ? 加賀谷くんと宮内さんじゃないですか」

 後ろから聞こえる男性の声。

「あ、夕日先生」

「こんばんは」

 白衣でも青いエプロンでもない、黒のコートを着て、腕には「運営」と書かれたタスキを巻いている夕日先生が微笑みながら、小さく手を振っていた。

「先生、こんなところに居ていいんですか?」

 なつきの問いに、夕日先生は、ケラケラと笑いながら答える。

「ダメですね~」

 この先生は、他の教師とは違ってどうでもいいところが真面目で、きちんとしなきゃいけないところが適当だ。

 でも、それは、自称職務を全うしている教師で考えたらだ。

 雪のことだって他の教師からしたら<どうでもいいこと>、でも夕日先生からしたら<全く持ってどうでもよくないこと>なのだ。

 祭りの運営なんて、教師たちの地域に対する点数稼ぎでしかなく、全く持ってどうでもいい――

 

 3人で並んで歩いていると、祭りばやしと屋台のいい匂いが立ち込める。

 雪は、子犬のようにぱたぱたとしっぽを振り、先を促し、なつきの袖をグイグイと引く。

 だが、そんな雪の笑顔を場に会わない大きな声が消し去った。

「徳屋先生、どこ行ってたんですか!」

 眼鏡をかけ、髪の毛をがっちりときめた40代くらいの教師がイライラしながら話しかける。

「あ、すみません。 道に迷ってしまって」

 ニコニコしながら話す夕日先生に、眼鏡をかけた教師はさらにイライラしたようで、怒りの矛先はなつきたちに向く。

「男女2人で夜、歩き回るなんて不健全極まりない! いいか、うちの高校は、昔から続く名誉ある高校――」

「あ、すみません!」

 あからさまなストレス解消教師の説教を妨害するように夕日先生は手に持っていたペットボトルのお茶をわざとこぼす。それは、綺麗に教師の服に命中した。

「いや、すみませんね~ 手が滑ってしまいましたよ。 はははは」

 夕日先生のカラ笑いに激怒して、どこかへいく教師の背中をなつきは、睨みつける

 だが、夕日先生は、そんななつきの、強く握られていた手を握りそっとつぶやいた。

「あんな、教師を殴ってもなにも変わりません。 今日は、宮内さんが楽しみにしていたお祭りですからね。 楽しんできてください」

 なつきは、夕日先生の肩をかるく殴り、わかってるよ、とそっとつぶやいた

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