第2話
谷へと落下したカインを殺すとまで言っていた双子の赤竜は、困っていたカインを自分達の住処へと運んだ。
この時、カインが抵抗すれば容赦なく殺していたのかもしれないが、怪我で身動きの取れなかったカインはただ倒れていた。
それが赤竜の関心を煽ったのか、大事に連れ帰られてしまったのだ。
『これ折れてる?』
『いや腫れてるだけだろう』
ふかふかの草のベッドに寝かされたカインの足を、二体の赤竜が覗き込んでいる姿は面白い。
体のサイズの差もあり、周りから見たらカインが何処にいるのかも分からないだろう。
しまいには折れてるか折れてないかで口論になった赤竜は、カインの足を持って骨の具合を調べ始める。
その力が半端ではなく、カインは骨を折られるのではと恐怖を感じた。
『やっぱり折れてない』
やっと納得がいったらしく、赤竜から解放されたカインは深い溜め息をついた。
これからどうすればいいのか考える。黄金竜が寄越す相手を待つか、この赤竜に国境線まで連れて行ってもらうか。
どちらが最善の策か、カインは悩んだ。
「お願いがあるんですけど。俺を黄金竜の所に連れて行ってもらえませんか?」
始めはこの赤竜に運んで貰おうと思っていた。
だが竜にも沢山の種類があるらしく、双子は竜の中でも小柄でほとんど飛べないらしい。
よく見ると確かに黒竜や黄金竜より、遥かに翼が小さい。
無理な事が分かったからカインは、黄金竜に会いに行こうと思ったのだ。
『いいけど。黄金竜ってどの竜?』
詳しく聞いてみると、色で竜を判断するのは人間だけらしい。
この二体の赤竜にもキルとキラという紛らわしい名前が付いている。
それに黄金竜も一体だけではなく、種族として沢山いる。その中の誰かまでは分からない。
そこでカインはさっき巨大な黒竜に襲われ、それよりも巨大な黄金竜だったと伝えた。
『もしかして』
『共存派リーダーだな』
赤竜に心当たりがあったようだ。
しかし共存派と聞いて他にも派閥があるのか気になってきた。
竜に関しては情報不足で、どんな竜がいるのかあまり人間には知られていない。
そこでカインは竜の世界について、尋ねてみる事にした。
昔のように人間と共に生きていきたいと思ってるのが共存派、人間を支配して主導権を握りたいと思っているのが過激派』
『ちなみに俺達や、お前を襲ったっていう黒竜はどちらにも属してない』
赤竜は何となく分かったが、あの黒竜は過激派なのだと勝手に思っていた。
『あいつもそうだけど、俺達みたいに平穏に暮らしたいっていう竜も沢山いるよ』
『特に力の弱い奴』
二体の赤竜はこの辺りが狩場で、いつものように獲物を探していてカインを発見したらしい。
『ところで人間は美味しいとかいうけど、どうなの?』
話しの方向が怪しくなってきた気がする。カインにしてみれば、聞かれて答えられる質問ではない。
「た、たぶん不味いよ」
ここは否定しておくべきだろうと、カインははっきり言う。
『とにかく共存派は穏健な竜が多いから案内は出来るよ』
『過激派なんかに会いに行った日には、俺達の命も危ない』
あの黒竜が過激派ではないとしたら、その派閥にいる竜はどれだけ凶暴なのだろう。
カインは会わないように気をつけようと思った。
けっこう複雑な竜族だったが、人間も負けないくらい複雑だった。
人間の中にも、竜でいう共存派、過激派はいて今でも争いは耐えない。
唯一、軍は中立の立場で、竜の攻撃に備えて設立されている為か、今はどちらの味方もしていない。
それを目的に軍に進む人が絶えず、カインがいい見本だった。
それから軍には竜の弱点である聖剣を所有している。
勇者と呼ばれた男が亡くなってから聖剣は誰にも使う事が出来なくなり、今は宝物庫に大切にしまわれている。
毎年優秀な者が挑戦しているが、ことごとく失敗に終わっていた。
いつか鞘から抜ける次代の勇者が出るまで、竜と戦う事はないだろう。
『ねぇ、考え中に悪いんだけど、そろそろ移動しない?』
「あ、ごめん。痛っ!」
自分の世界に入っていたカインは、赤竜のキルに肩をつつかれて気付き、怪我していた右足をしっかり地面についてしまった。
『その様子だと歩くのは無理そうだな』
ぶっきらぼうな赤竜のキラが、背中をこちらに向けた。
背を向けたキラは、茫然と見ているカインの前で、犬でいうお座りの体勢をしてみせた。
『背中に乗れ』
『その方が早いから』
竜の背中といえば黄金竜に受け止められ、また落下した記憶を思い出す。
「そうなんだけど」
恐る恐る赤竜の皮膚に触れてみる。ふわふわとした羽毛みたいな手触りに、固い毛なのかと想像していたから驚いた。
黄金竜の毛は一瞬だったが、もっと太くてしっかりしていた。
「柔らかい……」
カインが感触を確かめていると、いきなりキラが立ち上がり身を震わせた。
『くすぐったいから止めろ』
表情の読み辛い竜に低い声で言われると、かなり怖い。
慌てて一定の距離を置いて、キラを見た。
『キラ、人間も悪気があってじゃないんだからさ』
まさか竜に庇われるとは思わず、カインは二体の赤竜に対して、緊張感はすっかり無くなっていた。
カインから恐怖は消え去っていたが、実際にキラの背に乗ってみて問題がある事に気付いた。
とにかく滑る。
黄金竜の時も思ったが、油でも塗ってあるのかというくらいツヤツヤしている。
どこか掴まっていなければすぐに落ちそうで、カインは両翼の付け根をしっかり掴んだ。
何も言われなかったし、反応も無かったから大丈夫なようだが、これで怒られたらと思うと気が気ではない。
それから竜の走るスピードを甘く考えていた。
竜の背に乗りながら、黄金竜や共存派について話しを聞こうと思っていたのに、話すどころか息をするのも辛い。
本気で走っているからなのだが、少しは背中の人間を気にして欲しいと思うカインだった。
『あと少しで到着……お前、大丈夫か?』
森の中を風を切るように走り抜け、途切れた所でやっと足を止めてくれた。
カインは軽い酸欠になりながら、キラの背中を滑り落ち、地面にそのまま膝を付き空気を胸一杯に吸い込んだ。
何度か深呼吸を繰り返しているうちに、落ち着きを取り戻し顔を上げる。そしてそこに広がっていた景色に、カインは言葉を失った。
『この下が共存派の竜が暮らす本拠地だよ』
キルに示され、改めて辺りを見回してみる。
森の木々の中に、ぽっかりと空いた広大な窪地に、沢山の竜の姿があった。
壁に空けられた穴が竜の家らしく、出たり入ったりする竜や、荷物を運ぶ竜がいる。
しかも彩りも豊かで、青や緑、黄金色の竜も確かに数多くいた。
初めて見た光景にカインは、身を乗り出すようにして眺めていると背中の服を引っ張られる。
『あんまり行くとまた落ちるぞ』
キラの警告と共に、カインは引きずり戻された。
『あ、来た来た!』
そして突然嬉しそうに前足を振り、どこかを見つめるキルの視線を追うと、緑色をした竜がこちらへ飛んでくるのが見える。
近付くにつれ、赤竜とは比べ物にならないくらい巨大で、黒竜に匹敵するサイズにカインは腰が抜ける思いがした。
緑竜はカインを一瞬見ただけで、視線を赤竜へと向ける。
『久し振りだな、二人とも』
『おっさんこそ元気そうだね』
キルが緑竜をおっさん呼ばわりした事に驚いた。確かに見た目だけでは何歳かカインには分からない。
『まだまだ若い奴らには負けられない』
二体は昔からの知り合いのように親しげに話している。
少し離れた場所にいるキラが気になるが、カインとしては自分の身の安全の方が心配だった。
『ところでその人間は?』
『あ、忘れてた。それとキラも』
カインは真っ正面から緑竜に睨まれているようで、身動きが取れなくなる。
名前を呼ばれたキラも、カインと同じように固まっているのを見て不思議に思った。
『キラは相変わらず俺が苦手か』
何処か諦めにも似た呟きに、好奇心からカインは彼らの関係に興味を抱いていた。
黙ったままそっぽを向いてしまったキラに、キルも溜め息を吐いた。
『もう許してもいいと思うんだけど』
『嫌だ』
はっきりとした拒絶の声を聞いて、キルは話しを本題に変える。
『この人間がリーダーの探してた奴か』
キルがこれまであった事を説明し、カインの背中を押して緑竜へと近付けた。
「何して……」
『このリーダー補佐なら頼れるから』
この緑竜があの黄金竜の次に強いというのか。カインは改めて緑竜の全身を見てしまった。
よく見ると黄金竜や赤竜のように毛が生えていない。光沢のある、例えるなら蛇のような皮膚をしていた。
『怖いか?』
緑竜の問い掛けにカインは首を左右に振る。怖いか怖くないかと聞かれて、竜に耐性がついてきたからか大丈夫そうだった。
『なら詳しい話は下でしようか』
そう言った緑竜は、カインに向かって鋭い爪のついた前足を伸ばした。
この時だけは身がすくみ、殺されるのではないかと覚悟を決めてしまうくらい恐怖を感じた。
緑竜の前足がカインを囲うように広がり掴み、そのまま空へと上昇する。
『しっかり掴まっていろ。俺達の隠れ家を見せてやる』
そう言われてもしっかり掴まれたカインには、身動き一つ出来ないし、手も動かせない状態だった。
足がつかない不安定さと、風を切る音が落下した時を思い出させる。
もしかしたら落とされるのかという想像までしてしまい、景色を見られずひたすら光沢のある緑竜の皮膚を見続けた。
『さて降りるか』
満足そうな声音に、緑竜の自己満足の為に飛んだのではないかと思ったが、カインに口出しは出来ない。
やっと下降し、二体の赤竜と目線が同じ高さまで戻ってきて、周りを見る事が出来た。
それからも下降し続けると、赤竜は急斜面の崖を駆け下り始める。
あまり飛べない竜は、そうやって下へと降りているのか、所々に滑り降りたような跡が残っているのが見えた。
駆け降りる二体の赤竜と同じタイミングで、緑竜は着陸した。
そこは広場らしき所で、緑竜から離されたカインを一目見ようと竜が集まってくる。
荷物を背負った竜や、器用に籠を頭に乗せた竜、武器なのだろう槍を持った竜がカイン達を囲むように見ていた。
『久し振りの人間だ』
『俺は初めて見る』
数十体近い竜に囲まれ、見定められるようで威圧感が凄い。
だんだん居心地悪くなってきた時、後ろの方が騒がしくなる。
『危険ですから、お待ち下さい!』
女性のように高い声が聴こえ、カインが振り返ると竜を掻き分けて出て来た小さな竜がいた。
『ルー様、侍女を困らせてはいけませんよ』
ルーと緑竜に呼ばれた小竜は、瞳を輝かせながらカインを見ていた。
『申し訳ありません。どうしても見たいとおっしゃって』
ルーの後ろから現れた薄緑色をした竜が、慌てて駆け寄ってくる。
『俺が見ているから君は仕事に戻っていい』
緑竜に言われ、薄緑色をした竜は帰って行った。
緑竜の許可を貰った小竜は、表情は読めなくても足取りから喜んでいるのが分かる。
カインの傍まで来るとだいたい頭の高さが同じで、話しをしやすいなと思った。
『初めまして』
ルーはじっとカインの顔を見てから、たどたどしく挨拶をする。
「こんにちは」
礼儀正しくカインも挨拶をすると、なぜか首筋をこすりつけてきた。
「どうしたら……」
思ったより力が強く、足を踏ん張っていないと後ろに倒されそうになる。
『ルー様から友愛表現を受けるとは』
『あの人間、何者だ?』
カインは困惑気味に緑竜や赤竜に助けを求めようとしたが、周りがざわざわし始め、カインの声は届かなかった。
『ルー様、困っていらっしゃるのでそれくらいにしてやって下さい』
だんだん踏ん張る腰が痛くなって来た頃、緑竜が助け舟を出してくれた。
ルーが離れてカインは、踏ん張っていた右足の痛みが酷くなっている事に気付いた。
今まで色々な事が有りすぎて、怪我まで気持ちが回っていなかったが、落ち着いてくると体の節々も痛い。
低い位置からとはいえ、かなりの距離を落ちたのだ。骨が折れなかったのも運がいい。
『そうだった。怪我してたんだよね』
傍観していたキルが、カインの元へと寄り足首を出すように示す。
カインは手頃な石に座らせてもらい、ズボンをめくると綺麗な紫色に腫れていた。
『痛そう』
キルは心から呟いたが、確か骨が折れてるか折れてないか調べる為に、かなりいじられていたような記憶がある。
『医師を呼べ。他の奴は仕事に戻るように』
緑竜の声に周りを囲んでいた竜は一斉にいなくなり、二体の赤竜、小竜だけになった。
それから低い位置の穴から出て来た白竜が医師らしく、手に薬草を持ってカインの足首をじっくり見始めた。
『これは痛いだろう』
白竜はしみじみ言ってすり潰した薬草を足音に塗っていく。カインは少し染みるのを耐えた。
『当分は気をつけて歩きなさい』
白竜が去っていき、やっとここに来た目的についての話しが出来る。
「それで黄金竜なんですけど……」
『黄金竜? あぁジンか』
そういえば竜には色で識別する事はないと聞いていたのに、カインは普通に言ってしまった。
それと共に黄金竜の名前を聞けた事は、重大な事のように感じる。
『あいつなら一回戻ってきて、森で人間を探すように言ってまた出掛けたよ』
そういえばあれからどうなったか気になる。黒竜と対峙していた同僚は元気だろうか。
自分の事よりも仲間を心配しだしたカインに、キルが肩をつつく。
『ここで待ってれば帰ってくるんじゃない?』
キルの言葉に緑竜も頷いていた。
待つとしてもいつまでここにいていいのか分からない。竜の中に人間が一人というのは、案外心細い。
『あのさ、俺達そろそろ帰らなきゃ』
足首は手当てされたが、一度休んでしまったからか体が重い。カインが溜め息を吐くと、キルが悲しそうな声で言い出した。
『俺達、ここにあんまり居られないから。それにキラがね』
意味深に後ろに視線を送ると、帰りたそうな目と合う。
「あの有難う。ここまで連れてきてくれて」
自分の都合で双子を引き留める訳にはいかない。
それにここまで来ればもう大丈夫だろう。
『うん。楽しかった。また森に会いに来てね』
『……また』
もう帰る為に後ろを向いていたキラからも声が掛かり、カインは笑顔で見送った。
別れを惜しんでいると、緑竜もじっと赤竜を見ていた事に気付く。
結局、最後まで赤竜と緑竜の関係を知る事は出来なかった。
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