WARNING
サラム研究所の壁に鉛のペイントを点々と刻み、レーザーブレードで道を作る。
抵抗を嘲笑うように悪魔は所内を突き進み、防衛システムを蹂躙していく。
「フェイト、妙だぞ」
『そうです? 私には想定通りに思えるです』
彼の感じた違和感を、フェイトは感じていない。
いつものような抵抗で、それはサラム研究所で用意しているであろうと予測していたランクを超えるものではない。シャイターンから随時送られてくる各種データからは、目立った異常は見られない。
「その通り。想定内だ、全くもって予想の範疇だ」
フェイトのその考えに同意する。同意するからこそ、彼は更に言葉を続ける。
「この依頼で全てが予定通りなど、妙としか言いようが無い」
どのような任務であれ。良い方向であれ悪い方向であれ、全てが予定通りなどというのは滅多にありえることではない。油断から想定より反撃が弱かったり、反対により手痛いしっぺ返しを食らうことも儘ある。例えどれほどに詳細な情報を手にしたとしても、どれだけ綿密な計画を建てたとしても、少なからず誤差が出る。
それが全く無い。ストレスフリーで動けるというのは、安堵よりも何よりも警戒が先に出る。
フェイトも彼の考えを察し、その双眸に力を込める。
『今すぐに情報の洗い出しを行うです。細心の注意を払いつつ、継続して任務の続行をお願いするです』
「了解だ、早めに頼む」
考え過ぎなのかもしれない。単に偶然うまくいっただけかもしれない。
それならそれで構わない。例え誰かに罵られた所で成果はあり、誰かが嘲った所で実績は積まれていく。
後ろ盾のある企業付きと違い、傭兵を営むウォーロックにとっては結果と生命は等しく重要だ。結果だけでは次がない。生命だけでは後が無い。あえて言うなれば取り戻しができない生命を取るが、どちらが欠けても傭兵としての寿命を蝕むのは間違いないのだ。見えない敵だろうと警戒して然るべき。
そうでなければ今頃彼らは屍を晒していただろう。野晒になり、風化し、大地へ飛んでいっていたに違いない。
だからこそ彼は足を止めた。目標のポイント一歩手前、レーダーを確認した上で、スキャンを行った上で。データ上、部屋の中に敵は居ないことを確認した上で一歩を踏み出そうとし、止めた。
「……至急で頼む」
『二〇、いえ、一五分持たせてくださいです』
彼の目の前にあった鋼鉄製の扉が、砂埃のように舞い散っていった。細かな粒子となって解かれて、サラサラと地に落ちていく。
そんなことが出来る相手を、彼らは一人しか知り得ない。
『久しいね。君のことはよく覚えているよ、こうして君と仕事でかち合うのは三度目だ』
相手は悪魔を従えたウォーロック。それも超一級の一人。
誰もが避けて通るような化物。どす黒い赤、血色に塗られた死の具現。
「一〇分だ。……それ以上になるならば撤退する」
その機体は、一目見て分かるほどに異常な風貌をしている。
第一に、シャイターンでありながら、一見して武装をしていない。徒手空拳、悪魔に相応しく無い戦い方をするということを誰もがよく知っている。
第二に、背中から御柱のごとくそびえる突起。通常のシャイターンはそれのみで充分な推力が得られる為に、物好きでない限り外付けのエネルギーなどは用いない。しかし目の前に立つ鬱血した色の悪魔は、その一握りに分類される。背中の砲をブーストして更に速力を上げる。
並のウォーロックであれば重力で圧死しかねない行為だが、目の前のシャイターンを操る男は難なく乗りこなす。
疑いようもなく最強の一角、男の名はティケヤ=シャディーク。機体名は『ゴッドファーザー』。その名の意味するところは、"生殺与奪の天上位"。
堂々たる名に偽りない実力を保持した、ウォーロックの中でも異色の男。彼もまたフリーの傭兵だ。
しかし依頼であれば何でもやる一般的な傭兵ウォーロックとは一線を画する。ティケヤは殺しのみを依頼として受ける生粋の殺し屋だ。故に彼が前に立ったということは、意味するところはただ一つ。
『一度目は私が見誤った。二度目は君が上回った。実に見事だった、グレイトフルデッド。改めて称賛を贈ろう。君はホウセンに次ぐイレギュラーだ』
「お褒めの言葉、恐縮だ。そのまま以前のように見逃してくれると嬉しいが?」
『ははは、それは無理な相談だよ。私も人生を粛々と生きる立派な大人の一人、仕事はきちんとこなさなければならない。君もそう思うだろう?』
「全く以って違いない。同意するぞ、ゴッドファーザー」
互いに小さく笑い合い、一瞬の沈黙が駆け抜ける。
始まるのは、悪魔同士による全力の潰し合い。
「イーサドライブシステム、起動」
『さぁ、仕事を始めよう。粛々と諾々と励むとしよう』
『Ether Drive System――OK.Grateful Dead Awake』
『Ether Drive System――OK.God Father Awake』
「『支配からの脱却を』」
「『私達は殺すために生きるのさ』」
二機の悪魔がオドを喰らい、暗い悦びの叫びを上げる。駆動音を高らかに鳴らし、赤と黒が鈍い輝きを増していく。
直後。赤い悪魔が閃光のごとく掻き消えた。
シャイターン トキヤ @tokiya
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