第22話 世界

 これで、ぼくの物語は終わる。

 だが、最期にいくつかの事柄を話しておこうと思う。

 まずは、星の抗体になってしまった人たちから。

 香月は戦死してしまった。

 まだ、本調子ではないミカエルさんを敵からの攻撃から庇い、そのまま逝ってしまったのだそうだ。

 最期の言葉が、

「あんたに何かあったら、あたしはアイリに顔向けできないからね」

 だったそうだ。

 どこか、満足そうな顔をしていたと、シルバさんは言っていた。

 すべてが終わった後、ミカエルさんがやってきて言った。

「妹の最期を看取ってくれてありがとう。君のおかげで幸せに旅立つことができたみたいだ。こればっかりは兄貴の私には出来ないからね。本当に心から礼を言うよ。

 さて、妹が寂しがるといけないからね。

 タイプ・タナトスくん。

 私をあちらへ送ってくれないかい?」

「………あんたは本当にそれでいいのか?」

「ああ、私の生き甲斐は妹だけだったからね。ここで、生きていくには、この世界は寂し過ぎる」

「………分かった。安らかに眠れ」

 死神くんはそう言うと指をパチンと鳴らす。

 その瞬間に、ミカエルさんはその場に崩れ落ち、眠るように事切れた。


 他の星の抗体になってしまった人たちは死神くんの創る新しい世界でそれぞれ暮らすのだそうだ。


 次に姉さん。

 姉さんが覚醒したのは、ぼくが新しい家に引き取られてからすぐのことのようだったらしく、彼女がそのときしたことと言えば、まず、両親に催眠術をかけて自分のことを娘だと認識させ、尚且つ現実を自分の都合のいいように書き換えることだったらしい。

 そのおかげで、父さんの『管理権限マスターブック 』も書き換わってしまったのだとか。

「最初に言っておくけど、あなたが罪として背負うことは何一つとしてないのよ。むしろ、わたしはね、殺しのないあなたとの平穏な生活がとても気に入っていたのよ。でもね、報いは必ず受けるんだってあのときの事故―――いや、事件で思い知らされたわ。

 だから、わたしのことはもういいの。

 すべてが終わってからあなたに言おうと思っていたことを、本当のわたしの気持ちをいまここで言うわ。

 蒼太、あなたはこれで、なにも縛られることのない、本当の自由を手に入れたわ。

 だから、あなたの好きなように生きなさい。

 わたしからはそれだけよ」

 姉さんはそう言って少し寂しそうに微笑んでぼくの頭を撫でてくれた。


 次に死神くん。

「いやあ、おまえのおかげでマジで助かったぜ。ありがとな、兄弟」

 彼はそうニヤニヤしながら言った。

 丁度いい機会だったので、ぼくは、結局のところ、集団的無意識とはなんだったのか、と死神くんに訊いてみた。

「ああ、あれな。あれは、〈世界おれ 〉の意志に反して進化し続けるために人類が構築したプログラムみたいなもんだ。

 おまえの親父の能力がその象徴みたいなもんだよ。

 あれにはだいぶ手を焼かされたが、今回のことでおれはそいつを掌握できたからな。

 もう、今回みたいなことにはならんさ。

 だが、油断は禁物だ。

 いつ同じことが起こるかも分からんからな。

 厳戒態勢でのぞまにゃならん。

 そんなことより、兄弟。報酬はいらんのか?」

 彼は真顔でそう言った。

 ぼくの望みは―――


 ぼくは、いま星の最深部にいる。

 勿論、妹も一緒だ。

 そして、姉さんも―――

 妹の望みもぼくと同じだった。


 永久の時間を大切な人と共にいつまでも、どこまでも、眠って暮らす。


 それが、ぼく達の望み。

 ぼく達のたった一つの願い。

 だが、また星に危機が迫れば、ぼく達は叩き起こされるハメになるらしい。

 そうならないために母さんが死神くんと共に新しく創る世界を監視していくのだそうだ。

 ぼくは産まれて初めて母さんに感謝した。

「これで、ずっと一緒だね」

 神々しい美しさを湛えた天使が―――妹がぼくにそう囁く。

 ぼくは頷きそうだね、と言って彼女の頭を撫でてやった。

 姉さんはそんなぼく達を優しく見守っている。

 これからぼく達は果てのない眠りに就く。

 ぼくは以前、人間は幸福にも不幸にもなれないと心底思ったことがあった。

 本当にそうなのか?

 実は答えはNOだったりする。

 だっていまぼくは、こんなにも幸せなのだから。

 きっと人間は最期の瞬間になってようやく幸せになれるのだろう。

 不幸になるときだってきっとそうだ。

 終わり良ければすべてよし、その逆も然り、ということだと思う。

「眠れないのかしら? 蒼太」

 姉さんがそうぼくの耳元で囁く。

 気づけば妹は穏やかな寝息を立てていた。

「そうじゃないよ。ただ―――あまりにも幸せだから」

 ぼくがそう言うと彼女は穏やかに微笑んだ。


 新しい世界にぼく達はいない。


 それが、とてつもない幸福にぼくは感じられた。

 さあ、そろそろ眠るとしよう。

 そして、最期にこの物語に題名を付けるとしよう。

 この物語の題名は―――


 終わる世界に天使は舞う。


 ぼくは満足して、瞼を閉じる。

 この 眠り幸せ がいつまでも続きますように、と祈りながら。

 ぼくの意識は光に溶けた。

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終わる世界に天使は舞う ごんべえ @0831

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