小島さんはロボット。

黒井羊太

小島さんは、転校生

 いつも通りの朝。担任が鐘の音と共につかつかと教室に入ってくる。騒がしかった教室は、先生の顔を見て萎れるように静かになった。

「は~い、座れ~。今日は皆に転校生を紹介する。以前にも話した通り、彼女は機械だ。とはいえ先生も会ってみた感じ、人間とほとんど差はない。仲良くしてやってくれ」

 新学期でもないのに、転校生が来ると言う事だった。それも、人間ではない。

 以前から聞いてはいたが、いざその時になってみると、なかなか落ち着かないものである。

 どんな風なのか?メカっぽい?人間っぽい?

「じゃあ、小島さん。教室に入ってきて~」

 先生が扉に向かって声を掛ける。すると、閉まっていた扉が開き、美少女が微かなモーター音を伴ってしずしずと入ってきた。

 男子一同は、大盛り上がりである。

 機械的な動きを感じさせない、滑らかな動き。何ら違和感なくその美少女は先生の隣で止まり、くるりとこちらを向いて、笑顔で自己紹介をした。

「はじめまして、小島KG1274と申します。よろしくお願いします」

 合成音声らしい、微妙な違和感。しかしほとんどの生徒にとっては、そんな事などどうでも良かった。美少女で、いい子。歓迎しないはずもない。


 僕は、正直言ってそこまで盛り上がれなかった。人に似せてあるとはいえ、人ではない。いちいち突っかかる気もないが、周りの連中のように騒ぎ立てる気にもなれなかった。


 この時代、人型のロボットというのは、あまり珍しい物ではなくなってきた。鉄腕アトムの時代から、日本人にとってロボットは特別な存在であり、人間を模して作る事に躍起になっていた。そんな中、数社の開発チームが競って研究し、ここ数年でロボット技術はめざましく進歩したのだ。

 今回この学校に来たのもその内の一社、小島重工のモデルだ。新興の会社で、面白そうな事には次々手を出していくユニークな会社だ。

 まあ、珍しくないと言っても、実際に目にするのは僕も初めてだ。ちょっと前の時代における、「田舎の外人さん」という感覚と言えば分かるだろうか。TVとかではよく見るけど、実際に見る機会が少ない、そんな感じだ。


 朝の会が終わって、小島さんはあっという間に人の群れに埋もれた。皆珍しい物が見たいのである。

『どこで作られたの? 触って良い? ホント綺麗だね! 色白~い! スペックは? 私佐藤! 鈴木! よろしくね! スリーサイズは?』

 全員が一度に喋る。その全てに一々笑顔で対応している。

「東北にある工場で製造されました。どうぞ。ありがとうございます。そのように設計して頂きました。普通の女子高生なみの能力と思って頂ければ。佐藤さん、鈴木さん、よろしくお願いします。調整がききますからご要望があれば。」

 わっと盛り上がる。新しいおもちゃが投入された気分。そんなに騒ぐような事なのかね。一人教室の隅で僕は呆れていた。


 退屈な授業中、僕はいつものように視線を泳がせ、そして今日は小島さんに行き着く。

 確かに美少女に見える。透き通るような白い肌、整った目鼻、顔立ち。黒くてサラサラした髪、そこから垣間見える細く白い首筋。静かな教室に微かに聞こえるモーター音。襟首から見え隠れする鎖骨、年頃の女の子よりは恵体な体つき。すらっと伸びた色白の指先がシャーペンを握る。スカートからは二本の白くて長い……っと、見過ぎだ、僕。変態か。

 綺麗だ。そりゃそうだな。技術者含め、理想という理想を全部詰め込んで作っているんだから。立体になった美人絵みたいなもんか。

 先生に当てられて、小島さんが答える。正解だ。それもそうだ。勉強するまでもなく、授業内容なんてインプットされているだろう。

 

 その後も小島さんの生活は続き、大体の評価として、「人当たりが良く、勉強はそつなくこなせる優等生。但し運動と音楽は音痴」というものに落ち着いてきた。運動についてはまあ機械と人間ではやはり差がある。音楽は意外だったが、最初にいきなりCDプレイヤーよろしく『フルオーケストラ』を歌い出したのにはびっくりした。怒られてたが。実際の声は合成音声なので、調整が上手くいかないらしい。


 小島さんは怒らない。いつも笑顔で、ニコニコ対応。人の陰口は言わないし、かといって孤立するような行動も取らない。

 小島さんは、毎日同じ顔で来る。髪の長さも、肌の色つやも、まるでハンバーガーを頼めば写真通りに来るように、同じ顔。作られた顔だから、当然なのだが。

 小島さんの食事は変わっている。皆と机を並べて一緒に食べてはいるけども、その食べているものは何とも不思議な食べ物。黒くて、どろどろしていて、時折何か固形物が混ざっている。なんだか悪臭がしそうで、絶対美味しくなさそうなスープ?なのだ。それを一度皿に出し、そしてスプーンで食べる。機械なので美味しそうに食べるとか、そういう感じはない。最初は皆度肝を抜かれたが、まあそう言うものなのだと次第に受け入れていった。


 どこからどう見ても、人間の女の子。いつしか、誰も小島さんが機械だなんて思わなくなっていた。


 小島さんは、完璧な美少女に見える。けど、そうじゃない事に僕は気付いた。勿論運動面や食事面で難があると言う事もあるがそうじゃない。

 小島さんは、実は機械的な対応しかできない。例えば質問が来て、ベストな回答を瞬時に割り出し、「上手くやる」。

 小島さんには、意志がない。「何をしよう」「何がしたい」なんて事はなく、機械的にこなしていく。当然、「どうありたい」なんてものもないだろう。そりゃそうか。「優等生たれ」という至上命令を守るだけの機械だもんな。


 女共からすれば連んで楽しい相手。話は聞いてくれるし、気分を害さない。美人だから一緒にいて注目されるのは何とも言えぬ心地よさ。

 男共からすれば高嶺の花。どうにかしてお近づきになりたいものの、とりつく島がない。小島さんには趣味がないから、話すきっかけがない。フォローするにも勉強は優秀、運動は女子がフォローしてしまうから何も出来ない。せいぜいファンクラブを作って見守るのみなのだ。

 かく言う僕も、興味がないと思いつつも、ついつい視線は彼女に注がれる。一挙手一投足が気になって仕方がない。これは最早、恋なのかもしれない。きっとそうだ。


 僕は、意地悪な事を思いついた。

 彼女のキャパシティを越えるような、想定されている事態を越えるような事をしてみたら、どうなるんだろうか?例えば、告白してみるとか。


 僕は、決していい加減な男ではない。遊びで女性と付き合うようなマネはしないし、そもそもお付き合いした事すらない。告白だって小3以来だ。それでも、好奇心は止まらない。

 万一上手くいったとして、こんな綺麗な子と付き合えるのだ。何の不満があるだろうか?


「小島さん」

「はい?」

「好きです。付き合ってください」

 夕方。廊下で。たまたま見かけたので、勢いそのまま、文脈無視でいきなり告白してみた。さあ、どうなるんだろうか。

「……」

 小島さんは黙っている。カタカタと何かが動いている音がする。

「はい。よろしくお願いします」

「……え?」

「お付き合いというのは、男女交際と言う事でよろしかったでしょうか。でしたら、お願い致します」

 あっさりとOKが出た。

「僕なんかで良いの?」

「えぇ。かねてより男女交際の経験値を得たいと思っておりましたが、この学校の男性方は非常に奥手らしく、声を掛けてくださりません。その点、貴方は男女交際に興味があり、加えるなら遺伝子を残す事に強い関心があります。彼らより優勢な遺伝子を持っており、十分な経験値が得られるものと判断致しました」

 身も蓋もない言い方ではあったが、だからといって一々腹は立てない。僕だって、興味本位で告白したわけだし。


 それから、恐らく普通通りの交際が進んでいった。小島さんは僕を見かけると、笑顔で走ってくる。それから、僕の隣を歩いて、何でもない話をするようになった。男共の視線はかなり厳しい物だったが、まあやむを得まい。

 一緒に登下校をしてみたり、買い食いしてみたり、夜中にメールをしてみたり。そうして観察して分かってきた事だが、徐々にやりとりから機械っぽさは抜け始め、より人間らしいスムーズさを得てきている。

 ただ、まだ意志は少ない。何がしたいか、僕が決め、彼女はそれに従う。少し物足りない感もあったが、まあここも徐々に変わるのかもしれない。


 ある休日、出かけ先で手を繋いでみた。繋ごうと言ったら、躊躇い無く繋いでくれた。血液の流れていない彼女の手は、体温が無くひんやりとしていた。肌は見た目通りとても綺麗で、まるで僕の手に吸い付くようだった。時折モーターの振動が、まるで彼女の脈のように僕の指に伝わる。ずっと握った手を離したくない、そんな気分にさせた。


 その内に、彼女は本当に普通の女の子なんじゃないかと思う機会が増えてきた。

 どきどきする。


 何度も一緒に登下校。何かあればいつも二人一緒。休みの日には出かけてみたり。

 小島さんは誘えば断らない。

 小島さんはいつも笑顔。

 心なしか、小島さんは徐々に人間じみてきていた。表情がころころ変わる。冗談を言う。

 まるで、人間の女の子。


 デートの帰り道。暗がりの道すがら。

 冗談を言い合いながら歩く。

 ふと会話が途切れ、沈黙が続く。

 彼女を見遣ると、僕を見つめていた。

 これは……いいのだろうか?

 どきどきしながら、彼女の肩を抱く。両手でしっかと握り、見つめ合う形になる。

 彼女は嫌がらない。

 僕は、覚悟を決めて、目を閉じ、少しずつ顔を近づけ、唇を……重ね

ゴチッ

 固い感触に阻まれる。びっくりして目を開けると、それは彼女の唇だった。

「固っ」

 思わず呟く。

 その言葉に、彼女はその色白の肌を真っ赤に紅潮させ、柳眉を逆立て、髪の毛が逆立ち、

「バカッ!!」

 普段からは想像も出来ない程の声を上げながら、僕の頬を思い切り引っぱたいた。

 あまりの威力に、僕は気を失った。


 今にして思えば、小島さんはあの食べ物を食べる為に、人間と同じ口の機構をしていなかったのだと思う。それで何らかの装置がたまたまぶつかってしまい、気にしていただろうに、思わず呟いた僕に怒った、と。

 しばらくぶりに学校へ行ったら、小島さんは普通通りだった。おはようと言えばおはようと返す。しかし僕を心配する素振りも、くっついて歩く素振りも見せなかった。

 友達に聞いてみたら、「記憶の一部を完全に消去してある」と言っていたそうだ。あぁ、僕と付き合っていた事は、彼女の中では『無かった』事になっているんだな、と理解した。

 小島さんは、人間の女の子と、なんら変わらなかった。

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小島さんはロボット。 黒井羊太 @kurohitsuji

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