第12話

冬が去り、春が来て、日ごとに太陽は力を増し、汗ばむ陽気がつづいた。

 ユウナはもうすぐ、トキと夫婦(めおと)になる。

 行方不明だったユウナを命がけで救った勇敢な若者と、トキの村のものもユウナの村のものもトキを讃えた。ただひとり、ライラの父だけがふたりの結婚に反対し、すべてが、星読みをも巻き込んだ狂言であると言い張ったが、ユウナの家族はだれも聞き入れなかった。とくにユウナの母は、ユウナが行方不明だと告げたときの、トキの蒼白になった表情や、かならずユウナを救うと誓った決意に満ちた目を覚えていて、この若者にたいする印象をがらりと改めたのであった。

「トキのほかに誰がユウナを救えたというんだい? おたくの息子は、ユウナのために命を捨てる覚悟ができるのかい?」

 そうまで言われると、ライラもライラの父も引かざるを得なかった。

 ユウナはトキに手を引かれ、灯台のふもとの、入り江まで降りてきた。

「ここから、目を閉じて」

「なあに」

 くすくすと笑いながら、ユウナは言われた通りに目を閉じる。手を引かれ、砂地を踏みしめてそろそろと歩をすすめる。

 波の音がいつもよりも大きく響く。

「いいよ、目を開けても」

 そっと目を開けると、たくさんのユウナの花が、波打ち際を彩っている。その花弁はどれも夕暮れの色に染まっている。

「そこの岩場の近くに生えてるんだ。今朝、落ちている花たちが、風にあおられて浜に転がっていくのを見つけて」

「……きれいね」

 花たちはそのいのちを終えてもなお美しく、波にもまれながら海へ引き込まれていく。

「いつかおれもユウナも海へ還るけど」

「うん」

「それまで、ずっと一緒に」

「……うん」

 生きて、いこう。

 初夏のやさしい浜風が、ふたりを撫でて通り過ぎていった。


 ふたりの結婚の宴は、サリエの時に比べればささやかなもので、それでもたがいの村のものが灯台守の粗末な家まで祝福に訪れてくれて、トキは信じられない思いでいた。

 トキの父は、ひたすらに酒を飲んでは、人の目をぬすんでぶつくさ言っている。

「まったく、手のひら返しやがって」

「お義父さん」

 花嫁が酌をすると、トキの父は目じりを下げて、

「綺麗になったなあ、今からでも遅くない。トキはやめておれの嫁にならんか」

 などとうそぶく。冗談とも本気ともつかない口ぶりに、トキは大慌てでユウナを自分のほうへ引き寄せる。はっはっは、とトキの父は可笑しそうに笑った。

 ユウナはあざやかな黄色の着物を着て、髪には、これまた黄色のユウナの花を挿して飾っている。真昼の、快活なユウナの花。しかし、夕暮れどきのユウナの花の、ほんのりと朱に染まった、恥じらうような風情は。トキだけが知っている。

 陽気な歌は日が暮れても続き、それでも、灯台の火はトキの父がちゃんと灯した。酔っぱらっても最低限の仕事はするのだった。

 空が白みはじめるころ、ユウナとトキは宴を抜け出して、ふたりして灯台にのぼった。

 頂上の、火桶のある場所に、トキがまず先にのぼり、火を消した。それからユウナもてっぺんまであがる。

 火が燃えているあいだは、危険な上にすすだらけになるので、ユウナは入っちゃいけないよとトキが念をおす。

「わかってるわ」

「いや。きみならやりかねない」

「子どもじゃないのよ?」

「知ってる」

 まだ、さきほどまで燃えていた炎の熱がこもっている。外を見やれば、水平線の際があかるい桃色に染まり、しかし天頂に近いところの空はまだ夜の色。星はかよわくまたたき、白い月は海の果てへ消えようとしている。

 太陽は、東の、ちょうど眼下にひろがる海の反対側、ガジュマルの森を超えた、そのまた向こうの海からのぼる。

 ユウナはリゼのことを思った。いつか彼女に言われた。

――ずっと、ずっと、太陽みたいにトキを照らして。

 ガジュマルの森の奥、星に祈りをささげるリゼから。ふたたびあのときのことばが、ユウナのもとへ風に乗ってとどいた気がした。

 思えばリゼは、トキがこうして花嫁姿の自分と寄り添っているすがたを、すでに視ていたのだろう。そのときのリゼのやるせなさを想像しただけで、ユウナの胸は裂かれそうに痛む。ユウナ自身も、なんども味わった痛み。心の奥深くに、渦巻く暗い感情を押し込めて、それでも愛するひとの幸せのために、笑ってみせて。

 リゼ。ユウナは心のなかでそっと彼女に話しかける。

 あたしは光でありたい。光に、なるわ。

 髪に挿した花に、手を触れる。その手を、ひとまわり大きな手が、そっと包みこむ。

 目が合って、妙に気恥ずかしくなって、たがいに笑いあう。それからもう一度目を合わせて、ゆっくりとまぶたを閉じた。

 あたらしい陽がのぼる。

 あたらしい日々が、はじまる。

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海の底に沈む真珠 夜野せせり @shizimi-seseri

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