第4話 馨と潔彦

 部屋の鍵が開く音がしたので、馨は飼い犬みたいに無邪気な笑顔で潔彦を出迎えた。おかえり、と声をかけようとしたら、潔彦が馨の目を真っ直ぐ見ていたので、出かけた言葉を飲み込んだ。

「馨、ごめんな。今まであんまり相手してやれなくて」

「何言ってるの? しょうがないじゃん。仕事なんだし、それに俺、キョウくんと同じ部屋にいるだけで十分だよ」

「馨……!」

 がしっと、馨は潔彦に抱き着かれた。潔彦の肩の筋肉が高校生の時よりもはっきりと感じられた。体力仕事の職場だと聞いていたが、こんなにも体つきが変わっていたのかと馨は思う。首筋の贅肉は取れ、全体的に硬さが増している。

「ちょっと、キョウくん! 痛いよ!」

 馨の力ではとてもではないが振り切れる力でなかった。潔彦の鍛え上げられた両腕は馨のほっそりした背中をがっしり掴んでいた。

 二人の呼吸は最後まで合わなかった。潔彦はどこか必死になっていて、呼吸が早かったが、馨は徐々にその状態に慣れてきて、ゆったりとした自然な呼吸に戻っていった。

 その夜は二人一緒に潔彦のベッドで寝た。馨は疲れて眠る潔彦の体を舐めるように観察した。高校の時の体の鍛え方とは違った仕上がりになっているのがわかる。当時、ボールを追いかけた引き締まった足は、重い物を運ぶために適した太くて分厚い筋肉に覆われていた。それだけじゃない。全体的に、何もかも、よく見れば違っている。

 だけど、昼間のような不安はなかった。馨は起こさないようにそっと潔彦の体に手を当てた。まるで知らない人の体を撫でているようだったが、間違いなくそれは潔彦の体だ。

 またやり直せばいい。今の潔彦が当時と違っていたって、二人はまた一緒に生活しているのだ。潔彦が馨を必要とするなら自分はいくらだって潔彦のためになってやる。筋トレや走り込みは苦手だけど。仕事が辛くて疲れた潔彦の癒しになれるなら、なんでもいい。

 気が付くと、朝だった。潔彦はもう仕事に出ていて、馨は潔彦のベッドに一人きりだった。わずかに残る潔彦の生活感を嗅ぎ取った馨は、自分も大学の準備をしなければとベッドから起き上がった。

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虹と新芽 伊豆 可未名 @3kura10nuts

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