第2話

 今日も私は、マホウショウジョ。


 たっぷり練習した新しい魔法。そのお披露目ひろめは桜の舞い散るこの広場。学園都市のお花見会場も子供たちには大事な遊び場なのです。


 夕暮れ時のこの広場には、大人も子供もたくさん集まっています。


 いつもは私が見えない大人のひとも、今日はお酒の魔法にかかっていて、少しだけ私が見えるみたいです。


 桜の花びらと同じ桃色の魔法服が広場にりんと咲き誇ります。その一輪にせられて、子供の輪が一つ、二つ。その後ろに大人の輪も一つ。


 あっという間にお花が咲き広がっていきます。


 その中心で、私はペコリと頭を下げます。


 顔を上げると、あらあら不思議。


 落としてしまった帽子の中は、今日も飴玉でいっぱいです。


 子供たちにおすそ分けしたら、いよいよ魔法をかけていきます。


「それでは、不思議な不思議な魔法の始まりです」


 落としてしまった帽子にマントを被せて指を鳴らしたなら、あれあれ不思議。飴玉はどこかに消えてしまいました。もう一度マントを被せて指を鳴らすと、今度は大きなボールに変わります。


 今日の主役はお転婆てんばお姫様。だからこの間とはかける魔法の順番も少しだけ違うのです。


 くるくる空を舞うボール達に、桜吹雪がはらはらとかかっていきます。


 赤、青、緑、黄色のボール。ピンクの桜が舞い散って、私の手から虹が伸びていきます。


「きれ~い」


 誰かの声が合わさって、私の魔法がもっときれいに輝いていきます。


 どこかの誰かから拍手の音。


 波のように広がって、心地良い雨音のように鳴り響きます。


 雨上がりに残った私の手の虹は、もっともっときれいに回っています。


 そして虹の伸びた大舞台に、今日の主役が颯爽さっそうと登場。


 いつもはお転婆お姫様。今日は少し緊張気味かな?


 私もハラハラ、マホウショウジョ。


 指の間を駆け抜けて、今日も姫様どこへ行く? 右手の舞台じゃ狭すぎる、そんな強がった顔をして、今度は左手に飛んでいきます。


 くるくる、くるくる。桜とおどるお姫様。


 たとえ満開に咲いていようとも、舞台の主役はこの私。


 ついに辿りついた舞台の親指トランポリン。いつもより少し高くお姫様が飛び出します。


 ピンッ!


 大きく空へ舞い上がるお姫様。


 風を切る音を立てて、勇敢にでも美しく、お姫様は飛んでいきます。


 だけど、本当は少しさみしがり屋のお姫様。いつもは強がっているけれど、太陽の光を反射して、どこでも私に自分の居場所を教えてくれます。


 けれども、今日の空は一面花吹雪。さっきはきれいな桜の花が今はお姫様を隠します。


「お姫様、どこ?」


 隠れてしまったお姫様。どこにも姿が見えません。


 頑張れ、私は、マホウショウジョ。


 自分の魔法の力を信じて、私は空へ手を伸ばします。


「あ」


 確かに当たったその感触。だけど、お姫様は私の手には戻ってくれません。視線を移ろわせてみるけれど、金色の光は見えません。


 今の私は、マホウショウジョ。


 魔法は途中でやめられません。しっかり掴んだ振りをして、片手に隠したバラの花。さっと舞台に咲かせます。


 巻き起こる拍手、たくさんの笑顔。今日もばっちり大成功。


 魔法がきちんと終わったら、姿を隠すのが魔法少女。


 だから、お姫様待っていて。きっと必ず探しに行くから。私は寮へと急ぎます。


 今日はいつもより嫌いな桜並木。花びらがあんなにいなければ、きっとお姫様はいなくならなかったのに。


 寮に帰った私は、すぐさま着替えてUターン。


 お姫様を探しに行きます。


 もうすぐ太陽が落ちてしまう。そうしたら寂しがり屋のお姫様が、私にサインを送れなくなる。


 走って走ってやっと着いた桜の広場。子供の姿はないけれど、まだまだ大人はたくさん残っています。


 太陽が落ちてもこれだけ光があれば、きっとお姫様は私にサインが出せるはず。


 キョロキョロと人と人の間を下を向きながら歩いていきます。


 舞台から降ろされてしまったお姫様は、独りぼっちで泣いているかもしれません。寒さに震えながら、誰も私を見てくれない、と今にも不安が溢れそうになっているかもしれません。


 大丈夫、私は、マホウショウジョ。


 必ずあなたを見つけ出す。


 あの日、泣いていた私を見つけてくれたお師匠様。真っ直ぐ私を見て、微笑んでくれた魔法使い。


 だから私も諦めない。心のどこかで泣いている私から目を逸らさない。


 たくさんあった大人の光も一つ、また一つと消えていきます。


 桜をいろどる明かりでは、はかなすぎてお姫様はサインが出せません。星と月は明るく輝いているけれど、目を凝らしても何も見えてはこないのです。


「お師匠様のコイン……」


 あの日苦くてあったかいコーヒーと一緒に、お師匠様が私にくれたお姫様のコイン。


「お前が頑張れる自信がつかない間は、この子がお前の代わりに舞台に上がる。お前のてのひらの上で、きっとお前を支えてくれる」


 そう言ってくれたのは、お師匠様。


 だから学校でも寮でも居場所を作れない私の代わりに、私のてのひらの舞台で駆け回ってくれていたお姫様。


 必ず私が迎えに行って、大丈夫って言ってあげる。


 絶対、私は、マホウショウジョ。


 たとえサインがなくたって、探してみせます、お姫様。


 真っ暗になった広場の中で、私ともう一人だけ立っている人がいます。


 暗くてよく見えないけれど、私と同じくらいの男の子です。


 彼も同じくキョロキョロ、キョロキョロ。誰かを探しているみたいです。


「あの、誰かをお探しなんですか?」


 なんだか不思議で、私は声をかけてしまいました。


 自分でもよくわかりません。ただなんだかこの人に呼ばれているような気がして、足下を見るのもやめて真っ直ぐ彼に話しかけていたのです。


「あぁ、ちょっと落し物を拾ったんで。持ち主が取りに帰ってくるかもしれないから」


 なんだかとっても変な人です。


「それなら学園の事務室に持っていけばいいんじゃないんですか?」


「そうなんだけどさ。あのクソじじぃ、あ、いや一緒にいた教授の野郎が必ず取りに戻ってくるからここで待ってろ、って言いやがって」


 ちょっと口の悪い彼。イライラとしているのがよくわかるしわの寄った眉間で、私の方を見ています。


 それでも誰もいなくなるまで、ずっと待ってる優しい人です。


「それで、アンタは?」


「私はその、落とし物を探していて」


 キラキラ光る金色コイン。誰かが拾って持って帰ってしまったのかも。


「もしかして、それってコレのことか?」


 彼の手の中には、月明かりを反射してキラリと光るお姫様。私の探していた金色コイン。


「あの、はい……」


「なんでこんなトコ探してんだ?」


「え? だってここで落としたから……」


「アンタ、自分でさっき落とし物は事務室に持っていけばいい、って言ったじゃねぇかよ。なんで事務室行かずにこんなトコ探してんだよ、って聞いてんだ」


「あの、それは、大切なものだったので、早く見つけたいと思って」


「はぁ、やっぱり女って生き物はよくわかんねぇ」


 溜息一つの彼は、なんだか余計に不機嫌そう。頭をひねって考えて込んでいるようです。


「あ、あの。コイン、返していただけないでしょうか?」


「あぁ、悪い。ほら」


 彼の右手から私の右手へお姫様が飛び移ります。


 光ったお姫様が私の手に収まって、ほんのり温かさが広がります。


「あの、えっと、ありがとうございました」


 精一杯のお礼。今の私では、魔法はかけられないから。


「別にいいよ。じゃあな、気をつけて帰れよ」


「は、はい」


 桜吹雪とともに消えていった彼。一人残された私の胸には、何か温かいものが残ります。


 きっと彼も魔法使い。


 私を幸せにする魔法を使ってくれたのです。


「おかえり、お姫様」


 私以外にも見つけてくれる人がいてよかった。


 暗くてよく見えなかったけれど、絶対私を見てくれていた。


 けれど私は、マホウショウジョ。


 誰かに正体を知られるわけにはいきません。魔法少女は誰にも知られず、みんなを幸せにするのです。


「あ、でも大丈夫」


 彼は私を幸せにしてくれました。だからきっと彼は魔法使い。


 魔法使い同士なら正体を知られても問題ありません。


 桜の花びらで点滅する金色コインのお姫様は、なんだかちょっぴり嬉しそうです。


 鼻歌交じりにスキップスキップ。今日、四回目の桜並木。


 舞い散る花びらが顔に当たるたび、私は彼を思い出します。そのたびに胸が高鳴って、なんだかドキドキしてしまいます。


 そんな私は、マホウショウジョ。

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その娘、マホウショウジョ。 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka

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