その娘、マホウショウジョ。
神坂 理樹人
第1話
魔法使いを知っていますか?
ゲームで? マンガで? 小説で?
いえいえ、そうじゃありません。現実にだって、魔法使いはいるのです。
そんなのどこにいるんだって? それは誰も知らないのです。
人知れず、どこかで誰かに幸せを配っているのです。
今日も誰かに、笑顔を届けに行くのです。
放課後のチャイムはお勉強の終わり。そして魔法少女登場の合図。
カバンに教科書を詰め込んで、誰よりも早く教室を飛び出します。
私は階段を駆け下りて、学園都市を駆け抜けて、急いでお部屋に向かいます。
桜並木の道にはピンクの花びらが雨のよう。
その一枚が私にかかるたび、私の心は高鳴っていく。
坂道を下って、寮の階段を昇ったら、私の部屋へと飛び込みます。
そこで変身、マホウショウジョ。
古着を縫い合わせた魔法服。カーテンだったマント。手作りの魔法帽子は先がへたりと曲がっているけど、私の大切な相棒です。手に取る魔法のステッキはいつか誰かに貰ったもの。これがなければ魔法少女とは言えないのです。
ついさっき通った道のりを、今度は魔法少女が駆けていきます。階段ですれ違った人も私に気付きません。
だって私は、マホウショウジョ。
正体は誰にもわからないのです。
魔法のほうきはありません。瞬間移動もできません。私はまだまだ未熟だから、誰かを笑顔にすることしかできないのです。
魔法少女が現れるのは、どこかの公園。私に気付いた子供たちが、一人二人と寄ってきます。
「魔法使いのお姉ちゃんだ~」
「今日はどんな魔法を見せてくれるの?」
心のきれいな子供には、私の姿が見えるのです。
三人、四人、五人、六人。
あっという間に子供の大輪が咲きました。
今日も私は、マホウショウジョ。
さぁ、奇跡の魔法の始まりです。
「それじゃあ、まずはみんなにおやつを配りましょう」
紳士のように帽子をとってごあいさつ。その帽子の中を子供たちに見せてあげます。
「空っぽだ~」
その通り。真っ黒な帽子の中はさっきまで私の頭が入っていたから、今はもう空っぽでどこか寂しそうなのです。
「でも大丈夫」
魔法のステッキを振るったら、その場でくるりと一回転。ひょいと帽子を覗いたら、中には飴が詰まってる。
「お姉ちゃんすごーい!」
パチパチと鳴り響く小さな拍手は、ちょっと照れ臭いけど。みんなの笑顔が私の力。
まだまだ私は、マホウショウジョ。
奇跡はもっと続きます。
取り出したのは不思議なコイン。
日本の硬貨じゃありません。
きれいなお姫様の横顔が映った、魔法の金色コインなのです。
お姫様はお
「あれ、お姫様がいなくなっちゃった!」
私は一生懸命探します。
ステッキに願いを込めて天にのばせば、うんうん、なんだか見えてきた。
「ねぇねぇ、君のポッケには何がある?」
その子はポッケを探ります。
「あ」
そうしたら、出てきた出てきたお姫様。ちょっと悔しそうな横顔で、私のもとに帰ってきます。
どこに逃げても隠れても、魔法少女はお見通しです。
「さぁさぁ、おかえりお姫様」
今度は怒ったお姫様。私の手の中で暴れます。
手のひらから指の間を駆け巡って、今度は左手に飛び移ります。
そして辿り着いたのは、親指のトランポリン。ピンッときれいな音を上げて、空にキラキラ舞い上がります。
私が掴んだお姫様。またどこかへ逃げてしまいました。
ゆっくり開いた手の中には、どこにもお姫様はいません。
だけど私は、マホウショウジョ。
指をパチンと鳴らしたら、地面に置いたステッキの下。お姫様はここにいた。
「み~つけた」
太陽の光を反射して、きらりと光るコインが一枚。魔法の力で吸い寄せられたお姫様を私はしっかり掴みます。
今日の出番はもうおしまい。お姫様は忙しいのです。
「それでは、最後はこんな魔法」
私のポケットからボールが一つ、今度は帽子から一つ、いつの間にか足下に一つ。
「あ、あれは!」
そう私が指差した先、空の上から何か来る。パシリと掴んだそのものは、果たしてやっぱりボールが一つ。
四つ揃ったカラフルボール。一つ一つを拾ったら、赤、青、緑に最後は黄色。順番に空へと上がっていきます。
右手から左手。左手から右手。
自由に飛び回る四つの魔法。子供たちの目が釘付けです。
くるくると私の手の中で踊るボールは、時々重なって色を変えていきます。今のあなたには、何色に見えているでしょうか?
私からはキラキラとした瞳に映って、とても輝いて見えています。
四つしっかり掴んだら、子供たちにペコリとおじぎ。
これでおしまい、マホウショウジョ。
まだまだ未熟な私には、このくらいしかできません。
だけど幸せそうな子供たちの笑顔。私に大きな力をくれます。
「お姉ちゃん、バイバ~イ」
「バイバ~イ」
お別れしたら、私はお家に帰ります。
魔法少女だって女の子。お腹も空いてしまうのです。
寮に帰ってきた私、部屋の前で誰かが手を振っています。
子供たちにしか見えない私。でもこの人だけは特別なのです。
「おかえり」
「ただいま」
これは私のお師匠様。私に魔法を教えてくれる、とっても偉くて凄い人なのです。
ボサボサにはねた髪型も、よれよれのジーンズ姿も、ちょっと嫌いな
だって魔法を使う時のお師匠様は、まるで星たちをその身に
「今日はどこに行って来たんだ?」
「今日は少し遠くの公園に」
鍵を開けて、部屋の中。散らかった部屋に脱ぎ捨てた制服を片付けて、お師匠様を招き入れます。
「いや、遠慮するよ。これからまた仕事があるんでね」
お師匠様は立派な魔法使い。私と違ってもっとたくさんの人の前で魔法を使わなくてはいけません。そのためには準備もたくさん必要なのです。
「コインロール、今日はとってもうまくできたんです」
「そうか、そろそろ新しい魔法を教えてやらないとな」
「はいっ!」
だけどそれはまた今度。今日はお師匠様も忙しいのです。
「それじゃ、また時間があったら来るよ」
「お願いします」
去っていく姿には心惹かれるけれど、お引き留めはできません。
未熟な私も、マホウショウジョ。
強くならなければいけないのです。
しわくちゃの魔法服を脱いで着替えれば、あっという間に私は普通のオンナンコ。学園都市の片隅の、寮に住んでる中学生。
「まだ食堂に行くには早いなぁ」
お腹が減っているのはきっといっぱい走ったから。ホントにほうきで飛べたなら、こんなこともないのかもしれない。
独りぼっちのこの部屋では、誰の笑顔も私の瞳には映らない。
だから私はコインのお姫様を手の中に入れて、くるくる、くるくる魔法の練習。
そうすれば金のコインに反射して、子供の笑顔が映る気がするから。
食堂が開いたら、私はいつも一番乗り。お願いしていたお弁当を受け取り、すぐにお部屋に帰ります。
なぜなら私は、マホウショウジョ。
正体を感づかれるわけにはいかないのです。
すれ違う人の視線を避けて、私は
今の私はオンナノコ。
でも誰も私には気付いてくれません。
あったかいお弁当を食べたら、おいしくて涙が出てきます。
あの日もらった苦い缶コーヒーのように、私を包む温かさ。
私は魔法使いだ、と言っても誰も信じてくれなかった。
誰からも見向きもされなかった。
私も信じていなかった。
私は魔法が使えなかった。
そんな私に本当の魔法使いからのプレゼント。
飲みかけのブラックコーヒーと誰かを笑顔にする魔法。
てのひらから現れたコインのお姫様が、私一人のために踊るステージ。最後にピンッと大ジャンプしたお姫様は、一輪の花になり変わって、私の胸に舞い降りた。
あの日のことを私はきっと忘れない。
右手でコインを回すたびに、私はそう思うのです。
独りぼっちの部屋で、私は勉強を始めます。
学校の宿題は嫌いだけど、魔法の勉強は楽しいのです。トランプを使うのもいいけれど、それは外には似合わない。
もっと空とひとつになるような、羽ばたけるような魔法が知りたいのです。
もしも空を自由に飛び回れたら、私はこんな世界を抜け出して、みんなが笑顔の魔法にかかった世界へ行こう。
「だけど、そんなのは難しいよね」
次の課題はどれにしよう?
せっかくだから、もっとお姫様が活躍するような新しい魔法をやってみよう。
それならどれがいいだろう?
私は魔法の本をめくりながら、ゆっくり言葉を読んでいきます。
「うん、これならきっとうまくいきそう!」
魔法をしっかり覚えたら、あとは練習あるのみ。私は金色コインを手にとって、くるくる指で踊らせる。
月明かりを反射する姿はとっても素敵な舞踏会。
金色のお転婆お姫様と今宵踊るのはどこの王子になるのだろう?
ピンッと大空を舞うお姫様。それを掴んだ私の手には、お花の代わりに鉛筆一つ。
「うん、大丈夫」
次の舞台に上がる時は、お姫様が大変身。
きっと私は、マホウショウジョ。
変身魔法もお手のもの。
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