運命の人

蜜缶(みかん)

運命の人(完)

最近、うちの地域の女子高生の間では手相占いが流行っているらしい。


そのせいか新しい占いの店も増えたりして、田舎のくせに近所に3件も手相占いの店がある。

その中でも特に駅前の占い所が当たると人気だそうだが、なんでもその店は占い師の気分によって見てくれたり見てくれなかったりするらしい。

「本日はみれる気がしないので休みます」と張り紙をしている日もあれば、「あなたのことは見たくありません」とその場で断られることもあるらしい。

そんな店がなんで潰れないのか摩訶不思議だが、見てもらえた時の嬉しさや、よく当たるなどの評判から訪れる人はなかなか減らないらしい。


…なんでオレがそんなことを知っているのかというと、占いに興味があるわけでもかわゆい女子に教えてもらったわけでもなく…今隣を歩いている姉が延々とその話をしているからだ。

姉はどうしてもその店に行ってみたいらしいが、未だに開いてる時に出くわしたことがなく、

親しい友人は皆姉以外と言った時に開いていて「あなたのことは見たくない」と言われたそうで、もう一緒に行ってくれる人がいないらしい。

そして「1人では行きたくない!」と連れ出されて今に至る。


「あそこの裏なのよ。ちょっと見つけにくくって、初めての人は辿り着けない人も多いんだってー。もしやってたらあんたの占いの分もお金出してあげるからね!」

姉は目的地が近づいてきてニコニコとご機嫌だが、オレとしてはそんなもんに金を出すくらいなら直にお金が欲しいというのが本音だ。

機嫌を悪くさせると後々めんどくさいのであえて言わないが。


姉の進む後をついて、駅前の人通りの少ない小道を進んで、つき当たりの角を道なりに曲がる。

そこには一見するとどこにでもありそうな家のような店があって、その扉には「本日待ち人来たりて休日」と書かれた張り紙がしてあった。

「えー?何これ、初めて見た…ざんねーん。でも珍しいから写メとっとこー」

そう言って姉が携帯を取りだして張り紙をパシャっと撮ると同時に、その扉が開いた。


出てきた人物は家同様、どこにでもいそうな感じの普通のおばさんだった。

「あらお客さん?ごめんなさいね今日はお休みにしているの…あら」

その人物は姉の後にオレに目を向け、そのまま言葉と視線を止めた。

「…あなた、ぜひ占わせて貰えないかしら。お代はいらないから」

「え、嘘、やったー!!ありがとうございます!!」

オレの目を見て言っていたので多分オレに向けられた言葉なのだろうが、姉は構わず喜んだ。



占い師に促されて中に入ると、白で統一された小奇麗な部屋があった。

占い師と白いテーブルを挟んで向かい側に姉が座る。

挨拶も早々に両手を見せてください、と言われて姉は両手をテーブルに広げる。

「…恋愛運が気になるんですね?」

「はい、そうです!」

「…あなたは一途な面がありますが、思い込みや妄想が激しく、相手の本来の姿をしっかり見えてないところがありますね。好きだと思っていた相手のそばへ行くと、思ってたのと違ったとなってしまうことが多々あるはずです。勝手な思い込みは一切捨てて、相手のありのままを見てください。…あなたの運命の相手は、既にあなたの近くにいるはずですから」

「え!嘘!誰だろ…わかりました!!」


その後も姉はふんふんと頭を縦に振りながら、占い師の話を聞き入っていたが、オレは興味がないのでひたすらぼーっとしていた。

この部屋には時計がないのでいったい何分、何十分経ったのか分からないが、姉が一通り話しを終えたところで「次はあんたの番だよ!」と興奮気味の姉に呼ばれた。



「…では両手をこちらへ」

「はぁ…」

「まぁ…珍しい手相。あらこっちも…あなたは右利きかしら?」

「そうですけど…」

「三奇紋があるわ…希望線も…珍しい手相がいっぱいね」

「はぁ…」


占い師は「これも珍しいのよ、あらこれも」と、ロクに説明もないまま、オレの手の角度をあっちこっち変えながら遠慮なく見入った。

しばらくしてからやっと手を解放されて、占い師はにっこりとオレを見据える。

「珍しい手相がいっぱいな上に、どれもこれもすべてあなたを良い方向へ導いてくれるような…素晴らし手相よ。見たことないくらい、本当に素晴らしい。だけど、それにおごっていてはだめよ。手相は日々変わっていくものだし、努力をせずに運に任せているだけだと、徐々に運気も離れていくわ」

「はぁ…」

「でも努力を怠らなければ、いい結果が必ずついてくるでしょう」

「はぁ……」


隣でそれを聞いていた姉が「すごいじゃない!」とさらに大興奮したが、

オレは早く帰りたいので「ありがとうございましたー…」と立ち上がって話を終わらせる素振りをした。

もう用は済んだし早々に店を立ち去ろうとするオレを、占い師が「ちょっと待って」と引き留めた。


「…あ、料金ですか」

「料金はいいのよ。私が見せてもらいたかっただけなんだから」

「はぁ…」

「…あなたはもうすぐ、赤いチェックのシャツを着た人に出会うわ。きっとその人が運命の人でしょう」

「はぁ………」


それは手相と全く関係ないんじゃないかとつっこみたくなったが、姉が隣で「え!すごい!やったね!」と言っているので口にはしなかった。




今度こそ店を後にして、姉と二人来た道を引き返す。

姉は終始興奮しており、

「運命の人が近くにいるってのもびっくりだけど、手相を見たいから見せてくれ、なんて!しかもほんとにタダで見てもらえるなんて!!友達に超自慢できるよ!!」とオレの腕をバシバシ叩いた。

「はいはい、よかったねー」


占いの結果を話しながら小道を抜けて、駅前の大通りへ出る。

すると目の前に赤いチェックのシャツを腰に巻いた化粧をしっかりした女性と、黒いスタンドカラー上着を首まできっちり留め上げたイケメンの2人組が目の前で騒いでいた。


赤いチェックのシャツに一瞬ドキっとするが、化粧が濃すぎるし、人前でギャーギャー騒ぐ声が全くオレの好みではない。

…そもそも男連れだし、ありえない。

そう自然に思ってしまった自分が、案外占いを気にしていると気づいて恥ずかしくなりながら横を通り過ぎると、姉が

「…赤いチェックだったわね。イケメンの彼氏がいるみたいだけど」と、今度は腕をツンツンしてきた。

いちいちテンションの高い姉に少しげんなりしたので、苦笑いだけで済ませて帰り道を進む。

駅前の通りを抜けようとしたところで、後ろから「…すいません!」と声がかかった。



「…あれ」

振り向くと、そこにはさっき赤いチェックシャツの女の子と一緒にいた黒い上着のイケメンの姿が。

姉もそれに気づいたらしく、「さっきのイケメンだ」と小声で囁いてきた。


「…何か?」

「あの、突然すいません…えと、お二人は付き合ってるんですか?」

その突然の質問に驚く。

確かに姉は母似でオレは父似であまり似ていないが、何だって他人に急にそんな質問をしてくるのか。

そう思って訝しげに相手を見ていると、


「付き合ってません!ただの姉弟ですから、こんなの!」

と姉が嬉しそうな少し上ずった声で答えた。

何真面目に答えてんだという目で姉を見たら、「運命の人近くにいるってこのことだったのかも」と耳打ちされる。

んな馬鹿な、と呆れるオレを他所に、姉とイケメンは会話を続けた。


「そうなんですか…」

「はいそうです!」という姉の返事に明らかにほっとした笑顔を見せたイケメン。

イケメンはそれから少し間を開けて顔を赤くさせながら、今度は

「…あの、このあと少しお時間頂いていいですか?」と聞いてきた。


「全然大丈夫です!超暇ですから、ね!」

っとオレになぜか振ってくる姉。

なんで姉へのナンパをオレが見届けねばならんのだ、お前ついてって大丈夫なのかよ、というのを目で訴えたのに、姉は目の前のイケメンに夢中で、オレのことは既に眼中にないようだった。


「ならよかった。では、少し時間をお借りします!」


イケメンは笑顔でそう言って、姉…

…ではなくオレの手を取って駅の方へと再び戻り始めた。



「………えと、間違ってませんか?」

引っ張られるまま進む足をなんとか緩めながらイケメンに聞くが、

「何がですか?とりあえず、外は寒いんですぐそこに良いカフェあるんで、そこに入りましょう」

と笑顔で制された。


どうしたもんかと置いてけぼりになった姉の方を振り向くと

ぽかん、という言葉をまんまあらわしたような間抜けな顔をしていて突っ立っていて、オレもきっとあんな間抜けな顔をしてるんだろうな…と、なんとなく思った。




駅前の小洒落たカフェへ案内され、向かい合わせに席に着く。

変な店に連れてかれたらどうしようかと思ったけど、周りには普通の客もいて、いざとなったら誰かに助けを呼べそうだ。

少し安心してあったかいおしぼりで手を拭きながら、相手の顔を改めてまじまじと見つめる。

茶色いけど落ち着いた髪色に、冬なのに健康的な肌。

目も鼻もくっきりしていて、学年に1人というよりは学校に1人いるかいないかのかなりのイケメンだ。

そんな男がいったいオレなんかになんの用だというのか。


「…あの」

「飲み物もう決まったの?」

「いや…そうじゃなくて。…姉じゃなくて、オレなんですか?オレになんの用なんですか」

「えっと…さっきさ、君とすれ違ったんだよね…そん時、なんかやたら君が目に入って。どうしても話してみたくなっちゃったんだ…急に連れてきてごめんね」

「……はぁ」


それはどういう意味でだと言いたくなったが、イケメンが少し悲しそうに眉毛を下げたので、それ以上突っ込みにくくなってしまった。

イケメンもさっきすれ違ったのを気づいていたのか。


「…そいえば、すれ違った時女の子といましたよね?いいんですか?彼女放っておいて…」

「あ、え!すれ違ったの気づいてたんだ!あ、でもあの人、彼女でも何でもないから。ペアルックみたいですね、とか言って逆ナンしてきたんだけど、しつこくって…」


ペアルック?

女の子はグレーのワンピースに赤いチェックのシャツを腰に巻いてて、この人は黒い上着にジーパンだ。

まったくもってペアルックでも何でもないのに…とそう思っていると、それが顔にもろにでていたのか、

「あ、えとね。ほら、これ」と、イケメンは上着のチャックを下ろして、そのまま脱いだ。


上着の中は、白いシャツの上に赤いチェックのシャツを羽織ってる状態だった。

「この赤いチェックのシャツ。さっきさ、少し暑くなって上着脱いでこの格好でいたんだけど。そしたらさっきの子の着てたシャツと似てて「ペアルックみたいじゃない?」とか話しかけられてしつこくって…だから上着着て逃げてきたんだ」


赤いチェックのシャツ…


いや、まさか。

そう思いつつもオレの視線は赤いチェックのシャツに釘付けだった。


「…そんな感じで、オレ、彼女とかいないんで。フリーなんで。できればこれから親密にならせてほしいなー…みたいに思って声かけました。…ちなみにナンパするのは初めてです」

と続けざまにイケメンに言われて。

コイツが運命の相手なのか?いや、だって男だぞ?


そう思いながらも、おしぼりを握ったままのオレの右手に触れてきたこの人の手がやたら冷たくて、

思わずあっためてあげたくなって彼の手の上に自分の左手を重ねてしまった。




終   2014.12.23

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