勇往邁進と乱暴狼藉の無法者のような情勢
どんだけ時間が経ったのかなんてわからねェ……。
たったの数分なのか? それとも何時間も経ったのか? はたまた何日も過ぎたのかもしれない。
ただ言えることは、俺にとってはひたすら長い時間を上下左右も前も後ろもどこへ進んでるのかわからない場所を歩き続けていたってことだ。
地の感触は確かに存在はするのだが、壁にいつまでもぶつかる気配はない。
それはつまり、俺たちがいた場所である幅十メートル前後の教室ではありえないことだ。
だけど、そんな訳のわからない道をひたすらにまっすぐ歩いている。
こんな意味の分からない場所など早々におさらばする為――
そうして歩いていると、この空間全体を響き渡らせる無機質な声が響いた。
その声は男にも女にも、子供にも老人にも聞き方によって変わってくる奇怪な音程で、更には遠くから聞こえているのか、それとも近くで発せられているのか、その声の距離すらも判断できなかった。
ただ一言、この言葉だけが聞こえた。
――“準備が整った。対面の時といこう?”
刹那、暗闇の世界に光が灯る。
パァッと光が目に差し、強い光が地を照らし、黄金色の輝きを放ちながら現れたのは地上を見下ろすように出来たガラス張りの地面と雲一つない満天の青空。そして、前方約15メートル先にいる人物のみであった。
当たりを見渡したが、カズキが近くにいる気配が感じない。
ここにいるのは、どうやら俺とそこの奴だけか……。
その人物の特徴は白いワンピースを着ている
少女、といえるほど身長は低くはない。だが、精々160センチぐらいだろう。
俺は臆することなく前進しつつ、その人物の観察をした。
年齢的に見れば俺と同じくらいだろう。
パッと見の体格は女性だが、男だと言われればそれでも納得が出来そうなくらいの体格だ。要するに、凹凸の少ない身体をしている。
俺を見るその顔には毅然とした態度が覗えた。
「お? ほ、ほォ~……」
気づくと自分の右手の指が治っていたことに、感嘆の憂いが出た。
傷跡すら残されていない指に、まるで時間が戻ったようにすら感じる。
俺はその
対角線上に位置するその場所でも、この距離からならいつでも相手の行動を見てからでも対処をする絶対の自信があったからだ。
「よォ~!? そこのクソ尼ァ? てめェか? てめェだよなァ! こんなクソッタレな場所に俺を放り込んだとんだ間抜け野郎は?」
「それは自分のことを言っているのかい? 放り込んだとは人聞きが悪いね。『招待』と呼んでおくれよ?」
「ハッ! 抜かせ! てめェが呼ぼうとしていたのはカズキの方だろ? 明らかにあの黒い水晶は最初の頃はカズキを狙って取り込もうとしていたもんなァ? 騙そうたってそうはいかねェんだよ頭の悪ィ猿が!?」
「クフフッよくわかってるみたいじゃないか? そうさ、君はイレギュラーだ。世界改変の予兆を事前に予期できたイレギュラー中のイレギュラー……それが君だ。何がどうしてこんなことが起きたのか、この事態を起こした自分にもわからない。君はいったい、何だ?」
「てめェこそ一体何だ? 世界改変とか聞きなれねェ言葉を口出しやがって? 神にでもなったつもりでいるのか? 答えてもらうぞ逝かれ野郎!」
目の前にいる尼はそれを聞くと、突如笑い出し、瞬間指をパチンッと鳴らす同時に目の前の何もない空間からガラス以上に透明感のある椅子とテーブルを生み出す。
「クフフフフッ“なったつもり”ではないのだよ。自分は神“なのだよ”」
「……ほォ~、少しは楽しませてくれるみたいじゃねェか?」
俺は素直に相手を褒めた。
初めて見た人外の境地。神と名乗る、それに足る存在に。
「万物を統べる生きとし生きる全ての“モノ”は自分が生み出した。自分は『創造神』なのだよ、一之瀬拓夢君」
「フッ……俺の名も神の中で有名になったもんだなァ?」
「まさか自分が統治する世界にこんなノミ虫が湧いているとは思わなかったさ」
「じゃあてめェはそんなノミ虫すら管理することのできない出来そこないのクソ野郎ってところだなァ、おい? そんなクソ野郎が俺をどうにか出来ると本気で思ってんのか?」
「自分を誰だと思っている? 人知を超えた神だよ? 人間である君になんて相手にもならないさ」
「残念だなァ!? どうやらてめェは何も知らないお間抜けさんのようだ。一度神を辞めて人生ってのを体験してから俺の生きてきた過程を見てモノを言えよ? 俺は人じゃねェ。俺は人外だ?」
「おっとこれは失礼したね。言葉を訂正しようか。人であるならそもそも自分の目の前に立ててなどいないね」
「わかったなら茶でも出したらどうだ? 椅子とテーブルを出しただけでテーブルの上には何もないとか、甞めてんのか? 無理やりこんな世界に連れてこられたお客様である俺に失礼だろうが? とっとと出すもんだせよ? こんなことも言われねェとできねェとか、神ってのはわかんねェのかな?」
「勿論、お客である君にはある程度のおもてなしをさせていただくさ」
「分かればいいんだ。分かれば」
俺はどかりと椅子に座り、対面に尼が静かに座る。
再び指を鳴らしたことで現れた湯気の立つ紅茶が、テーブルの上で既に注がれた状態で現れた。俺はそれをすぐさまガラスの床へと溢した。
「甞めてんのお前? 俺はコーヒーしか茶は飲まねェんだよ。すぐさま変えろ」
「どこにそんなこだわりを君は持っているというんだい、まったく……」
尼は空になった紅茶の入っていたカップを消し、今度はソーサーにカップが乗った状態でコーヒーが現れる。
俺は片手にそれをとり、一口だけ口に運んだ。
口の中に苦みと甘みが広がり、鼻をコーヒーの香りが通り抜ける。
「チッ……カフェオレか……」
「自分はコーヒーと言ったらこれしか飲めなくてね。これに本当だったら角砂糖を五個ほど入れなくては飲めないのだよ。苦いものは嫌いだ」
「甘党の気が知れない……なんで逆に喉が渇く飲み方を好んで飲むのやら……」
「甘いものは全ての食べ物を美味しく食べれる最高の味さ」
「寧ろ何で神とか名乗ってる奴に嫌いなものが存在すんだ……」
話しているうちにどこからか取り出した角砂糖の入った筒の中から五個と言いつつちゃっかり十個も入れてる様子を俺は見逃さなかった。
あんなもん飲んだら胸焼けがヤバそうだ。
見てみろ、砂糖の入れ過ぎでコーヒーに砂糖が溶けきれずにコーヒーの上を三つの角のとれた砂糖がプカプカと浮いてやがる。
もうあんなもんコーヒーじゃねェよ。砂糖そのものだ。砂糖の原液だよ、原液。
「さて、イチノセ君。君にはいきなりで済まないが、この世界から消えてもらうことにしたよ。その為に自分は君をここへ招待した」
「へぇ~……やれるものならやってみろよ? てめェが神であろうがなんであろうが正直俺はどうでもいい。……だがな? 俺に喧嘩売るっていうなら神であろうが相応の覚悟をもってして消しにかかりに来いよ。でなければ、神であろうが俺はお前を“殺す”ぜ?」
落ち着いた表情でそう告げながらチビチビとカフェオレを飲む。
しかし目線はどんなに細めようとも相手から視線を俺は逸らさない。
「……少なくとも、こんな非科学的な現象を引き起こすことが出来る相手だとわかったうえで君は自分に言っているのかな?」
「確かにてめェが見せた芸当は面白かったぜ? 俺には到底出来ないものだ。でも、だからどうした? ンな猪口才なもんで消せるほど柔に見えてんだってんなら、てめェは三下以下の存在だな?」
「見えているからこそ自分は自分なりの優しさを君に出してあげたのさ」
「へェ~……どんな?」
「これが君にとって最後のティータイムになる……
「ほォ~……そいつァすげェ。……本気でやれると思ってんの?」
「君の表明しだいさ?」
俺はカップをソーサーに置き、足を組む。
尼は口を湿らせるように一口だけコーヒー飲み、にやけた目つきのまま口の端を曲げて笑みを隠さない。
「まあいい。せっかく呼ばれて来てやったんだ。質問に答えろ」
「……言ってみな?」
「一つはここがどこだってことだ。後、カズキはどこにいんだ? てめェが知ってるもん、全部教えてもらうぞ」
「返答は別に構わないよ? だけど、ねぇ~……これからすぐに消えてしまうような子に教えるほどでもないと自分は思うけど? よく思うことあるだろう? 『時間の無駄だ』って思うことがさ」
「上等だ。やってみろよ?」
最後にその言葉を俺は告げる。
「くふふふ……ふふふふ……やっぱり、そうか……くふふ、そうだよねぇ……そうこなくっちゃいけないよねぇ!?」
笑みをもはや隠すことをせずに笑い出すと、指を鳴らしパチンッという音が響くと同時に八方向の空間から円球の黒い円盤が現れる。
円盤は現れたと同時に高速回転をすると、ゲームや漫画などで頻繁に見る「魔方陣」を思い描くようなものを円盤が回転して現れた円を膨張するように、その魔方陣が大きくなる。
魔法陣は桜色に輝くと、魔方陣の中心から微かに見える透明な綱が、触手がまるで生きているようにはい出る。
糸の大きさはチェーンの様な形状をしていて、先端の部分に刃渡り十センチほどのコンバットナイフのような刃物が備わっているのが見える。大きさは綱引きに使われる蔦より一回り小さな太さだがチェーンと言うのも何か可笑しい為、綱と言っていこう。
「まずは小手試しの一本目ぇ! いってみようかぁぁ~?」
尼は腕を高らかにあげ、振り下ろすと、それに反応した円盤の綱の一本が勢いよく突き出された。
透明で見えにくいというに当たっても身に絶対の危険がある攻撃とはこれいかに。
透明な綱は突き出されると空気を割る音と共に、先端の刃物の部分でシュッという空気ごと切り裂くような音が鳴る。
「――チョロイな」
三時方向から一気に迫り来る綱は俺の眉間を寸分の狂いもなく狙い定めていた。
しかし俺はその攻撃を避けるでもなく顔すら動かさず、椅子に座ったままでいる。
綱は俺の目線のすぐ先まで来た。ここまでくるともう自分と綱との距離も測りづらくなる。おおよそ一メートルまで迫り来ているのだろう。
ここまで一秒もしないたった一瞬の出来事だった。
しかしそれを俺は始めから最後までのその一瞬を、目で
捉えることが出来ていたのだ。
――だから、俺はこんなことを成し遂げてしまう。
「――はは、はははは! おいそれを言うよ一之瀬君! まさか君が避けるわけでもなく、諦めて受けるわけでもなく、まさか……
俺の右手にはその目にやっと捉えられるほどの速さで飛んできた綱が掴まれていた。
掴んで勢いを一気に殺したその綱は、触手の様に下部をうねらせてはいるが、何も出来ずにいる。
「あめェよあめェェよッ! チョロあめェェェンだよ! やるなら、本気を出してかかってこいや? まさか、こんなのが本気とは、言わないよなァ?」
「君こそ、自分のやる気も出してない攻撃で喜んでいるわけじゃないよね? 本気を出させてほしかったら、まずは自分に攻撃を入れられてから言ってよね?」
「言ったな? 本気でかかってきてるくせにンなこと言ってんだったら、加減間違えて誤っててめェを
コイツが本気を出したなら、そもそもの話、俺はこの攻撃を掴めていなかった。
その理由は俺たちを捉えていたときに使用した、結晶から剥いだ時に現れたあの透明な皮紐という前提があるからだ。
あれには俺が触った瞬間指が断たれるほどの切断力があり、紐も太くもなく長くもない。こんな綱なんかより、より見えにくいものだったのだ。
それ使われたならそれで、それに見合う対処を出来たのだが、何故今回俺は掴んだかというと、単純に形状が違うなら掴めるんじゃないのか? 掴めるならわざわざ避ける必要などどこにあるという、単純に無駄な動作を減らすためにした行為でしかなかったのだ。
掴んでいた綱を放す。
そうすると今度は初手の攻撃を二時と六時と九時の方向から同時に攻撃が来る。
しかし、その攻撃が突き出された頃には既にその場に俺はいなかった。
「こっちだボケ」
尼の後ろへ一瞬で移動し、既に俺は尼の頭部めがけ構わず拳を放っていた。
「そうかいそうかい。でも、君は一体どこに攻撃をしているのだい?」
「へいへい、そんなこったろうと思ったわ、クソ面倒な」
拳が尼を捉える瞬間、尼の存在が一瞬にしてなくなり後方十五メートル先の方で現れる。
間髪入れずにさっきまで俺がいた場所に展開されていた黒円盤から二発の綱が放たれるのを、目の前にあったテーブルを蹴とばし、テーブルの台が綱に向けて相対するとツカンッツカンッと音をたて、テーブルに綱が当たる。
以外にもこのテーブルなかなか頑丈に出来てるようだ。
尼は優雅に椅子に座って、カフェオレを飲みながらこちら見ている。
すぐに駆け出すと、それを追うように綱が迫る。
追撃する後方からの残りの攻撃を、後ろを振りむきもせずに十時方向へ旋回することでやすやす避ける。
更には新たに生み出された黒円盤の魔方陣を前方へ、目視範囲で十六個生み出され、その全てから同じ透明な綱が放たれる。
散りばめられる様に前方範囲をめちゃくちゃに飛んでくる攻撃を、最初の二つ目までを狙いをつけて掴み取り、曲線に曲がるようにして掴んだその線をぶん投げると投げた方向に放たれていた綱と合わさって絡まり、そこに新たな隙間が出来上がった。
大手を振ってまかり通した俺は、一瞬にして尼に再び追いついた。
言わずもがな、俺が尼に追いつく瞬間には既に俺は尼を殴っている。
ドグゥッ……。
実に良い、肉を殴るという簡潔にして簡単な完美な音が響き渡る。
「ぬっ……?」
「……ひとつネタ晴らしをしよう。自分の持つこの円盤には転送効果がある。触れている範囲だけテレポートさせるようなものだ。つまり、自分自身を転送させることや、物を転送させることだって可能なのさ。僕が君に刃物のある鎖……綱といったほうがいいかな? で攻撃しているのは応用にすぎない。
――……それで自分の拳を自分で受ける気持ちはどういう気分だぁい?」
しかし殴っていたのは
確かにそこに尼は存在する。一歩たりとも動いて何てしやいない。
だが、俺が殴った場所にそこにあったのは魔方陣の展開された
黒円盤から展開される魔方陣の経路を通った俺の拳はそのまま腹部の傍で展開されていた魔方陣と直結し、俺の拳がこれでもかと言うほど強く腹を殴打した。
「ワープってこと、か……? チッ――忌々しいッ!」
「ふふん。何とでも言い賜え。君が負けることも死ぬことも、全ては全てが最初から決まっていたことなのさ。やはり君も“人間の一人にすぎなかった”のだよ。神である自分に人間の君では勝つことなど不可なのだ」
「――……ンじゃあ、これでもかァ?」
「っ!?」
俺はその場で旋回し、相手の九時方向へと回り込むとそのまま勢いを殺すことなく後ろ回し蹴りでワープを展開する黒円盤もろともクソ尼をぶっ飛ばす!
ワープ範囲を大きく上回る範囲で攻撃する回し蹴りはその全て範囲をワープで展開して見せることは不可能だ。
そもそもこいつが使ってきたワープガードは魔方陣範囲の中でしかその効果が表れることがなく、魔方陣範囲も直系五十センチ程しかなく、拳一つをそのワープ範囲に叩き入れるだけで範囲が埋まってしまうような大きさなのだ。
寧ろカバーすることのできなかった余った部分が黒円盤を叩く後押しとなり、そのまま後ろにいた尼は防ぐことが出来ずにどうあがいてももろともに蹴とばされることになる。
「うっ……!?」
手に持っていたカフェオレをガラスの地へぶちまけ、後方五メートルまで吹っ飛んだ尼は、立ち上がるときに腹部を抑えながら立ち上がる。
「どうだァクソ尼ァ? てめェが格下と甞めてた相手に一泡吹かされる気持ちは心地いいかァ!?」
「はぁはぁ……さすがに効いたよイチノセ君……まさか、こんな早く自分が君に――
……見直そう君の事を。いや、同格と見做そうじゃないか!」
「あめェよあめェェよ! 超あめェェンだよ! 同格ゥ? ンなふうに馬鹿にしてんから、
「――くっ!?」
既に俺は自身の攻撃範囲へと相手を捉えていた。
立ち上がって直後の体勢も整っていないクソ尼の顔面を躊躇もせずに蹴り上げる。
クソ尼の上体はまるでバレリーナのように宙で状態を逸らされ、頭から地面に激突する。
コンマ数秒ほどその情景を見た後に遅れてきたバチーンッという音が響くのが聞こえるとどれ程の威力で自分が相手を蹴とばしたというのがよくわかる。
しかしそれで俺の攻撃は終わりではない。
倒れたクソ尼の上体へのしかかると顔面に向け何度も拳を振りぬき文字通りのフルボッコにする。
何度も何度も、殴る。乱打する。
鼻、こめかみ、額、目、頬、顎……顔のいたるところ全てを数え切れないくらいに殴った。
「ほらァほらァァア゛ア~!? どうしたァ!? あ゛あ!? どうにか出来るもんならしてみろやァァア゛ア!? このままだと、弱すぎて
『誤って』の部分をこれでもかと言う程強く強調しながら言う。
尼は俺の腹部を蹴り飛ばす。
すぐに左手を地面に着き体重を支えることで、倒れないようにする。そして、再び追撃を開始する。
だが俺がクソ尼に向け拳が届く頃には、既に事態は大きく反転をしているのだった。
「……くふ、くふふふ! お望み通り本気で、そして……“本当”に消し飛ばしてやる! ――
――微かに耳に聞こえる微細な声であるが、それは今までとは明らかに違う雰囲気を纏う。言葉で表し例えるなら……それは、そう……『悪魔』の囁き声――
瞬間、尼を捉えていた半径二メートル全体が光の柱に飲まれる。
すぐにバックステップして避けようとする。
だが、一瞬だけ反応が遅れた俺は、その光の柱の中に左足が飲まれ、光を抜けたその時、飲まれた左足の部分が血を吹き出しながら消されていた。
「チッ――天使の名前なんて叫びやがって可笑しな奴だとか思ったが、冗談じゃねェ……」
一瞬の出来事に脳の処理が間に合っていないが、身体の機能は間に合うらしい。
はっきりと攻撃されたという自覚がなにのに、痛みが全身を駆け抜ける。
しかし痛がってる暇も休んでる暇も与えてくれるわけがない。
光の柱が納まって、現れる尼の表情には確かに見るも無残にボコボコにしてやったというのに、まるで傷がついていなかった。
もっと正確に言うなら、身体には傷が残っていなかった。
初めに叩いた腹部の蹴とばした跡、ワンピースの汚れやら飛び散った血の跡などはワンピースに残されたままだった。
おそらくありゃァクソ尼自身の身体の一部じゃないからだろう。割れたカップがそれを物語っている。
俺は気合だけで痛みに耐えて、地面に膝を着いていた身体を無理やり立ち上がらせる。
気力と精神をすり減らすような短くて長い闘い、ここからが本番だと言わんばかりに尼が腕を横へ垂直に上げ、その後に腕を俺の方に指を指しながら向ける。
「君ならもっと頑張れる――? もっと頑張れるヨネ――?」
悪魔は狂ったようにケタケタと笑いながら喋り続ける――まるでとどまる事を忘れてしまったかのように。
「さあ、もっと、もっと、もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとモットモットモットモットモット……もっと君は頑張ってくれるんダロウ!? キミなら出来る、やれる、やればできる、もっと出来る。だからもっと、もっともっともぉっと自分を、楽しませてみせろォ!」
「は、はは……ハッハハハハハハハ! あめェよあめェェよ、全然まだまだあめェェェェッ!」
「その生きさ! さあさあさあさあ……さあッ! 創めようか!? これが君が望む、非現実の、その超次元先の……成れの果てだ――
刹那、
「きやがったな……!」
また天使の名前か……なんかの音声キーか、なんかなのか?
だが、機械的なものは最初からなかったし感じもしなかった。
「……チッ――不穏異だが認めるしかねェ。科学の領域を超えてやがる。てめェはどうやら本当に“神”のようだ」
時点で尼は既に十個もの黒結晶を生み出し終えていた。
一個ですら手に負えなかったあの黒結晶が十個となると、さすがの俺も目を丸くするってもんだ。
首筋辺りを掴まれた感じがしてゾクゾクする。
だが、考えてみればそうだ。いつ尼が黒結晶は一つしか出せないと言った? むしろこのクソ尼が十個
……あり得ないだろ?
だが、考えても仕方ない。要所と要所で対応するしかない。
「まずは君の逃げ場を無くしてやる! 砕け、散れッ! ――
クソ尼がその言葉を宣言すると同時に大地が震動する。
徐々に揺れは酷くなり、気が付けば尼はどこにもいなくなっていた。
気配を感じ取って上空を見上げると、さっきまで無かった黒と白の対色の羽が計十二枚開いていた。
「おいおい……面倒くせェにも程がありやがるだろッ!」
刹那、足場を構成していたガラスの地が無数に破断し、分離した地が重力に逆らって宙に浮く。
俺のいたその場も、直径たったの三メートル幅の足場となってしまった。
おまけとばかりに、俺の体重がかかる足場は重力への作用が働き、他の足場と違って下に落ちる。
落ちた先に地が存在するのは何千キロも先――つまり、落ちたら確実に死ぬ!
更に俺はさっきの光の柱のせいで左足を膝の下から全てを持っていかれた。
現在片足立ちのまま立っている。だが、この状態だと、歩くことが困難だ。
ジャンプするにしても片足だけの力を利用し、かつ助走もつけることが出来ない状態で重力方向とは逆に移動するガラスの地へ飛ばなければならないのだ。
そして極め付けは、十個の黒結晶――
しかし、前回と一点だけ違う部分がある。
前回と違う部分は、その黒結晶に透明な鋭利な皮紐が蜷局を巻いていないということだ。
黒円盤の性質はわかっても黒結晶の力がなんなのか今だにわかっていない状態だ。唯一分かっていることは、あの黒結晶が原因で俺はこの逝かれた場所に呼ばれたってことだ。
「さあ、来てみ給え。これるものなら、ね?」
「チッ――ラクショウ、だッ!」
右足に全力を注いで飛び上がり、二メートル上にある地に摑まる。
しかし、まだまだクソ尼の所までは遠い。
クソ尼は俺の現地点から十メートル上のガラスの地にいる。
最低でも今のを五回程繰り返してやっとそこへつけるかというところだ。
「休む暇など与えるものか!」
「――ッ!」
一秒後――黒結晶から数えるのも馬鹿らしくなるほどの大量の黒円盤が出現する。
「初めからラファエルが本命であり、黒円盤など名前も存在しないラファエルの付属に過ぎないのさ?」
「クソ、がァ……!」
すぐに身体を持ち上げ、身体を上へと乗せる。
だが、既に円盤から綱が突き出され、目の前に無数に迫りくる。
身体を休める暇も有余もなく、整っていない体勢のまま次の地へ飛び上がる。
摑めた場所は、砕け散ったガラスの地のほぼ真下に近いところで、出張った部分にかろうじて掴むことが出来ただけ……。
「まずッ――」
「そこだ、――
瞬間視界一辺を白で埋め尽くす光に包まれ――周囲一帯を光の柱が消し飛ばした。
◆
……光の柱が消えた後に聞こえる音は、ガラスの地を消し飛ばし、かろうじて残った微細の欠片が、他よりも重力抵抗の幅が小さいのか速く浮かび上がり他のガラスの地にぶつかる時に鳴る、コンという音を除くと、極めて静寂の空間だった。
一つの人影が黒結晶の中から飛び出した――
その人影は、次に近くにある分離したガラス片へ飛びそれを蹴っ飛ばして更に助走をつける。
宙で黒円盤が綱を飛ばす。旋回して突き出した綱に止まり、更に飛び上がる。
とんだ先にあるガラス片に止まる。そしてまた飛ぶ……――やがて、その影は神の目の前にたどり着く。
そして影と神が乗るガラスの地はゆっくりと落ちていくのだった。
「まさか、ラファエルの逆利用をとっさにするなんて……」
「ほォ~……てっきり勝ち誇って、典型的な言葉を投げ掛けてくんのかと思ってたんがな? ご期待に副えようかと思ったが、何も言わないんだな?」
「なんだぁい? 『やったか?』とか言ってほしかったのかい? 悪いけど自分はもう君をそんなふうに過小評価はしていない。君が自分で言ったんだろう?
「うははッ! そいつァ気分がいいッ! だが、遠慮なくてめェは殴るけどなッ!」
瞬間、クソ尼の顔面めがけ拳を振るった。
「――だけど、まだまだ君はあまいよ……」
だが意図していないことに身体がクソ尼の顔面目の前で止まる。
……いや、正確に言うと、俺の
地面に投げ出せるようにガラスの地面を転がり、視界がいったりきたり、いろんな所へ動いて、そして止まる。
身体が真っ二つにされ、上と下で体が分断された感じがする。
歪む視界の中、おぼつかない手で自分の足を触る。
「まじ、かよ……ッ!?」
確かにあった俺の足を触ろうとする手は、空を切っていた……。
堪らず血を吐き出した。
今までにない尋常じゃない、洒落にならない痛みが後になって身体を襲った。そして脳がようやく理解した。
歯がギシギシとなるほど強く噛んだ。
緩む視界の中で奴の顔を見た。
奴は無表情だった。感情ない顔で俺を見ていた。
「もう、お仕舞……か――」
クソ尼が羽を開く。
今奴をどっかにやったら、もう二度とチャンスなんてこない……。だから、今だ……今しかない。今コイツヲ叩キノメセ!
「ぎ、がぁぁぁぁああああああああ――!」
俺は足の身体で手の力だけで立ち上がろうとする。
「――ッ!? き、みっ!? そ、そんな体にしたというのに何でまだ立ち上がれる!? 何でまだ戦う!? まだ、まだやるというのか!?」
「……ぶチノめスま、で、諦メテ……タ、まる……もんカァァァァ!」
腕だけの力で歩きだそうとするか、それにはやっぱり無茶がある。
走りだそうとしたら五歩目くらいでつまずいて転んだが、そんなお構いせずに匍匐前進で歩きだす。
「きみは……君は、本当に……
――俺に取っちゃ、それは最高の褒め言葉だ。
言葉を出すことも煩わしい。今はとにかくあいつの元へ行って、殴る。ただそれだけだ。
これが終わったら、カズキを探す。どうしようもねえクソ野郎だが、らしくもねェ約束なんてしやがって。俺は守るつもりはさらさらねェっての。
『また会えるさ』じゃねェ、また会うんだ。だから、俺の方からお前を探しに行ってやるよ、仕方ねェから。
俺はクソ尼のワンピースを掴んだ。
――やっと、追いついたぜ。
出せる限りの全力でクソ尼を殴る。だけどそれは、 音もしないような弱弱しい拳だった。
――は、は……神も案外……たいしたことねェな……
そう言って、俺は落っこちる地面身体を預けさせて、落ちて行くのだった――
◆
「ぬゥ……ぁ?」
気づいた時、俺はどっかの森の中に落ちていた。
いろんな葉っぱに絡まったりして、落ちた時のスピードが落ち、運よく森の中の川に落ちたのか、岸辺の方でびしょねれになってやがった。
しかし、五体満足という訳には流石になってはいないようだ。
言わずもがな、下半身は存在しない。俺と神が争って出来た痕跡があるってことは、嘘の出来事じゃないってことだ。
それと、残った上半身は打撲や骨折とかであっちこっちがいってェ。寧ろ、全身がいてェ……。
――ハッ……これじゃどっちにしろ、助からなそうじゃねェか……。
鬼畜外道と性転野郎の魔法のような魔法 二ツ木桂 @20110619
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