最終話 力士は立ち上がらなかった
再び少年を動揺させるような情報が耳に飛び込んで来るのは、ちょうど彼が中学2年のことである。もっとも今度は以前のような不祥事ではなかった。とある総合格闘技の大会に、そこそこ実績のある元力士が出場するとの知らせである。
――いやぁ確かにね、見たかったっちゃ見たかったんだけどさぁ。でも見たくないって言うの? あるじゃん、そういうことって。好きな娘がうんこするところとかさぁ、見たいような気持ちもあるけど、やっぱり見たくない的な。もうそんな感じなのよ、今の俺は。仮に勝ってもさ、相手なんてモロ色物だし、そいつに勝ったところで何って話じゃん。得るもんがないんだよね。最強の証明になんて絶対ならないし。むしろ失うものしかないって言うね。これ嫌な予感すんだよねぇ。ハメられてる感って言うの? やばいと思うよ、マジで。そういうの考えなかったのかね。俺ですらこんくらいには想定してんのに。ほんと相撲協会からしたらたまんないだろうね、今の状況。ま、それは俺には関係ないことだけどね・・・
彼は弱気になっていた。しかし、出場する以上は是非とも勝利して欲しいと願ってもいた。それは相撲のためと言うより、相撲最強説の再起のためにと言うべきだろう。決して勝てば全てが解消されるなどと楽観してはいなかった。が、その勝利がキッカケになって、事態が好転するかもしれないとの淡い期待は抱いていた。
試合当日、少年はどこにも遊びに行かず、自らの部屋にも
もっともそうした心中は悟られまいと、彼は何食わぬ顔でソファーにふんぞり返り、じゃがりこをポリポリ言わせるなどしていた。元力士の試合はメインカードで、放送時間も遅かった。が、彼はトイレに行く以外、ほとんどテレビの前から離れることをしなかった。
強がって平静を
「マジむかつくわー。クソテレビ」
「そこに立たれると見えないから。よけて」
そうこうするうちに試合が始まった。元力士は開始ゴングと同時に、猛烈な勢いで相手をロープ際に追いやった。彼は「
「何これ」
「・・・」
「イチャついとるだけで1ラウンド終わったわ」
「・・・」
「もうバテてるでしょ。あれ」
「・・・」
「まあ相撲はこんなもんだわなぁ」
「・・・」
「2ラウンド
「・・・」
彼は期待、いや祈りを胸に2ラウンドの開始を待った。しかし現実とは残酷なものである。ゴングが鳴って間もなく、先ほど同様突進していった元力士の
週明け学校に行くと、少年が相撲最強説論者であることを知っている友人は、あいつは往年こそ番付も上の方であったとは言え
モンゴル人最強説、現代MMA最強説、セネガル相撲最強説、プロレス最強説、コマンドサンボ最強説、古流武術最強説、ポリネシア人最強説、クラヴマガ最強説、アマレス最強説、アメフトのプレーヤー最強説、軍隊格闘術最強説など、彼が興味を示したものを挙げればキリがない。
おわり
相撲最強説の誕生 アブライモヴィッチ @kawazakana
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