「デリット、朝ですよ」

 いつものように井戸の水を汲み終わったセラータはデリットを起こしにかかった。しかし、ふとデリットの傍でもぞもぞ動くものに目がいく。

「……まさか」

 デリット、今日は失礼しますといって、布団を捲れば、デリットの胸元で気持ちよさそうに眠る紅いドラゴンの姿がそこにあった。すぴすぴと眠るそれに眉を顰め、卵を置いておいたバスケットを見れば、そこには卵はない。

「……ん、寒い」

「寒く感じさせてしまってることには謝ります。とりあえず、デリット、自分の腕の中を一度確認してもらえませんか」

「……うん、グラナートの幼龍だね。どうして、ここに」

「まぁ、姿からして希少種であるようですし、他のグラナートより保有魔力が違うのではないでしょうか」

「困ったね。でも、生まれてしまったのなら、仕方ないかな」

 通常のグラナートは繊維のように滑らかなで頑丈な鬣の一部が角の間からぴょこんと二本頭を守るように出ている。元々、セラータが言うように猪突猛進型であり、木々をなぎ倒す際も頭突きをかまし、勢いで倒すのだ。そして、触角のように思われているそれはクッションのような役目を果たし、頭への衝撃を和らげるとされている。それに対し、すぴすぴと眠るグラナートは後ろから腕のほうにまわり前にきており、まるで体を守るようになっていた。そもそも、希少種と呼ばれる宝玉龍は大体が宝玉龍である仲間と多少違う部分を持って生まれてきたものを指す。何がどうして、そうなるのかは謎とされているが、デリットたちの目の前にいるグラナートは希少種といっても間違いないほどグラナートの特有のそれが違った。

 デリットは起こさないように起きあがり、優しくグラナートを撫でる。グラナートは擽ったそうに身を捩るものの起きる様子が見られない。

「時期外れですね」

「まぁ、そこは仕方ないよ。通常のグラナートは冬季に孵化するからね。ただ、今は秋季だから遠からずといった感じじゃないかな」

「仕方ありませんね。とりあえず、グラナートに連絡がつくまで教えられることを教えておきます」

「厳しくしちゃダメだよ」

「わかってます」

 しっかりと返事をするセラータに大丈夫かなと思いつつも、いつもの服へと着替え、グラナートには寒いだろうからと布団をかけてあげた。そして、いつものように朝食を摂る。

「そういえば、あの子に名前付けてあげなきゃね」

「別になくても困りませんよ」

「でも、いつ連絡つくかわからないし、その間『グラナート』とか呼んでたら、それが名前だと思っちゃうよ」

「その様子だと、すでにつけたい名前でもあるんですか」

「まぁ、無きにしも非ずといったところ」

 食事を口に運びながらそう告げるデリットにそんなところだろうと思いましたけどといいつつ、お茶を注ぐ。そして、デリットが告げた名前は『アルバ』であり、それは『暁』を意味し、セラータの『宵』と反対の言葉だった。

「本質自体も反対だから、面白い」

「グラナートに返す気あります?」

「ある。でも、僕にとって君たちはどの子も愛しい子供たちだよ」

「……とりあえず、アルバを叩き起こしてきます」

「優しく起こしてあげて。あの子にとって、初めての朝なんだから」

 そういうものの、セラータは返事することなく、デリットは苦笑いを零す。ただ、セラータ自身は叩き起こすといっていたというのに、眉間をデコピンするという音は可愛くないものの可愛らしい起こし方ではあった。とはいえ、かなり痛そうな音が響き、数秒後には「きゅんきゅん」と犬のような泣き声が聞こえてきた。

「セラータ」

「叩き起こしてません。多少、優しくできるよう善処しました」

「……ルフィナがぼやいていた二子が誕生した時の一子の二子に対する態度が分かった気がする」

「私は子供ではありませんが」

「似たようなもの。セラータだってわかってるでしょ。今のアルバにとって安全な場所は親元か此処だって」

 あまりにそれが続くようだったら、暫くの間追い出すからと告げるデリットにセラータは追い出されたくないが、アルバの存在が気に食わないとデリットに縋り付くアルバに言葉なく睨みをきかせる。

「セラータ」

「……善処します」

 静かにしかし、咎めるように名前を呼んだデリットにセラータは観念したとばかりに返事を返す。デリットはその返事に満足そうに頷くとアルバに大丈夫と撫でた。

「君の名前はアルバ。僕はデリットで君を起こした子はセラータ。わかる?」

「……」

 くりくりとした大きな目にデリットを映し、目をずらし、不貞腐れ顔をそらすセラータも映すと再びデリットに目を戻し、こくりと頷く。

「デリット!」

「そう」

「セリャータ」

「セラータです、セラータ。真面目に言う気がないのでしたら、その舌引っこ抜きますよ」

「……せりゃ、せ、せら、せらーた!」

「ふふ、セラータの負け。アルバはよくできました」

 脳に直接話しかけるというのは同族、およびデリットであれば通じるのだが、いかせんセラータとアルバは種類が違う。そのため、デリットはアルバに言葉を教えていた。ただ、脳に話しかけることは簡単にできても、いざ言葉にするということは難しいようでデリットの名前もはじめはかなり噛んでいた。しかし、例の如く、セラータが冷気を発するためデリットの名前だけはしっかりと呼べるようにまでなった。そして、今では何回かに一回はセラータの名前をきちんと呼べるまでに成長していた。

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小さな魔法使いと煌めく宝石 東川善通 @yosiyuki_ktn130

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