②
王都「ボルティエーレ」。その傍に光が集まり、消えた。代わりにそこにいたのはデリットとセラータ。
「ボルティエーレ内は他の子たちの力が働くから、めんどいけど、ここでいいかな」
「デリット、移動してからそういうことは言わないでください。まぁ、別に平気なんですが」
セラータは片腕にデリットを乗せ、街へと足を踏み込む。国の中央ということもあり、多くの人々が行きかう。
「あらぁ、デリットちゃんじゃないの。珍しいわね」
「こんにちは、ルフィナのお嬢さん」
「あらやだ。もう、おばさんよ」
出店のふっくらとした女性――ルフィナがデリットに気づき、話しかけてきた。それにデリットは上から失礼といいつつ、挨拶を彼女へとする。しかし、その挨拶の最後についた「お嬢さん」という言葉にルフィナは嬉しそうにしつつも、否定する。
「まぁ、それはともかく、デリットちゃんが街にまで来るなんて珍しいわね。何かあったの?」
「ちょっとだけ、街に来たくなった」
「そういうこともあるわね。セラータ、ちゃんとデリットちゃんを守ってあげて」
「当然じゃないですか。私がデリットを守らずして、誰が守るというのですか」
なに馬鹿なことを言ってるんですかとばかりに言うセラータにそれもそうねとからからとルフィナは笑った。デリットは何かを探しているのかセラータの上できょろきょろしていた。
「セラータ」
「あぁ、はい、行きましょうか」
「うん」
「あら、もう行っちゃうのね。時間があったら、いつでも寄ってちょうだい」
「ありがとう」
バイバイとルフィナに手を振り、デリットを抱えてセラータは人ごみの中に向かった。ただ、人ごみの中に入ったとはいっても、セラータの身長はイニーツィオの中でも飛びぬけて高いため、どこにいるのか遠くからでも見て取れた。その上、デリットを抱えているのでより、わかりやすい。
「あれよねぇ、私たちが小さいのか、セラータが大きすぎるのか悩むところね」
実際のところ、イニーツィオの身長は近隣の国にしては低いといってもいい。そのため、背が高くがたいがいい人は大体城仕えしている。
「デリット殿!!」
そんな声が響くと綺麗にセラータの周りと声の持ち主のところまで往来の人が避けた。そんな海が割れるような光景にセラータは溜息、デリットはやれやれと呟いていた。道が開いたことにより、声の持ち主であるやけに恰好の良い男性がずんずんとセラータのもとへとやってきた。
行き交う人々は口々に『近衛兵長だ』などと口にしていることから、その人物の役職は近衛兵長だとわかる。また、セラータ自身も「デリットを見つける暇があるのなら仕事しなさい」と苦々しく呟いていた。
「デリット殿、珍しいですな」
「今日はちょっと用事があってね。それにしても、ファルコの声はいつもよく通るものだ」
「いえ、それほどのものではございませんよ」
「安心してください。それは褒めてませんから。あなたの声は常々、喧しくて仕方がありません。大体、あまり人に関わらないようにしているのに、度々、叫ばれては意味がないじゃないですか。あなたの頭の中には何も詰まってないのですか? あぁ、に――」
「セラータ、口が悪いよ」
冷たい目で自分と同じような身長の男性――オルディネ・ファルコを見ながら、そう言葉にするセラータ。しかし、まだまだ続きそうな言葉をデリットの小さな手が塞いでしまった。
すまないねといえば、ファルコは少し頬を赤らめながら、「配慮不足で申し訳ない」と頭を下げてきた。
「ファルコは非番ではないでしょ。隊服を着てるわけだし」
「えぇ、王のために取り寄せた書籍が届いたと知らせをもらったもので、取りに行く途中なのですよ。他のものに届けさせてもよかったのだが、少し時間も空いたものでして」
「そう、じゃあ、早くカルミネに届けてあげて」
「え、あ、はい、それは勿論です」
「僕らはもう行くから、カルミネにはよろしくって伝えておいて」
「……畏まりました。お気をつけて」
セラータの口を押えながら、そうそう話を切り上げるデリット。ただ、その間、ずっとファルコは羨望の目でセラータを見ていたが、セラータは目をそらし、宙を見つめていた。ファルコからしたら、もう少し、デリットと話したかったようだが、話を切られてしまい、頷く他なく、去って行く二人の背を見つめるしかできない。そして、よいよい見えなくなったところで、小さく溜息を吐いたのち、イニーツィオの少年王であるカルミネ・バルシュミーデのための書籍を取りに向かうのだった。
大通りから脇道を通り、さらに細道を奥へと歩いていく。そして、あったのは小さな看板で『ジャーダムジカ』と書かれた店だった。セラータは戸を開け、デリット共にその店へと入った。中は数人が座れるカウンター席と四人掛けのテーブル席が二席と非常にこじんまりとした店内だった。しかし、その店内は程よく使いこまれた木々のいい香りとコーヒーの香りが妙にマッチしていた。
「いらっしゃいませ、そろそろ来られる頃だと思っておりました」
カウンターに立っていた男性はデリットが入ってくるとそう告げた。デリットもわかっていたようで不思議に思うことなく、カウンターの席に座らせてもらった。
「全く、香りを辿るのが難しかったよ。前は大通りにあったでしょ」
「デリット様、それはかなり昔のことでございますよ。ここ数十年は見ての通りこちらに店を構えております。ところで、セラータは座らないのかい」
「……セラータ、お座り」
笑顔を浮かべる男性だが、その笑顔の裏ではわざわざ声をかけさせるなというような威圧を孕んでいた。また、デリットも座らず、デリットの後ろに控えるようにして立っていることに気づいたようで、隣の椅子を引き、座るようにそこを叩いた。デリットにそんなことをされたのであれば、セラータとしては座らないという選択肢が脳裏から速攻排除される。
「はぁ、相変わらずの忠犬ぶりのようだな、セラータ」
「うるさいです。第一にあなたには関係ないでしょう」
「まぁ、それはいいとして、セラータ、何か飲むかい?あぁ、デリット様は何がよろしいですか?」
「ヴェルデのお勧めでいい」
「私は遠慮します。飲むほど喉は乾いておりませんので」
「畏まりました。まぁ、セラータに関しては当然の判断とは思ったがね」
男性――ヴェルデはそういいながら、慣れた手つきでデリットのために飲み物を作っていた。作ってる途中で悪いがと先につけながら、聞いてもいいと尋ねれば、ヴェルデはその手を止めずに、大丈夫ですよと答えを返した。
「そうだね、オネストとデジデーリョで変わったことってあった? まぁ、グラナートの場所から考えて多分、オネストではないとは思うんだけど」
「……グラナートになにかあったということですか」
「うん。どうやら、卵が盗まれてしまったようでね。今はその卵を僕が保護する形になってるんだけど、何かわかればいいと思ってさ」
「そうですね、恐らくそれのせいだと思うんですが、デジデーリョでは地震が多発してるそうです」
グラナートたちが怒りで地面を揺らしているのでしょうといえば、それのせいで卵がデリットのところに流れ着いたのかと納得した。恐らく、地盤沈下を起こし、卵が落下し、障害物のない水道をどんぶらこと流れたのだろうことが容易に想像できた。
ことりとデリットの前に飲み物を出し、その水道の穴が開いてしまったところはどうなったのかとくだらない質問をデリットにした。
「あぁ、穴とかは暫くしたら何もなかったように戻るよ。だから、その点は大丈夫なんだけど、問題は卵をどうグラナートに返そうかと思ってね」
「デリット様が育てられるのも、一つの手だと思いますが。グラナートたちもデリット様のもとにあるのだとしたら、落ち着きを取り戻すでしょうし」
「デリットには私だけで十分です。それにグラナートは要領が悪い」
「はいはい、アンタのデリット様大好きはわかってるから。第一にどうするかを決めるのはあくまでデリット様だろう」
それにデリット様を呼び捨てにしてる時点で気に食わないんだと続けるヴェルデにセラータは睨むだけで言葉は返さなかった。否、返すことができなかった。デリットは小さく溜息を吐き、僕が許可してるんだから、君が気にすることないよとヴェルデに伝えるものの知っていても今までそうしてきたからと思わずいらないのだと告げた。
「まぁ、僕の呼び方は置いといて、僕としては返してあげたいからね。あと、何とかグラナートに僕が持っていることを伝えてくれないかな。あまり、デジデーリョとか行きたくないからさ」
「畏まりました。自分でよければ、喜んでその願いかなえさせていただきます」
丁寧なお辞儀をしたヴェルデにデリットはありがとうと感謝を告げる。セラータは特になにをするわけでもなく、ただ、デリットの服を整えていた。
「何か問題とか起こったら、遠慮なくおいで。僕でよかったら協力するから」
「ありがとうございます。まぁ、イニーツィオはあまり問題など起こらないのでご安心を」
ごちそうさまとコップを置き、立ち上がれば、セラータも席を立つ。
「それじゃ、また」
「はい、いつでもお越しください」
歩きだそうとしたデリットをすかさず、セラータが抱きあげる。そんなセラータを見てヴェルデは過保護はいつか嫌われるぞと呟いたが、聞こえないふりをし、そのまま店を出た。
「セラータ、僕、歩ける」
「私が歩かせたくないだけですので」
「仕方ない子だね」
そういい、デリットはセラータの好きなようにさせた。セラータは店に来たときの道を辿り、大通りにでるとルフィナの出店を訪れた。
「あらあら、いらっしゃい。何か欲しいものあるかしら」
やってきた二人を見て、ルフィナは嬉しそうに出迎える。デリットを下ろし、手を握りながらも、商品を一つ一つ手に取り、吟味していた。デリットは繋がれた手に小さく溜息を吐くも、離せということもなく、主人のルフィナと会話に花を咲かせていた。
「これとこれ、あとそれとそこのそれもお願いします」
「……いっぱいだね」
「ないにこしたことはありませんから」
「もう、沢山ありがとうね。おまけして、これもつけちゃうわね」
「ありがとう」
「いいのよ。可愛いデリットちゃんだもの、おまけしたくなるわよ」
そういって、ルフィナは指定された商品とおまけを木箱に詰めるとセラータに渡した。セラータは片手で軽々と受け取るとデリットを抱えようとした。
「荷物、多いから、ダメ」
「大丈夫ですよ」
「ダメったら、ダメ。抱っこ、禁止にするよ」
「……わかりました。ただ、手は」
「はいはい」
子供のように肩を落としてしまったセラータは握っている手だけはそのままでと最後まで告げなかったがデリットにはわかったらしく、頷いていた。それを見ていたルフィナはあらあらといいながらも、セラータとデリットが来るときはいつもやっているやり取りなので微笑ましげに眺めていた。
仲良く手をつないで帰っていく二人を眺めていると「女将、これを一つ頼む」などとお客から声がかかった。
王都に行ったとき同様に転移魔法を使い自宅に戻ってきた二人。デリットはガンドゥーラを脱ぎ、本を片手に取ると暖炉の前に置いてあるお気に入りのロッキングチェアに腰を掛け、本を読み始める。セラータは買ってきたものを床板を外し、地下に収めていた。
「デリット、何か飲みますか」
「うーん、今はいいよ。セラータが飲みたいものがあれば、自由に飲み」
「大体、水があれば大丈夫ですので」
「そう。じゃあ、暇だろうから、ここにおいで」
デリットは小さな自分の膝をポンポンと叩いた。セラータは少しそれに戸惑いもしたが、それもまたいつものことでセラータはぽんと音を立てると小さな四足歩行のドラゴンに姿を変えていた。そして、綺麗な水色の翼を広げ、デリットの膝へ上り、読書の邪魔をしないように体を丸めた。
「君の大きな姿も魅力的だけど、今はこちらのほうがいい」
「そうですか」
「うん」
ゆらゆらと椅子を漕ぎ、片手ではセラータを撫で、また片手では本を器用に捲っていた。暫くしていると、セラータは眠たくなったのだろう「くぁっ」と欠伸をしたかと思うと目を瞑り、夢の世界に身を投じる。
「……おやすみ」
撫でる手を止め、そう告げたデリットは指を鳴らすと彼の体に毛布を掛けて、子守唄のようにその体をとんとんと優しく叩くようになった。
ぱちぱちと暖炉の火花の音と本たちが飛びまわる音だけになるとデリットの耳に不思議な声が聞こえてきた。
「……じゅりゅい」
拙い子供のような高い声。ただ、そんな声にいち早く気づきそうなセラータは眠っているばかりで、どうやらデリットだけに届いたようだ。
「にゃでにゃで」
子供など家にいるはずがないのにする声。ただ、すぐにデリットは声の正体に気づく。家に子供はいないのだが、卵の中で生まれる時を待っている赤子はいるのだ。もしかしてと、ペンダントの卵に「僕に話しかけるのは君?」と呟くと「にゃでにゃでしちぇ」と返ってきた。
「もう、自我が完成してるんですね」
「起きたの」
「はい、私には声は聞こえませんが、恐らくデリットに話しかけてるんでしょう」
「うん、撫でてって」
「……ダメですからね」
「一回だけ、ダメ」
「ダメです。きちんとグラナートたちに返すんですよね」
「そうだね。ごめんね」
セラータの言葉に渋々頷き、卵に向かって謝罪をする。それから数日は諦めたのか、卵から声がすることはなかった。そして、卵はセラータが作ったバスケットのベッドに置かれることとなる。
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