ダンジョンクロウラー
天坂 クリオ
第1話
俺の平凡な冒険者としての出発は、いきなり予想もしない形でつまずくことになった。
「指名依頼?俺に?」
「はい、アキラさんで間違いありません。依頼者はあちらにいるドゴールさんです。内容は直接ご本人に聞いてください」
冒険者ギルドの受付嬢が手のひらで示したのは、山賊風な格好をした男だった。壁によりかかって目を閉じているが、寝ているわけではないようだ。内心イライラしているのか、足先が床をせわしなく叩いている。
まず一番先に出てきた言葉は、「なんで俺?」だった。俺には山族スタイルの知り合いはいないし、あの顔に見覚えもない。だから俺のことを指名した理由が、まるっきり謎だった。
「それも直接聞いてください。私はつなぎを頼まれただけなので」
「じゃあせめて、あの人はどんな人なのかだけでも教えてくださいよ」
「それはできない規則です。あ、ほら、こっちを見ましたよ」
言われて振り向くと、ばっちり目が合ってしまった。
「では、頑張ってくださいね」
受付嬢のかわいい笑顔が、今は小憎らしく見えた。
「お前、3層の石室から骨袋を1
ドゴールさんに連れられてギルドに併設された酒場の席について早々、話を切り出された。
「
「だが役立たずだったんだろ?どっちでもいいさ。お前がお荷物背負ってソロで3層から帰ってこれったってのが重要だからな」
「……それで、俺にソロでまた3層に行けって言うんですか?」
「オマエ頭いいな。3層でオレのツレがやられた。お前にはその骨袋を回収してほしい。報酬は500出す」
「3層で、ソロで、肉袋の回収。それで500?いくらなんでも安すぎやしませんか?せめて倍は出してもらわないと」
「なら1000だ。これ以上は出せないぞ。オレにも生活がかかっているからな」
「……。なんで俺なんです?骨袋の回収なら中堅のパーティーにでも頼んだ方が確実でしょう。そもそも俺はついこの前に
「だが3層からソロで荷物を担いで帰ってきた。そうだろう?」
「そうですけど、俺の質問に先に答えてもらえますかね?」
「ふん、生意気なガキだな。まあいい。お前を選んだ理由はさっきから言ってる。3層までソロで行き来できるヤツだからだ。他のパーティーに頼まないのは金の問題だ。俺が出せるのは1000までだからな。頭割りすると安くなるから、受けてくれないんだよ」
とてもシンプルな理由だ。でも多分、言ってないことがある。ちょっと吹っかけてみれば、それも吐いてくれるだろうか。
「骨袋の回収は無理です。生きてるのと死んでるとじゃ重さが違う。荷物だけなら引き受けましょう。料金はもちろん1000で、それと骨袋の荷物の半分ももらいますよ」
「よし、それでいい。ただし荷物は全部回収しろよ。それと渡すものもオレが選ぶ。あいつが持ってたものは全部憶えているからな。中抜きしようだなんて考えるなよ」
げ、まさか一発でまとめてくるとは思わなかった。とりあえず話を引き伸ばして、もっと詳しい話を聞かないと。
「えっと、契約書を書いてもらえますかね。俺、字は読めるんですけど書くことはできないんで」
「用意してあるぜ。おい、持ってこい」
ドゴールさんが手を振ると、別なテーブルにいた男が1枚の紙を持ってきた。あらかじめ書かれた基本要綱に、俺たちが今話していた内容が汚い字でつけ足されている。
「ほら、自分の名前くらいは書けるだろ。契約成立だな」
迫力ある笑顔に、俺はあきらめてサインをせざるを得なかった。
それは地下に埋もれた謎の巨大施設だ。神が造ったものだとか、旧世界の遺跡だとか言われてる。例えその正体が分かっていたとしても、ここで生きていく役にはあまり立たない。重要なのは、どうすれば生きのびられるか、そしてどれだけたくさんの金になる発掘品を持って帰れるかだ。
その点、俺はその他大勢より少しは恵まれていた。とても親切な師匠がいたし、魔道具を利用するのがとてもうまかったから。
だから独り立ちして数日しか経っていないひょっこ冒険者でも、こうやって1人で3層まで到達できている。
迷宮内には異形のモンスターが闊歩しているが、魔道具を使えば回避は難しくない。地図も自前のものがあるので、迷うことなく目的地にたどり着くことができた。
第3層、封印石室。
かつては厚い石の壁で囲われた部屋がいくつも並んでいるそこは、長い年月のせいでいろいろな所に穴が空いていた。その穴は全てが自然に空いたわけではない。むしろ大半が人の手によって掘り開けられたものだった。
この階層に初期にたどり着いた冒険者たちは、発掘品を探すために封印された部屋の壁を次々と壊した。その苦労のおかげで色んな発掘品が山ほど見つかったが、中から出てきたのはそれだけではなかった。
役に立つ発掘品を見つけるための支払いは、穴を開けた冒険者の命だけでは足りなかった。
それ以来この階層には、他よりも特殊なモンスターが
そんなこんなで依頼された骨袋があるらしい場所にたどり着いたはいいが、そこから先には進めなくなった。なぜならこの階層で最も遭いたくないモンスターである、クラカチャヘンデがいたからだ。黒い体表を持つ、二足歩行の甲虫人。その体表はヌメヌメ光っていて、通ったあとも油のような跡が残る。腹には小さな複数本の腕があり、肩から生える二本の長い腕足を使って四足歩行したりもする。そして何よりもイヤなのが、1匹倒したら100匹と戦うことを覚悟しろと言われているところだ。
コイツの体液を少しでも浴びると、それを目がけて仲間が次々と集まってくる。過去にコイツらの殲滅作戦が数度実行されたが、どこかに生き残っていたのかいつの間にか大量に復活している。
少人数のパーティーで戦ってはまず生き残れない、要注意モンスターの一種だ。
ソロの俺がそんなものに挑めるわけないので、息を殺して様子をうかがう。クラカチャヘンデはこの近くに何か気になる物があるのか、集団で一定ルートを周回しているようだった。
とにかく目の前の1匹を倒さなければ進むことは難しそうだ。アイテムポーチの中から強力な毒団子を取り出して、クラカチャヘンデの通り道に転がしておく。バレないように離れた所を漁りながら時間をつぶしていると、数十分経った後にクラカチャヘンデの集団が一斉に移動していく気配が感じられた。うまい具合に遠くで死んでくれたのだろう。今のうちに目的のものを探すとしよう。
ヌメヌメしているクラカチャヘンデの通った跡にうんざりしながら捜索すること数分。カギの閉まった石室の中で目的のものは見つかった。ガタイのいいオバサンの骨袋が、入り口から一番離れた所にあった。死因は出血プラス毒。クラカチャヘンデと戦ったのだろう。
両手を合わせてから回収にとりかかる。
荷物の剥ぎ取りもすっかり慣れてしまった。迷宮内で見つけた骨袋はできるだけ回収するようにはしているが、できないことももちろんある。それに、他の冒険者が襲いかかってくることだってある。殺されたくないなら戦うしかないし、俺は手加減できるほど強くはない。
回収できない骨袋は、必要なものは剥ぎ取って後は放置。後始末はそこらを徘徊するモンスターがやってくれる。見つけた骨袋の扱いは見つけた人が決める。それが冒険者の暗黙の掟だった。
装備品の回収が終わり、最後に部屋の中を見回す。すると扉の影に、布でぐるぐる巻きにされた物が落ちているのに気がついた。まるで投げ捨てられているように見えるそれを観察すると、どうやらこのオバサンが自分の服で包んだもののようだ。
これも回収するべきだろう。水も通さないスライム袋に入れて、口をしっかり縛る。忘れ物がないことを確認してから部屋を出た。
回収は無事に終わり、後は帰るだけのはずだった。だが、悪夢は俺の背後から迫ってきていた。
3層は道が塞がっていたり穴が空いてたり、複雑に入り組んでいる。仕事が終わったと油断していると、曲がり角の先でモンスターと鉢合わせすることもあり得る。まさにギルドへ帰るまでが冒険だ。
だからこそ慎重に進んでいたのだが、硬い甲殻が床をこする音が聞こえた時は、正直自分の耳を疑った。
先ほどまで聞いていた音を間違うはずがない。あれはクラカチャヘンデの足音だ。クラカチャヘンデは自分の巣の周辺を歩き回る習性を持っているので、その範囲外へはよっぽどのことがないと出てこない。それがなんで、さっきの場所から離れたこんな所まで出張ってきているんだ。
とりあえず、モンスター避けの薬を振りまく。汚れるからイヤなんだけど、命には代えられない。少しスピードを上げて進むが、これだけやってもクラカチャヘンデの足音は離れなかった。
これは絶対におかしい。モンスター避けの薬のおかげで他のモンスターは近寄ってこないのに、クラカチャヘンデだけが俺の近くにいる。それどころか、足音の数も増えている気がする。ノイローゼにかかるほど迷宮に潜ったりはしていない。なら幻聴などではなく、実際に近くにいるんだろう。
たぶん、俺が回収したアイテムの中に、クラカチャヘンデを引き寄せる何かがあるのだろう。あの骨袋の近くにヤツラが集まっていたのはそのせいだ。
コイツらを連れて上層にいくわけにはいかない。そんなことをしたら他の冒険者を殺すことになりかねない。さらに俺のせいでモンスターの生息範囲が広がったとしたら、他の冒険者に俺が殺されてしまう。
俺一人でクラカチャヘンデを全滅させるのは無理だ。じゃあどうすればいいだろう。苦悩しながら進んでいると、天啓のように一つの看板が目に入った。
【廃棄物焼却室】
扉を調べると、カギは空いていた。これは期待できる。
中へ入り、壁や天井に穴がないかを確かめる。焼却炉の中も、制御室の方も、どちらも穴はなかった。
制御装置へエネルギー源である魔晶石を放り込むと、小さな唸り声をだして装置が目覚めた。炉の方にもエネルギーが必要らしかったので、そちらへも魔晶石を入れる。これだけ出費をしては、今回の仕事は儲けがゼロだ。舌打ちしたい気分で制御装置をいじる。
炉へのダストシュートを開くと、今までの間に溜まっていたであろうゴミが大量になだれ込んできた。
そうだ、エサを忘れていた。スライム袋に入れた例のアイテムを取り出して、火耐性の高い布で包む。スライム袋ごしでもクラカチャヘンデは気づいたのだ。これでも十分に寄せるエサになるだろう。できに満足していると、背後からガンガンと扉を叩く音が聞こえてきた。
しまった!クラカチャヘンデに見つかった。
焼却炉へ走り込むと同時に、制御室の扉がこじ開けられた。そこからクラカチャヘンデが次々と入ってくる。そのまま俺が開けた扉を通って焼却炉へ走ってきた。異常な速さだ。
慌てて手に持ったアイテムを放ると、それは落ちてきたゴミの中に埋まった。
クラカチャヘンデたちは俺をあっという間に追い越してアイテムにかけより、上に乗ったゴミをどかそうとする。しかし次から次へと仲間が近寄ってくるので、それはうまくいってないように見えた。
集まったクラカチャヘンデの注意を引かないように、慎重に制御室へ戻って扉を閉める。ホッとしているヒマはない。制御盤を操作して、スイッチを入れる。
ダストシュートの出口が閉まり、制御盤に取り付けられたメーターがじりじりと上昇していく。それに伴い、焼却炉の中が赤くなっていく。クラカチャヘンデたちはそれを意に介さず、一心不乱にアイテムを掘り返していく。
メーターが赤いラインに差し掛かると、焼却炉のあちこちで火がつき始めた。それはあっという間に炉全体に広がり、クラカチャヘンデたちを囲い込む。それでもクラカチャヘンデたちはアイテムのある所から動こうとしなかった。
そして、ついにクラカチャヘンデたちは目的のものを見つけたようだ。
燃え上がるゴミ山の上で、1匹のクラカチャヘンデがそれを掲げる。たくさんのクラカチャヘンデがそれを見守るなか、炎がそれら全てを飲み込んだ。
どのくらい時間が経ったのだろうか。焼却炉の中身は全て燃え尽き、軽い燃えカスはどこかへ吸い込まれていった。炉の中が冷めてしばらく経っているが、新たなクラカチャヘンデが来る様子はない。俺は炉への扉をゆっくり開けて中へと入った。
床に転がるゴミの1つを手にとって黒いススを払うと、中から小さな魔晶石がでてきた。
クラカチャヘンデのものだろう。小さいが、数はたくさんある。見つかる限り手早く集めていると、見覚えのある形のものを見つけた。エサに使った例のアイテムだ。手に取ってみるが、外側はススだらけなのでもう使えないだろう。中を見ると、スライム袋の表面が少し溶けていた。耐火性があっても、熱を完全に防ぐことはできなかったのだろう。
惜しいけど、耐火布は捨てるしかない。スライム袋を新しいものと取り替えて、この場を離れることにした。
依頼は達成した。俺はクラカチャヘンデをトレインするとこなく、荷物を持ってギルドへと帰り着くことができた。
報酬と引き換えに荷物を渡した時、ドゴールは嬉しそうに笑っていた。彼の喜びがどこにあるかは知らない。俺は生きて帰れたことにホッとしていて、そんなことを気にかける余裕はなかった。
あの中身が熱によって変質していたとしても、それはもう俺には関係ないことだ。アイテムの状態については契約内容に入っていない。
ドゴールからの報酬の装備を売り払うことで、なんとか俺に合った装備を整えることができた。これでやっと俺の冒険者生活を再開することができる。
報酬に混じっていたカードキーと、焼却炉で見つけた中にあった物理鍵を見る。これもいつか、役に立つ時がくるだろうか。
なんにせよ、冒険者は仕事しないと今日を生きていけない。心機一転、さわやかな笑顔を作って、いつもの受け付け嬢のいるカウンターへと向かった。
「あ、ちょうど良かった。アキラさんにまた指名依頼が来てますよ」
俺は自分の笑顔が引きつるのを感じた。
ダンジョンクロウラー 天坂 クリオ @ko-ki_amasaka
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