社会不適合降格者
「今更ながらなんだがさ。嬢ちゃんあの裏路地でのことだがよ。やろうと思えばあんなゴロツキの一人や二人コテンパンに出来たんじゃないのか?」
俺は嬢ちゃんの指につけられている深紅の指輪を見て改めて言う。
ラームの街を出て三日目、周りは見渡す限り平原で、遠くに一つの山が見える。あの山のふもとまで行くのが今日の予定だ。
俺と嬢ちゃん、それと一羽はお昼前の街道をゆっくりと歩いていた。
この三日間でわかったことだが、嬢ちゃんは相当魔力の高い
野営をするとき火の魔法を嬢ちゃんが唱えるのに言葉は使わなかった。
大概の
だが嬢ちゃんは違った。
空に文字をなでるように描くと、簡単に作った釜場に向かって指さすだけなのだ。
上位の
強い魔力を持っていればいるほどに制御するのは難しいらしく、釜場に小さな火を起こすのは結構至難の業なのだが、それを顔色一つ変えずに一瞬で行うのだから。
事、
「そんなことないですよ。私なんてまだまだ、全然できませんよ。お母さんなんて、同時に5つの魔法を唱えたりしますもん」
「同時に5つ!? そんなの伝説の人じゃないか! 嬢ちゃんのお母さんは英雄なのか?」
「へ? いや!? そういうわけではないですよ! そんなわけないじゃないですか! い、いやだなぁ! あははは――」
俺は冗談で言っただけなのだが、嬢ちゃんの母親は伝説的な人らしい。
嬢ちゃんうそつくの下手すぎだろう。
と言ってもそんな人物は存在しない。
同時に5つの法を御するものなんて、それこそ
と言っても二千年も前の英雄を母に持つわけもないよな。
「そ、それはそうと! そう! 今日こそ聞かせてもらいますよ!」
「うん? 何の話だ?」
「ファクトさんは何ができるのかって話です」
あー、どうしたものか。
いくらなんでも、もう三日も一緒にいるのだ。そろそろ話しておかなければならないだろう。
この世界はいくつかの職業がある。嬢ちゃんのように
「ファクトさんは武器とか持っていないんですか? 剣とか、槍とか、銃とか」
「あー、あれなー、あれはなー」
何とも言いだしずらい、けれども言わなければならないだろう。
嬢ちゃんは目を輝かせてこっちを見ている。
「武器は売った! お金に困ってな!」
「は? はい!? 売ってしまったのですか?」
「そう! 売った! まぁ故郷の家に帰れば武器はあるから、それとこの街道の周辺には魔物も出ないしな。ひとまず必要ないだろうから大丈夫だ」
そうは言ってもここは街ではないのだ多少の危険はつきものだ。
と言っても山道に入るまでは平和そのもの。
近づいてくる人影や動物は見えるし、そもそも平和そのものなのだ。
「そ、そんな。勇者ともあろう御方が自分の武器を売ってしまわれるなんて……」
嬢ちゃんはひどく落胆した様にがっくりと肩を落とす。
そもそも、俺は勇者なんて大それたものではない。断じてない。
「ファクトさん? もし盗賊なんかに襲われたらどうするんですか?」
それはそれはごもっともな質問だ。
嬢ちゃんとしてはリーフレへの道案内を俺に頼んだのだから、不安にもなるだろう。
「それは大丈夫さ。こいつを使う」
「うわぁ、すごくきれい! ……ところで、それは何ですか?」
俺は腰に下げてある袋からガラス球を取り出し嬢ちゃんに見せる。
ガラス玉は青い光を放っていた。
「これはある意味俺の武器だな。
俺はいろいろな輝きを放っているほかのガラス玉も嬢ちゃんに見せる。
高価な宝石のような光を放つそれはとてもきれいで、いくら見ていても飽きないものだった。
「すごいですね。こっちからはイフリートの加護が、こっちはウンディーネの加護、これはセルフの加護ですね? すごいです! お知り合い様は相当な
俺は嬢ちゃんの言葉に再度驚かされた。
見ただけで分かるのか? 前にギルドで
そんなことを考えていると、嬢ちゃんはさらに質問してきた。
「知り合いの
「あー、それなんだがな……」
俺は質問の答えに詰まる。
実際俺は
どう答えようかと考えていると、嬢ちゃんが話を続けた。
「さっきの話からすると、
一般的なのはそれらの職業だよな。でもまぁ、俺は違うんだけどな。
俺が答えずにいると嬢ちゃんは首をかしげて考え続ける。
「ひょっとして?
まさか俺がそんなわけないだろう?
「あ、え?
「待て待て、さすがにそれはないだろう!
「そうですよね。それで? ファクトさんは何の職業についていたんですか?」
「あー、それは……、実は、俺は
「え!?
「そう、
社会において、不適合者と認められてしまったものは
このおかげで俺は全く最近仕事に着けなくなっていた。
「すまないな嬢ちゃん。こんなしょうもない奴で、ひとまずリーフレまではちゃんと送り届けるさ。俺の故郷だしな。その後は、さっき話した知り合いの
「それは、正直言いますと、今はどうでもいいのですが。ファクトさん
「いや、全然だめさ。何もできないさ」
「そんなことないと思うんです。何かは分からないんですけど……、ファクトさんからはお母様と同じものを感じるんです。うまくは言えないんですけど、何かこう、ちょっと違うと言いますか、すごみがあると言いますか」
「嬢ちゃん買いかぶり過ぎだよ。所詮は
それでも嬢ちゃんは納得していないようで、歩くのをやめて腕を組んで頭を左右に振りながら唸っていた。
そうだな。実際に見せたほうが早いだろう。
「嬢ちゃん。分かりやすく見せたいから、嬢ちゃんの指輪をちょっと貸してくれないか?」
「え? かまいませんけど。ファクトさん
俺は嬢ちゃんから指輪を受け取ると人差し指と親指でつまみ、それを使って空中にスペルを描いていく。
まぁ、実際見れば早いだろう。
描かれていく文字は、金色の光を放ちその場で漂っている。
本来なら、描いたスペルはすぐに消えてしまうものなのだが、ここに漂い続けている。
「これでわかったかい? 嬢ちゃん?」
俺はそう言って、嬢ちゃんに指輪を返す。
本来、法を御する
この状態はおかしいのである。
故郷でこれをやったときは知り合いの
ギルドでこれを見せたとたん
「まさか! いや。でもそんなはずは……、ファクトさん!」
「うんざりしたかい? すまないな嬢ちゃん。こんな半端物の護衛でリーフレまで行くことになっちまってな」
「ファクトさん! 何を言っているんですか? これはすごいことなんですよ!? これを見たギルドの職員がファクトさんを
「は? はい? 嬢ちゃん何を言っているんだい? こんな使えない文字が空中に浮くだけじゃないか。 法も発動してない。
嬢ちゃんは俺から受け取った指輪をはめて、俺の書いたスペルをなぞる。
スペルは閃光を放ち、次の瞬間に轟音を放って空へと一筋の光を放って消えた。
一瞬の出来事に俺は声を失った。
放った光は、空気を震えさせて、空に浮かぶ雲を消し飛ばし、通った後をその輪が示している。
「な!? 嬢ちゃん? 何をしたんだい?」
「私はファクトさんが御した法を説いただけですよ」
あっけにとられて空を眺め続けている俺に、嬢ちゃんは説明してくれる。
「あれはですね。ファクトさんが強すぎるんですよ。普通、
「は? 御しきれない? どういうことだ?」
「法はあくまで法なのですよ。水の入った桶に穴をあけると、そこから水が流れるのと一緒で、御した法に破れやすいところを作るから法はそこから飛び出すのです」
「言ってる意味がよくわからないのだが」
「つまり、ファクトさんの法は、完璧に御してしまっているからそこに留まってしまっているのです」
「どういうことだ? 俺の御した法が御されていたからいけなかったってことなのか?」
自分で行ってて訳が分からなくなる。
それは世界の一般常識として成り立っている。
その法が御されているから魔法を放つことができるのだ。
なのに御されているから魔法を放てないとはどういうことなんだ?
「私はさっきファクトさんのスペルに小さな穴をあけたに過ぎないのです。でもファクトさん自身じゃどうしょもないかもしれないですね」
「うん? どうしょもないのか?」
「だって、皆さんが詠唱する際は弱いところだなんて考えて書いたりしないですよ。そもそもスペルは一様に一緒なのですから」
「なら作ったスペルを自分で壊せばいいんじゃないか?」
「それは、何というか、危ない気がするのですが? どういう風に動くかわからないじゃないですか」
「うん? そうなのか?」
「そもそも完璧に御せる人など見たことないのですから、どうすればいいのかわからないですよ」
「でもさっきはうまいこと空に放っていたじゃないか」
「いえ、私はその場で発生させようとしただけで、あんな大穴を空にあけるつもりはなかったのですが……」
どっちにしろ
自分じゃどうすることもできない
「でも! でもファクトさんがすごいってことはよくわかりました!」
「あ、そうかい?」
俺はあっけにとられていたが、自信満々に嬢ちゃんはうなずいた。
まぁ、いいか。そもそも俺はもともと
日もだいぶ傾いて、当初の目的の山のふもとまで来ていた。
ふもとには見慣れた小屋がある。
「今日はあそこの小屋で休ませてもらおう」
「勝手に使って大丈夫なんですか?」
「あぁ、あそこは知り合いの家だからな。まぁ、挨拶して借りれるはずさ」
家のドアをノックする。
反応がなく、ただノックした音だけが響いた。
「いないってことはないと思うんだが。妙だな」
俺は再度ノックして、ドアの向こうに呼びかける。
「おい! ギブソン! いないのか?」
返事がない。やはりいないのだろうか?
ドアに手をかけると、乾いた音を立てて開いた。
「なんだやっぱりいるじゃ……!? 嬢ちゃん。俺から離れるな!」
ドアを開けると目に飛び込んできたのは玄関から続く赤い水たまりだった。
うそつきは勇者の始まり 時俊(ときとし) @fumuyu
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