ファクト=グライツは決めつけられる

「それでなんですけど、ファクトさんはどんなことができるんですか?」


 期待に目を輝かせた嬢ちゃんはラームの街を出てから三日たった今でもずっとこんな調子だった。

 街で約1週間分の食べ物を調達し、ベイグルを一羽買った時もそうだった。


「ファクトさん、この動物は何なんですか?」

「おいおい、お嬢ちゃんベイグルを知らないのか?」


 嬢ちゃんは足を折って座っているベイグルの横で、おっかなびっくり手を伸ばして頭を触ろうとしている。

 旅をする冒険者に必須ともいえる相棒を知らないとは。

 ベイグルは成人した人位ある大きな鳥である。ただ鳥なのだけれど空を飛ぶことはできない。

  

「この動物はベイグルって言うんだ。頭が良くて人を乗せたりモノを運んだりできる。長旅をする冒険者の間では必須と言ってもいい、人間様の言うことをよく聞くし、人懐っこいから暴れることもないしな」

「すごくふわふわしてて気持ちいですね」

 

 嬢ちゃんは気持ちよさそうに目を細めるベイグルの頭を優しくなでている。

 ベイグルも知らずにどうやってユートルまで行くつもりだったんだか。

 そもそも嬢ちゃんはこの街の人間なのだろうか?

 ふとそんな疑問がよぎる。

 あんな路地裏に一人で入るほど世間を知らず。身に着けているものは貴族のその物だし、そもそもラームの街人にしては言葉遣いが丁寧すぎる。


「ファクトさん! 次はどこに行くんですか?」

「おし! 準備も整ったし出発するか!」


 疑問に思ったが口にはしない。

 誰にだって知られたくないことの一つや二つあるはずだ。

 二人並んで歩き、ベイグルの手綱を引っ張りながらラームの街の終わりの門まで来た時だった。


「ファクトさん! ファクトさん! 転移砲術陣ムーバルゲートはどこにあるんですか?」

「は!? そんなものは使わないぞ? ちょっと待ってくれ、嬢ちゃんまさかこの街にそれで来たのか?」


 キョトンとしている少女に俺は今日何度目かの頭痛に苛まれる。

 あぁ、これではっきりした。嬢ちゃんは完全に貴族だ。それも相当な金持ちの貴族だ。


「悪いな嬢ちゃん、転移砲術陣ムーバルゲートはラームとリーフレを繋いだりはしていないんだ。……それと、あまりそのことは大声で言ったりしたら駄目だぜ?」

「え? 何でですか?」

転移砲術陣ムーバルゲートは一般市民は絶対に使えないほど高価な物だからだ。嬢ちゃんがどこから来たのかはまぁ、知らないが、それで来たってことは相当なお金持ち以外あり得ないことだからな。」

「うん? 私がお金持ちってわかったらまずいんですか?」

「そりゃそうさ! 嬢ちゃんさっき怖い思いしただろう? 嬢ちゃんが大金持ちってわかりゃ、ゴロツキどもが嬢ちゃん誘拐して身代金をふんだくろうってするはずだ」


 嬢ちゃんはなるほど! っと感心するように自分の胸の前で手をたたく。

 貴族の嬢ちゃんがあんなド田舎の街になんだって、それもアガサ様に会いに行くだなんて。

 頭がちょっとかわいそうなやつなのかもしれん。


「ファクトさん? 今なんかすごく失礼なことを考えませんでしたか?」

「え? いや? そんなことはないと思うが?」


 嬢ちゃんに図星をつかれ、ちょっとあいまいな返事をしてしまう。

 何だ? なんで今考えたことが分かったんだ?


「それはですね! 私の特殊能力のおかげなんですよ!」

「はぁ、そうなのかい。ひとまずそれは歩きながら話すとするか。嬢ちゃん門をくぐるぞ」

「え? あれ? 私の能力気にならない?」


 自慢気に胸を張る嬢ちゃんを横目に一人先に門のほうへ進む。

 そんな馬鹿なはずがあるか。腕輪の色が赤だっただろうに。

 赤い腕輪は相手の力を伸ばすことしかできないんだよ。


「ちょっと! 置いていかないでくださいよ!」


 小走りについてくる嬢ちゃんとラームの街を出て、黄金街道を歩く。

 黄金街道、いつからそう呼ばれるようになったのかは知らないが、この道はそう呼ばれている。

 夕日に光る落ち葉のためか、はたまた朝日を帯びて光る様がためなのか、詳しくは知らないがそう呼ばれている。


「それで、一つ聞きたいのですけど、ファクトさんの能力って何なんですか?」

「あー、それなー? うーむ」


 俺は再び返答に困った。

 この世界の人は生まれ落ちた時にすでに特殊能力を一つ持っている。

 それは正に多種多様な能力だが、右の腕輪である程度はわかるものなのだ。


「きっと何か特殊な能力なんですよね!」


 嬢ちゃんは目を輝かせて俺の腕輪を見ている。

 俺の腕輪の色は白、確かに特殊な色をしている。

 一般的な色は黄、赤、青だからな。それ以外ってだけで警戒されたり頼られたりするもんだ。


「まぁ、そうだな。例えばの話だが」


 まぁ実際に体験したほうが早いだろう。

 そのためにも思い付きで適当な話をしなければなるまい。

 突拍子もない、脈略もない、真実味のまるでない話だ。


「そう! 俺は何を隠そうこの世界を救った七人の英雄の一人の末裔なのさ!」


 我ながらバカな話をしているとわかる。

 そもそも七人の英雄にグライツなんていうファミリーネームを持つものは存在しない。

 そうつまりこれは完全な「嘘」なのだ。


「英雄たちの一人の子孫ってことだ! どうだすごいだろ?」


 そう言って嬢ちゃんの様子を見る。

 さて、どれくらいの時間かな?

 大概この大嘘を普通の人がついたとき人間の反応は間髪入れずに全否定する。

 けれど俺がその嘘をつくと、大概の人間はほんの少し信じてしまうのだ。


「え? やっぱりそうだったんですね!」


 あぁ、ほら信じ込んだ。

 これが俺の能力、嘘つきダウトだ。

 程度は様々あれど、大概の人間はこの嘘を本当のことだと信じ込む。全く持っていい迷惑な能力だ。おかげで冗談を言っただけなのに凄まじく怒られたことが幼少期どれほどあったか。


「いやいや、嬢ちゃん英雄の話を知っているならわかるだろう? グライツなんてファミリーネームを持っている奴はいないよ」

「え? あれ? そう言えばそうですね? あれ?」


 そう、この反応だ。

 あれ? 私、嘘だってわかっているのに信じ込んでしまってる? ていう驚きの表情。


「これが俺の特殊能力の嘘つきダウトだ」

「え? どういうことですか?」

「絶対嘘だって分かっていることでも一瞬だけなら信じ込んじまうってことさ」

「どういうことなんですか?」


 あれ? ずいぶんと頭の回転が鈍いんじゃないか?

 いつもやる説明だがここまで分かってくれないやつは珍しい。


「俺! 実は女なんだよ!」

「え? そうなんですか?」


 これならどうだ? さっきより分かりやすいだろ。

 しばらくして驚いた表情から何か魔法でも溶けたような表情に変わり、そのあと笑顔になる。

 ころころと表情を変える嬢ちゃんだ。

 見ていて飽きないな。


「あ! そうなんですね! これが嘘つきダウトの能力なんですね」

「まぁそういうことだ。何ができるってわけじゃないけどな。人をだますのは好きじゃないしな。俺は基本嘘をつかない」

「え? でも今、女だって嘘をついたじゃないですか?」

「それは能力を説明するためだし、それに例えばの話って最初に行っただろう?」

「あ、そうでしたね。確かにそう言ってました」


 自分の能力のこともあって俺はうそをつくのが好きではない。

 勝手に思い込まれるならまだしも、本当のことを言ったつもりが嘘になることだってあるのだ。そんなことが嘘つきダウトと重なって素晴らしく面倒なことになることがある。

 それは非常に嫌だ。

 かかわりたくないレベルで自分にかかわってくるのだから。


「でもまさかファクトさんが勇者の一人だったなんて思いませんでしたよ」

「はい? 嬢ちゃん今なんて言った?」

「え? あの歴戦の勇者の一人なんですよね?」

「待て待て、そんなことないだろう? あり得ないだろう? そもそもそんなことは言っていないだろう」

「え? あえ? さっき言ってませんでした?」

「英雄なら死んでしまっているだろう? 二千年も前の話なんだから、いるとしたら末裔しか……」


 俺は言った後でしまったと思ったがもう遅い。

 末裔に真実味を持たせてしまった。

 普段気を付けているんだが、またやってしまった。自分の発言した内容の一部に中途半端に事実を足してしまったのだ。

 今足した事実は、七人の英雄は死んでその末裔はどこかにいるかもしれないということ。


「やっぱり! ファクトさんは勇者様なのですね!」

「いや、そうじゃない! 俺は、末裔なんかじゃなくてだな! 英雄たちの末裔はどこかにいるだろうという話でだな……」


 こうなるとひたすらにめんどくさい。

 嘘つきダウトは自分ではどうすることもできないときがある。

 相手がいったん完全に信じ切ってしまうと、相当な長い時間をかけないと取れないのだ。

 こうなると選択肢は二つ、一つは取れるまでひたすらに嘘だったと言い続ける。

 もう一つは認めてしまって、相手の中でだけ事実にしてしまう事。


「勇者様! これから一緒にお供してくださいね!」

「お供はするけど 俺は勇者じゃないからな!」

「だってさっきはそう言ってたじゃないですか。俺は基本嘘はつかないって」

「だー。もういいや。わかったわかった。嬢ちゃんがそう言うならそれでいい。ただ勇者様呼ばわりはやめてくれ!」

「それならファクト様! これでいいですか?」

「様付けも禁止だ! 本来ならこっちが嬢ちゃんのことを依頼主だから様付けでよばにゃならんだろうが!」


 正直うんざりしてきて、どうでもよくなってしまった。

 まさかこの時の安直な考えがのちに大きなことになるとはつゆ知らず。

 呼び方だけ直すだけにしてしまったのだ。


「それではファクトさん。これからよろしくお願いしますね」

「あぁ、こちらこそ。無事にリーフレまで送り届けるよ」


 こうして俺たちはリーフレまでの道を歩みだした。

 前途多難な旅路の始まりだとはつゆ知らず。

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