ブロンドの少女 

出会いの発想はクズい

「やばいでしょう? これはもう、本格的にやばいでしょう!」


 外を出ると太陽がサンサンと輝いている。

 酒場の外はまだ昼過ぎを知らせる程度の明るさだった。

 風が抜けるとあたりに軽い砂ぼこりが舞う。

 整備されていない地面が裏通りの何とも言えない虚しさを感じさせる。


「マジで……どうすんだよ。所持金ないって、ちょっと、いや、かなりやばいよな」


 繰り返し独り言を店から出てつぶやく。

 日差しが暑苦しい、それじゃなくても今日は暑い。

 しばらく雨も降っていなくて空気も乾燥している。

 その暑さを凌ごうとちょっとした気持ちで酒場に入ったら、ビール一杯飲む間に所持金が全部溶けるってどういうことよ?

 軽い気持ちのポーカー、負けが込んできて熱が入り、気が付けばすべての所持金を溶かしていた。


「宿も決めてないんですよ?」


 誰に話すわけでもなく呟く。

 首都ラームの酒場怖い! マジで怖い! 何なんだよ!

 その場でがっくりと肩を落としため息をつく、右の二の腕に着けた真っ白い腕輪が日の光を反射させて目に入る。

 思わずまぶしくなって顔をそむけるとその方角に人影が三人見えた。

 どうやらお取込み中のようで、路地裏の暗がりでなんかもめていた。

 赤いフードを被っている背丈の低い人を、見るからにゴロツキと言った感じの二人がどこかに連れ去ろうとしているのか、腕を引っ張ろうとしているのが見える。

 

「はぁ、真昼間から何してるんだか」


 かかわるもんじゃないな、やっぱしラームの街は怖いとこだな。

 喧嘩を横目にその場を離れようかと思っていた時だった。

 俺は思わず息をのんだ。

 背丈の低い人のフードが取れて顔があらわになったからだ。

 その光景に目を奪われた。

 輝くようなブロンドの髪が肩まで伸びていて、燃えるように赤い瞳は大きく、眉は細く、彫刻細工のように整った顔立ちの少女だった。

 その少女はどうやら裕福な出のようで、右耳には高価な装飾をあしらったカフスをしていた。


「あれ? ひょっとして? これはチャンスじゃないか?」


 我ながらクズな発想だと思う。

 はい、問題です。

 俺は今お金がありません。

 困っている裕福そうな、それも美人の少女がいます。

 さてどうしましょう?

 答えは簡単ですね。


「はーい? そこのお嬢さん? 何かお困りですか?」

 

 俺は大きな声で話しかけながらゆっくりとお取込み中の場所に歩き出した。

 途端に、ゴロツキの二人が訝しそうにこっちを見る。

 二人のうち一人は嬢ちゃんの手をしっかりと掴んでいる。

 もう一人はこっちを見据えると腰に下げていた拳銃を取り出し銃口をこっちに向けた。

 ほぉ、どうやら一人は砲術使いランチャーか。

 だがまぁ、小ぶりの拳銃を使うってことは大したことはない。

 砲術使いランチャーは自分の練りだした球体の魔法を使い生活を営む。奴らはその魔力量で作り出される球体の大きさが変わるからだ。

 小ぶりの拳銃は大した魔力を練り上げられない証だし、本物の砲術使いランチャーなら銃を抜き出す前に打ち出す魔力球を生成して空中に浮かべるはずだ。


「おいおい、待ってくれよ。俺は嬢ちゃんと話がしたいだけなんだぜ?」


 俺は両手を自分の肩の高さに挙げてその姿勢のまま三人に近づく。

 どうやらもう一人は悪魔法使いダーカーのようで、少女をつかむ手の反対に小ぶりの杖を持っていた。

 まぁ、悪魔法使いダーカーも大した事なさそうだ。杖持ってる悪魔法使いダーカーなんて大概は大したことない。自身で黒魔法を御する力がないから杖に頼る。

 本物の悪魔法使いダーカーは指先に指輪をいくつかつけるだけで十分だからな。

 嬢ちゃんは何が起きたのか理解ができていないようで、俺と不審者の二人を交互に見ている。


「嬢ちゃん? 何かお困りかい?」

「てめぇ、邪魔すんじゃねぇ! すっこんでな!」


 銃を向けたほうの男がまくしたてる。

 正直弾の入っていない小ぶりのマスケット銃に関しては怖く無いのだが、後ろの悪魔法使いダーカーが嬢ちゃんの手を放してもらわないと助けるのも難しいな。

 俺はさらに一歩嬢ちゃんたちに近づいた。


「そこで止まれ! 動くな! それ以上こっちに来るな!」


 銃を構えた男はすごい剣幕で続ける。

 俺は全く気にせず。けれど目は銃口から離さずに嬢ちゃんに声をかける。


「嬢ちゃん? どうしてほしい? 助けてほしいかい?」

「は、はい! 助けてください!」

「オーケー、オーケー、シンプルな答えは好きだ……っぜ!」


 俺は嬢ちゃんの答えを確認すると、地面の砂を目の前にいる銃を構えた男に向かって蹴り上げた。

 一瞬だが、男がひるむ。


「て、てめぇ! 何しやがる」

「嬢ちゃん、目、閉じてな」


 一瞬で十分だ。

 即座にポケットからガラス球を取り出すとそれを地面に向けて投げつけた。

 途端にまばゆい光が路地裏の暗がりからあふれた。


「あぁ! 何が起きた!」

「め、目が、くぅ! 何も見えねぇ!」


 ゴロツキどもがその場で目を抑えのたうっている。

 俺は素早く嬢ちゃんの細い腕を手に取る。

 その腕は恐怖からか、ビクリと震え、力が込められていた。

 俺は嬢ちゃんを安心させるように小さな声で話しかけた。 


「走るぞ、付いてきな!」

「は、はい」


 しばらく走り、後ろを確認する。

 追手は来ていないようだった。

 よし! うまくいった! 当然ご飯くらいはおごってもらえるな!

 我ながら思う。やはりクズいな。

 背に腹は代えられぬ!

 自分自身に言い訳をして助け出した嬢ちゃんのほうを改めてみる。


「大丈夫かい? 嬢ちゃん?」

「は、……はい。は、……はぁ、あ、……ありがとうございました」


 嬢ちゃんは深呼吸して息を整えると、服に着いた誇りを軽く払う。

 やはり育ちがいいのだろう。

 言葉遣いも丁寧だし、よくよく見てみると服も相当高価な物で出来ている。

 少女の服装を確認していると、右腕につけられた腕輪の色が目に入った。

 赤、バフ系の能力者か。

 別に珍しいことではない、腕輪の色は基本的に黄、赤、青の三種類になるものだ。

 むしろそれ以外の色だったら狙われた理由になるかと思ったんだが。

 詮索してもしょうがない。そもそも俺は今日明日くらいまでのご飯が食べれれば大満足だ。


「嬢ちゃんはあんなところでどうしたんだい? 友達との待ち合わせにしてはずいぶんと物騒なところだが?」

「実は人を探していまして、さっきは何か絡まれてしまって」


 単純に金目の物が欲しくてゴロツキに絡まれただけか。

 ありがとうよ! ゴロツキども! お前らのおかげで俺はご飯くらいにはありつけそうだ!

 そんなクズい考えをしていると嬢ちゃんは話を続けた。

 俺はその言葉に耳を疑った。


「リーフレという国に行かなければならないのですが。その案内をしてくれる人を探していまして、……良ければ私をリーフレまでお連れ下さいませんか?」


 上目づかいでこっちを見る嬢ちゃんは何とも守ってあげたい衝動に駆られるがそうではない。

 リーフレはこの首都ラームから南西の山を一つ越えた先にある街だ。

 少女一人で行くには危険すぎる。

 ましてや嬢ちゃんのようなお金持ちの少女一人で歩ける道ではなかった。


「待て待て、リーフレまでどれだけ距離があるかわかってるのか?」

「分かっています! けれどいかなければならないのです!」

「そうは言われてもな、はいお供しますって言う距離じゃないしな、第一俺には路銀がまるでない」

「お金の心配は大丈夫です! 私が衣食住すべて出しますから!」


 うぉい! マジか? マジでか? お金出してくれるのか?

 いいよ! それならいいよ! リーフレって俺の故郷だし! ただ帰るだけなら余裕でしょう!

 やっぱりクズい、自分でも理解している。


「それで、リーフレのアガサ様に会いに行かなければならないのです!」

「は? 今なんて言った?」

「ですから! 私は、アガサ様に会わなければならないのです!」


 途端に頭痛がしだした。

 この少女は今の発言がまるでおかしいとわかっていないのか?

 アガサ様、リーフレに住むならみんなが知っている街の長。

 だが実際に会ったものは一人もいない。


「アガサ様は伝説の人だぞ? もうこの世にいるはずがないだろう?」


 天魔大戦、約二千年前に起こった戦争。

 魔界からの突然の襲撃と、天界からの圧制を収めた7人の英雄。

 この大陸に住むものなら一度は耳にしたことのある伝説の詩、虹の詩。

 その歌に登場するのが嬢ちゃんの言うアガサ=リーフレ=メーカー。

 俺の故郷、リーフレを作ったとされるリーフレの長だ。


「おいおい、嬢ちゃんは二千年も前の偉人に会えると思っているのか?」

「そうじゃないんです。アガサ様は生きていらっしゃいます」


 頭痛が激しくなる。

 そんな馬鹿な? 生きてるはずがないじゃないか。

 だいたい生きてるなら故郷のあの街で俺があったことないのがおかしいだろう。

 リーフレの街はここラームと違いたいして広くない。町の人たちはみんな顔見知りみたいなものだぞ?

 でもこの嬢ちゃんは本気で言っているようで、こっちを真っすぐ見据えている。

 俺はため息をついて頭をかく。

 こういう瞳は苦手だ。全く持って何も疑っていない。


「まぁ、何にせよ。食事を食わせてくれるなら良いよ」


 まぁ、良い。リーフレに着けばわかることだ。

 途端に嬢ちゃんの顔が晴れる。

 

「引き受けてくださるんですか? 私を、リーフレまで送り届けてくださるんですか?」

「あぁ、俺は基本嘘はつかない。約束しよう、嬢ちゃんをちゃんとリーフレまで送り届けるよ」


 嬢ちゃんは安心した様に自分の胸をなでおろす。

 しかしまぁ、俺としては故郷に帰るだけでその道中もご飯が食える。なんてついているんだろう! ポーカーで負けたのも全部チャラで御釣りが来るじゃないか!

 

「あぁ、そうだ! 嬢ちゃん名前はなんていうんだ? 俺はファクト=グライツ、平たく言えば冒険者だ」

「私はエイラ……、そう! エイラです! どうぞよろしくお願いします」


 嬢ちゃんはファミリーネイムを言うのをためらった。

 少し不思議に思ったが、まぁ、こんな冒険者に貴族がファミリーネイムを教えないのはおかしくないものなのかも知れない。

 知られたくないなら無理に聞き出す必要もないだろう。

 俺は改めて嬢ちゃんのほうを向き直り右手を前に出す。


「おうよ! これからよろしくな! エイラ嬢ちゃん!」

「こちらこそ、よろしくお願いします! ファクトさん」


 俺の差し出した右手に手を重ね握手する。

 まだあどけなさの残る嬢ちゃんは、手も小さく、強く握ってしまっては壊れてしまうのではないかと思うほど、柔らかかった。

 こうして俺は首都ラームから、故郷リーフレまで嬢ちゃんを送り届ける事にした。

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