第3話

薄い綺麗な水色の空に、ふわふわの雲が浮いています。


今日は天気も良く、体調も良いのでお散歩することになりました。

先日の夜の外出のせいか、周りがより一層過保護になったように思います。


自業自得なので、文句もいえません。

無断で夜に外に出ましたので、皆が心配するのも仕方ありません。


ですが、少し息がつまります。

とても贅沢な悩みです。


あの日。外に出て、私は本気で死のうと確かに思っておりました。

ですが。

出会ってしまいました。

きっと、家族以外には誰にも受け入れてもらえないと、そう悲観していた私には、まるで仏様のように映りました。

御名前を、慎とだけ名乗った彼の人ともう一度会うことは、やはりあの日のように夜に出るしかないのでしょうか。

ほんの少し話しただけの女のことなぞ、記憶されていないでしょうか。

ともに、宵桜を愛でながら、お酒を飲んだだけです。

その時の言葉を私は一生忘れないでしょう。


「朧は、何にも出来ないなんて言ってるけど、そうじゃないだろ? 出来ないことを数えて悲観するより、出来ることを数えたほうが楽しいぞ。出来ないと思っていても、いずれ出来るようになることだってある」


そう言うと彼人は照れ臭そうに笑っておりました。

私は目が初めて見えるようになったような、そんな気持ちになりました。

鬱々とした思いが、軽くなりました。

そうして、やっとで、黙って家を出たこと。黙って思いつめていたことを、後悔しました。

慌てて家に帰れば蓮が泣きそうになっていて、とても心配をかけたのだと、申し訳ないと、思いました。


そういえば、不思議なことを仰っていました。

『朧のお陰で、湿っぽくならずに済んだ』

そう言うと、なんだか辛そうなお顔で、無理やり笑うのです。

どういう意味なのでしょう。

ぼんやり考えていますと、後ろからついて来てくれていた、お手伝いの凛子さんが心配そうに見ています。

私は慌てて、止まっていた足を動かして、散歩の続きをしました。


散歩といっても、家の周りをぐるりと一周するだけです。

秋には美しく衣替えする銀杏も、春には若芽をだすのみ。もう少したてば、葉が大きくなり青々とした命溢れる木になるでしょう。日々成長する植物を見るのはとても楽しいです。


凛子さんも楽しそうです。

私より十、年上の凛子さんは、母のお友達です。凛子さんの旦那様が、母の同僚なのです。週に四日、ここに通って来てくれて、私の様子を見てくれています。

明るく朗らかで、凛子さんがいてくれますと、場が華やぎます。

私も、とても楽しい気分になります。

私と違って、人当たりも良く、明快な凛子さんには、いつも救われています。


いろいろと、心ないことを言う人。

不幸だと、勝手に決めつける人。

憐れむ人。

視界に入れるのを厭う人。

いろんな人がいます。

反応されることに一々目くじらをたてるのにも疲れました。

ですが。私は慎さんに出会って、彼と沢山お話したいと思いました。

もっと、お話をと。

悲しみばかりではないと、彼人に教えてもらったのです。

出来ないことを数えるのではなく、出来ることを数えようと、そう、思いました。たとえ、片腕がなくともできることは沢山あります。人より時間がかかるだけなのです。ただ、着物を着るときに帯を結べません。そういう時に、誰かの補助が必要になってしまいます。大体、普段着は簡単に着脱できる、ワンピースになります。着物は臙脂色や深緑など、はっきりした色が好きですが、ワンピースは淡い色ばかりです。

春の季節にはぴったりです。


凛子さんも綺麗な珊瑚色の着物に、白いエプロンをつけています。

とっても綺麗です。


「凛子さん」

「はい、朧さん」


呼びかけるも丁寧に答えてくれます。

焦げ茶色の透き通った目で、見つめ返してくれます。大地の綺麗な色です。


「私、昨日とんでもないことをしようとしました」


そう、告白しました。

流石に自死しようとしていたとは言えませんでした。

私の告白に、凛子さんは目を丸くされています。


「とても、気分が落ち込んでおりました」


「朧さん・・・」


「ですが、もう、あれこれ悩むのはやめにします」


驚いている凛子さんを見ながら、私はとても気持ちがすっきりしてきました。


「私、ずっとうじうじと悩んでおりました。でも、出来ることだってたくさんありますし、私植物を育てるのが好きです」


「そうですね、朧さんはちゃんと植物のお世話をして、しっかり育てていますもの」


私はよく枯らしちゃうから・・・と笑う凛子さんに、勇気をもらいます。

いつも暖かく見守ってくれている人の存在こそ、大切だと気付いたのです。


「私はきっと、自分が不幸だと決めつけていたのかもしれません。自分を哀れむのはもう、やめにします」


はっきり口にして、しっかり心が決まりました。

これからは、家で鬱々としたりする時間をやめにして、もっと外に出よう、父のような植物学者になりたい、大好きな植物をいろいろ育てたいと、思いました。


家族や友人以外の、初対面の人が私を肯定してくれたことが、私が自信を取り戻すきっかけになったのです。

慎のおかげです。


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いとし、いとしと、いふこころ 大根葱 @daikonnegi

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