Respawn

@pasonco

オープニング

 人を殺してしまったかもしれない。


 少なくとも、目の前に、階段から転げ落ち頭から血を流している男がいる。別に殺そうとしたのではない。ただ、彼と話していたら、なんだかひどく怖くなって、思わず突き放してしまっただけだ。まるで人間と話しているようには思えなかった。彼はもともと薄気味悪いような人ではあったけれど…。


 しかし、こんなことになってしまったからには大変だ。僕は彼を殺してしまったかもしれない。他の人に見られないうちにこの事態を処理するべきだろう。初めに脈があるか確認をした方がいいだろうか。まだ時間は1分も経っていない。いや、まずは救急車を呼んだ方が良いかもしれない。人命を優先させる姿勢は人としてあるべき姿だろうし、後々この行為が役に立つだろう。


 そうと決まれば僕は迷わず左胸の内ポケットから携帯電話を取り出した。しかし、電話番号を打ち込もうとした時にある想像が頭をよぎった。本当に死んでいたらどうしよう。僕は犯罪者として罪を償い、その後も殺人犯の烙印を一生抱えなければいけないのだろうか。それだけは何としても避けたい。


――いっそのこと、埋めてしまおうか――


 何てことを考えているんだ、僕は!証拠隠滅なんてリスクか大きすぎる、まだすぐに出頭した方がリターンが望める。殺人の上に死体遺棄まで重ねる気か!そもそも何で僕はこいつが死んでいること前提で考えているんだ、まだ生きている可能性だって十分あるのに――


 …とにかく早く救急車を呼ぼう。そう思って携帯電話の119をちょうど発信しようとしたその時、


「やれやれ、一体何をそこまで慌てているんだい、君は?」


 後ろから人の声が聞こえた。


 しまった、人に見られてしまった。まずい、相手に誤解されて騒ぎが大きくなってしまわないようにしないと。


「いいか、これは違うんだ。別に僕が殺してしまった訳ではない。だから警察に電話する前に救急車を呼んでくれ、僕は応急処置をする」


 焦った余りに不自然な言い方になってしまった。お願いだから余計な騒ぎを起こさないでくれるといいんだが。


 だが、僕の予想に反して、後ろからは思わず噴き出したような笑い声が聞こえた。


「その言い方だと完全に君がやったにようしか聞こえないじゃないか。まったく、いくら何でも焦り過ぎだろうよ」


「…え?」

 なんでそうなるの?


 完全に想定していなかった反応を返され思わず僕は混乱してしまいった。ペースを崩してしまう。


「いや、違った。君はそもそも焦ってすらいないのな。倒れている人を見かけたら即刻救急車を呼ぼうとするその姿勢は賞賛されるべきモノだ。だが、それが自分の手で引き起こしたモノとなるといささか奇妙なんだよ」


 妙に明るく喋ってくるその腹の立つような声には聞き覚えがあった。いや、しかし…何故?


「その様子だと冷静に現状を見極めつつも信じられないといった感じだろう。まったくひどいもんだね。不自然極まりない」


「まさか、本当に君なのか」


 この手で、死なせてしまったというのに。

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