第4話
おしろさんに連れられ、僕等は4階の渡り廊下に来た。
白い手と並走する僕等をまわりの生徒はどんな目で見ていたのだろうか?最も、こんな異常現象は日常茶飯事だから、何も思われていないかもしれないが。
その場に置いて最初に口を開いたのはやはり鈴木さんだった。
「これはめんどくさそうだね」
鈴木さんのゆるふわな顔は眉間にしわをよせる険しいものになっていた。
それはGだった。ただし、何故か見事に融合しているG。
多分三つのGが融合しているのだろう。中央の黒い薄っぺらいGは陰だけの女子生徒の『かげかげさん』。気が付いたら後ろにいる、という極めて無害なGだ。
右のGは中庭に出没する三毛犬の『パチ公』。以前は女子生徒を見ると飛びかからずにはいられないという変態的な生態を持っていたが、鈴木さんに一度こっぴどくやられてからは、校門の隅で座っているだけになった平和的Gだ。
左のGは職員室によくでる首に縄を巻いた警察官だ。名前は知らないけど、「残業は辛い、残業は辛い」と言いながら職員室を徘徊するため、密かに『ミスター残業』なるあだ名が形成されつつある可哀想なGである。
さてこんな三種三様なGがくっついたとなれば――もちろん言うまでもなくグロい容貌である。
「これはどういたしましゅうかてよ」
大魔神はパニックに陥っているのか、いつもにまして日本語がおかしい。
「なかなか手強そうだがこの僕がー」
「神童先輩は話がややこしくなるだけなのでだまっていてくださいね」
僕は先輩をやんわりいさめると、この不可思議なGを観察した。
Gは融合して居心地が悪いのか(そりゃそうだろう)、ひたすらこの状態を脱しようともがきにもがいて――やっぱり気持ち悪い。
「鈴木さんどうします?」
僕は鈴木さんに尋ねた。正直な所、こんな例は今まで見たことが無い。
「あのね、僕はGの専門家ってわけじゃ無いんだよ。こんなの初めてみるんだから、分からないに決まってるじゃないか」
どうやら鈴木さんも僕と同じ感想らしい。
「ただ推測する事ならできる。まず、Gは本来は一つの場所、テリトリーを持っているもので、そこからは出ない。だからG同士は接触しえないんだよ、普通。まあおしろさんは少し例外みたいだけど」
だから多分――と、鈴木さんは意味ありげに大魔神と神童を見た。
その視線に、魔女っ娘と陰陽師少年は即座にあらぬ方向を見る。
この様子に僕は瞬時に理解した。
うちの学校のGにたいする方針はただ一つ、現状維持。
Gは基本的には無害だ。それに加え、Gは魔女っ娘や少年陰陽師でも完全に消し去ることは出来ない、対処法を持たない生物である。つまり、Gは放っておく他に道はないのだ。
ただこの例外として、鈴木さんがいる。鈴木さんはGを退治することができる唯一の人物だ。鈴木さんは生徒やらなんやらに頼まれて、日々そのフライパンでGを叩き潰している。
鈴木さんの方法だとGは素直に引っ込むのだが、大魔神や神童の場合はそうはいかない。二人の除霊とやらはGを見事に切れさせる。
結果迷惑なだけなので、除霊しないようにいってあるものの、この目立ちたがり屋がそんな事でやめるわけがない。
僕はジト目の鈴木さんに代わって、二人に確認した。
「つまりお二人は余計な除霊をしてGをテリトリーから追い出したものの、成仏させる事はできずに『かげかげさん』のテリトリーに入れてしまった。結果どんな原理か分からないけれど、Gが融合した。そんな所じゃありませんか?」
コスプレ族は沈黙。図星らしい。
「全くいつも厄介の原因はあなた達なんですからね、自覚してください」
「いつもじゃない」
神童が言い返すけれど、学校のトラブルの9割以上はこの二人が原因だ。
「鈴木さん」
僕が呼びかけると鈴木さんは頷いた。
「分かってる、坂口はGを抑えて」
「……は?」
思わず気の抜けた声が出た。
僕が鈴木さん、と呼びかけたのはさっさとGを片付けてくださいという意味でだ。
それがどうして僕がGを抑えることにつながるのだろうか?
「思ったんだけどね。くっついてしまったなら、引っ剥がせばいいんだよ。だから抑えて」
引っぺがす――なるほど物理的手段を好む鈴木さんらしい手段だ。が、そう素直に納得できる手段ではない。
「いやいやいや、なんで僕なんですか? 大魔神さんとか神童先輩とか……」
「晶、レディーに押し付けるのはいけないことでしてよ」
「ここは可愛い後輩の顔をたてて譲ろう」
……逃げられた。これは絶対逃げられた。こんな時に限って二人は仲良く舞台から降りてしまった。
慌ててまわりを見てみるが、不幸にもこの役を押し付けられそうな知り合いはいない。――まさしく、万事休す。
「ほら坂口早く。僕の貴重な昼寝の時間がなくなる」
「あの僕G無理なんで。てゆーか、まずGって触れるんですか?」
「触れなかったら別の方法を考える」
約3秒後、鈴木さんの迫力に僕は負けた。
僕は融合しているG(ああ気持ち悪い)に近づくと『かげかげさん』の一部を抑えた。
――幸か不幸か、Gに感触はあった。どんな感触かはあえて書かない。ただ冷たかったと書いておこう。
鈴木さんは『パチ公』の首を引っ掴むと、物理的に『かげかげさん』から引っぺがし、『ミスター残業』も引っぺがした。その光景は地獄そのもので――多分、僕はこれから数日間この光景にうなされる羽目になるのだろう。
全てが終わったのは、廊下にたどり着いてから五分後で、『パチ公』と『ミスター残業』は鈴木さんから逃げるように自分のテリトリーへと帰っていた。
廊下が本来のテリトリーである『かげかげさん』は鈴木さんに困ったように一礼すると、本来の自分の居場所である廊下の影の中へと隠れ去った。
「……」
後に残されたのは不機嫌な鈴木さん、彼女から全力で目をそらす大魔神と神童先輩、それからGを素手で触ってしまった衝撃から立ち直れない僕。
まあ、とにかく、こうして融合G騒動は幕を下ろしたのである。
穏やかな春の光は少し強さを増してきて、初夏の匂いを感じさせていた。
僕の前の席に鈴木さんはいない。先ほど高三の先輩に呼ばれて出て行った。なんでも最近高三の廊下には落ち武者がでるらしい。
G達は突然成仏していなくなったかと思うと(念のため、あの二人のおかげではない。あくまで自然とである)、突然新しいGがどこからともなく出現する。本当に不可思議な生き物だ。
「すみません。鈴木先輩はいませんか!」
廊下からこの間の女子生徒が顔を覗かせていた。最近高1の女子トイレには花子さんならぬ『バナ子さん』というバナナをぶつけてくるおばさんが出るのだそうだ。多分『バナ子さん』がらみなのだろう。
「鈴木さんはいませんよ」
「でもいつもにましてGがひどいんです!」
と、そこで女子生徒ははっとしたようにこちらを見た。
「坂口先輩じゃないですか! 坂口先輩でもいいです。何とかしてください!」
「僕はGが苦手だから」
「でもこの間、除霊したそうじゃないですか!」
いつの間にそんな話になっているのか。僕はただGを抑えていただけなのだが。
「ほら、はやくこっちです」
女子生徒の押しに負け、僕は教室を出た。視界の隅でおしろさんが手を降っているのが見えた。彼女はここ最近、ますます僕に絡む傾向が強くなってきて、僕の弁当のおかずにまで興味を持ち始めてきた。おかげで僕の弁当箱は一回り大きなサイズにしなければならなくなった。
相変わらず賑やかな階段をおり、重い足で高1の女子トイレに向かう。
すると、幸いにもすでに鈴木さんがいて、『バナ子さん』と対面していた。大人の腰ほどまでしかない小柄なおばさんが、鬼気迫る表情でエプロンのポケットからバナナを鈴木さんに投げつけている。
「なんだ坂口も来たのか」
鈴木さんは『バナ子さん』のバナナをフライパンでたくみに防いでいた。
「来たっていうよりは連れてこられて」
「ふーん」
鈴木さんは興味がなさそうにそう言った。多分今の彼女には、いかに早く昼寝をするか、ということしか興味がないのだろう。
鈴木さんのフライパンは、わずかに夏らしくなってきた日差しを浴びて眩しく光っていた。
Gバスター 鈴木さん 石崎 @1192296
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